高橋いさをの徒然草 -6ページ目

演劇的な逃亡~「福田和子 整形逃亡5459日」

「福田和子 整形逃亡5459日」(大下英治著/廣済堂出版)を読む。1982年に起こった松山ホステス殺人事件の犯人・福田和子の犯行に至る経緯と15年に及ぶ逃亡生活を描くノンフィクション。過去に「整形逃亡 松山ホステス殺人事件」(松田美智子著/幻冬舎アウトロー文庫)を読んでいたが、事件の概要は理解していても細部は新しく知ることばかりだった。

わたしが理解する限り、福田和子によるホステス殺害は、女性の美貌に関する嫉妬が大元にあるように思うが、言ってみれば怨恨によるありきたりな犯罪であり、福田がすんなり逮捕されていれば、かくも人々の記憶に残る事件にはならなかったにちがいない。この事件が決定的に特異なのは、福田が美容整形をして顔を変え、実に15年間に渡り逃亡生活を送った点にある。逮捕されたのが時効直前であったところも、この事件のドラマとしての鮮やかさを際立てている。

この事件を元に藤山直美主演で「顔」(2000年)という映画が作られたが、近年では大竹しのぶや寺島しのぶ主演でテレビ・ドラマ化されている。劇化される頻度から思うに、その吸引力は昭和初期に起こった「阿部定事件」に匹敵する。この事件の何がクリエイターたちの想像力を刺激するのであろうか?

それは、福田和子の逃亡生活が演劇的な方法で行われた点にあるとわたしは思う。美容整形をして顔を変え、偽名を使って周りの人々を欺いて生きていくという逃亡生活は、見方を変えれば美しく着飾り、舞台の上でいくつもの役を演じて観客を欺いて生きていく俳優の姿に重なる。その演劇的な逃亡生活の在り方がクリエイターたちの想像力を刺激するのだ。その想像力は、多分に喜劇的である。彼女の逃亡生活は、「面白いことが起こりそうな気配」に満ちているのだ。

福田が事件を起こしたのが34歳の時、逮捕は49歳、無期懲役で服役中にくも膜下出血で倒れて死んだのは57歳の時である。

※同書。(「Amazon.co.jp」より)

追悼 ウィリアム・ゴールドマン

脚本家のウィリアム・ゴールドマンの訃報が届いた。わたしが知る限り、アメリカ映画において、最も数多く面白い映画の脚本を書いた人がこの人である。奇しくも日本映画におけるそういう脚本家であった橋本忍さんと同じ年に亡くなるとはちょっと感慨深い。訃報では、「明日に向って撃て!」「大統領の陰謀」の脚本家として紹介されているが、それはその二作がアカデミー賞(オリジナル脚本賞と脚色賞)を取っているからだろう。それはそれで適切な紹介だと思うが、この人は知る人ぞ知る面白映画の脚本も書いている。原作の脚色だが、「ホットロック」「ステップフォードの妻たち」「将軍の娘 エリザベス・キャンベル」などもゴールドマンが手掛けた脚本である。

ゴールドマンは小説も書いていて、わたしは「殺しの接吻」「マラソンマン」「プリンセス・ブライド」を読んだ。中でも「殺しの接吻」(ハヤカワミステリ)は奇妙なシリアル・キラーを描いたサスペンス小説でわたし好みだった。本作に登場する殺人鬼は、「こいつは相当に頭がいい」という担当刑事の発言に気をよくして、刑事に電話をかけてきたりする。その姿は、遊園地爆破を企てる「ジェットローラー・コースター」(1977年)の犯人像(ティモシー・ボトムズ)を思わせる。その小説を原作とする同名映画があるが、たぶんDVD化されていず、わたしはそれを未だに見ていない。

ゴールドマンのオリジナル脚本による映画は「殺しの接吻」「マジック」「マラソンマン」などだが、この人の本来の資質は、こういう人間の異常心理を扱ったスリラーにあったのではないかと思う。もちろん、「明日に向って撃て!」(1969年)のようなロマンチックな物語にも手腕は十分に発揮されていると思うが、本領はそっちにあったにちがいないとわたしは思う。

極東の島国の一ファンに過ぎないわたしではあるが、ここに謹んで哀悼の意を表する。面白い映画をたくさんありがとうございました。

※ウィリアム・ゴールドマン。(「Wikipedia」より)

