暑中、それは苦しい | 隠者の庵

隠者の庵

自閉症スペクトラム(広汎性発達障碍)当事者が気ままに壁打ちで文章を書き連ねます。
あと趣味についても適当に書き連ねます。何故か見た夢も記述します。

この暑い時期でも高齢者は暑い中で別に日光を遮らずに玄関で何かを談笑しながら過ごしている。

私にはとても耐えられない。外に出ている間は水に潜っているような認識でいる。

暑さから這い上がれる場所がないと生きる意味を失う。つまりエアコンがなければ暑さにて溺死する、という訳である(意味不明)

自室のカーテンなんて不審者扱いされようが意地でも開けない。太陽光の当たる場所なんてエアコンの風があっても台無しになる。

何故窓を開けないのかと言われてもエアコンがあるし暑いから、としか言いようがない。暑くなる要素を可能な限り減らすならば窓なんていらない。

よく効くエアコンと室内灯とパソコンと趣味の本と楽器があればいくら缶詰にされても食料とトイレと風呂さえあれば一応何とかなる。

エアコンがないなら地下室とか陽の届かない場所でじっとしていたい。

日光にあたらないと不健康になるとはいうけれど、最低限の時間日光にあたって残りの時間は別に当たらなくてもいいなどと、

変なことを言いながらおもむろにカーテンを閉める。

家の外にいるなら公衆猥褻にならないように気をつけて過ごさねばならないが、家の中でそんな気を遣ってももがき苦しむだけである。

どんなに着飾っていても自然現象の前には平等である。熱に当たりすぎれば身体に必要なものは奪われて、最悪死に至る。

いざ生死の境目を目の当たりにして逃げようとしないのであれば、何かを履き違えているか、履き違えさせられているかのどちらかである。

暑さの中でじっとしているのは勇気でも我慢強さでもない。

運命の前に立たされる一個の生命体があるのみである。

誠に遺憾である。