雲水・ISA(九龍)のブログ

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日本は神の国
仁術師

毎年、原爆と敗戦記念日がお盆休みに重なるのは、お前たちよく考えるんだぞ!ということなのかもしれないと思う。そして、私は植民地化を脱却して完全自立するまで「終戦」とは言わない。

 

真珠湾の真実

侵略者が正当化の口実に使うものの一つであるけれど、最近はその裏が露呈して来た

https://www.youtube.com/watch?v=UCCMtteKLV0&source_ve_path=OTY3MTQ&embeds_referring_euri=https%3A%2F%2Fin.prideandhistory.jp%2F

その功績は日本人の研究者によるものが大きいけれど、侵略国の持つ「情報公開」のお陰もある。日本の腐敗した政府や政治家が隠蔽するような内容を惜しげもなく公開してしまうのである。

あの暴力団の様な国が今まで存続できた理由には、蛮行や悪行とバランスを取ろうとする崇高な哲学があることも認めざるを得ない。この点、隠蔽体質の強い我が国は恥ずべき。明治以降の日本近代史は隠蔽された内容が多く、ほとんどの歴史学者や評論家などは推論で述べるしかない。さらには、そこに戦後の侵略国による洗脳が加わっているので、その真実を知ることは困難。それを知る為には当事者に直接取材をするほかはない。しかし、すでに当事者が過去の存在となっている場合、全ては闇の中に葬り去られることになる。これを日本人は「墓まで持って行く」という綺麗事でごまかすことも少なくない。迷惑をかけたくない、自分が全ての責任や悲しみを背負うと言えば、格好は良いだろうが、子孫には教訓も残せないから、自省自浄も生まれない。伝統的な日本の悪癖が「メンツ」と「臭いものには蓋をして隠す」こと。

 

当事者亡き後、その真実も消滅してしまうのが日本であるが、侵略国はそれらも資料として保管している。記録は自分たちにとって不利な内容もあるはずだが、それも保管&公開して俯瞰しようとする姿勢には敬服する。彼の国の命綱(宝物)と言っても良い。日本軍なら全て焼却処分である。もちろん、更にその奥が有るのかもしれないけれど、現時点でも有意義であることは間違いない。この姿勢は「ペンや剣よりも強し」を実践するジャーナリズムやマスコミの大切な基本理念である。

だから、海外のジャーナリストは日本の様に権力者や取材対象者に取り入って、ずぶずぶの関係になってから、おこぼれの情報にあずかろうと言うような姑息な考えは持たない。飲食や接待などは拒否することが普通。日本は反対である。人間関係が癒着した状態で客観性が生まれるはずはない。この様な環境では真のジャーナリズムは成立しない。その意味で、日本には本物のジャーナリストは極少数。それらしく見せかけているのは、テレビ屋、情報屋、コンテンツ屋など、情報を商売とする連中である。

 

その中で、この研究者N教授の存在意義はとても大きい。先ず、第一資料に直接接触できていることが貴重。通常なら、それらの資料の存在すらわからないし、倉庫に眠ったままで、その価値に気付くことはない。それらの貴重なご縁がN教授と結びついて様々な真実が世に出ることになった。これは、犠牲となった英霊たちのお導きであるのかもしれない。私も、導かれてその存在を知った。このブログを目にした方も、ただの偶然ではない。何と有り難いことだろうか。

 

しかし、その偉大な教授でさえ、それらの資料をご自身で見るまでは半信半疑であった。まして、一般人の我々なら、何も疑うこともなくどっぷりと洗脳されてしまっているのは当然かもしれない。それほどまでに、戦後の侵略者の洗脳教育レベルは優秀なのだ。

一次資料(原文)からの情報は数多の推論や似非学者を淘汰することができる。自分は知っていたと言うような顔をしても、その出所や根拠をたどれば、一次資料か当事者(関係者)以外には有り得ない。実際に教授の成果を盗用する人が少なくないらしい。

 

また、一次資料に基づく史実は洗脳された害毒を修正&上書きすることができる。これ以外に、洗脳を解く方法は無い。洗脳された人間には説得や批判は役に立たないのだ。すれば、更に反発して、悪循環の繰り返しとなる。自分自身で気付いて修正するしかない。これは私の人間関係を断捨離する基準となっている。

日本人は自分自身で探求、確認せずに、権威や他者の伝聞(デマ)を鵜呑みにする傾向がある。分析しないからデマやプロパガンダの悪影響をもろに受けてしまう。今でも、コロナ騒動や災害発生時の情報に錯乱するのはその典型。

 

真珠湾攻撃は「日本が宣戦布告をする前に行った卑怯な不意打ちである」とされ、開戦の口実となっている。ところが、明らかになった事実が二つある。1,日本の暗号はすでに解読されていた。2,宣戦布告の通達をなぜか外務省関係者が遅延した

2に関しては一次資料がなく、外務省は隠蔽して来たのでここでは述べない。しかし、1に関しては明確な一次資料がある。

実は、宣戦布告の前から米国は暗号解読に成功しており、知らんふりをしていたのである。それはルーズベルトが国際社会に対して参戦する口実を作る為にわざとそうさせていたのである。その前に、60回近い戦争回避のための和解交渉も全て拒否していた事実もわかっている。要するに詰将棋の様に追い込まれたのである。先に手を出させて、正当防衛を主張する姑息な策略であった。

その後の日本の戦略や行動も筒抜けであったことがわかる。これでは待ち伏せされたり、罠を仕掛けられるのも当然であった。

暗号の解読が生死を分けることは英独のエニグマ解読でも明らか。英国はドイツの暗号を解読していながら、知らんふりをして、戦況の回復をすることができた。

ちなみに、日本軍に暗号が解読されている可能性を指摘したドイツの外務次官がいたそうであるが、軍部は信用しなかったので、後の祭りとなった。

 

戦後の闇

 

これについても一次資料が出て来た。

戦後最大の茶番劇ヤラセ裁判がいわゆる「東京裁判」である。戦争責任を裁く根拠や権限もない侵略国は、国際社会にアピール(正当化)するために、懲罰を合法化するための法律を後から作ったのだ。いわゆる事後法問題である。出来事が起きる前には無かった法律を後から作って審判にかけることであるが、これほど卑怯な行為を当時の国際社会は日本に対して行ったのだ。その弱い者いじめ集団が作った国際組織こそ「国連」なのである。

侵略国が自分たちの都合がよいように行った裁判であるから、公平性などはなく、やりたい放題であった。パール判事などの善良な有識者は「勝者による一方的な裁判である」と非難しているが、戦勝国はその声も抹殺した。そして、判決には不可解な点が多数見られる。

先ずは、死刑になったのはなぜか陸軍関係者のみである。

開戦の口実である「真珠湾の奇襲」問題はどこに行ったのか?しかも、同裁判では一度も取り上げられないばかりか、「真珠湾」という言葉すら出てこなかったそうである。

普通なら、先ず喧嘩を仕掛けて来たきっかけと張本人を追求するはずだけれど、それをしなかったのだ。

つまり、当時は一次資料に記録されている内容(知らんふりをしていた)が隠された真実であった。もしも自分達が奇襲を事前に知っていたことがバレると裁判の進行を妨げるから、敢えて隠したのだ。

そして、海軍に対する、不自然な対応は、それと関連する関係者たちとも司法取引があったことを示唆している。海軍には留学経験者が多く、外務省とのつながりも深かった。

ちなみに、外務省関係者も全て無罪放免となっている。そして、関係者は戦時中の秘密は一切話しておらず、逃げたままになっている。そればかりか、外務官僚は戦後の傀儡政権と親密な関係を築くのである。これは、戦後に行方不明となっている大陸で得た巨額の資産に関わっていた商人と財務官僚にも同様の事が言える。

また、大陸における細菌兵器(人体実験)研究、アヘン栽培などの関係者やそこから巨万の富を得ていた商人たちも無罪とされた。そればかりか、戦後政府の要職に就いたものが少なくない。

大出世した元外務官僚Yは総理大臣となりJ党を作った。官僚でもあり商人ともつながりの深いKは昭和の妖怪と呼ばれた。日本を植民地化する密約はこの時期に確立された。その仲間たちは昭和のフィクサーと呼ばれ、裏社会に君臨してきた。つまり、現代日本の腐敗&癒着構造はこの時期に作られたのだ。これが日本を蝕む諸悪の根源。これを叩かない限り、日本の自立と復興は有り得ない。この退治方法に関する神(鬼)のアドバイスはこちら

 

念のため。ここで紹介した研究者とその動画には宣伝広告も含まれているけれど、内容の正当性に何ら影響するものではない。教授の貢献されて来た業績には膨大な時間と費用が投資されている。学者は商人ではないから、生活するためには応援する人たち(出版社、後援者、支持者)の経済的な支援も必要。その知識に少しでも触れることができるというだけで、感謝するべき。我々に成り代わり、研究していただいているのだと考えるのが当然だと思う。

それと、教授の著作は純粋な史実の追求であることが大事。娯楽や利権が関係すると、創意が入るから真実は歪められる。我々の歴史観は時代劇やアニメ作品の影響が強いことがよくわかる。歴史上の豪傑、英雄、偉人のイメージはほとんどが自ら学んだ内容ではなく、それらの創作物に基づいている。その時々の庶民(読者)の受けを狙うから、当時の価値観によって、人物像も変わる。ところが、我々が歴史談義をする場合、それに気付かず、それらの虚像(作られたイメージ)に基づいて話すことが多い。間違った情報とその判断が積み重なれば、進む方向が行方知れずとなるのは当たり前。

 

ちなみに、首謀者の米国軍人は後に以下の様な証言をしている。

これはネットで発見した投稿画像。証言内容から部分的に抜き出しているけれど、問題提起にはなる。詳細はご自身で調べること。産経新聞の関連記事などもある。洗脳は自分自身で解くしかない。他力本願を期待するな!

 

日本への謝罪(ダグラス・マッカーサーの告白)公聴会は40分もの発言内容があるために、関係する部分をつなぎ合わせてある。
 

「日本の皆さん、先の大戦はアメリカが悪かったのです。
日本はなにも悪くありません。自衛戦争をしたのです。
イギリスのチャーチルに頼まれて、ドイツ参戦の口実として、日本を対米戦争に追い込んだのです。

アメリカは日本を戦争に誘い込むためイジメにイジメぬきました。
そして最後通牒としてハルノートを突きつけました。
中国大陸から出ていけだの、石油を輸入させないなど、アメリカになんの権利があったというのでしょう。

当時、アジアのほとんどの国が白人の植民地でした。
白人は良くて、日本人は許さなかったのです。
ハルノートのことは私もアメリカの国民も知りませんでした。あんなものを突きつけられたら、どんな小さな国でも戦争に立ち上がるでしょう。

戦争になれば圧倒的な武力でアメリカが勝つことは戦う前から分かっていました。
我々は戦後、日本が二度と白人支配の脅威とならないよう周到な計画をたてました。
アメリカは知っていたのです。国を弱体化する一番の方法は、その国から自信と誇りを奪い、歴史を捏造することだと。
戦後アメリカはそれを忠実に実行していきました。

まず、日本の指導者は間違った軍国主義をとってアジアを侵略していったと嘘の宣伝工作をしました。
日本がアジアを白人の植民地から解放したという本当の理由を隠すため「大東亜戦争」という名称を禁止し、代わりに「太平洋戦争」という名称を使わせました。

東京裁判はお芝居だったのです。
アメリカが作った憲法を日本に押し付け、戦争ができない国にしました。
公職追放をしてまともな日本人を追い払い、代わりに反日的な左翼分子を大学などを要職にばら撒きました。
その教え子たちが今、マスコミ・政界などで反日活動をしているのです。

徹底的に検閲を行い、アメリカにとって都合の悪い情報は日本国民に知らせないようにしました。
ラジオ・テレビを使って戦前の日本は悪い国だった。戦争に負けて良かったのだと日本国民を騙しました。

これらの政策が功を奏し、今に至るまで独立国として自立できない状態が続いているのです。
私は反省しています。自虐史観を持つべきは日本ではなく、アメリカなのです。

戦争終結に不必要な原子爆弾を二つも使って何十万人という民間人を虐殺しました。
最後に私が生きていたときの証言を記して、謝罪の言葉としたいと思います。

『私は日本を誤解していました。
日本の戦争目的は侵略でなく自衛のためだったのです。
太平洋において米国が過去百年間に犯した最大の過ちは、共産主義を中国によって強大させたことでした。
東京裁判は誤りだったのです。

日本は八千万人近い膨大な人口を抱え、その半分が農業人口で、あとの半分が工業生産に従事していました。
潜在的に、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、私がこれまで接した何れにも劣らぬ優秀なものです。

歴史上のどの時点においてか、日本の労働力は人間が怠けているときよりも働き、生産している時の方が幸福なのだということ。
つまり、労働の尊厳と呼んでよいようなものを発見していたのです。

これまで巨大な労働力を持っているということは、彼らには何か働くための材料が必要だということを意味します。

彼らは工場を建設し、労働力を有していました。
しかし彼らには手を加えるべき材料を得ることが出来ませんでした。
日本原産の動植物は、蚕を除いてほとんどないも同然でした。
綿がない、羊毛がない、石油の産出がない、錫がない、ゴムがない、他にもないものばかりでした。
その全てがアジアの海域に存在したのです。

もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が日本に発生するであろうこと彼らは恐れたのです。
従って、日本が戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです。』」

1951年(昭和26年)5月3日
アメリカ上院軍事合同委員会の公聴会にて

あれだけ日本を憎んで、民族を抹殺しようとしていた同人物の口から出た内容だとは、にわかには信じられなかったけれど、事実らしい。この手のひら返しの証言は何なのか?私の推測であるが、実際に日本に滞在した結果、日本の霊性に感化されたのだと想像する。約6年の日本植民地化を終えて帰国した際には友愛の感情が芽生えていたらしいのだ。一切の言い訳や命乞いをせず国民の平和を要請した天皇陛下の態度、召使などの接する人たちの礼儀正しさなどに感銘を受けたと言う話が伝わっている。そして、役職を解任され、日本を離れる敵国の親分に対して、日本人はまるで友人の様に見送ったのである。そのような日本での体験は彼に影響を与えたと思う。

 

インバウンドで来日する外国人たちが感動し、在日の外国人たちが面白いことを言う。「俺は日本に来ると善人になっちゃうんだよ」と言うのだ。それは余りに無防備で平和過ぎる環境を実際に体験したからである。お店などでトイレなどに行くために席を離れる時、多くの日本人はスマホや荷物を席に置いたままで離れる。しかし、誰も盗もうとはしない。自分が本国なら盗んでしまうかもしれないけれど、日本に来るとその気がなくなるし、良心に目覚めると言うのである。これは幕末に日本を訪れた外国人たちも同様の驚きを記録していた。それが今でも受け継がれていることを知ると、本当にこの国とその霊性(性善説社会)が愛おしく大切に感じる。

 

これこそが、私が神よりいつも諭されている「日本の霊性」なのだ。性善説社会の根底にある偉大な魂である。ただ、付け加えると、そう考える人には霊性を感じることのできる感性があるということ。日本の友人となる素質を持っている。しかし、一時的なインバウンド観光客や低文化レベルの出稼ぎ労働者たちのように、そうではない人も多い。それらの人たちは本国同様に犯罪を犯し、害国人となる。

 

話を戻すと、侵略の張本人は同上の証言をしているけれど、その後の侵略国の元首たちの認識はどうなのか?

