第九十二段 安達ヶ原の岩屋
むかし、男ありけり。今も男あり。
その男、平成二十八年の冬
奥州は安達ヶ原へと行きけり。
安達ヶ原はまたの名を黒塚とぞ云ふ。
鬼女伝説の地にして
平兼盛の古歌「みちのくの 安達ヶ原の 黒塚に
鬼こもれると いふはまことか」の歌枕の地なり。
行きて歌を
みちのくの 安達ヶ原の この巌
伝説生れしを 諾ひ見入る
この岩屋 鬼女の「岩手」の 棲みゐしと
伝はる闇の 奥深きかな
阿武隈川 岸の杉根に 黒塚の
碑あれば 霊を弔ふ
と詠み、因果の末に実の娘と初孫となる筈の腹の子を
殺し発狂の果てに鬼女となりし、都の公家屋敷に乳母としてつとめたる「岩手」を哀れと思ひ冥福を祈りけり。