今回の福島原発事故の後で行われた4月24日の統一地方選挙の結果には驚きました。
あれだけ原発の被害やリスクがマスコミで騒がれてましたので、敦賀市、柏崎市、刈羽村などでは原発反対派の勢いが増すと思っていましたが、住民は原発推進・容認の候補者を選びました。
財政・雇用面で恩恵を受けているせいでしょう。原発をすべて止めるというのは代替案がない現状では現実離れしてリスクが大きい、かといって今のままの原発ではリスク不安が消えません。安全基準をもっと厳格にして運用してほしいというのが敦賀市、柏崎市、刈羽村の住民の選択だったのでしょう。
何としたたかでしなやかな現実的選択かと舌を巻きました。
現実的対応としての安全基準を策定する際の考えかたのリスク・ベネフィット論を思い出しました。日本語では「損得勘定」というところでしょう。
人はベネフィット(利益)が、大きいければ大きいほど、リスク(危険)もそれに伴って受け入れるということです。
毎年1万人の死者というリスクが出ても、利便性・快適性・経済効果というベネフィットに比べれば、ベネフィットの方がリスクよりも大きいとして社会的に容認されているのが自動車でしょう。
その害毒、健康への悪影響から考えるとリスクは大きいのですが、税収・長年の習慣・生産者やJT従業員の生活保障、嗜好品としての楽しみからベネフィットの方が大きいとして法律で禁止されてないのがタバコでしょう。
今は売買・使用が違法な覚せい剤も私が生まれた昭和20年代前半は、疲れを取り元気を回復するスグレ者として薬局で普通に売られていました。その後、「明日があるさ」「上を向いて歩こう」の作曲者中村八大が覚せい剤中毒になり話題になるなどベネフィットよりもリスクが大きいとして禁止されたのは昭和26年です。
リスクとベネフィットの妥協点が安全基準でしょうが、これを決めるのは化学的治験、利害関係、政治的配慮等が絡み簡単にいかないのが現状です。
危険だから止めろというのは耳触りが良く正論でしょうが、DDT禁止のことが頭をよぎります。
レーチェル・カーソン「沈黙の春」がきっかけで環境・生態系に甚大な被害をもたらすとして告発されたDDTは当時のマスコミ、世論の勢いに押されてWHOが製造・使用禁止にしました。
その結果、それまで年間150万人くらいだったマラリアによる途上国の死亡者数が250万人に増えました。殺虫剤としてのDDTを使えないので蚊が増えた結果です。
その後、発がん性や残留によるリスクは当初、騒がれたほどないことがわかりWHOは、再びDDT使用を認めました。
羹に懲りてなますを吹くことがもたらした悲劇だったと感じます。
リスク・ベネフィット論に基づきリスクの程度を可能な限り定量的に評価・比較し、それをもとに合理的な対策をとるべきであるとしてリスク評価手法の確立に尽力し行政・企業の安全基準策定に貢献してきた学者に中西準子さんがいます。
東大工学部教授のあと横浜大学大学で環境情報研究院教授をへて独立行政法人・産業技術総合研究所の安全科学部門長として活躍され、今年、退官されました。1938年生まれの74才です。
学者、研究者としての軌跡は闘いの人生そのものでした。
東大の指導教授、東大、学会、厚生省、通産省、マスコミ、環境運動の活動家、政治家などから村八分やバッシング、迫害を受け続けました。
それをはねのけたのは「論より証拠」の姿勢を貫き実証データに基づいた反駁ですが、揺るぐことのなかった学者の良心が礎になっています。
著作は多くありますが、写真は一般向けに書かれた環境リスクに関する本です。
「環境リスク論」(岩波書店、1995年)、「環境リスク学」(日本評論社、2004年)、「選択」(武田計測知財団、2009年)です。
今年3月3日の退官記念最終講義はユーチューブにアップされています。
http://www.youtube.com/watch?v=kmnro76vWSw
そのほか業績なり人となりを知るにはHP、ブログも公開されています。
水俣病以降の公害問題・環境問題を巡っての軌跡を知る参考となると思います。