現在の米国でこの将軍の名前を知る米国人は少なく、大東亜戦争の経緯も知らない人がほとんど。来日して初めて知ったと言う米国人が多い。これは、この発言内容が知られることを恐れ、教育(授業)から意図的に排除している可能性がある。情報公開をする一方で、情報操作も行われている事を忘れててはならないだろう。

 
戦後の日本 昭和は素晴らしかった???

 

これは半分本当で半分嘘だと思う。なぜなら、戦前と昭和の前半を作った人たちはその前の世代の人たちなのだ。彼らは伝統的な調和の精神、質素倹約の精神、勤勉性、向学心、道徳観念などを持っていた。それらが戦後の高度経済成長を支えた。この時代に創業した新興企業の社風にはその遺産を感じることができたけれど、最近は倒産したり、海外企業の傘下に入ってしまった老舗企業も多い。

私は仁術の施術時に霊性を必要とするため、毎度、霊との不可思議な会話(交信)を経験する。その際に様々な事を教わるのだけれど、最近は特に私の洗脳されてしまった害毒や穢れを浄化するための啓示(お叱り)が多い。

 

そこで、気付かされたことは、近代の霊性の損壊がひどいこと。特に明治と戦後である。明治の無節操な伝統文化破壊(否定)と戦後の日本弱体化はつながっている。太平の時代が戦乱続きとなったのは明治の文明退化以降なのだ。不自然で遅れた(今でも最先端だと勘違いしている人が多いけれど)概念を無理やり日本の精神文明に押し付けたことが原因。それに気付いた文化人もいたけれど、その声は物とお金に目がくらんだ政財界と愚民には届かなかった。

物質文明に毒された人々が大好きな概念が「権利」。人権、自由などはそこからの派生。この危険性に気付いていたのが福沢諭吉氏。氏は西洋文明の概念を日本語に訳すことに注力していたけれど、その困難と限界も痛感していた。訳語として登場した「権利」は元々が「権力によって利益を得る」意味の仏教用語であり、そこには公の大義や調和による平和の観念が抜け落ちている。その結果、人間が私的な要求ばかりするようになることを見ぬいていたのである。現在を見ればその通りではないか?この詳細については井上ひさし氏のコラムをご参照。

この誤った教育をまともに受けてしまったのが戦後の子供たち。高度経済成長の実働部隊がこの世代。しかし、指示を出すのは前の世代の上司や指導者であり、以前の教育も受けているから、半分は伝統的日本人であった。都市部ほど西洋化は顕著であるから、伝統的な日本人気質や霊性が失われるのも速い。反面、地方には伝統が残ることになる。

 

子供たちの脳ミソはスポンジのように情報を吸収する。朱に交われば赤くなる。高等な哲学や理論より、目の前にある現実を優先する。飴(チョコレート)と鞭を使い分けた侵略者の洗脳に気付く力は無かった。焼け野原から見る、彼らの姿は輝いて見えた。幼少期に欧米の価値観に洗脳された人間は当然、思想も生活スタイルも西洋志向になる。外来語が氾濫し、テレビCMには外人モデルが登場する。

そして「権利」「自由」に夢中になった人たちの節度の無い暴走が始まった。それに伴い公害、腐敗、暴力(家庭内、学校内)が横行したけれど、全てを「高度経済成長」という大義名分でうやむやにして来たのだ。「豊かな暮らし」「幸せな家庭」と言うのは、西洋の価値観を鵜呑みにした物質文明に毒された成金志向であることに気付かなかった。昭和のバブル経済、伝統的な美徳や精神文明、性善説社会の崩壊はここから始まった。それらの人たちが作ったのが弱体化した平成令和なのである。

 

これと同様の現象は明治期も起きていた。クーデターにより力を得た成金政財界人たちは、こぞって豪邸(別荘)を建てまくり、セレブな生活をひけらかすようになった。子孫を残すことが困難な戦国時代でもあるまいし、何人もの妾を囲い、豪遊する。この子孫たちが近代日本の政財界の多くを占めている。

 

今後の日本について

 

権利や自由に毒された人たちのなれの果てがいわゆるリベラリスト。グローバリストもほぼ同類。この基礎作りに加担したのが洗脳された自称文化人が作った教職員組合である。悲惨な原爆体験を描いた「はだしのゲン」を閲覧制限したり、国歌斉唱を拒否させたりしたのが、この連中。正に侵略者の手先である。彼らが実施した「ゆとり教育」は日本人の調和の精神と道徳観念を破壊し、利己的な権利を主張するモンスターを量産した。

 

1980年代にリベラル教育を提唱した本国アメリカでは、それによって、若者たちが自由や権利をケジメも節操も無いことと混同したから、善悪の区別もできず、犯罪意識がなくなってしまった。その為に青少年犯罪が激増してしまい、慌てた米国教育界はその改善策として、皮肉なことに、自分達(GHQ)が日本で禁書扱いとしていた日本の「修身」(戦前の教科書)を参考にしたのである。ところが間抜けな日本教育界はそれを「アメリカ式最先端教育理論だ!」と得意になって試行してしまったのである。米国が反省して廃止した教育理論を取り入れてしまったことは、愚かと言うしかない。

この顛末は過去のブログに詳しく書いてある。

この弊害は大きい。愛国心と日本人の誇りを失った悲しい世代。西洋由来の外来語や文化は覚えたけれど、自国の伝統文化や哲学には疎い。日本生まれの半外国人だと言えるかもしれない。80年代の米国で若者による犯罪が多発した状況は、闇バイトや詐欺などの横行する現代日本と同じである。

 

その中で、高学歴者は知的で良い人ぶるけれど、実はこれらの人たちこそ、自然(宇宙)の摂理を歪めてしまう存在なのである。この前の世代はコミュニストがそうであった。つまり、自分たち(人間)の概念や思想が自然の摂理(神や霊性)よりも優れていると考える傲慢な人間たちの事である。危惧するのは、この種の人間は西洋由来の不自然な司法の概念と相性がいいこと。様々な権利を主張してマウントを取ることに長けている。それは、そうすることが正しいと言う教育を受けて来たから。だから、弁護士、裁判官などの業界に増えつつある。このままだと将来は欧米の様な訴訟社会となるはず。正義や道徳ではなく、法律解釈により管理される社会になってしまうのだ。これは法治の起源(意義)の本末転倒であり、法治国家における最大の弊害、害毒である。

 

私に届く神からの啓示では、物質文明至上主義とこの種の人間が世界を滅ぼすと言われている。

 

この背後にはそこから利益を得ている国際金融資本がいる。以前はディープステイトなどと呼ばれていたけれど、陰謀論の様な曖昧な存在ではなく、現実に存在する世界構造である。国際金融資本は世界の摩擦から富を生む。そのために都合がよいシステムとルールを作る。自分達が介入するためには国際ルールが必要。これがグルーバリズムである。相場の変動から利ザヤを稼ぐシステムがその典型。変動が大きいほど設けるチャンスが生まれる。変動が大きな現象とは、すなわち紛争や摩擦である。紛争を誘導する情報操作も行い、プロパガンダを実行するアイドルも生み出す。イラン戦争のナイラ証言や最近の環境活動家が典型例。

最近ではコロナ騒動、ウクライナ、イスラエル問題などに関与している。ここで、神の啓示を付け加えれば、それに便乗して利益を得ている者たちも共犯、同罪である。それらの共謀意識が今の世界を作っている。

 

コロナとワクチンに関与した邪悪な科学者たち。

14分からは日本国内で公的に奨励した医師たちに言及している。

回答を「弁護士のアドバイスにより答えを控えます」の一点張りで拒否し続ける茶番劇の様な公聴会。後半は医師による具体的な追及。これらの報道は日本の大手メディアではほとんど見ることはできない。

 

こういう構造と背景から、様々な害毒が生まれるので、我々は監視することが大切である。

 

靖国神社問題

 

これに関して、非常にユニークな発想をされていた文化人がいらっしゃった。

この方の発想と博識、言語表現には常々感心している。想像であるけれど、故石原慎太郎氏にこの方のユーモアセンスが有ったら、面白かったと思う。

フェイスブックにてこの動画を拝見したので、私も以下のようなコメントをしておいた。長いコメントは書きたくないので、短いけれど、本当はもっと言いたいことがあった。

それは、神の啓示に基づく、問題提起である。

今の日本の中枢(政府)と聖職者(皇族、神職)には霊性を理解できる存在がいない。だから道を簡単に誤る。

 

神様や霊魂が人間ごときの作った箱(建造物)や指定した場所(所在地)に収まるはずがない。それらはあらゆる物とと共に存在する。我々はその一部だと言っても良い。それがわかっていれば、神や英霊を心に念じた瞬間にそれらは降臨する。いつ、どこであろうともだ。教会にいても、モスクにいても、ファーストフード店にいても、トイレにいても、同じである。御利益や由緒の誇張宣伝、各種迷信グッズなどは神に無礼な宗教ビジネスである。

 

ちなみに私の施術にはこの関係性が必須。私はそれを感じてお手伝いするのみ。昨日はあるお寺の坊守さん(住職夫人)がチャドクガに刺されて苦しんでおられたから、お手伝いをした。目の前で赤くただれていた皮膚の色が変わり、腫れが退く様子には当人も私自身も驚くばかり。しかし、この様な現象は小児麻痺、喘息、リュウマチ、パーキンソン病、アナフィラキシーショックなどの施術でも起きる。毎回新たな発見を授けていただけることは、本当に感謝と畏怖である。

 

彼女は聡明な方で、インドをはじめ様々な哲学を学ばれていらっしゃる。仏門の場において、私が得体のしれない「神様」を持ち出すことは失礼になりかねないから、少しお話(説明)させていただいた。私の言う「神様」の概念はそこには収まらないのである。つまり、お釈迦様やイエス様などがお生まれになる前からの原始の存在なのだ。彼らが論じた超人間的存在と同じだと感じる。しかし、よく考えればこれは当然である。なぜなら、人類が今の様な言語体系を持つ前にも文明や石器時代などがあり、私はそのつながりを深く感じている。

話を戻すと、その存在は千変万化であり、人間の想像するような実体は持たない。だから、名前や形式などどうでも良いのである。首相や政治家、国民の誰かが靖国神社の事を念じた瞬間に、そこに関連付けされた神と霊魂は降臨する。本来は社や廟などの建造物は不要。神棚やお札さえも要らない。この概念が理解できれば、日本国の元首として言うべきことは簡潔で良い。

 

「私たちは常に神と英霊たちと共にいるのです」

 

これだけで、毎日靖国神社に参拝しているのと同じ意味となる。更に説明を加えるならば「私たちは終戦記念日だけでもなく、靖国神社に限られることもなく、常に神と英霊たちと共にいます。すなわち、神国日本の国民は全てが心の中に靖国神社を奉っているのです」と言うべき。

 

これにより、神社参拝と言う形式はどうでもよくなる。

 

 

 

 


 

 

 

毎年、この時期になるとどうしても人類史上最悪の大虐殺爆弾の話題になる。しかし、大手メディアの報道などを見ていても、相変わらずの進歩の無い内容なので、辟易する。過去のブログに関連する投稿をしたけれど、戦後80年近く日本人の認識は更新されていないのだ。

https://ameblo.jp/isa96/entry-12300203447.html

侵略者にとっては「大人しく平和ボケさせておく」ことが最善策なのである。「平和ボケ」に脅迫を組み合わせると、「戦争をしなくて済むなら、侵略されてしまった方がいい」という発想につながる。国は要らないから「州」になってしまった方が楽だと考える。これこそが「植民地化洗脳工作の最終形」なのである。最小限の武力で侵略する認知戦の理想形でもある。子供のころから洗脳されて育った若年層には増えている。

