第五十九段 杖衝坂
むかし、男ありけり。今も男ありけり。
その男、平成二十七年 冬の寒さを覚ゆる頃
三重県は四日市にある杖衝坂へと行きけり。
杖衝坂は古代史の悲劇の英雄
日本武尊の縁の地なり。
即ち古事記に曰く。
「吾足如三重勾而甚疲」
(吾が足は三重に折れ曲がり、はなはだ疲れたり)
とあり三重の県名の由来となりし地なり。
また、貞亨四年かの松尾芭蕉翁
ここにて落馬し俳句「歩行ならば 杖衝坂を 落馬かな」と珍しく無季の作を遺ししかば
歌を
ひつそりと 杖衝坂は 国道を
それてありけり われも歩行ゆく
と詠み、自動車を降り 急坂を登り降り
歴史に名を残す二人を偲びけり。