お腹の話

のぶゑ「別れた亭主が言ってたわ。ボクサーお腹はトレーニングで作るんじゃない。世の中に対して何度ちくしょうと思ったかでできるんだって」

拙作「レディ・ゴー!」(中尾知代と共作/論創社)の中に出てくる台詞である。何を言っているかと言うと、ボクサーの腹筋は、腹筋運動して作るものではなく、そのファイターが抱く世の中に対しての怒りが原動力となって出来上がるという意味である。人間が怒る時には腹筋に力が入るからである。これはボクサー選手への取材で得たものではなく、わたしの創作である。しかし、その人間の腹筋のあり様は、その人間がどのように生きているかをよく物語るとわたしは思う。

いつ外敵が襲ってくるかわからないような厳しい世界で生きている人間の腹筋は、やはり引き締まっていると思う。例えば、戦場の兵士などはそのような腹筋を持っているのではないか。それに対して、平和な世の中でだらだらと生きている人間の腹筋は、やはりだらしなく緩んでいるのではないか。腹部は人体の中心にある。お腹には、その人の生きる環境や生き方がよく表現されるのである。

また、腹という言葉は、臍付近の人体中心部を示すと同時に「本当の気持ちが宿る場所」という意味も併せ持っている。「腹を割って話す」「あいつは腹黒い」「腹の底から笑う」というような使い方は、その意味である。江戸時代、武士が切腹という形で自死を遂げたのも、単に身体を傷つけて出血多量で死に至るという現実的な側面だけではなく、「本当のこと」=腹の中身(大腸)を外側に晒すという象徴的な側面があったのだと思う。

いずれにせよ、腹というものは、人間の内面や生き方を雄弁に語る身体部位だと思う。わたしの腹は、どちらかと言うとぷよぷよしている。つまり、わたしの内面や生き方はぷよぷよしているということだと思う。

※切腹。(「excite blog」より)

新劇幻想

稽古中の「好男子の行方」に出演してくれている五十嵐明さんは青年座の役者さんである。若いアナタにはわからない話かもしれないが、日本には新劇と呼ばれるジャンルの演劇があり、青年座はその代表的な劇団の一つである。他に俳優座、文学座、民芸などがその代表劇団だろうか。そんなジャンル分けで言うなら、わたしは言うまでもなく小劇場系で、ハッキリと新劇とは一線を画する。わたしは今まで新劇系の役者さんとほとんど付き合ってこなかったので、稽古場における五十嵐さんの発言は時に物凄く新鮮に聞こえる。

「ここはキャラクターをぶっ飛ばして、小劇場的なノリでやればいいってことですか?」

正確な引用ではないが、五十嵐さんは稽古中におよそそのような意味のことを言った。補足すれば、「その役が本来持っている性格だとそんなことをするはずはないが、そんなことは気にせずに面白いことをする」というような意味合いである。ここで言う「小劇場的なノリ」とは、「堅苦しいことはいいから観客を面白がらせろ!」という意味だと思う。こうした発言が、わたしは自分たちがやってきたスタイルを再認識する契機になる。だから新鮮なのだ。

ところで、演劇の歴史の上で、小劇場演劇は新劇との対立から始まった。わたしはそれよりずいぶん遅れてきた世代ではあるが、わたしの心の師匠は新劇系の人ではなく、小劇場系の人になる。新劇と小劇場をわたしの父と兄に例えるなら、わたしは父より兄に心引かれた弟であった。しかし、そうでありながら父は素晴らしい人であったにちがいない。父は真面目で、兄が持っていたバイタリティーに霞むところがあったが、何より知的で知識人だった。書斎でパイプの煙を燻らせながら静かに哲学書を読んでいるような人。だから、わたしは兄に追随しながらも、心密かに父に惹かれるところがあった。今、父は必ずしも元気溌剌という感じではないかもしれないが、父の残した足跡は尊敬に値する素晴らしいものだと思っている。

わたしがもしも、大正時代に生まれていたら、間違いなく築地小劇場の門を叩いたと思う。そこには、新しい時代の演劇を作ろうと燃える溌剌たる若者がたくさん集っていたにたにちがいないからである。

※築地小劇場。(「Wikipedia」より)