 

これに気付かない限り、日本の再興は有り得ない。日本の有識者、文化人、権威には何の価値があるのか?本当に価値のある優秀な人たちは公の場に出ることができない。全て政府(侵略者の傀儡)により選別されている。ますます、テレビの存在意義が薄れている。

 

ここで、本日も神からの啓示(鬼の知恵)がある。それは「核保有国関税」「非人道的行為関税」「特定国差遇税」の制定である。以前に鬼が提示した「悪い者イジメの国際版」である。悪い者イジメ」に対しては、かなり反響があったけれど、詳細は前ブログ記事をご参照のこと。

 

そういう国々に対してはペナルティーを科す。関税だけではなく、貿易する際の取引価格も割高に設定する。場合によっては取り引きや援助を禁止する。昔、共産主義国に対して、脅威となる科学技術の流出を防ぐためにCOCOM(対共産圏輸出統制)があった。それと同様に「対核保有国輸出統制」をするのも有効。日本が世界唯一の被爆国であることを世界に示すのである。被爆国だからこそ可能な問題提起なのだ。

 

国内の生活や観光に関しても、全ての外国人にはパスポートの提示を求め、同国人には差遇(優遇の反対)をする。当然、全ての同国人が悪い人ばかりのはずはないけれど、彼らに自浄と世界平和の意識を促すためには、共犯意識(共同責任)を認識させることも必要。これに異議を唱える国(人)には核兵器を捨てるつもりもなく、使う可能性を秘めていることになるから、付き合う(交友、外交)ための選別材料となる。

 

おそらく、この様なことを言うことはリスクが大きいので公的な場で発言することは難しいかもしれない。眼鏡の博識貴族さんやオレンジ色の愛国戦士たちは賛同してくれるかもしれない。そして、これを実現できれば人類が大好きな(神は認めない)○○平和賞も夢ではないだろう。

これは日本以外の、国連で差別をされているあらゆる国々にも有効なアイディアである。国際世論をたった一つの常任理事国の拒否権で否決されるような国連など実質無意味である。国連自体の生い立ちと規約内容を知れば、当時の侵略国(戦勝国)が自分たちに有利なように作った不公平な組織であることは明らか。世界平和という大義名分を隠れ蓑として自分たちの既得権益を守る下劣な組織だと言える。属する職員や研究者たちには善人も多いけれど、自分達が利用され、共犯者となっていることも知らなければならない。

 

昨今の平和論や核廃止論には嫌悪や逃避に基づく、綺麗事理想論ばかり。○○をしてはいけない!○○反対!○○べき!というような謳い文句は聞き飽きている。それらを抑止して浄化する発想が抜け落ちているのだ。小生が先日FBに投稿した文章を転載すれば以下の通り。

「リスク管理とは「核兵器」だけではない。邪悪な人間の行為を防ぐ概念の全てであるべき。例えば、台所用品、キャンプグッズ、DIY工具のコーナーは「凶器」だらけである。ここに狂人が来たらどうなるのか?しかも、日本の売り場は監視員もおらず、直接手で取れる環境なのだ。これをすでに悪用しているのが害国人なのである。注意書きがしてあっても「にほんごわかりません」で逃げることができる。それに対して「○○を売るな!」「○○を作るな!」と言うだけではリスクは防げない。法律(条約)やマナー(人道)は狂人には通じない。綺麗事を信じて守るとつけ込まれるのが現実。そういう悲しい事態を避けるためにリスク管理(国防)が必要なのである。凶悪な爆弾を二度も落とされた瀕死の状態につけ込む「火事場泥棒」もいることを忘れてはならない。」

 
火事場泥棒とは原爆投下後の悲惨な状態につけ込んだ北の大国の蛮行(シベリア侵攻)の事である。
 
これらの礼儀や善悪の通じない相手に対して、口先で文句ばかりを言っても何の効果もない。そして、それらの言動をする人たちは自分たちの夢や行為に自己陶酔しているにすぎない。「戦争が無くなると良いなあ」「みんなが平和に暮らせたらいいなあ」「私はなんと素敵なことを言っちゃっているでしょう!」「私は自分の利益追求ではなく、世界の平和のために一生懸命なのだから、みんなもわかってくれるはず!こんなに優しい私の事を好きになってくれるはずよ~!」みたいな感じ(言い過ぎか?)。お子様レベルの発想に感じる。
 
ちなみに、その前のFBの投稿内容は以下の通り。
 
 
地震に関する神の啓示もある。
 
こういう時にこの世界の矛盾や問題点が浮き彫りとなるので、辛いけれど、とても貴重な教訓となる。
 
物を所有するはかなさ。お金というただの紙切れと金属片の現実の価値。電気が止まると何もできない文明。サバイバルの知識はデジタルではなくアナログである。水や食べ物のありがたさ。食事の内容と量の暴走(過剰な肉食やグルメなど)に気付く。日本人の霊性による団結や助け合いの精神(性善説社会)、火事場泥棒に対する認識(リスク管理)、災害時の支援体制・・・など学ぶべき内容が多い。
 
では、また。ごきげんよう。
 
 
 
 

 

 

 

過去のブログでもたびたび言及して来たけれど、日本国民には日米軍事委員会の存在を知らない人が多すぎるので、何度でも問題提起をしておく。とても簡潔でわかりやすいので、いつも紹介するリンクがある。削除される前に、ご一読いただき、知識を共有&拡散していただきたい。

これを知らなければ、今の日本の異常な状況を理解できない。日本再興のための最低限必要な知識である。

民主党はこの問題に介入しようとしたけれど、妨害された。当時は各省庁に日米密約に関する質問状を出し、外務省にも密約や委員会の存在を認めさせている。つまり暗黙の事実なのである。この意義は大きかった。それ以外にこの政権に功績は無い。侵略者の傀儡政権であるJ党政治に何らかの変化をもたらすと期待したけれど、役不足だった。震災時の対応などは思い出しても腹が立つような内容である。

その後、自民党は同委員会を黙認しているけれど、この問題を清算しない限り、日本は独立することはできない。なぜなら委員会の権限は内閣や国会、最高裁判所よりも上にあるから当然である。基地問題やスパイ防止法案などを国会で議論しているけれど、あれらは全て茶番劇なのだ。選挙も同様である。侵略者はそれを知っているので、政治家は存在価値のない演者(役者)だという認識しかない。だから二週間に一度、直接官僚たちを集めて指示を出しているのである。Z省やG省などは内閣の指示に従わず、妨害(非協力)することが多いのは、これが理由なのだ。最終的な決定は全て侵略者の許認可を受けなければならない。つまり、日本に主権はまだ無い。あるように見えているのは、侵略者が認めた内容だけ。この微妙な調整により、日本人には気付かせず、反発させないようにしているわけだ。洗脳と言い、この偽装主権国家工作と言い、実に見事な植民地政策だと思う。この構造を改め、日本が完全主権を取り戻し、米国が干渉を止めない限り、私は同国&同国人に対して「侵略者」と言う言葉を使い続ける。

これだけ事実関係が明らかになっているのに、マスコミも政治家も何もできないし、しようとしないことが日本の最大の問題である。洗脳された愚民と操り人形ばかりの多数決(議会制民主主義)による合意は当然ながら、洗脳された内容に帰結する。この悪循環を繰り返すだけなのだ。この邪悪な構造を壊さない限り救いは無い。邪悪な構造は戦後のGHQによる公職追放などの国民総人事政策によって、日本の頭脳が入れ替えられたことに始まる。戦後半世紀以上もこうして騙され続けてきた。

(東京新聞)

 

だから、逆説として、支配者はそれをさせないために、自分たちの操り人形(平和ボケ愚民)による民主制を守る。自分たちの言いなりになる烏合の衆と民主主義がセットになれば支配体制は盤石である。裏から操ることはたやすい。その為には民主制が絶対善、正しい概念であるという世論を確立しなければならない。利用される大義名分が、個人の権利、平和な世界(みんなと仲良く)、幸せな人生、政教分離などの概念。これによって人間は神様(自然)を忘れて、自分の欲望に忠実な操り人形となる。しかし、民衆が賢くなると多数決は正常化(侵略に不利)してしまう。だから、民衆は永遠に平和ボケした状態にしておかなければならない。快楽(芸能スポーツ、娯楽、グルメ、性風俗、薬など)依存にしておく。これこそが戦後の日本平和ボケ愚民化政策なのだ。そして、独立運動や革命(クーデター)などを防ぐためにアジアの治安を守るという大義名分で軍隊を駐留させる。これには日本国内の反米活動を監視する役割がある。だからスパイ防止法は実現せず、駐留軍の権限の方が日本国の法規を越えた構造になっている。この元凶となっている監視管制システムこそ日米合同委員会なのである。

ちなみに、GHQやマッカーサーという名前を知っている米国人はとても少ない。あちらの学校では基本的に教えてない。その意味でも、周囲にいる米国人(駐留兵士)などに問題提起や情報拡散することはとても意義がある。これは他国との諸問題についても言えること。話すと嫌われる、友情が壊れるという人がいるけれど、それで仲が悪くなるような関係なら、所詮その程度の軽薄な友情なのだ。私はSNSを含めて、どんどん断捨離している。

 

この人たちの動画は国内外の認識の違いを知る上でとても面白い。

現在の女性総理大臣はこれまでとは違った政治家である気がするけれど、80年間も侵略者と癒着して来た関係を清算することは難しいはず。もしも頭(総理)を挿げ替えただけの操り人形であれば、J党の内部浄化は不可能だから、J党全体を壊滅させるしかない。党内には優秀な人材も少なくないけれど、志のある人は、離脱して超党の同志と共闘するべき。戦後80年も手つかずで腐敗した国体を治すのだから、女性総理たった一人が短期間で実現できるような内容ではない。優先順位があるはず。古い体質の野党は全体を考えず、1で10を否定するような非常に幼稚で醜い攻撃をする傾向が今でもある(害毒となっている)。文句だけは言うけれど、それ以上の知見も能力も無い。

 

最近の新興野党はとても勉強をなさっている優秀な人たちが多い気がする。内容を客観視しており、協力できるところはするし、妥協できないところは徹底的に議論しようとする姿勢が見られる。何をやっても文句を言う人間はいる。しかし、最近の変化は石原氏が都知事に就任した時の都政に近いスピード感と実行力があるので、とても期待している。

しかし、本気で日本の再興(独立)を考えているのであれば、侵略者が見逃すはずもなく、脅されていることは間違いない。命の危険がある綱渡りをしている。孤軍奮闘させては、危険である。抵抗が大きすぎて前に進まない。周囲や国民は支援協力するべきだろう。これまでも、日本再興を考えたり、自分の命を懸けて問題提起をなさった先人たちがいらっしゃったけれど、ことごとく葬り去られた。私も影響を受けた、日本の社会学者は「こんな世界(日本)に前途は無い」とおっしゃり自害なさっている。それほどまでに、我々は洗脳されているのだ。それをかろうじて支えているのが、日本の霊性である。これは世界平和、人類救済のカギであるのだけれど、日本人自身でさえ気付いている人はまだ少ない。神はこれを死守せよというおっしゃる。その為に守護を担う「鬼」の存在がある。

 

「悪い者イジメ」の勧め

 

癌細胞を除去手術する場合、取りこぼすとまた転移繫殖してしまうから、徹底的に根本から駆除することが必要。日本の腐敗部分に対して、この覚悟を国民は持つべき。しかし、先述した通り、愚民による民主主義と操られている社会システムでは、革命やクーデター以外に根本治療は困難。つまり、今の民主主義議会制による選挙や国会に従っていては変えられるはずがない。強制リセットが必要。絶大な賢人(霊性と知恵を併せ持つ指導者)による強引な浄化(専制的強権の発動)と、その感化により、国民がこの欺瞞に気付き、一緒に悪循環の構造を壊す(覚醒し自発的になる)ことができれば良いけれど、今の社会構造に依存している限り、難しい。そこで、鬼は現実的な国家改造(世界更生)の方法を教示してくれた。それが「悪い者イジメ」。現在の「イジメ」は対象を間違っている。弱者ではなく、悪を懲らしめるためにイジメるのだ。

 

その方法とは、国民が真の叡智に目覚め、諸悪に立ち向かう事。武力(暴力)ではなく、知恵と言論によって、腐敗の元となっている関係者(侵略者、傀儡政権、癒着した官僚、財界など)が生存の危機を感じるほどの圧力をかけるのである。連中は公安、司法、国税などを利用して圧力をかけて来るだろうけれど、その場合は倍返しの報復を行う。不正な圧力を行使する人間、組織、その職員、その家族などを国民全体で監視して、村八分的な圧力をかける。邪悪なものは住めない環境を作るのだ。悪徳政治家、行政担当者、司法(裁判官、弁護士)、国税(税務署長、担当者)などが権力やマスコミを使って威嚇、隠蔽しても、我々はそれに負けず、悪業を許してはならない。昔は天誅、仇討などがあったけれど、現代では認められていない。だから、対抗手段は事実に基づき、根拠のある具体的な批判表現を使う。これが犯罪防止の抑止効果とおなる。その為には、天誅や仇討に勝るとも劣らない効力を持たなければならない。脅迫を受けた場合は直ちに圧力を行使した部署と内容を公表することにより、職権乱用を暴く。意地悪な取り調べ、取り締まりなどをした担当者は呼び出して実際に顔を見て覚えておくこと。圧力をかけるほど、しっぺ返しが過酷なものになる恐怖を教える。悪者イジメの支援者を増やし、倍返しの圧力をかけるのである。

 

