第九十一段 蔵王の人間樹氷
昔、男ありけり。今も男あり。
その男、惚れたる女を伴ひ、平成二十八年厳冬の候、山形は蔵王山へと樹氷を見に行きけり。ワイルドモンスターといふ雪上車に二人乗り込み、標高千六百米の山頂近くの樹氷原まで行きけり。天候に恵まれ、朝日に輝く巨き無数の青森椴松の美しき樹氷原を見やりけり。そののち、蔵王山を下り麓の遠刈田温泉に宿を取りてあらば蔵王の恵みのいで湯を楽しみ、夕餉の後に、男 歌を
蔵王にて 二人し死なば 美しき
樹氷とならむ 君うなづくや
それに対し、女の返し
蔵王にて 君とし死なば そののちは
樹氷となるとも 若くあらねば
と詠みけり。五十半ばの女と六十過ぎの男なれば
女の歌に頷き「先の事は忘れむ」といひて早々に灯りを消し
枕を共にしにけり。