都会の魅力

田舎と都会とどちらが好きかと問われれば、わたしは都会が好きである。田舎には田舎のよさがあることはわたしなりに理解はできるが、住むとなればやはり都会がいい。そもそもわたしが生業(なりわい)とする演劇というものは、田舎ではなかなか成り立ちにくい種類のものである。演劇を演劇として成立させるためには、まず人がいっぱいいる場所でないとダメなのである。だから、都会はそういう条件を満たしている点が魅力的である。

「夜中の3時に蛎殻(かき)が食える」

犯罪アクション映画「影なき男」(1987年)の中に出てくる印象的な台詞である。この台詞は、山岳地帯に逃げ込んだ殺人犯を追う都会の刑事(シドニー・ポワチエ)が、案内人の山男(トム・ベレンジャー)に都会の魅力を語る場面で語られる。都会の魅力は様々だが、こういう言葉でそれを語っているところが面白い。

これとちょっと似ているニュアンスの場面をわたしはもう一つ知っている。テレビ・ドラマ「古畑任三郎」の中のエピソードである。ドラマの内容は正確に覚えていないが、古畑警部(田村正和)が田舎町で起こった殺人事件を解決する一編で、古畑警部が田舎の生活に辟易(へきえき)して、都会のレストランで「チョコレート・ソースがかかったパンケーキ」をおいしそうに食べる場面があったと記憶する。警部はそれを食べながら「やっぱ都会はいい!」というようなことを言う。都会=チョコレート・ソースがかかったパンケーキというイメージがわたしにはしっくりきて印象的だった。「影なき男」風に言うなら、こういうことか。

「夜中の3時にパンケーキが食える」

わたしも、そういう都会の恩恵に与り、蛎殻やチョコレート・ソースがかかったパンケーキを食べている。必ずしも夜中の3時に限定されるわけではないが。

※チョコレート・パンケーキ。(「MACARONI」より)

稽古場より②

わたしの作・演出による「好男子の行方」には二人の演出助手がついてくれている。一人は修美穂さん、一人は高野友靖くんである。修さんは今年上演した「私に会いに来て」を製作してくれたUNCUT所属の女優さん。高野くんは日本大学芸術学部演劇学科の三年生である。片や妙齢の女優さん、片や息子のような大学生。交通事故にあったようにわたしが誘い、演出助手をお願いした二人である。しかし、中年男性の出演者が多い「好男子の行方」の稽古場に「女性」と「少年」という二つの視線があることは、わたしはとても重要なことだと思う。それは以下のような理由による。

わたしを中心とした演出部を次のように見立てることができる。わたし=父親、修さん=母親、高野くん=息子。つまり、ここには、まったく違う三つの視点がある。それは、究極的にはたぶん相容れない三つの視点である。その相容れない三つの視点の前で演じられる芝居は、一つの視点の前で演じられる芝居よりも、普遍的な表現になりうると思うからである。もちろん、俳優たちに指示を出すのは父親たるわたしではあるが、舞台上で演技する俳優たちも、「父親の視線」だけでなく、無意識に「母親の視線」と「息子の視線」を感じるはずである。つまり、稽古場にいる彼らの存在そのものが、俳優たちを批評できる可能性を持っているのである。

いや、俳優だけではない。一家の長である父親のわたしも、舞台の表現に彼らがどのようにリアクションするかを気にしないではいられない。彼らが笑うのか、泣くのか。彼らが面白がるのか、そうでないのか。彼らの心が動くのか、そうでないのか。わたしはたぶんそういう彼らのリアクションに敏感になると思う。そういう意味では、今回の演出部は、ほとんど完璧な組み合わせである。ここには、わたしたちの世界を形作る代表的な視線(男、女、子供)が集まっているからである。

結果がすべての表現の世界。わたしのこんな楽観がどんな舞台成果を生むかは、舞台を見てもらわないとわからないとは思うものの、ひょんなきっかけで作られた「好男子の行方」演出部は、最強の演出部だと強がってみる。

※「好男子の行方」の演出部。(稽古場にて)

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「好男子の行方」のチケットは発売中。以下のURLより予約を承ります。