反対に邪悪な権力に媚を売りへつらうことは、自分の魂を汚すことになる為、一時的に得をしたつもりでも、後からその因果応報が現われる。社会の腐敗はこれが原因。貧富の差をなくし公平な世界を考えたはずの共産主義が破綻した原因も同じ。

例えば、街中でお会いする機会があれば、「こんにちは、売国大臣さん!」「おはようございます、藪医者先生!」「こんばんは、外人えこひいき裁判官さん」「こんにちは意地悪なお巡りさん!」みたいに挨拶をしてやるのだ。その家族にもそれを広げるとさらに効果的。「お前の父ちゃんは売国政治家だから一緒に遊んでヤラナイ!」「殺人ワクチンを勧めた人が関連している企業とは取引したくありません」「売国行為に加担している企業とは仕事をしたくありません」「嘘つきの家系とはお付き合いはできません」「意地悪な取り締まりをするような人たちに協力はしません」のように接する。ポイントは嫌悪感を表す形容詞(説明部分)にある。説明は非難している因果関係を相手に通知して、考えさせる意味もあるのだ。単発で使うお勧めは「汚らわしい」「汚い」「卑怯」「嘘つき」「下品」「品がない」「罰当たり」などが無難な表現。○ね!○○す!みたいに、攻撃するような言葉は、発している本人にも悪い言霊の副作用が出るから、使ってはならない。子供の頃「噓つきは泥棒の始まりだよ」などと言われたものだけれど、最近は「政治家の始まり」となりつつある。

 

「悪い者イジメ」に関する私の実例。

 

近くに引っ越して来たくせに挨拶をしてこない入居者にはこちらから訪問して、近所付き合いの重要性を説くのと同時に、治安を乱したり失礼なことをさせないための警告(脅し)をしている。私は多言語を話すので外国人にも直接話す。いきなり日本語の挨拶もせず外国語で話しかけてくる場合は、ずっと日本語で応対する。通じない場合に、初めて外国語を使用して、強烈な説教が始まる。私の街では侵略者の関係者(軍属)に賃貸住宅をあっせんする不動産業者も多いから、業者にも挨拶に来させている。今話題の移民は「郷に入っては郷に従え」の鉄則を守らせ、従わないものは強制排除。賃貸物件を貸した家主にも当然抗議をする。今のところはまだ移民問題は無いけれど、外国人をよく見かけるようになっている。いつの間にか、最寄り駅近くの一般住宅がモスクになっていたけれど、監視している。公共の場所の礼拝などは見つけたら決して許さない。国民は同様に監視するべき。

 

同窓会において、昔の上下関係を覚えていて、今でも大人しい同級生に対して上から目線で話す人間がいた。それに対しては「昔から弱い者イジメをしていたけど、まだその下品な癖は直らないの?今の社会的地位は△△君の方が君より上なことわかっているの?」であった。

 

勉強不足で今でも売国的な発言をしていた教師に対しては「売国教職員組合の洗脳が未だに抜けずに、自国を貶めるような害毒をまだ垂れ流していらっしゃるのですか?僕たちも洗脳被害を被ったけれど、その無知な組合員の先生たちは似た様な生徒をたくさん育成してしまった可能性は大きいですね。日本にとっては大きな損害ですよ。その教職員組合もまだ同じことをしていたら、国がよくなるはずはありませんよ。色々な史実が明らかになっていますが、先生ご自身の認識はどうなんですか?OBたちも反省したならすぐに改めるべきでしょう。老害に対していつまでもお元気でなどと言えるはずもありません、長生きするだけ害をまき散らし続けるわけですからね」であった。

 

有名な売国メディアの重役同級生とBBQで一緒になったけれど、セレブな生活や人間関係を自慢するだけで、国のことなど何も考えていないから「君の会社の悪行と問題点が話題になっているけれど、ちゃんと考えているの?知っていながらそのまま放置していたら共犯者になるよ」と言っておいた。直るまで、次回以降も同様に接するつもり。これで切れるような友情やご縁は断捨離となるから、一石二鳥なのだ。

自分でもなんと嫌味な人間なのだろう、嫌われるだろうと思うけれど、それも覚悟している。これはリスク管理につきもののジレンマだと言える。常にマイナス面にばかりを意識していると、仕事以外の発想や行動もその悪影響を受ける。疑い深くなったり、性格が悪くなる(きつくなる)可能性が大きい。逆に平和ボケしていては、危険や脅威に気付くことができなくなる。公安、防衛、警備などの業務には関係が深い。例としては、最初から疑ってかかるような職質や捜査など。これが冤罪につながる。逆に平和ボケしていて、緊急性や危険度の判断を誤ると、直後に重大事件を引き起こしてしまう。ストーカー犯罪や自殺自傷事件などがそう。

 

魂の清らかさや慈愛の心持ちつつ、悪に対して鬼となることはとても難しい。本来、世界平和のカギは「慈愛」である。慈愛の心は「許し」を生み、プラスの循環ができるけれど、それは世界がある程度健全で余裕がある場合に成り立つ。しかし、その心が失われた今の世界を短期に救うためには間に合わない。つまり、すでに毒を呑み込んでしまった患者を目の前にして、不注意を責めたり、日常生活の心がけを論じる余裕はない。いち早く体内の毒を取り除く方が優先である。その応急措置の一つが「悪い者イジメ」なのだ。慈愛の心を普及させるためには時間がかかり過ぎて間に合わない。害毒の駆除が先決である。これを勘違いして逆さまの事を言っているのがいわゆる平和ボケ(左系)。あれこれ騒いでいるうちに患者はご臨終となってしまう。

神様は言霊を含めた人間の概念を使うことは嫌がるけれど、我々すべてがそれに毒され、依存しているために、それ以外に理解できる(救える)方法がないのである。

 

これを乗り越えるポイントは、目先の事象や概念(現世のしがらみの一切)にとらわれることなく、その先に平和を求める心(目的意識)がなければならない。反対に、単なる劣悪な感情の噴出では意味がなくなるどころか逆効果。いわゆるヘイトや悪意のある差別がそうである。それらの言動は自らを貶めることになるから要注意。

「水に流す」と言う言葉がある。マイナスの記憶や感情に執着しないための態度を表す。一見、高尚な精神的境地を言っているようだけれど、やはり人間が作った概念。なぜなら、動物は生存するため、危険、嫌な記憶は決して忘れない。その後の経験により危険でないことがわかれば上書きされ、トラウマは消える。それまでは、忘れないことが本能。地震や津波などの災害の記憶は忘れないように伝えるものである。邪悪な人間は存在が災害(人災)なのだから、記憶しておくべき。時効は無い。

 

例えば、川に巨大な岩(邪悪な存在)が落ちて来て流れをせき止めてしまった。流れが変わり、増水時には周囲に洪水被害をもたらすようになった。この岩を「水に流す」ことができるのか?自然界において、巨岩が風化して細かくなり流れるようになるには悠久の時間が必要。巨岩が自ら崩壊して、粉々になり、水に流れて行くことは滅多にないから、現実的には第三者が重機などを使って細かく砕いて排除するしかない。巨岩がバラバラにならなければ、水で流れない。巨岩を悪の象徴だとすると、「自らの崩壊」とは自分自身で邪悪な部分を悔い改めること。第三者が粉砕して排除することは、法的な強制措置、悪い者イジメによる圧力などに該当する。この状態になって初めて水に流すことができる。放置しておいたら水に流れるようになるまで何万年もかかるはず。

 

これを認識せず、寛容なつもり(善人ぶる)「水に流す」という綺麗事を吐く人は、巨岩を放置しているだけであり、積もって障害物となるから、結局は水の流れが変えられてしまうことに気付いていない。こちらが流れを変えるのは、本末転倒。この悪循環を放置すると下流域の生態系も変わる。従って、邪悪な巨岩は徹底的に粉砕して水に流すべき。人間が作る不自然な綺麗事は犯罪者を甘やかしたり、自然界の淘汰や浄化を妨げることがあるので、要注意。鬼は毎回私にこの様な警告を発して来る。

そこで「名誉棄損」などを持ち出すのであれば、その場で事実関係を確認して検証すればよい。当然、自分に自信がなく半端な知識や情報であれば、それなりの責任は生じる。それを覚悟しなければ単なる正義の押し付けとなってしまう。一方的な正義の押し付けも害であるから、論破されて当然。善悪は時代と共に定義が変わるものでもあり、簡単には断定できない状態なので、その是非を双方で議論するのである。異議があるなら反論すればよい。反対に自分の考えに問題があれば反省と学習する材料となる。議論の最中に名誉棄損や侮辱などを持ち出したら、議論は成り立たない。しかし、それが脅しや逃げであれば、引き摺り出して、隠してきた内容も全てさらけ出し、ヤブヘビとなる恐怖を味合わせるのだ。名誉棄損などの脅しが通用しないことを教える。選挙演説や講演会でヤジを飛ばす人間は呼び出してその場で議論をする。

(弁護士JP)

 

関連サイトを調べたら上の説明が出て来たけれど、過剰に人権を擁護するような表現がある。これは悪人を逃がし、のさばらせる過保護な発想の元となる可能性がある。前科、悪業の記憶は司法が時効などを勝手に設けるものではない。当人が自業自得として一生背負うべき記録である。それを回復、更生するか否かは当人の問題。自分で償うしかない。我々(被害者)の記憶に時効は無いのだ。平和ボケ社会では辞職や更迭でその後の責任を曖昧にして逃げる風潮があるけれど、逃がしてはならない。辞職後の退職金の取り扱い、懲罰の内容、汚職や横領なら、その賠償が完了するまで報告させる義務を負わせる。公職なら、毎年公的な会議や会報で経過報告をさせる。広島長崎の方たちは米国の罪、沖縄県民は政府(軍部)の責任を忘れるべきではない。東日本大震災の核汚染被災者は東電と政府(いい加減な民主党の関係者)を忘れるな。ワクチン被害者は政府(厚労省)と医療関係者を忘れるな。それらの贖罪が完了するまで悪い者イジメは続けるべき。その悪業は子々孫々まで伝える。

 

これから、抑止効果が生まれるのである。悪いことをしても「時間が経てば世間は忘れてしまう」というような考えを持たせてはならない。悪人を甘やかすような発想は被害者の人間の感情を無視した平和ボケ的な発想なのだ。節操や恥も無く、何気なく再登場するのが芸能と政財界である。精神後進国の西洋思想にかぶれ、罪人を甘やかす弁護士や司法関係者が増えたから、日本の伝統的な性善説社会が壊されてしまった。そして、それらの平和ボケした人間たちが現実の法律を扱っているということはとても恐ろしい。マスメディアや権力者の手先となった司法の人権論などは犯罪者を野放しにするだけである。実際に害国人や闇バイトなどの犯罪に警察や法律は対処できない。

 

これは、人生の大半を冤罪で失なわせた検察(司法)の罪を問わない態度、不法滞在外国人の犯罪を無罪放免にした事件などともつながる。法を守る意義を考えず、マニュアル化された文言(判例)に従って処理をするだけなら、AIで十分である。政財界だけではなく、司法界にも浄化が必要だ。当然、「悪者イジメ」の対象となる。社会的役割(責任)とイジメのレベルは比例させるべき。つまり重要な役職、資格(士業、許認可)を持つ人間はその影響度が大きいわけだから、駆除の優先順位と強度も高くなる。偽の難民申請、名義詐称、害国人への不動産売買、盗難車の輸出などには士業が関わる。税金の累進課税と同じで、累進加罰である。司法が役不足で罪人をかばうようなことがあれば、我々国民が「悪い者イジメ」の強度を上げるのだ。

 

もしも、メディアや司法界、政府がそれを見過ごすのであれば、その連中も悪い者イジメの対象となる。過剰な綺麗事により犯罪を増長させた責任は自分たちに降りかかる。放置しておけば、必ず自警団、自己防衛の動きを生み、過剰な反応はリンチや襲撃、暴動に発展する。すでに兆候が見られているではないか?関係者は覚悟しておくことだ。

 

国民が邪悪な人間を常に差別し白い眼で見て、罵倒することにより、当人の精神的なストレスは高まり、心身を病んで内部崩壊する。会社や学校で起きるイジメによる不幸な事件はこのストレスによるものが大きいけれど、それと同じ心理作用がある。「弱い者イジメ」はイジメる対象を間違っている。イジメの対象を悪者に変えることで、害毒を駆除することができる。毎日周囲から嫌悪感を浴びせられると、常人は耐えることはできない。

 

卑近な例を挙げれば、失礼な害国人、反社(チンピラ、反グレ、ヤンキー、暴走族など)、イジメっ子・・・などに実行するのだ。無知で野蛮なくせに身体は大きく元気な人間ほど害も大きいから徹底的にイジメる。その手の人間は礼儀や倫理を無視して暴力に訴えて来ることが多い。相手がおびえて妥協すればするほど調子に乗り、更に被害は拡大するから、決して退かず、それを上回る制裁と圧力を加えることが必要。現実問題として、それだけの知識と胆力を持つ一般人(個人)は少ない。だからこそ、普段から近所(共同体)で邪悪なものを排除するための人間関係と監視システム、対処方法などを考えておくべきなのだ。これが行き過ぎると村社会の同調圧力になるけれど、伝統的な調和の精神を思い出すのだ。利己だけでもダメ。利他(自己犠牲や奉仕)だけでもダメ。本当の調和は利己&利他のはずである。

犯罪者の移送の際には、顔を隠させず、人相がわかるようにする。報道も本名、顔写真はわかりやすく記載させる。「将来の可能性を奪う」と言う人がいるけれど、だからこそ「最初からしてはいけない」という抑止効果(教育)が生まれるのである。悪事を働いても、人権によって守られる(もみ消す)ことがわかれば、悪人はそこにつけ込む。「○○歳以下だから・・・しても大丈夫」「俺は外人だから・・・」「日本はそこまでしない」などと法の抜け道を探す。だから、今の日本はおかしいのである。そして、そこにつけ込みビジネスにしている法律関係者(弁護屋)もいる。この流れは、自分の過失を詭弁とこじつけで言い逃れをする西洋法学由来である。この弊害が米国の様な訴訟社会を生み出した。「謝ると自分が悪いことになるから、謝るな!」「・・・のお悩みは○○法律樹務所にお任せください!」などの言葉もよく見聞きするようになった。

 

懲罰は人権に干渉(制限)することにこそ意義があるので、人権を持ち出して逃げるのは本末転倒。懲罰の意味がなくなる。怖くない懲罰や公安、軍隊など何の役にも立たない。犯罪者に一般人と同等の人権はないし、与えてはならない!

