第百段 小夜の中山
むかし、男ありけり。今も男あり。
その男、歌人の西行法師をいたく慕ひけり。
平成の御代の或る日、
「年たけてまた越ゆべしと思ひきや命なりけり小夜の中山」の地にあくがれ止み難く行きけり。
駿河の国の茶畑の丘陵続く小夜の中山の地に立ちて、
感慨一入なれば、歌を
「年たけてまた越ゆべしと」の西行に
あくがれ来たる 小夜の中山
年たけて 六十九歳の 西行の
いよよますます するどきまなこ
と詠み、一点の迷ひなき歌人ともいはれる西行法師の
毅然たる姿を偲びけり。