第五十五段 磐長姫へ求婚
昔、男ありけり。今も男ありけり。
その男、鰥夫にして齢六十を超えし頃、老い先の事を考へ
再婚を思案しにけり。しかして相手には天照大御神の孫の瓊瓊杵尊の妃である木花開耶姫の姉の磐長姫が良からむと思ひけり。
今なほ父である大山津見の神のもとにゐるのであろうと確信を持ち歌を
その後も 磐長姫は 父の許
嫁かずをりけむ 婚かむよわれが
と詠み、求婚の意志を歌に託し伝へけり。されど、返事が届きしとはいまだ聞かざり。さすればその男の寿命も磐のやうに長くとはゆかぬものと半ば諦めけり。
(注)
磐長姫は美貌には難あれど、相手に不老長寿をもたらす女神。妹の木花開耶姫と共に瓊瓊杵尊に嫁ぎしが直ぐに返されぬと古事記伝へけり。