 

「話し合えばわかる」など言う平和ボケ人間がいるけれど、わからない人たちがいる現実を見ていない。彼らにとっての正義は「力」である。これは自然界の大原則。子供の世界も同様。学級委員やリーダーは身体が大きく強い、体育が得意なものがもてはやされ、繊細で思慮深い子供は逆にいじめの対象となることが多い。現実から目を背けて綺麗事を論じるのは大人の空論なのだ。つまり、これを制するには言論と力(暴力)の双方において連中を凌駕しなければならない。これは国防の基本理念や最近の移民、異宗教問題ともつながる。

 

子供や家族に罪はないという人がいるはずだが、間接的な責任は生じる。だから、因果関係を明確にして差別するのだ。あなた(子供や家族)に罪は無いけれど、あなたの旦那、妻、父親、母親、先祖・・・にはあるということを教え、そのせいで家族も迷惑をするということを当人にも伝える。これによって家族や共同体の意味と責任や義務を覚えることになる。「ウェーン(泣)!お父さんが悪いことするから、僕は学校で嫌われちゃうんだよ~!」「お前が恥ずかしいことをするから、私たちは街に出るのが恥ずかしい!」「まともな職には付けなくなる」となる。

これにより、関係者(家族)も反面教師の教訓を得ることができる。他人から下品だ、教養がない、礼儀知らずなどと言われるには、自分にも問題があるわけだから、学習(更生)する機会である。これは劣悪な家庭環境で生まれた子供にとって、救いと気付きとなる。悪い親は力で価値観を強制するので、子供はなかなか気付くことができない。経済的に自立できないから、悪い環境(親による洗脳)の影響を受けてしまう。そこには信頼できる第三者の客観的なアドバイスがとても重要。この気付きにより子供は自分の現状や親に疑問を持つようになり、それが成長となる。この役割こそ、知恵のある教師や大人であったけれど、昨今は売国教師組合による悪影響が強いから、無知のまま洗脳された教師に子供を救うことができない。子供の健全な成長と逃げ道が失われつつある。

過保護な教育は我儘を増長させるだけで、俯瞰的な視点や失敗や挫折から学ぶ機会を奪っている。ケガや事故を防ぐつもりで、海山や公園などにも「○○禁止!…してはいけません」の様な看板が乱立し、自由に遊ぶこともできない。リスク(危険)は言葉だけで教えることは不可能。実体験がとても大切。「最近の子供たちはゲームばかりする」と嘆く大人が多いけれど、自分達が子供たちを過保護にした結果、遊ぶ場所もなくなり、細かすぎるルールのせいで、遊ぶ気を奪っていることに気付くべき。何をするにも「危ないからダメ!」などと文句を言われたら、遊ぶ気もなくなる。教育問題は日本の将来を作る一大事なのだ。

 

ちなみに、親孝行や年功序列、男尊女卑などの人間の概念を神は嫌う。なぜなら、悪い親や年長者もいるし、男女は性差があるので固まった視点で優劣を決めることは愚かな発想であるからだ。判断のポイントがズレている。人間は勝手な観念を付け加える癖があるから、それに縛られたら真実を見失う。社会をまとめるためにそれらの概念(道徳)は重要な役割を担って来たけれど、根本には自然の摂理(神)がいることを忘れると、人間が独りよがりを始めてしまうのだ。想定外、例外(未知科学領域)

があるのが自然。それを無理やり枠や形式にハメようとするのが人間。

 

鬼によって守られた性善説社会では、邪悪な大人は家族からも非難、差別され、プレッシャーを受けることになる。改めるまで時効の無いプレッシャーを与え続ける。邪悪な家庭(家系)は崩壊するのも自然。一家離散、離婚なども自業自得(自然の摂理)。それによって束縛されていた子供や家族は自由を得る。これでも直らない人は救いようがない。ゴミや寄生虫と同じなので、清掃駆除するのみ。自然界には自然淘汰システムがあるけれど、これに不自然な概念を加えて、バランスを壊しているのが人類。ゴミは放置すると腐敗し、病原菌をまき散らすから、差別と圧力により、近所から追い出す。家や名誉を重んじた江戸期までの日本の治安はこのような厳しく、恐ろしい哲学で守られていた。そして、客観性と正当性のない恨みや偏見から起きるリンチ(私刑)、仇討と混同しないために、厳格なルールと奉行による裁定制度があった。これこそが戦乱の時代を経て確立されたリスク管理、悪の抑止力だったのである。

(政治ドットコム)

 

これを崩壊させたのは、この精神文明を理解できなかった精神後進国(欧米)の侵略者と、その手先となった西洋かぶれの政財界人であった。風土や歴史を考えずに聖書系の道徳観念を導入し、明治の文明退化が起きたのである。確かに途上国から西洋の科学文明を見ればその衝撃は大きかったはず。渡欧して西洋を見聞した際に、経験と知識の豊富な熟年知識人がいれば良かったけれど、残念ながら半端な教養なのに元気で勢いのある若者であったから、目の前の情報を消化して分析する能力に欠けていたのだ。本来は彼らの先生クラスの人間を渡欧させるべきであった。後から西洋文明のリスクにようやく気付いて修正しようとする動きが生まれたけれど、根本の社会システムの急激な変化には間に合わなかったのだ。

 

勢いだけで起こす学生運動に近い。過去の学生運動家たちの言論を見ても、ほとんどが知見の浅い机上の理論であったことがわかる。何かの社会問題に刺激されて行動を起こすのは、行動力や積極性とも言えるが、思慮が足らず、騒いだ後の計画性に欠けていることが多い。これは無能な野党が政策にクレームばかりを言う一方で、代替案も実行能力も無いことに似ている。彼らの知識は学校で学んだ内容が主体であるから、実体験が伴わない理論理屈で考えてしまう。そして、否定から入るから、せっかくの長所を台無しにしてしまうのだ。この流れが今のいわゆる左系の人間たちにつながっている。被洗脳日本人とほぼ同義語なので我々の大多数である。彼らの特徴は根が真面目、人が善くて平和主義だから、正義感も強くて同情共感能力も高い。更には、伝統的に年上や権威に素直に従ってしまう傾向が加わると、性善説社会では猜疑心が弱くなる。それらが正しい情報や知識であれば問題は無いけれど、間違った誘導(洗脳、デマ、情報操作)には弱い。コロナ騒動ではこの弱点が露呈した。世界で疑問視されていた中で、政府やメディアは強引にワクチン接種を誘導し、国民は同調圧力の弊害を被った。被害者は私の友人知人を含めて、純朴な良き日本人が多い。彼らは自分達が騙されて、つけ込まれている事にも気付かないほど素直で善良(平和ボケ)な人たちなのである。

 

素直で協調性を重んじる国民性が仇となったのだ。これは軍部によって戦争に誘導された時の同調圧力と同じである。その結果が現日本人なのだ。侵略者は自分たちの侵略行為(植民地化)を正当化&隠蔽するために、日本人に洗脳教育を行うとともに、国際世論を操作して来た。狡猾な侵略者は表には出ず、後ろから操作をする。制服を着た外国人教師が教えれば、違和感があるけれど、優しくて敬愛している日本の大人たち(先生)がそう教えるのだ。素直な子供たちは先生や教科書を疑いもなく熱心に学んでしまう。先生たちがほめたたえる文化人や大手マスコミの言論は教科書や入試問題にも採用されるほどである。

 

戦後の日本人はそのような環境で生まれ育ったのだ。私も完全にその内の一人であった。これを日本は80年間も続けて来たのである。外来語を多く使うけれど、日本の知識と感性が欠如している。その結果、教科書(現場教育)では教えてもらえないアジアや日本の歴史に疎く、西洋偏重の知識に基づいて思考することしかできなくなってしまうのだ。すると判断基準(価値観)は当然西洋絶対主義となる。どれほど素晴らしい発明やアイディアであっても、海外(国際)で認められないと、日本人は評価しないのである。科学や芸術などの分野で、日本では認められなかった人たちが、海外で評価された途端に日本人は手のひら返しでチヤホヤもてはやすことが多い。日本人としての品性の堕落である。必要から生まれた風習や哲学の価値を理解せず(教えてもらえず)、洗脳教育で教えられた理解の浅い西洋思考(今の価値観)で見るから、すぐに差別だ、不合理だ、非科学的だ、などと批判を始める。優れた洗脳は違和感なく自然に誘導してしまうので、当然の帰結である。


この欺瞞に早くから気付いていた人達がいわゆる右系といわれる人たち。むしろ右系の人たちの方がバランスよく学習している印象がある。それは、戦後、常に非難されてきた歴史があるので、それに対抗するために自主的に学んだ結果だと思う。日本全体が左寄りなので、少し右くらいでバランスが取れるはず。侵略勢力はその言論を封じ込めるために、マイナスイメージを作った。派手なパフォーマンスをする街宣右翼の構成員は純日本人ではないメンバーが過半数であるが、私も含めてこの違和感に気付く人は少なかった。実は間接的に雇われた工作員なのである。現状ではこれと本物の愛国主義者の区別が困難であり、構成員自身にも操作されている自覚がない人が多いので注意が必要。日本人が真実に目覚めると、欺瞞が明らかになり、愛国心や独立心が芽生えてしまうことを恐れた。だから、歴史は勉強させるな!精神文明の基本にある調和や団結を破壊して分断させろ(個人主義優先)!国旗や国歌を軍国主義と結びつけて嫌悪感(罪悪感)を作れ!・・・と誘導して来たわけだ。私自身もこの欺瞞に気付くまで、いわゆる右翼は大嫌いであった。洗脳教育の恐ろしさがわかる。同時に自分の勉強不足に恥じ入るばかり。

 

現実を見ない机上の理論と、その無知を利用する勢力からグローバリズムやリベラリズムが生まれる。移民や国際金融資本による侵略をもたらしていることを自覚していない。世界は既にそのことに気付いて、対策を講じ始めているのに、日本だけは逆行していることが愚か。この危険性は文明退化の明治の有識者も警告していたけれど、金と物の力で消されてしまった。

不正な人間、店、企業とは取引をしてはならない。内容や規格(産地、安全規格など)の詐称などをした企業の商品は売買せず、倒産させる。

 

今すぐ、売国政治家、邪悪な人間との腐れ縁を切るべき。季節のお中元、お歳暮、年賀状などを送る必要もない。不要な連絡先、SNSなどのしがらみも全て削除してしまうのだ。削除して空いたところに新しいご縁と幸せが舞い込んでくることになっている。この圧力こそが最大の非暴力な抑止力となる。お金もかからず、誰でも今すぐにできる。

同じことは外交にも言える。不誠実、失礼な国(国民)とは付き合う必要がない。付き合えば不愉快な思いをするだけ。理由のある抗議や差別は悪意のあるヘイトスピーチとは違う。貿易取引も止め、支援も停止するべき。支援や好意は恩を仇で返されているばかりか、善意につけ込まれている。郷に入っても郷に従わない移民の援助や優遇措置も同じ。それらの時間とお金は、信用でき、清らかな精神を持つ国と人々の援助に回すべき。日本は相手を見て商売(貿易)をするべき。外国に対しては割高な値段設定にするべき。「安物買いの銭失い」であることを海外に知らしめるのである。失礼な国に売る必要はない。日本からの部品供給が停まれば産業は破綻する。泣きついて来たら、高額で提供し、それまでの非礼による損害を回収するのだ。間違いなく、撤退できないようなペナルティーをぶつけて来るはず。その際には、提供することでペナルティーや過去の損害を相殺する契約を結ぶことをお勧めする。

 

安い人件費だけに気を取られて工場を作ると結局は裏切られて損をする。お金、女、グルメなどで釣られたシルバー人材(職人)はもてはやされるから、一生懸命に知識を教えてしまうけれど、技術や資産を盗まれるだけ。私にも色々な勧誘があったけれど、実に狡猾である。お役目御免となればポイ捨てされる。自分が売国をしてしまった自覚を持たなければならない。こういう人間を腐る程見て来た。アジアの安い労働力目当てに進出した日本企業の工場に多い。

 

不誠実な国の作ったものは不誠実な品質とアフターサービスになる。信用できない国(民族)の言論は見聞きするだけ無意味。アジアの道徳観念の起源と言われる儒教を国の柱としているらしい国があるけれど、実際の品性は失礼極まりない。裏切りと搾取、自己正当化しかない。付き合うだけ、時間とお金の無駄である。その子孫が日本国内を汚染しているようだが、その点を改めない限り、外見は似ていても、我々の霊性は確実にあなた達を見分けて背別(駆除)する。それが嫌なら、まっとうな人間(国)になりなさいということだ。

