こんなよい月を一人で見て寝る 尾崎放哉
とまあ今日は中秋の名月です。よい月が見えます。家族はいますが自室で一人で見て寝ます。
こういう寂寥感、侘しさとか寂しさとか無常観とか虚無感という雰囲気が分からない人と時間を過ごしたくはありません。
その辺の草むらからは虫の声が聴こえてきます。当然ですが雑踏の音もなく、部屋を静かにしていないと聴こえるはずもありません。
賑やかだったり、華やかだったり、人と人の織りなす音というものが時に耐えられなくなり、
静かな空間に一人にしてくれ、と思う時期は結構な頻度で訪れます。
一人にならないと分からないものがあって、五感を研ぎ澄ませてあらゆるものを見て、
感じたままを否定せず、これが本来人間がいなかった時の音であり環境である、と、
自分を無にして感覚を受け取る、ということ、そういう時に生きている気がするのです。
朝から晩まで人間との応対に追われ、なんか知らないうちにトラブルに巻き込まれて、
精神をすり減らすことが人間としての生き様なのでしょうか。私はそうは思いません。
とスマホやパソコンをいじって書いている時点で矛盾している気もしますが、
時折自分で綿密に組み上げた自作のパソコンのことも忘れたくなる時が来るのです。
いや、それ以外にも自分の集めたあらゆるものも含めて全て知らなかったことにしてしまいたくなる時があるのです。
それでやっといい月を一人で見て過ごすことができるのだと思います。
テレビを見たりゲームをしたり、ということをしない日はありませんが、
たまに無性に無かったことにしたい日もあるのです。