先日、衝撃的な体験をした。ある日、長く連れ添ってきた妻が過去の記憶を失くしてしまったのである。失くしたと言っても過去のすべてではなく一日前の自分の行動と両親の死などに関してである。昨日、自分がどこで何をしたか? 母親はまだ生きているのか? 本日が何日で何曜日なのか? そのようなことをすべて思い出せなくなったのである。そして、わたしに同じ質問を何度も繰り返す。
その時のわたしの驚愕をアナタは想像できるだろうか? わたしは、わたしたち夫婦の穏やかな日常が一気に崩れ去る瞬間に直面し、ゾッとするような戦慄を覚えた。その戦慄は、大学生の頃、アパートの隣人が精神に異常を来し、わたしの部屋を訪ねてきて「僕は誰?」とつぶやいた時以来のそれである。最終的に救急車を呼び、病院へ行き、妻は脳神経科の検査を受けることになった。
病院の廊下で検査を待つ想像力豊かな劇作家は、最悪の事態を頭に思い描き、涙に暮れた。検査が終わり、わたしより若い医者に呼ばれて状況を説明してもらう。「外傷はなく一過性健忘症で原因は不明」との診断を受けた。先例から判断すると24時間以内に元に戻るという。最悪の事態を免れてちょっとホッとするが、確実なことではない。
不安な気持ちではち切れそうになりながら、わたしは妻に尋ねた。「オレのこと好きか?」と。妻は頷いた。その気持ちだけあれば何とかなると自分に言い聞かせ、祈るようにして翌朝を迎える。妻は元に戻ったが、病院へ行った記憶は一切ないらしい。医者の診断通りの結果だった訳である。わたしは心から喜んだが、わたしの心身は妻よりも疲労したように思う。しかし、こういう事態に直面して人間の幸せに関する大きな教訓を得た。それは普通の日常の尊さである。
それが6月1日、月曜日のことで、その日のブログが更新できなかったのはそのせいである。様々な思いとともにこの日のブログは永久欠番とする。因みにこの症状は中高年に発症することが多いらしい。注意しても対処のしようがない気がするが、ご報告だけして文章を終える。