 

信用度や民度が低い国との商売はハイリスク&ハイリターンであることを知りながら、損得勘定の賭け的な関係を持とうとする商人は自業自得であるから、同情の余地はない。それを知りつつ付き合うのであれば、金に目がくらんだ共謀、共犯とみなしてよい。

例外として、ビジネスや損得勘定よりも良心や善意を優先して活動されている方たちの存在がある。まだ、信頼や友情も確定していない途上国に技術や知識を支援する方たちや慈愛の心を持つ実業家(商人)がそうである。商売にならないからと言って見捨てられたような場所に、産業をもたらした日本人。窃盗や略奪行為で生計を立てていた人たちに仕事を与え、自活できるようにした実業家。疾病に苦しんでいた途上国に医療を普及させ、生活環境改善のためのインフラ(用水路)を作った医師などがいらっしゃる。途上国において、日本人の評判が良いのは、主にこの方たちのお陰なのだ。そこには私利私欲や損得勘定を越えた慈愛の心がある。

私もそちらの世界に多少関係していたけれど、いつも敬服するのは、彼らの素朴で純粋な人間性であった。下品でくだらない話もするし、喧嘩もするけれど、仕事や現地人に対する態度と姿勢は一貫して誠実であるのだ。卑怯な事はしない。逃げない。国のプロジェクトで派遣されて来た下請けの職人、技術者たちも同様なのである。要するに、小さな歯車の一つ一つが誠実に正確にできているから、全体のシステムの信頼度が成り立つ。まさしく、世界に評価されている日本製品の特長と同じなのだ。

 

利益だけを考え、将来の事も考えずに逃げる他国の商人に対して、日本人の態度は別格であることをいつも感じた。だから現地人たちから信頼されるのだ。長年観察していて、これこそが日本人の宝であると実感した。その気付きの後で、戦時中の日本統治などを再検証するようになると、更に色々な発見がある。確かに、戦時中には兵士の想定外の蛮行もあったに違いないけれど、道徳観念の薄れた現代日本人でさえ、ただの職人や社員が総じて誠実なのである。会社の権利や契約関係で板挟みとなりながら奮闘している姿を見ていると、いつの時代も同じだと思う。戦時中なら軍隊の規律や命令と自己の心との葛藤があったはず。そんな人たちが自虐史観で教わったようなことをするはずがないというところから、私の歴史観は大きく変わった。これまで学んだ情報と知識の再検証を行って来たけれど、日本人の精神性(霊性)は宝物だと自信を持って言える。日本の海外での評価はこの人たちのお陰である。その人たちの魂が集っているとされる神社は、我々が感謝するべき対象であるはず。これを考えれば、参拝問題の答えは明白。

古来よりの鬼の知恵である「悪い者イジメ」は念と言霊を使った呪法であり、神と霊性を守る方法であった。当然、悪い使い方をすれば、両刃の剣となり、それらはすべて自分自身に跳ね返って来ることになるから、自然と霊性を学び、事象を客観的に観察する癖が身につく。徹底的な「悪い者イジメ」は諸悪を淘汰し、同時に、自分がその対象になる恐ろしさを認識するので、その恐怖心は抑止効果を生む。これが性善説社会の基礎を支えていた。「お天道様」「閻魔様」「天罰」「呪い」や、人間を戒める数々の風習はここから生まれた。これを恐れる人間は自分にヤマシイことがあるからである。まっとうに誠実に生きる人間はどんなに凶暴な鬼が来たところで、恐れる必要はない。逆に、鬼はあなた達を守るガードマンになってくれる。

世界が間違っている時、鬼の力は強くなる。それは人体が病原菌と戦うために発熱するのと同じこと。不平不満、ストレスなどが発熱の原因となり、世情不安定、殺伐とした雰囲気になる。これが現在の世界の状況。その際に、重要なことは、病気の正しい原因を把握して退治する事。戦う相手を間違えると、自己免疫で自分を攻撃するアレルギー反応となってしまう。単なる悪意や一方的な感情による差別(ヘイト)はその悪意が自分に悪い結果となって跳ね返ってくるから、半端な言動は慎まなければならない。個人的な恨みによる仇討、仕返し、リンチなどは負の感情の悪循環となるので、これも裏返って天罰となる。

 

一方で、癌細胞の様に仲間の振りをして隠棲している存在もある。気付かないと、いつの間にか増殖している。この両者に立ち向かうことができるのは唯一正常で健全な自己免疫システムなのである。すなわち、日本伝統の霊性である。この霊性は明治と戦後に破壊されたので、その前にさかのぼって探すことが大切。だから歴史は大事。過去の出来事や年号を覚えることではない。我々の文化や哲学の成り立ちを因果関係を知ることなのだ。

 

また、私の様な奇人変人や芸術系、思想家なども古来より迫害や差別を受ける可能性が大きい。霊的な人間の魔女裁判、異端者尋問などがそう。しかし、鬼と神様はそれもご存じだから、それを乗り越えた後の発展も見守っている。私はそれを感じているから、この様に過激で他人から嫌われる(タブーとされる)ようなことも平気で話すことができる。私は自然の摂理に反した人権や自由などは要らない。また、霊性(神)を無視した如何なる人間の概念にも従うつもりはない。筋の通らない弾圧、脅迫に対しては鬼の理念に基づき、徹底的に応戦する。

 

ここまでは「悪い者イジメ」の話をして来たけれど、呪法は両刃の剣であるから、逆のプラス方向の使い方をすることにより「善人を増やす」「幸せを作る」ことができる。楽しくなる言葉、幸せになる言葉、ほめる言葉、慰める言葉、感謝の言葉などがそう。素晴らしい人や好意に対しては「素晴らしい」「凄い」。小さな喜びや感謝を感じたら「ありがとう」「幸せ」「みんなも幸せでありますように」。困って苦しんでいる人には「大丈夫」「できる」「あなたと共にいますよ」の様な慈愛の言葉を使うのである。慈愛の呪法で世界を覆いながら、邪悪なものは悪い者イジメの呪法で排除するのである。これによって日本は浄化され、霊性が復活する。

 

理想を言えば、世界は慈愛の言葉で満ち溢れ、悪い言葉は使わないでも済むこと。また、先述した通り、人々を感化する人たちがいらっしゃる。売名や承認欲求も無く、ただの良心(善意)だとおっしゃるから、無名の一般人であることも多いけれど、途上国に対する、損得勘定や打算の無い人道的な付き合い(民間外交)は、言葉を越えて相手に伝わる。言語と行動の両方に慈愛の心が伴えば最強である。これこそが日本の偉大な霊性なのだ。この霊性は無限であり、世界を覆えば、平和が実現できる。

 

負の言葉が増えると、人間世界(意識)もそちらに誘導されてしまうから、調和を保つために聖なる(慈愛)の言葉でバランスを取ることが大事。良い人間、書籍、芸術作品、美しいものに出会えたご縁にいつも感謝するのだ。私利私欲、人間の概念を超越する言霊として、何にでも「ありがとう」は魔法の言葉である。ただし「心からのありがとう」でなければダメ。本当は・・・なのだけど、無理やりに「ありがとう」と念じる場合(言い訳、正当化、妥協、ごまかし、逃避などが目的)、ありがとうの裏にある潜在意識(本当は・・・の内容)に誘導されてしまうことになる。これこそが人間の使う言霊の問題点。神はこれを嫌うから、要注意。

 

これらの呪法は使った直後から効力を発揮する。お試しあれ。

 

私は言語畑の仕事をして来たけれど、性善説的な文明を持っていた民族には他人を傷つける言葉が少ない。日本語もその一つ。誰かを罵倒する時のバリエーションが少ないのだ。しかも、直接攻撃するような内容は少なく、笑ってしまうようなものも多い。海外では「お前のお母さんを○○してやる」みたいな露骨な表現を使うのに、日本は「お前の母ちゃん出ベソ」なのだ。この様な精神性は街中でも違いとなって表れる。女性同士でも髪の毛をつかみ合って、殴る蹴るの暴行を加える外国人をよく見たけれど、日本では非常に少ない。道徳観念が衰退してきた現在でも、比較して少ない。その反面、色彩や味覚、匂いなどの五感に関する形容表現はとても豊富なのだ。行間を読む力、雰囲気や空気を感じ取る感性などが突出している。これこそが日本独特の霊性なのである。

 

これは、教養や文化レベルとも関連がある。下品な家庭(国、民族)ほど悪口をよく知っている。これはそれらの悪い言霊を日常的に使っているから、その悪影響を受けて、下品な状態になっているのである。下品で邪悪な言葉を発する、発してしまうような精神性に問題がある。だから、言葉だけではなく態度や行為、すること全てに邪悪な発想が反映されてしまうのである。これが古代の穢多非人(エタヒニン)などの差別の由来である。同様の概念は世界中に存在する。学者たちは「汚い穢れた仕事をさせられた奴隷みたいな人々」「汚い作業に従事していたから差別された」と解釈をするけれど違う。因果関係が反対。悪循環から出られず、出ることを拒否した人たちが自ら選んだ道なのである。今でいう、スラムの犯罪者や半グレ、チンピラの類である。社会復帰するチャンスがありながら、霊性(品性)が下劣なために害毒となる存在。霊性がある人は劣悪な環境にいて、トイレ掃除、汚物処理、嫌われる仕事をしても魂は決して穢れない。そればかりか、むしろ汚い事象を肥やしとして魂を磨く。

 

古代文明や先住民族の文化には同様の認識があった。この気付きこそが清く平和な霊性の自己防衛力(免疫力)であった。これがあると侵略者は侵入することが困難。だから、これを壊すために「個人優先主義」「人間の権利」「民主主義」などの大義名分となる概念を生み出した。人権、自由などはそこから生まれた代表例。これらの概念が自然の摂理よりも上にあると教えるのだ。そして、みんなより自分。この欺瞞を持ち込んだのが侵略勢力。同時に、欺瞞を隠すために美味しいエサを使う。それが豪華な生活、物質欲を煽る素敵な物たち。動物は餌がもらえればその人間の人間性は問わない。むしろ、エサをくれる人に懐く。エサのためならその人の命令や方法に従うようになる。エサがもっと欲しいなら、国やみんなの事より、あなたの幸せが大事です。自分の権利や欲望に忠実になりなさい。美味しいエサをどんどん食べられるようになることが幸福なんですよ~、言うことを聞けばいくらでも美味しいエサをあげますからね~!餌をくれる人が善い人なのです。エサをより多くもらえる人が善い人間なのです。だから、みんなもより多くのエサを与え、もらえる人間になりましょう!と調教するのである。そして、そのエサの中には依存性の強い麻薬が混ざっているのだ。これにより、人間は物質を追求し、その為には自然の摂理(ルール)も無視して自分たちの権利を主張する存在となってしまう。集合した霊性がバラバラに分断された(個人主義)結果、霊性と知恵は失なわれ、自己防衛力は崩壊するから、侵略が容易となる。

 

日本は古代に同様の逆転現象を被っている。自然と調和して生きて来た古代の精神文明に物質至上主義の思想が侵入し、それに毒された結果、平和な時代から侵略者による戦乱(権力争い)の世の中に変わってしまった。土地や自然資源を所有し、取引に利用するようになった。これが貴族の荘園制や武士の作った恩賞制度。こうして領土拡張のための戦乱が常習化することになった。江戸以前の武士は暴力団と同じような存在であるから、そこに正義や良心は無い。ほぼ全て、自分たちの欲望のための謀略戦争である。


この悪循環を実感していた戦国大名たちの中から、少しずつ国家を統一して天下泰平を望む発想が生まれた。著名な武将は救いのない乱世から神仏に救いを求めた。その成果が江戸時代であったのだ。悲しく、残酷な歴史を経てようやくたどり着いた境地であった。その歴史と教訓を知っているからこそ、我慢、調和、愛国心などの精神文明が生まれる。ところが、時代が経ちその存在意義を忘れてしまうと、平和ボケとなる。そこで、江戸末期になり、日本の平和ボケを知った侵略者はそこにつけ込み、無知だけれど勢いだけはある若者(未熟者)を操って侵入を企んだ。文化人や有識者はその謀略に気付くから、無知で洗脳(西洋化)しやすい若者を選ぶ。お金と武器を与えて、邪魔者を消すのだ。幕末、515事件、226事件などでは無知な若者により優秀な人材を多数失っている。西洋の植民地化に対抗するアジア団結の要であった犬養氏は残念であった。海外で言えば、中東の平和に奔走していたラビン首相(イスラエル)の暗殺もそうである。その後は紛争が絶えることは無い。今でも政変やクーデターには同じ謀略が用いられるので要注意。貴重な頭脳や人材が瞬時に失われてしまう。

 

これらの謀略により物質文明システム(国際金融資本)の門戸が開放されることとなった。その結果、再び戦国時代と同様の戦乱の時代に戻ってしまったのである。戦後の侵略により、物質至上主義(資本主義経済)が普及すると、せっかく作りあげた日本の精神文明は衰退を始めた。今では自然(神)、国(霊性を継承する文化集団)、歴史(霊性の伝承)はないがしろにされるようになって来ている。これは日本の危機である。

 

これは人間という生き物が持つ業(特徴)だと言える。神仏に対する畏敬の念と霊的教育が失われると、物質や権力に対する欲望が復活するのだ。これに加担するのが、精神性よりも物や金銭を優先して取り扱う人間たち。掟を破った闇の取引の方が儲かると豪語するような商人は多い。だから、古い信仰では商人(経済人、起業家)などを平和な社会を破壊する危険な存在だとして、政治には関与させないようにしていたのである。これが逆転して生まれたのが、西洋の金融システムである。それまで虐げられてきた商人たちはお金(物)の力で王侯貴族族、国家に干渉することができるようになった。婚姻関係を結んで、政界に侵入するようになる。そこで、金銭を専門的に管理するようになり、財務部門が誕生する。婚姻と商売の関係を国際的に拡大したものが国際金融資本である。今の銀行などの金融業界の元をたどれば、全部これに始まる。日本は明治から本格的に始まった。これによって連中は武力を使わずに、静かに侵入することが可能となったのだ。為替、株式、不動産購入、移民、移住は武力を使わない侵略の一形態なのである。これに気付かない国はグローバル化によって滅亡する。

原始時代から行われていた物資の輸送や交易と現代の商売は共通する要素があるけれど、違う。神が嫌う商売とは、限りない物欲を煽り、都合の良い法律とシステムを作り、個人的に蓄財をする思想である。職人も、労働者も、働いたエネルギーに対して同じ利益率であれば、大富豪は存在しない。そこに搾取(ぼったくり)の小細工をするから蓄財できるのである。つまり、収益全体を関係者全員に公平に分配せず、特定の人間だけが勝手な分配率を決めて配分しているのである。


また、非常時に商品の値上げをするけれど、事件が落ち着いても一度値上げしたものを値下げをする人は少ない。飲食業界、旅行業界はコロナ時に値上げをしたままではないか?落ち着いたのにどうして値段を戻さないのだ?最近の中東危機による変動も同じこと。リスクを見込んで先行値上げをしたけれど、危機が回避されつつあるのに、値段はそのままにするつもりなのか?

