回転寿司のコンベアを眺めるだけの簡単な作業です | 隠者の庵

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自閉症スペクトラム(広汎性発達障碍)当事者が気ままに壁打ちで文章を書き連ねます。
あと趣味についても適当に書き連ねます。何故か見た夢も記述します。

いくら体調がガタガタでも、めでたい日とか記念日(独断と偏見で設定)は半強制的に祝わなければなりません。

幸福は義務です。

そしてめでたいときにはほぼ100%寿司、と相場が決まっております。回転寿司ですが。

街中にいって回らない寿司屋を探しに行く、なんてめったに出かける用事がないから仕方ないね。

そしてコロナ禍で更に引きこもり生活に拍車がかかったから行動範囲が全く広がらないので、本当にワンパターンな行動パターンしかない。

こんな時に勝手に出回って変なものをもらっても困る。

記念日なのでこの間回転寿司に行くには行ったのだが、別に寿司が回転しているというわけでもないし、

カウンターは二人おきに仕切りでわけられているし、本当に寿司が回っていないので、全部一から注文するしかなく、

これ回転寿司屋に来た意味があるのか、と割と本気で思いました。

流れてくる寿司を取るのではなく、席のところに置いてある注文用紙に頼みたいネタを書いて渡す、しかないので、

もう回転寿司の「回転」とはもはや概念でしかないのでしょうか。

回転寿司の法則が乱れる、というか最近は店によってはタッチパネルで注文すると厨房から勝手に寿司が流れてくるようになったので、

もう回転する装置が単なるお遊び要素、みたいになっていて物悲しさを感じる。

それでも昨年などは空いた席に通されたはいいものの、何故か四人席を一人で占有する羽目になったので、昨年よりはマシだったと思う。

何がマシなのかは知りませんが。

 

今年も外食なんて片手で数えられるぐらいしか行っていない。

個人的にハンバーガー等洋食のファーストフードに行って一食消費するのも嫌なので、マクドとかモスには行きませんが、

そういうのを除いてもおとなしく外食なんてしていられる精神的余裕なんてない。

何気なく普段通らない道を車で流していると、ファミレスが潰れているのを見かけたりするので、

別に自分だけが避けている、というわけでもないだろう。

新型コロナウイルスというものは本当に恐ろしいものである。

恐ろしいものであるが、めでたい日は忘れたくない。ちゃんと祝いたい。

幸福は義務です。