この日はタンゴ仲間のお誕生日だということで、みんなでつまめる地元のお土産を購入。この牧場の牛乳とソフトクリームは美味しいのです。
都心に向かう高速道路のPA。休日の夕方の上り方向は観光帰りの行楽客たちの大渋滞に巻き込まれるので、かなり披露する。十キロ以上の渋滞を擦り抜ける羽目になる。バイクのすり抜けに関しては賛否両論だけれど、そもそもバイクが普及し初めた頃にはその利便性と爽快さを求めて購入した人が多いはず。都会の渋滞でもスイスイ進めるからメリットがあるわけだ。バイクによる急配便もそこから生まれた。自分も、そういうメリットを含めて乗っているわけだから、その歴史的な過程も知らないバイクに乗らないドライバーたちから、一方的にいきなり危ないからダメだなどと言われたところで、従うつもりはない。だったら、左端はいつもバイク用に空けておくべき。高速道路は車線をまたぐのが危険であれば、路側帯を通行させるべきである。自分は車も大好きだから、その気持もわかるけれど、先に存在している先輩的な交通手段の安全を確保してから言うべきことであり、後から登場した者が我が物顔で騒ぐのには腹が立つ。
最近の無法運転の自転車たちも同じこと。震災の後に便利な足として急速に普及してしまったけれど、交通法規が時代遅れなので、公道が無法地帯と化している。昔は歩行者と同様に歩道を走り、歩行者用の信号機に従っていたのが、今は都合の良い方を見て動く。元々、法規上は軽車両扱いだから、車に準じた乗り方をしろと言うけれど、注意力と体力が未熟な子供たちには無理。しかも、方向指示器もブレーキランプもないわけだ。そんなものが、震災の後から車道に溢れ出したのだから、たまったものではない。
公安関係に顔をだすたびに問題提起しているけれど、関係者は知らんふり。違反切符は厳しく切るくせに、本当の社会の治安や平和を考えないところが平和ボケだと思うなあ。交通法規の遅れと不適さに気付くべき。
トイレから戻ってきたら、懐かしい名車たちを発見。真ん中の赤いやつは最近復刻した映画「トップガン」で主人公が乗って有名になったカワサキのNinja。しかし、手前のバイクをよく見るとちょっとおかしい。これはとてもマニアックな内容なので、バイクに詳しくない人にはわからないはず。
当時の実物を知らない人だと、最新のスーパースポーツだと思うだろうけれど、バイクに詳しい人なら特徴的な二眼ヘッドライトと5バルブエンジンを見てあるバイクをすぐに思い出すはず。ところが、それ以外の部分が全く違って、超進化しているのだ。当時には存在しなかったフロントフォーク、ブレーキが前についており、後ろを見るとこれも最新型のシステムになっていた。あまりに違和感がなく自然に改造してあるので感心してしまった。
こいつが当時の姿。解説はグーバイクから拝借。
1985-1986
水冷4サイクル4気筒DOHC5バルブ:749cc
56.6kW(77ps)/9500rpm
68.6Nm(7kg-m)/6500rpm
232kg
42万7000円
ジェネシス思想を採りいれて高性能化を図ったFZ750は、狙いどおりのハイパフォーマンスを発揮した。角パイプによるダブルクレードルフレームにマウントされた前傾角45度の水冷DOHC5バルブ並列4気筒は、カナダ仕様で110psというパワーを絞り出していた。
当時は高回転まで回る素晴らしい高性能エンジンだった。価格が今の半額以下であることに驚く。しかし、この時代はバイク黄金期であり、過激で魅力的なライバルが多く、存在が埋もれてしまっていた印象が強い。
ジロジロ見ていると所有者が帰ってきたので、話しかけてしまった。エンジンとヘッドライト以外はほとんどを改造したらしい。しかも、サイズが合うパーツが無いから、自分で図面を書いて近所の鉄工所に持参して加工してもらったそうだ。フロントはイタリアのドゥカティで後ろはアグスタ製を改造してある。サイズや形状が違うところは削ったり曲げたりして取り付けてある。ちょっと間違えれば不快だし、事故のリスクも有る。
旧車にここまで手を入れるとは、本当にモノ好き。見ていて飽きなかったけれど、お互いに用事があるので、適当にお別れ。詳しい解説をありがとうございました。またどこかでお会いしたらご挨拶致します。こんなにマニアックで素敵なバイクを忘れることはないでしょう。
PAを出発しようかと思ったら、今度は愛車の目の前に停められていたペパーミントグリーンの可愛い車を発見!思わず観察してしまう。子供や女性が大好きな白黒のクマと同じ名前がついたイタリア製小型車。サンダル代わりに使える便利で可愛い車で、シートなんか取り外して洗えた。イタリアの狭い石畳の道を軽快に駆け抜けていたものだ。一時は国内にもかなりあったけれど、最近はほとんど見かけない。しかも、これだけ程度がキレイなのは久し振り。
よく見るとレース仕様に小改造が施してあった。
イタリア車には丸みを帯びたデザインが多いと思っている人が多いけれど、実は角張ったものもかなり存在していて、ファンも多い。しかし、この時代の日本はバブルだったから、日本車も負けてはいなかった。ユニークで可愛いデザインの車が次々と生まれた。残念なことに最近まで日本人はその価値に気付かず、使い捨て状態で、スクラップにしていた。ところが、その価値に気付いた外国人たちに人気が出たことから、今では何十年も前の古い車がとんでもない価格となっている。
当時は戦後の欧米志向お金持ちが外車をステータスとして自慢していた時代だったから、自動車評論家やマニアたちは外車に憧れた。運転しにくいのに左ハンドルに乗りたがり、日本車は外車の後追いと猿真似で遅れている・・・などと見下していたものだ。GHQの洗脳の最大の負の遺産がこれ。自国を見下す姿勢。当時のマスコミや教育会の言論はほとんどが同様の思想で成り立っていたから、それらの教育を受けてしまった我々は無意識に洗脳されてしまっているのだ。今でもそれに気づいていない人たちが大半であることも恐ろしい。今思えば、なんと愚かな時代だったのだろう。
今でも「バブル時代は良かった!楽しかった!」と言う人がいるけれど、あれは異常な時代です。侵略者の経済操作によって、節度と精神を失った愚民が狂乱していただけのことなんだよなあ。洗脳による植民地化で使われる手法が3S。Sex,Show Business、Sportsの3つのこと。これらを民衆に与えると、その快楽に理性を忘れて言いなりになるのです。考えなくなり、目先の快楽(利益)を追求するようになるわけだ。植民地化する場合、現地人が賢くて理性的だとコントロールし難い。奴隷にするなら身体は健康だけど、頭はバカなやつのほうが扱いやすいという理屈。これにまんまとはめられたのが我が国と民衆です。
話を戻すと、バブル期の人たちでもまともな人達は異常さにとっくに気付いていたし、今になって反省している人もいる。昔から敬愛している元レーサーの評論家も同様のことを述べていた。過剰な舶来志向と自国を卑下する習慣に関しては、自分たちは自動車雑誌や業界に媚を売らないと生きられなかったから、ウケる内容の言動をしてきた。その結果、日本車や日本の自動車会社を見下すような事も言ったけれど、今から見直すと、とても失礼だし、その価値に自分たちは気づけなかったことがとても残念だ、というような内容でした。
本当にその通り!その評論家のことがますます好きになりましたよ。















