例えば、築地周辺の海鮮物の価格は驚くべき値段である。庶民や子供の大好きなラーメンの価格も高額な店が増えて来た。高速道路のPAにある飲食類の値段は異常である。インバウンド狙いなら外国人と国民の二重価格設定をするべき。外国人のお金目当てで国民をないがしろにするのは売国経営者(企業)である。日本の寿司人気を狙ったC国系の寿司店なども増えている。弱みにつけ込んで暴利を貪るような店は利用しないようにして、潰すのだ!良心を保っている個人店舗を利用し、過剰なグルメを扇動する有名店舗(大資本)は淘汰するのだ。これにより、後継者不足で悩む街の食堂は存続が可能となる。

また、コロナ禍以降、食品メーカーは内容量を変えて値上げを隠したままである。そのようなメーカーからの購入は控えて、良心的なメーカーを利用するべき。損得勘定最優先で節操やプライドも無く、風見鶏的に立ち回るような人間や企業は基本が信頼できない存在であるということに気付くべき。それが商売だと正当化する人も同類。自分の魂の穢れに気付かないからそういう発想になる。そういう連中は今後も同様の事を繰り返すので、付き合う、取引をする意味がないのである。

 

悪い者イジメによってそれらの穢れを駆除するのだ。一人一人の小さな行動が集まると、巨悪を淘汰する力となる。

 

給与や物価についても言える。右肩上がりで物価や所得が比例して上昇すると言うのは経済学者の作った理論(洗脳)。効率化、公平化が進めば、右肩下がりになるはず。物価が安くなっても、給与は下げたくない、利益はその分搾取したい、という心が問題なのである。損失を責任転嫁や誤魔化す人たちもいる。大震災後の電力会社はまだ復興も完了していないのだから、関係者の給与は完了するまで上げるべきではない。役員の退職金などもカットして復興の補償に回すべきだろう。国民が忘れたことにつけ込み、知らんふりをして一般企業と同じ待遇に戻している。ずさんな危機管理の責任はどこに行った?あなた達は一生償うべきなのである。これはコロナワクチン関係者にも言えること。眼鏡のワクチン大臣や自称専門家たちの責任と後遺症問題を忘れてはならない。被害者にとって時効は無い。

 

マスコミが庶民の恐怖心を煽り、便乗値上げが横行している。これは全て商人(財界)によるマヤカシなのである。このマヤカシに気付いて、生まれたのが共産主義のアイディアであった。そこまでは神(自然の摂理)に沿った発想であったから、当初は民衆の支持を受けたのだ。ところが、途中で人間は傲慢となり、自分達が神仏より優れていると勘違いをした。私利私欲に走り、霊性(神、宇宙、自然)を無視し始めたところから、道を誤った。たかが人間レベルのアイディアに自己陶酔してしまい、人間の醜さ、貪欲さ、狡猾さなどを見誤ったから、結局はミイラ取りがミイラになり、腐敗(専制)して崩壊する。これらの人間の持つ醜く汚い心は魂を汚染し、霊性を弱体化させてしまうことになる。


日本には自然(神)を忘れない人たちがいたことにより、近代まで精神文明(自然と性善説社会)を何とか保って来たけれど、とても危険な状態となっている。起死回生のカギは、民が目覚めること。知恵を知ることである。知恵の目覚めは如何なる権力者も止めることはできない。私に授けられた神の啓示によると、人類(世界)滅亡の危機を回避する方法がこれである。私は日本人なので日本語で伝導しているけれど、神のメッセージは全人類に向けて発信されている。これは日本だけではなく、全世界に通用する方法なのだ。邪悪なシステムに制御されている社会は癌の末期症状と同じ。投薬や部分治療はもはや効かない。考えてみれば良い。どこに全世界を統一できる聖人がいるのか?全人類が賛同する社会システムや哲学、思想があるか?

 

そんなもの、存在しないのだ。

 

今の権威(学歴、業績)は間違った人間社会から生まれたものであるから、それらの教えは当然最初から歪んでいる。何をしても、それらの社会権力構造に依存している支配者や権威(権力)に干渉、妨害され、革命家や思想家は消される。指導者を潰せば革命がとん挫することを知っているからだ。蛇の頭を潰せば、動かなくなるという例えもある。これらを防ぐためには頭を潰されても胴体自身が思考能力を持ち自立する存在になれば良い。単細胞生物の様に、切り刻まれても、それぞれが再生して増殖する。つまり、民衆が自分自身で神と直結し、神の叡智により、個々の細胞(我々一人一人)が自立した存在となるのだ。細胞全てが頭脳となれば、敵は潰すべき「頭」を見失う。洗脳された脳ミソと癌細胞に蝕まれた身体システム(腐敗した社会構造)から離れ、覚醒する。覚醒した細胞は癌細胞を認識し、自己免疫力(神の叡智)により癌細胞をそれぞれの場所で淘汰し始める。部分から始まった淘汰が全身に広がり、人間の不自然に発達(汚染)した脳ミソに逆指令を与え、浄化するのである。

 

その為に、全人類を間違った脳ミソのコントロールシステムから離脱させ、覚醒させることが私の宿命なのだ。この天命の実行に際しては神の厳しい指示があり、現在の世界(日本)の社会システムに迎合した(干渉される)情報発信(youtube、SNSなど)における活動はきつく戒められている。ご縁によって全ては結ばれる。今言えることは、そこには神と人間の「選択」があるという事。神は機会を与え、人間が選ぶ。

 

これと並行して鬼が教える言霊の呪法(悪い者イジメ)を使う。今は詳しく述べないけれど、この呪法は神と直結するための基礎となるので、今すぐに始めて損はない。世界を慈愛の言葉(呪法)で覆いつくし、邪悪な存在は「悪い者イジメ」の呪法で駆除をするのだ。これらの呪法には資金も設備も道具も体力(武力)も必要がない。副作用も無いから、今すぐ、誰でも実行することができる。呪法を使い始めた瞬間から周りの世界は変わる。子供のころから始めて、死ぬまで続ける。神(鬼)の叡智こそ「剣よりも強し」なのである。

ちなみに、日本神道ではこれに似た知恵を継承している。神社や神棚にお参りする際に 唱える言葉がそうである。「祓(はら)え給(たま)い、清め給(たま)え、神(かむ)ながら守り給(たま)い、幸(さきわ)え給(たま)え」(お祓いください、お清めください、神さまのお力により、お守りください、幸せにしてください)と唱える習慣がある。世界中の原始信仰には似た概念がある。念仏や聖書系の呪文も主旨は偉大な叡智と存在に対する畏敬の念である。それぞれ、日常的に使えるように簡素化した内容であるが、それらは日本語ではなく外来語の訳文であるから、日本人には馴染みにくい。自分に身近で心のこもった呪文を作った方が良い。できれば能動的な文言の方が霊的効果が強くなる。上記の呪文なら「私は神と共に祓う、清める、守る(戦う)!」と言うべき。

 

これらの叡智に触れるたびに、日本の霊的教育の偉大さを再認識する。ありがとうございます。

 

PS:その他、委員会に関するより具体的詳細はこちらの動画をご参照のこと。

 

 

その他、関連した話を以前にしたことがある。長いので、ご関心のある方はご参照されたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2026年7月3日朝、チベット独立運動家のランゼン・ロガ氏は、アメリカ・ニューヨークの国連本部前で焼身抗議を行い、中国政府の弾圧政策に抗議した。

 

 大手メディアはなぜか報道をしない。いわゆるC国に対する忖度なのか?マスコミ人としての気概も存在意義も感じないのだろうか?C国やK国から文句を言われると、すぐに報道するくせに、批判的な内容は控えているように見えて、非常に気持ちが悪い。あなた達はどこの国のマスメディアなのだ?誰のために報道しているのだ?

かねてより、チベットを取材し、チベットに関する映画「ルンタ」もお作りになった日本人監督さんが今回の事件に関して投稿なさっている。

 

池谷薫さんの投稿(フェイスブック)

 チベットの焼身抗議が5年ぶりに起きてしまった。しかも今度はニューヨークの国連本部前である。焼身したのは52歳のラグバ・ランゼンさん。チベットの独立を訴え、自身の激烈な行為をライブ配信したという。いつものことだが日本のメディアは何も報じない。これで焼身者は2009年以来、チベット内外合わせて166名になった。

 

僕は「ルンタ」という映画でこの焼身抗議と向き合った。だが、その是非を問うつもりはまったくない。当たり前のことだが、焼身など一日も早くなくなってほしい。

ただ、これだけは知ってほしい。いまチベットでは平和的なデモを行っただけで捕まり、監獄に送られ、言葉にできぬような拷問で死ぬことがある。2009年以降、拷問死の数は150名を超えている。人を人と思わない、まるで中世のような暗黒が現代のチベットに存在するのだ。

ダライ・ラマは言う。すべて原因があって結果がある、と。仏教でいう因果。焼身抗議は原因がなくならない限りつづく。その原因とは中国政府のチベットへの迫害に他ならない。

どうか皆さん、焼身という衝撃的な事実の前で思考停止しないでほしい。重い現実から目をそらさないでほしい。焼身者は、世界にチベットの現状を知らせるために自らに火を放っているのだから。

下記は映画「ルンタ」のなかで紹介した焼身者の遺書である。共通するのは利他の心。己のためとは言わず、世界平和を訴えている。

 

 

チュパック・キャプ(25歳・男性)とソナム(24歳・男性)遊牧民

チベット人は独自の宗教と文化を持ち、他の民族と区別される。その特徴は、愛と慈悲を持ち、他の人々の幸せのために尽くせという教えにある。しかし、今、チベットの人々は中国の侵略を受け、弾圧されている。基本的人権を奪われ、苦しみの中にある。チベットが自由を取り戻すため、世界平和のために、私たちは焼身する。自由を奪われたチベット人たちの苦しみは、私たちの焼身の苦しみよりも余程大きい。

恩ある両親よ、家族、兄弟たちよ、私たちはあなた方に愛を感じてないとか、別れたいというのではない。また、自分たちの命を軽んじているのでもない。私たちは2人とも正気で、真っ当な心と思考の下に、チベットが自由を取り戻すために、仏教が栄えること、有情の幸福と、世界平和を願い焼身するのだ。

故にどうか、私たちの最後の願いに従ってほしい。私たちが中国の手に落ちても、何もしないこと。自分たちのために1人のチベット人も傷つかないというのが願いだ。

 

リキョ(36歳・女性)遊牧民

世界に平和と幸福がもたらされますように。ダライ・ラマ法王がチベットにお戻りになることができるよう、屠殺や肉を売ることを慎もう。盗みをなさず、チベット語を話し、争いをやめよう。

生きとし生けるものすべての苦しみを私は引き受ける。私が生きて中国の手に落ちても争わないでほしい。団結し、チベットの文化を学んでほしい。火に我が身を焼く。家族よ、悲しまないでほしい。

 

グドゥップ(43歳・男性)作家

ダライ・ラマ法王は非暴力による中道路線を提唱され、名実ともなる自治獲得に努力されている。そして、600万チベット人はこの法王のお言葉を頭上に掲げ、長期にわたり希望を共にして来た。しかし、中国政府はこの提案に興味を示し賛同するどころか、チベット人の福祉を語るだけでもその者を逮捕し、非常な拷問を与え、ダライ・ラマ法王を非難せず、チベットが中国の一部であると認めない者を暗殺したり、失踪させたりする。チベット人の幸福にはまったく興味を保たず、真の現状を隠し続ける。我々は非暴力の闘いをさらに研ぎすまし、チベットの真の現状を知らしめ、証拠を示すために、自らの身を火に捧げ、チベット独立を叫ぶ。

虚空に有られる神々よ、チベットを照覧あれ、母なる大地よ、悲愛とともにチベットを見守られよ。地上にある世界の全てよ、真実に注目されよ。清らかであった雪の国は赤い血に染まり、非情な軍隊により覆われ、絶え間ない弾圧の下にある。しかし、勇敢にして挫ける事のない雪の子供たちは、智慧の弓を引き、命の矢を放ち、真実の闘いに勝利するであろう。(投稿文転載)

 

  私も過去にこの問題をフェイスブックで投稿していたけれど、旧アカウントはロックされており、見ることができない。
 

自己犠牲の精神は各地の自爆テロ行為や戦時中の特攻隊精神にも共通するけれど、彼らの気高さは他者を巻き込まないこと。この仏教的な発想から生まれる境地はとてつもなく偉大。一切の責任を背負いながら覚悟を訴える日本の切腹にも似ている。魂が震える。しかし、日本人同士であれば当事者の切腹で伝わる精神は侵略者(害国人)には通用しないのである。

(産経新聞)

 

ちなみに、私の恩師は中東問題の自爆テロを「貧しく、抵抗する術を持たない人たちの最終的抗議手段」と考え、家族のために自己犠牲を強行した戦時中の特攻隊の存在と結びつけた。当然、恐怖や不本意な感情もあるに違いないが、自分の事より家族や国を優先したのである。これは仏教の「滅私利他」と同じである。チベットの焼身抗議をなさった方たちの遺言とも共通する。私は今でもその通りだと思うけれど、当時の大手メディアは寄ってたかって、日本軍国主義とテロ行為の正当化だとして非難した。先生が論じたのは是非の問題ではなく、その行為の背後にある因果関係と精神性について言及したのであった。この様に悲しくやるせない行為を正当化するわけがない。まだ、自分は学生でもあり、新聞記者や評論家には敬意を持っていたつもりだったけれど、その時の違和感と不信感は今のマスコミで現実化している。情けないことだ。

 

自分達が鞭打たれ、死のうとも、なお平和を求める崇高な精神。インドにも似た様な方がいらっしゃった。しかし、現実(その結果)はどうだ?

