雲水・ISA(九龍)のブログ

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日本は神の国
仁術師

先日、SNSで流れて来た戦時中の沖縄の歴史秘話。沖縄の22歳女教師が子供たちを救ったと言う話。

22歳の日本・沖縄の学校教師、森恵子は、1945年6月、彼女の30人の生徒に、手榴弾で自殺するよう命令されました。降伏するのではなく。

彼女は拒否しました。生徒たちにこう言いました。「生きなさい。彼らが何と言おうと、生きなさい。」彼女は彼らを洞窟に12日間隠し、日本兵が彼らを探し回り、名誉のために死ぬよう強要していました。

彼女は彼らのために歌を歌い、石を使って数学を教え、当時は食べ物がありませんでした。アメリカ兵が洞窟を発見した時、彼女は手を挙げ、白いシャツを持って最初に外へ出て、生徒たちを守りました。

アメリカ兵の一人が彼女を撃ちそうになりましたが、彼女の後ろにいる子供たちを見て、銃を下ろしました。彼は子供たちにチョコレートをくれました。戦後何年も経ち、恵子は一部の日本人から裏切り者と呼ばれましたが、彼女の30人の生徒は全員生き延びました。1975年、彼らは沖縄で彼女のために小さな像を建てました。白いシャツを持った教師の像で、上にこう刻まれています。「彼女は私たちに最も勇敢な教訓を教えてくれました——生きること。」

彼女は死を受け入れるよう命じられました。しかし、若い教師は30人の子供たちの命のために戦うことを選びました。

フォローしてください:@ChinaTruth

 

 この手の歴史に私は敏感であるから、即座に反応した。沖縄戦に際しては有名な「ひめゆり部隊」の話もある。人間としての感情と押し付けられた軍国主義的な同調圧力により悲惨な事件が多々生まれていた。同様の葛藤は南洋の戦場や特攻隊にも見られる。戦後の左系洗脳教育で強調されるような如何にもの美談だと感じた。この物語自体に邪悪な意図はなさそうだが、まず使用されていた画像がAIであることが不快だった。セピア色に加工して、当時のものらしくしているけれど、映画の様に不自然に整然としている。現在のAI作画システムは優秀で、この程度の画像加工はお茶の子さいさいらしい。

 

 ちなみに、これは沖縄戦の語りべとなった実在の女性のビデオ画像。7歳だったけれど、怖くて体が震え、動けなかったそうである。これが実情なのだ。

 

 

 

 それと、戦後の「ギブミーチョコレート!」を結び付けているところも違和感があった。戦闘服にたまたま食べ残した食べ物が入っていた可能性はあるけれど、みんなに配る程の物資を戦闘中に持って行くような兵隊はいない。そして、最後に「@China Truth」なる文字があった。調べると、この情報はC国系のサイトが流出元らしいのだ。間違いなく認知戦略(情報操作)の一環だと思う。平和ボケの日本人は認知戦に弱いから要注意である。 

 

英文の投稿もあるが、使用されている画像類は朝鮮半島などのものが混在している。詳しくない一般人なら鵜呑みに信用してしまう可能性が大きい。実際に、コメントには「素敵なお話ですね。戦争反対!こうあるべきです」の様な賛辞が圧倒的に多かった。アジアの歴史に疎い西洋人はアジア人を外見だけで識別することは難しい。我々が白人の国籍を判別できないのと同じ。時代や歴史区分などまでわかっている外国人は非常に少ない。

 

 それで思い出したのが、実在した黒人侍ヤスケの流出画像。やはりセピア色でそれらしい雰囲気に良く出来ていた。すぐにAIだとわかったけれど、その見事さに感嘆するのと同時にAI技術の恐ろしさを実感させられた。

ヤスケの伝承は本当で、宣教師が日本に来ていた時代に同行していた黒人奴隷だったそうである。織田信長はその身体能力と外見を称賛している記録が残っている。具体的な戦闘経歴は無いけれど、本能寺の変まで仕えていたことがわかっている。映画や物語としては非常に興味をそそるテーマではある。その時代の写真が残っているはずもないけれど、日本の時代区分を理解している外国人は滅多にいない。「侍の時代」として理解しているだけのことが多い。