ご来場を心よりお待ち申し上げます。

最後の食事

「ゆれる死刑 アメリカと日本」(小倉孝保著/岩波書店)を読む。日米の死刑の在り方の違いを通して、死刑制度の本質へ迫るノンフィクション。綿密な取材と平易な文章で死刑制度を論じる読み応えある一冊だった。本書で描かれる日米の死刑の違いは、簡単に言えばアメリカでは死刑は社会に「開かれて行われている」のに対して、日本では「閉じられて行われている」という点である。公開型のアメリカと閉鎖型の日本。余り知られていないことのような気がするが、先進国で死刑制度を維持しているのは、日本とアメリカだけである。

ところで、本書には、アメリカの死刑囚の最後の食事のメニューがいくつか紹介されていた。例えば、とある死刑囚の場合は次のようなもの。

「ケンタッキー・フライドチキンのエキストラ・クリスピー10ピースとドクターペッパー、デザートとしてジャーマン・チョコレートケーキとチョコレート・アイスクリーム」

実にアメリカンなチョイスである。他の死刑囚の最後の食事も、概ねこういう感じで、脂っこいメインディッシュに炭酸系の飲み物、甘いデザートという構成である。この世を去るアメリカ人がこういう食べ物を選ぶことにちょっとしたカルチャーギャップを感じる。日本の場合、死刑囚が望む最後の食事を執行側が用意してやるという風習はないようだが、もしもそういう望みがかなえられるとしても、そのようなチョイスにはなかなかならないような気がするからである。

寿司や蕎麦を食いたいという死刑囚は案外に多い気がするが、そのくらいならまだしも、天ぷらや鰻の蒲焼き、すき焼きなどとなると用意する側が大変であるように思う。天ぷらや鰻は出前すれば何とかなるかもしれないが、すき焼きとなるとほとんど不可能ではないか。いや、アメリカ人の死刑囚がそうであるように、人間が最後(最期)に食べたいものは、案外そんな「ご馳走」ではなく、普段食べている親しみある食べ物だとするなら、日本人の死刑囚のチョイスは「ご飯、鮭の切り身、納豆、のり、お新香、味噌汁」というようなものになるのか。

※ケンタッキー・フライドチキンとドクターペッパー。(「ランチの時間」などより)

謝り続ける人生

人間は一日に何度、他人に詫びを入れているか考えてみた。そんなことを考えたのは、とある一日、わたし自身が何度も誰かに謝る日があったからである。

わたしは、ふだんは演劇の専門学校で講師をしているが、12月の公演準備のために休まざるを得ない日があり、学校の人に詫びを入れてその日を休講にしてもらうことにした。

「申し訳ありません!」

別の俳優養成所でレッスン時に生徒にちょっと高圧的に芝居への勧誘をしたら事務局の人にたしなめられた。

「申し訳ありません!」

事情があって、本来、稽古をする日に稽古場に行けなくなったことが判明し、出演者たちに詫びを入れることになった。

「申し訳ありません!」

芝居の出演者たちと酒を飲んで帰ると妻が不機嫌である。何度かこういうことが続いていたからである。

「申し訳ありません!」

毎日こういう風に謝り続けてはいないはずだが、こういう日は「オレはいったい何者なのだ?」という哲学的な心境に陥り、気が塞ぐ。「自分はなぜこんなに謝りながら生きているのだ?」と。

思うに、人間は毎日を誰かに謝りながら生きているように思う。正確な回数はわからないが、どんな人も一日に一回は誰かに詫びを入れているのではないか。それは電車で隣の人にぶつかって「すいません」と謝るというような小さなことも含めて。もしも、そういう謝罪のない世界があるとしたら、この世は「何だ、その態度は!」「何だ、この野郎!」「ぶっ殺すぞ、てめえ!」というような台詞が飛び交う相当に殺伐とした恐ろしい世界になるにちがいない。謝罪は人間関係を維持するための潤滑油のような言葉なのだ。人間にとって絶対に必要な言葉。

わたしは今まで生きてきて何度「ごめんなさい」や「申し訳ありません」という言葉を口にしてきたのだろう?   その数はたぶん万単位ではないか。そのように考えると、わたしを含めた人間たちは何と哀しい生き物だと思わざるを得ないが、同時に「ありがとう」という言葉も同じくらい使っているとしたら、必ずしも人生を悲観することはないのかもしれない。

※謝罪会見。(「iza」より)

