緊急事態宣言下の都市では酒類の提供が制限され、酒飲みたちは居酒屋でなく、酒屋やコンビニなどで購入した酒類を路上や公園など野外で飲むようになった。いわゆる「路上飲み」である。近隣住民に迷惑がかかるような場合もあるようで、先日、コンビニの酒類コーナーで「路上飲みお断り」という但し書きを目にした。


わたしがこの言葉をしばしば耳にするようになったのは最近のことだが、「路上飲み」とはいったい誰がつけた名称なのだろう? なぜ「外飲み」でも「公園飲み」でも「野外飲み」でも「道飲み」でもなく「路上飲み」と称されるのか不思議と言えば不思議である。わたし自身の感覚で言えば、「ロジョーノミ」という語感は必ずしもよいとは思わないのだが。


これと似たような言葉として思い出すのは「歩きスマホ」という言葉である。言うまでもなく歩きながらスマートフォンを操作することをそのように称する。駅のホームで「歩きスマホは危険なのでお止めください!」という駅員のアナウンスを耳にすることも多いからすっかり定着した言葉のように思うが、通信機器がスマホではなく携帯電話(ガラケー)の時代は「歩きガラケー」という言葉は存在しなかったと記憶するので、新しい言葉である。しかし、これは「路上飲み」よりはことの本質をより正確に言い表している。これ以外、その状態を言い表す言葉が見当たらないからである。


「歩きスマホ」にせよ「路上飲み」にせよ、どちらも余り品がある言葉ではないように思うが、これらを「ウォーキング・スマートフォン」「ドリンキング・オン・ザ・ストリート」と英語に置き換えるのも日本人には馴染まない。以前にこのブログで触れたことがあるが、雨天時の電車において傘がドアに挟まってしまうことを駅員は「傘挟まり」と表現していたが、これはまだ一般的ではないように思う。定着する物事の名称には、それなりの説得力があるということか。


ところで、わたしは酒飲みではないせか、コロナ禍になってから「路上飲み」はまだ一度もしていない。「歩きスマホ」はよくしているが。


*路上飲み禁止のポスター。(「zizi.com」より)