(来日したイエズス会宣教師たち@Wikipedia)

 

教養のある日本人なら忍者とサムライの刀の差し方の違い、刃の向き、和服の着方などを知っているから騙されることはないけれど、わからない西洋人たちは大喜びだった。戦国時代ではなくとも、黒人のサムライが存在していたこと自体が驚きなのだ。

 

実は、私も創作画像としてはとても好き。家族と一緒のところがほのぼのしている。その人気に影響されたのか、続編の黒人シリーズが登場した。これは実際に存在する幕末の侠客(侍)の古い写真を利用して作ったもの。

私はこの原画が好きだったから、すぐにわかった。それにしても、部分的に上手く組み合わせているのは見事。素人ではわからない。

世界的な有名人たちも登場する。大金持ちの現在とは対照的な浪人姿になっている。

お坊ちゃまの留学生風。和風で言えば「顔本」を作った人。見た目が西洋人であること以外、全く違和感がない。

北の暴れん坊将軍もいた。強そう。ここまでの、完成度で作られると、知らない人は判別できない。

時代劇好きの自分としてはとてもお気に入りの画像たち。いかにも創作だとわかっているから楽しめる。しかし、この技術を悪用した時の恐ろしさも想像できる。

 

気持が悪かった事件としては、AI技術も創成期でそれほど完成度も高くなかったけれど、画像加工ソフト自体の技術は向上していた。その時代に登場したのが、可愛い女性になりすました男性。当時でもこのレベルだったので、騙された人が多かったらしい。

ネットやSNSが早くから普及していた欧米では結婚詐欺などのなりすまし事件も多発していたけれど、日本では稀だったので、よく覚えている。20代の可愛らしい女性だと思っていたら、実際は50代の茶髪男性だった。バイク関連の投稿をしていた時に面白半分で投稿したら好評だったので病み付きになってしまったらしい。知識のある人がよく見れば加工の粗が見えて来るけれど、素人にはわからない。

 

幸いに詐欺による犯罪ではなく、単なる人気取りのなりすましだった。

AI加工の内容は建築にも及んでいる。SNSに出て来た戦後の日本と現代を比較した画像。上は大陸であり、下は江戸の下町にある有名な商店街。信じてしまう人も多いはず。私も言ったことがない場所なら信じてしまうと思う。

日本橋に鉄道の高架らしきものがある。今は高速道路だけれど、できたのはずっと後。

こういう画像を投稿する意図がよくわからない。注目されたいのか?プロパガンダか?いずれにせよ、事実を歪曲する可能性が大きい。

おそらく、画像加工をしている人たちは、面白半分がほとんどで、悪意はないのかもしれない。今までは美術的なセンスがないと描けなかったのに、コンピューターの力を借りれば楽しい画像がどんどん描ける。こんなに楽しいことはないと思うし、自分でもやりたいくらいである。私の周囲にもハマっている大人たちが多い。SNSではアニメ風、○○年代風のような加工画像をよく使っている。

 

でも、この技術の発展により、街の写真屋さん、印刷屋さんなどがどんどん倒産して消えてしまった。まあ、そういう現象は時代の流れとともに起きる。車が発達したから駕籠屋さんはいない。電気やガスがあるから、薪や炭で調理をすることもなくなった。この流れで行くと、芸術や美術の存在意義も変わることは間違いない。

 

音楽や楽器を学んでいなくても作曲できる。想像力が無くても小説が書ける。誰でもシュールレアリスム風の不思議な絵が描けてしまう。すでに、レポートや論文をAIに書かせる学生もいるらしい。

画像加工技術が向上すると悪用する人、知らずに有害画像(情報)を使用してしまう人が増えることは間違いない。関心のある人たちは技術や知識をアップデートするから、「フェイク画像、フェイクニュースの見分け方」などの内容も参考にしている。つまり、解説をすればするほど、悪意のある人間たちに技術向上のために有益な情報を提供してしまうことにもなる。精度が上がると、人間には判別不可能になる。間違いなくAIを使った認知戦になるはず。

