DVDで「インビジブル・ゲスト 悪魔の証明」(2016年)を見る。「インビジブル・ウィットネス 見えない目撃者」(2018年)の原作に当たるスペインのサスペンス映画。
とある高級マンションの一室。愛人を殺害した容疑をかけられている実業家のドリアの元へ女性弁護士グッドマンがやって来る。辣腕のグッドマンは無罪弁護をするために事件の真相をドリアに聞きただす。ドリアは、事件の引き金になる自動車による人身事故の顛末を語り出す。裁判が始まるまで残り3時間。
最後にあっと驚く結末を持っているという意味では、近年のどんでん返し映画の中でも際立って印象的な映画である。緻密な脚本によって語られる事件の真相も面白いが、本作は事件の真相以外に大きなトリックが仕掛けられている。それが何なのかをここで語ることは控えるが、どんでん返し映画好きの方はご自分の目で確かめてほしい。
ところで、本作のリメイク版「インビジブル・ウィットネス」を見た時も疑問に思ったことを一つ。本作の主人公であるドリアは愛人殺しの容疑で起訴されているという設定である。つまり、殺人罪である。辣腕の女性弁護士は、ドリアの無罪を勝ち取るべく彼の元を訪ねてくる。主舞台はドリアの住む高級マンションの一室である。しかし、殺人罪で起訴された被告人が自宅のマンションで担当弁護士と会うのはおかしくないか? なぜなら彼は逮捕されているわけたから、当然、刑事施設(拘置所)に収監されているはずだからである。多額の保釈金を支払い、収監を免れているということかもしれないが、殺人罪に保釈はあるのだろうか? わたしが知る限り、殺人罪に保釈はない。
アガサ・クリスティの「検察側の証人」を映画化した「情婦」(1950年)には、物語が始まってすぐに殺人罪に問われている主人公のレナード・ボールが弁護士事務所を来訪し、敏腕の刑事弁護士とやり取りする場面があるが、こちらは逮捕前の短い時間であるから成立すると思う。「インビジブル・ゲスト」の舞台はスペインだから、日本とは裁判の手続きや進行が違うのかもしれないが、その点がどうしても気になる。もしも、わたしの指摘が正しいとしたら、このよくできた脚本も台無しではないか。どなたか答えを教えてくれないだろうか。
以下の回答を弁護士のHさんからいただきました。
【日本法】
ご指摘のとおり「殺人罪」の被告人には権利保釈(刑訴法89条)は認められません。殺人罪は同条1号の除外事由(死刑が法定刑の罪)に当たりますから。
ただ、「絶対に殺人罪の被告人には保釈は認められないか」というとそこまでは言い切れず、健康上の理由等で裁量保釈(刑訴法90条)をもらえる可能性は(あくまでも理論上ですが)あります。まぁ、実際に殺人罪の被告人が保釈を認められる可能性は限りなく0だと思いますが。
【スペイン法】
スペインの刑事法を調べてみないと分かりませんが、欧米では「無罪推定の原則」は日本より遥かに徹底していて、「裁判が終わるまで原則として被告人の自由を剥奪して勾留しておく」という日本のような制度はむしろ例外です。
映画の制作者の中には当然、リーガルアドバイザー(法律監修者)が入っているはずですから、「いやいや、人殺しが裁判中に自由に弁護士と打ち合わせとか、おかしいだろ」と現地の鑑賞者から突っ込まれるような脚本ミスは流石にしないかと。
そういえば、ハリソン・フォード主演の「推定無罪」も、殺人罪の被告人だったハリソン・フォードは裁判中も自由に外で弁護士(たしかハリソン・フォードの友人の恰幅のいいヤツ)と打ち合わせしてませんでしたっけ?