第六十五段 権兵衛峠
むかし、男ありけり。今も男ありけり。
その男、平成二十七年のみ冬づく頃、天竜川の伊那谷より
木曽川の木曽谷へと、権兵衛峠を越えて行きけり。
峠の語源は「たむけ」
つまり山の神に捧げ物を供へ
道中の安全を祈る「手向け」であるが
その代はりに歌を
伊那谷ゆ 権兵衛峠を 越えてゆく
ゆくほど雪の 深まる木曽か
と詠み、供へけり。
ちなみにこの権兵衛峠、木曽の某権兵衛なる人物が
木曽の木工製品と伊那谷の米との交易の為に
艱難辛苦の末に開きし道なり。
しかしていつの頃よりか
人々は、その峠を権兵衛峠と云ふにて
名を後世に残しけり。