なんかまた貧困世帯に給付金が何とかかんとか言い始めたが、
それはそれとして必要なのは全体が豊かになるような構造の改革である。
全体が豊かになれば給付金など必要なくなるはずである。片手落ちのように貧困世帯に片っ端から金を給付するのは、
パンとサーカスみたいに、給付金とインターネットでもあれば満足するとでも言うのであろうか。
たとえ自分の寝食に困ることがなくなっても、周囲からひもじいとか苦しいとかネガティブな話を左右から聞かされると、
貰ってばかりなのも後ろめたさを感じるようになる。障害とかを喰らって手帳やら年金やらで生きている身分なら尚更である。
自分が生きているのが自力ではないと明確に認識しているが故に、貧しい者を狙い撃ちにされる政策ばかり打ち出されてもいい気分にはなれない。
経済を豊かにしようとしても、間違った方向に豊かにしようとすれば何ら実感はない。実感のない幸福ほど空虚なものはないだろう。
ここらでまともな事を言い出す政党が団結すれば今すぐには勝てなくても長期的に見て勝利することは出来るだろう。
現在の政権の支持率を見れば昔で比べれば森元首相の時期並みに低水準なので、
下手な事さえしなければある程度の支持は得られるだろう。問題はこんな時でもとち狂った事を言い出す政党が現れかねないことと、
ワンイシューで一つのことに絞って主張をするもののその他の政策が不明な政党が樹立すること、
目先の票にとち狂って、まともな事を言う政党と適当な発言ばかりを繰り返す政党が団結あるいは連立しかねない、ということである。
何処とは言わないが、正反対の政策を打ち出す政党が連立を組んでも話がまとまらないし進まないからどうしようもない。
連立を維持して政策を妥協したり、前言を撤回するなら一体何のために政治はあるのだろう。
誠に遺憾である。