カプグラ症候群

とある本を通して、「カプグラ症候群」というものがあることを知った。以下のようなものである。

●カプグラ症候群
カプグラ症候群とは、家族・恋人・親友などが瓜二つの替え玉に入れ替わっているという妄想を抱いてしまう精神疾患の一種。ソジーの錯覚とも呼ばれる。よく見知った人物が、見知らぬ他人に入れ替わっていると感じてしまう現象を言う。1923年にフランスの精神科医ジョセフ・カプグラらによって報告された。( 「Wikipedia」を要約)

人間が抱える妄想にはいろんな種類があることをわたしなりに知ってはいた。そして、それらの妄想は、扱い方によるとすぐれた劇映画として昇華されることがある。例えば、次のようなものだ。

●被害妄想→「テナント 恐怖を借りた男」
●注察妄想→「トゥルーマン・ショー」
●誇大妄想→「ターミネーター」
●追跡妄想→「激突!」
●恋愛妄想→「危険な情事」

その文脈で「カプグラ症候群」を考察すると、そんな妄想のすぐれた芸術的な昇華の先例があることに気づく。ジャック・フィニーのSF小説「盗まれた街」(ハヤカワSF文庫)である。(この小説は何度も映画化されている)本作は、アメリカの片田舎で起こった集団ヒステリーを発端とする。町の人々が自分の近親者たちを別人だと言い出すのだ。主人公の医者は、そのヒステリーの謎を追求するうちに宇宙からの侵略者の存在を突き止める。これなどは、まさに「カプグラ症候群」の症例を侵略SFに応用したものであると言える。

これらの例からもわかる通り、人間が抱く妄想は、芸術的に昇華させることができると、あっと驚く傑作になる可能性があるということだと思う。上記の作品に共通するのは、だいたい「妄想が妄想でなくなる時」を描いている点である。あるいは、妄想の現実化と言ってもいい。アパートに集まった五人の男女の誇大妄想を描く拙作「ボクサァ」(論創社)などはその延長にある戯曲だと思う。

※二人のわたし。

事件の背後には

最近、演技を教えている役者の卵たちに「今まで生きてきて一番○○だったこと」を5分間くらいで語ってもらうエチュードをやっている。○○というのは、「嬉しかった」とか「悲しかった」とか「悔しかった」とか「怖かった」とか、過去に体験したそういう非日常的な大きな感情を示す。自分の実体験を言葉にすることによって、実体験がない役を演じる時との差を明確にして、役を演じる時に必要な背景を創造することの必要を理解するためである。そんなエチュードをやってくれた女性の中に、とある事件の犠牲になり亡くなった恋人との別れを語ってくれた人がいた。その事件が大阪で起こった有名な事件であることをわたしはすぐに理解した。2008年に起こった「大阪個室ビデオ店放火事件」である。

この事件は、大阪の繁華街の個室ビデオ店で、「生きていくのが嫌になった」中年男が、自殺しようとして店に火を放ち、その火事に巻き込まれて店内にいた16人もの人たちが一酸化炭素中毒で亡くなった事件である。犯人は生き残り、裁判で死刑判決が出て、現在、大阪拘置所に収監中である。わたしは、彼女の話を聞きながら、送検される際に撮影された車内の犯人Oの面長の顔を思い出していた。

わたしは、よく犯罪事件を扱ったノンフィクションを読んでいるので、この事件の概要は知っていたが、あくまでそれは書物を通してであって、直に犯人やその被害者遺族に触れることはほとんどない。だから、その事件によって恋人を失った彼女の生の言葉を目の前で聞くことは、非常に貴重な体験だった。一つの犯罪の背後には、このような悲しみが存在するという事実を知らされたからである。この悲しみを生み出したのは、一人の男の非常に身勝手な犯行である。

彼女の話がわたしの心に深く突き刺さってきたのは、彼女が恋人を失ったからというよりは、一つの犯罪事件の背後には、そのように俎上(そじょう)に上らないいくつものいくつもの悲しみが存在することをわたしに想像させた点である。少なくともわたしは、「大阪個室ビデオ店放火事件」で亡くなった犠牲者の一人に恋人がいて、その恋人の悲しみに思いを馳せたことは一度もなかったのだから。そして、亡くなった他の犠牲者たちの背後にも、その死を深く悲しむたくさんの遺族が存在する。フィクションは、そんな人々の思いを掬い上げなくてはならないと思う。

※事件現場。(「gooブログ」より)