第八十二段 越前岬の水仙
昔、男ありけり。今も男あり。
その男、平成二十八年睦月中旬、越前岬の五百万本とも
いはれる水仙を見むと行きけり。行きて歌を
水仙は 少年ナルシスの 化身にて
越前岬 自己愛あふるる
と詠みけり。ギリシャ神話の伝ふるところの
池の水鏡に映る自分の美しさに殉じたる
美少年ナルシスの生まれ代はりと思へば
眺め飽かざりき。
更にその美少年ナルシスに恋し声のみとなり
姿を失ひし少女エコーも憐れなる存在にて
冬の海風にエコーの嘆かひの声も
混じりゐむやと聞きにけり。