 

地球上に存在した平和を愛する性善説の先住民族たちはこうして滅ぼされて来た。侵略者は崇高な思想など気にせず、これ幸いとばかりにつけ込むのが現実世界。友人の振りをして近寄り、隙があると、徐々に侵食し始める。その後は移住や占拠で既成事実を作り、権利を主張するようになる。「庇を貸して母屋を盗られる」と言うことわざがあるけれど、これは最近の移民問題にも通じる。善人(お人好し)はいつの時代もつけ込まれることが多い。相手が気付いて改めてくれるという性善説的な希望は通用しない。だから、気付いた時には手遅れとなる。

知識人や指導者を排除しながら、中枢にいる人員を総入れ替えする。幸いに法王は国外避難できたけれど、その他の幹部は全て粛清されてしまった。そして、自分たちに都合がよい新しい指導者(法王)を作った。知識のない一般庶民は現世利益(目先の損得勘定)に流され易いから、暴力(軍事力)とお金で比較的簡単に洗脳することができる。物欲と名誉欲に目がない商人と政治屋を利用すれば、傀儡政権を作ることはそう難しくない。民族的な純潔を破壊するために、漢民族の入植を奨励し、異民族婚姻により混血化を進める。基礎教育から洗脳し、伝統的な思想や価値観、精神、言語を奪い、隷属させる。それによって、従順で、お金(損得勘定)によってどうにでも操作できる民衆と傀儡政権が出来上がるのだ。対外的にはあたかも主権を持たせているように装うけれど、実際にはない。

これは近代の日本がされて来たことと同じ。明治、戦後に害国勢力により価値観や文化が徐々に変えられてきた。連中は自分達が暮らしやすい環境を整備するために、自分たちの価値観を押し付けてきた。外敵を排除して来た日本の思想(自己免疫力)が邪魔になる為、それに対する抗議の声は洗脳教育、武力とお金で抑えこむのだ。その言い訳(隠れ蓑)は経済成長、豊かになった(物質)、便利になった、国際化、グローバリズム、リベラリズム・・・など。これによって、日本を自分たちに都合がよい基準に合わせさせる。そうして、外資や移民に有利な条件を整えて来た。日本にはいまだに植民地状態で主権がないのだ。国際学界では周知の事実であるが、洗脳されている国民には知らない人が多い。侵略者の方法は大体どこでも似た様なものである。

国連本部前での自己犠牲は、もはや国内では不可能なため、外に助け(抑止)を求めているのである。このことは、すでに彼ら自身の力だけ(国内)では何もできないことの証拠である。ネットを含めたあらゆる情報と生活までが、個人情報としてデーターベース化され、AIによる監視下に置かれてしまっている。焼身抗議も国内のものは全て情報統制されるから、国際社会に知られることはない。だから、敢えてNYの国連本部と言う場所を選んだのである。


国際組織やインターネットが無かった時代の先住民文化は外に助けを求めることもできないまま、ことごとく侵略された。時間が経てばいつか将来子孫の誰かが何とかしてくれる・・・などと考えるのは妄想である。侵略者は民族や言語、文化までを滅ぼす。そうなると、その文明が存在していた事すら忘れられてしまう。残るのは破壊を免れた考古学的な遺物のみ。そうなってから、文明を復興できるはずもない。しかし、信じられないことに、文明が進んだ現在において、それを同じ時代錯誤の蛮行をしているのがC国なのである。これはチベットだけではなくウイグルにも行われている。両者は宗教(思想)が異なる為、対応が異なるが、やっている内容は同じ。しかし、仏教信徒であるチベット人は非暴力主義であるが、イスラム教徒は反対に暴力もいとわないところが違う。そこで、共産党はチベットの教訓を踏まえ、ウィグルでは圧倒的な武力とネットによる言論統制、漢民族の移住&混血などを徹底的に行っているのである。

チベットの侵略された歴史に関する日本語の動画があったけれど、見つからなくなっているので、英語のサイトを紹介しておく。

 

英語だけれど、詳しく解説されている。西洋の植民地化と同様に、友好や好意を大義名分に近づき、徐々に内部に侵攻する様子がわかる。チベットの軍隊は仏法を守るための警備兵的な規模と装備しかなかったので、武力侵攻には役不足であった。また、殺生を禁ずる仏法を学んだ人間は戦争に全く向いていないのである。これは戦時中の日本人も同じであり、戦うために無理やり「鬼」とならざるを得なかったのである。鬼となる為のきっかけが家族、友人、故郷、国への愛なのだ。それを守る為だと自分に言い聞かせて、自分の良心をごまかし、無理やりに戦ったのである。この精神的な葛藤と勇気は世界中の紛争にも存在する。一旦戦争が起きたら兵士はそうならなければ生存できない。

 

話し合いで解決するべきだという意見があるけれど、チベット人こそ、世界で最も争いを好まず、話し合いで解決する態度を今でも貫いている人々である。その彼らでさえ、半世紀も話し合いを続けて来たけれど、一向に侵略の手は止まらない。そればかりか、悪化の一途である。しかも魔の手はウィグルにも伸びている。抵抗した者は武力で制圧(虐殺、拷問)される。天安門の民主化運動の時のように、戦車の前に立ちはだかっても踏みつぶされるだけである。

これが現実である!現実を見ず「戦争反対!」だけを唱えている日本の平和ボケリベラリストたちは認識を改めるべき。戦争賛成の人などいない。反対など当たり前である。だから、そうならないための方法を歴史から学ぶのだ。

この状況、迫害されている人たちを見て、それでも「話し合いで何とかなる」なるなどと言えるものなのか?人間の良心や善意を平気で裏切るのが侵略者であるという現実を理解しなければならない。それについてもチベットの教訓がある。

共産党は抵抗を続けるチベットの指導者であるダライ・ラマ法王と話し合いをしたいということで、歓迎のためのパーティーに招待した。ところが、それは法王を拘束するための罠であるという警告があったので、法王は前日の夜中に宮殿を抜け出して国外に逃亡することにした。共産党軍の監視をすり抜け、山を越えて国外に逃げることができた。後に、インド政府が法王の亡命を認めたので、チベットの魂(法王)は海外で生存することができている。

一方で、中共は勝手に別の法王を任命した。その傀儡政権でチベットを統制するつもりなのであるが、チベット仏教の輪廻転生による正当な継承者ではない。

 

英語の動画では14分くらいからその説明がある。

ダライ・ラマ法王が逃げた後で、中共の謀略が明らかになった。実際に共産党はパーティー会場に兵隊を潜ませて拘束するつもりであったけれど、現れないので宮殿に押しかけたことが暴露されたのだ。当時は朝鮮戦争も勃発しており、国際社会はチベットに対する中共の侵攻を黙認していた。ダライ・ラマ法王が毛沢東の魔の手から無事に逃げることができたのは、やはり仏縁とそれにつながる善良な人々のお陰である。

私がチベット問題を取り上げるのは、性善説で平和ボケした日本の将来にも共通する問題を感じるからである。教義による不殺生、非暴力のチベットに対して、日本の平和ボケは単なる無知と逃げであるところが、更に深刻なのだ。おそらく、今の日本に焼身抗議などできる人間は極少数。いざとなった時、リベラリストはまず逃げる。私は可能だが、一応「鬼」の端くれであるから、方法が異なる。

 

崇高な精神性を理解できるほど人類全体が成熟すれば、戦争(武力、暴力)は自然消滅するであろうが、それには時間が必要。その前の段階において、正義や理想論(口先だけの武力否定)だけでは、侵略を防ぐことはできない。だから、その様な状況になる前の抑止力(戦わずして守る知恵と力)が必要なのである。私がかねてより強調する「鬼」の意義である。抑止力は単純な武力とは限らない。政治的、経済的圧力も含む。それらを総合した力が現実的な抑止力となる。

 

友たちよ、負けるな!

 

本来はマスコミが追及するべき内容
 
もはやその能力と気概が失われているので、この様に積極性と信念を持つ人たちがいなければ国は腐敗して滅びる。海外のマスコミ人は権力とは癒着しないことが誇り。飲食などの接待には応じないし、個人的な付き合いは避ける。
 
ところが、日本のマスコミは権力と癒着して、飲食などを共にし、「情」や「人間関係」でおこぼれ情報にあずかろうと言う発想なのだ。しかしこれは、オフレコだったはずの情報が洩れると言う、信頼関係をも裏切る取材方法ともなるので、本来の日本人伝統の美徳精神を持つ人間であれば、避けるはずなのだ。避けると、忖度になるから、客観的な報道はできない。また、権威側も、最初からマスコミ人を信用しなくなるはず。
私もマスコミ論を学んだことがあるけれど、この点は昔から疑問であり、欧米のマスコミの在り方こそが「ペンは剣よりも強し」の態度だと思う。日本も当初はそうであったけれど、戦時中の言論統制と戦後のプレスコードにより、この基本が崩れてしまっている。戦後は米国批判は禁止、愛国表現や天皇(神道)を崇拝するような記述は禁止されていたけれど、80年を経た今でもまだ売国政府から圧力を受けているわけだ。その圧力により操作された偏向報道が多い。これではマスメディアの中立性が保てない。国家権力や要人の圧力にも屈しない海外メディアを見習うべきである。
私は動画を紹介する場合、その内容を基準とするので、動画の製作者や関係者のしがらみなどは一切関知しない。その代わり、製作者の意図的な偏向主張(プロパガンダ)なども、考慮するから、内容がその影響を受けている場合には、紹介することはない。あくまでも客観的で、参考になる情報の場合のみのつもりである。
 
今回の動画はそれに該当する。製作者や登場する人物はそれぞれ独特の言論と主張をお持ちの方たちであるけれど、とても有意義な内容だと思う。
 
異常な社会を治すためには「毒を以て毒を制す」的な言動となるから、過激な政治活動家に見えることもあるけれど、この方たちが日本の闇を炙り出すことに貢献していることは間違いない。彼らの言動はネットで炎上することも多いけれど、それこそ真実と闇を「炙り出す炎」なのだと思う。
 
愚民にありがちなのは、1で10を否定するような極端な見方。優秀な政治家や思想家を、デマやゴシップの影響を受けて、最初から全否定する人が多い。しかし、不慮による事件の可能性もあるわけだから、その因果関係を知らなければ、正確な判断はできないはず。よくありがちなのが、異性問題、家庭内問題、税金、献金、交友関係などの噂で判断してしまう。人間性や思想はその人の清濁双方の経験の集積である。清らかで平和な環境で育った善い人は平和ボケとなりがちで、リスク管理や対外交渉にには役不足であることが多い。悪事の知識と経験もあり、性格がきつく、人を疑うタイプの人間の方がリスク管理には向いている。両方を同時にバランス良く出来る人などほとんどいない。だから「適材適所」と言う考えがあるわけだ。
 
世間体を気にして仮面夫婦や円満な家庭を装う人は意外に多い。人々を教える立場の教師の家庭内が滅茶滅茶だと言う話もある。人を救う司法関係者や弁護士、高名な学者などが家庭内では傍若無人の専制君主である話も聞く。しかし、そういう環境だから反面教師として物事を客観的に分析できるという皮肉な構造もある。
 
その反対に、注目されるためにあえて過剰な言論や演技をする場合もある。また、普段は冷静沈着で感情的にならないけれど、わかりやすく単刀直入な説明をすると、過激だと受け取られてしまう人もいる。
 
この様に他者の見た印象と内実は異なることが多い。つまり、そんなところまでわれわれ人間が見抜くことは難しく、部分的な情報だけで全否定することは、不合理。折角の良い情報までを見逃してしまうことになる。これらのバランスを整えて、できるだけ客観的公平な報道をするのが本来のマスコミの役割であったのだ。しかし、今やマスコミではなくて「マスごみ」である。我々はネットの意義を最大限に活用し、本当のマスコミを構築するべきだと思う。