政治家や運動家を貶めるフェイクニュースも多い一方で、政治家もプロパガンダに利用している。商人たちはビジネスに利用している。昔は文章が主体だったけれど、今では文と画像、音声を合成した巧妙なものが増えて来た。要注意。

 

 

 

本日は「防災の日」であったけれど、サイレンが鳴らなくなっている。そう言えば、終戦記念日にも鳴らない。騒音などの苦情のせいなのかもしれない。しかし、何事も「のど元過ぎれば熱さ忘れる」人間には良い刺激だったと思うので、私は鳴る方が良い。

 

103年前に、相模湾を震源とする大地震が首都圏を襲った。津波は無かったようだけれど、大規模火災により、都市部は焼け野原となった。

 

私の祖父は浅草にあった「凌雲閣」の話をしていたことがある。地上12階、高さ52メートルの展望楼閣。明治までは、城を除いて高い建物など存在しなかったから、当時は超高層建築物である。それが崩壊し、あたり一面が焼け野原になったことは衝撃だったらしい。

お昼頃だったので、昼ご飯のために火を使っていた家が多く、大規模火災に発展した。延焼は三日間も続いたらしい。

祖父は都内に電車通勤をしていたらしいけれど、半日かけて横須賀まで歩いて戻って来たそうだった。横須賀は山と谷が交互に入り組んだ地形なのでトンネルが多いけれど、それらは全部通行できず、山を乗り越えて歩いて来たと言っていた。もっと話を聞いておけばよかったけれど、それ以上の詳しい話はわからない。

阪神淡路大震災では建造物の崩落による圧死が多く、東日本大震災では津波被害が多いのに対して、関東大震災は火災被害が大きかった。住宅の密集して人口が多い都市部では火災は命取りである。江戸時代も大火が一番恐れられていた。

 

江戸城の天守閣は大火で焼失したけれど、その後、再建されていない。太平な時代に天守閣は無用であり、その費用は江戸の再建に使うべきという当時の政府による賢明な判断があったのだ。今の情けない政府にも学んで欲しいものだ。

地球上に生息している動物の中で一番災害の被害を受けるのは人類だと思う。大部分の動物たちは、山火事と津波(山津波も含む)以外は逃げれば助かるはず。津波だって、自然界では圧死するほどの物質は流れてこない。人間社会では車や瓦礫による圧死がほとんど。それは積木みたいな、いつ崩れてもおかしくないような不自然な巣(住居)に住んでいるからだ。そのように、危険で信頼できない巣に棲む間抜けな動物はいない。そもそも、危険な場所に古代人は住まない。遺跡の所在地は全て安全&便利な環境に分布している。

日本も明治に西洋建築が導入される前は木と紙でできた家に住んでいたから、避難は簡単だった。恐ろしいのは、江戸市中を壊滅状態にしたような、密集地の火災だけ。動物は火を使わないから、その心配もない。要するに、震災の被害を拡大しているのは、皮肉なことに、人間の営みと社会文明なのだ。

日本の竪穴式住居なら、災害が起きても問題はない気がする。かなり前から物欲が無くなっているので、今から竪穴式住居に住もうかなあとも思っている。半分以上本気。それに一番近いのがモンゴルのパオやインディアンのティピー。元々、キャンプは大好きだから、いつでも生活できる自信はある。

自分はありがたいことに先祖代々の土地や家があるけれど、本来、土地は個人が所有するべきものではないと思う。実はこれに関して、神の啓示を受けている。

 

神のいた時代、今のインディアンや遊牧民の様に季節とともに移動して暮らしていたらしい。大人も子供も共同体の中では家族であり、住居にも個室などの区別はない。雑魚寝でフリーセックスが基本。気に入った相手と交わるから、子供がどんどんできる。DNA鑑定など無いから、誰の子供なのかもわからない。子供はみんなの宝物であるから、どの子供も自分の子供の様に扱い接する。職業や役割は個々の能力に応じて分業する。年齢や性別は関係なく、適正と実力が基準。そうすると、そこには悪い意味の差別や虐待は起きない。現代の問題は全てを同じ物差しで判断して決めるから。古代人の物差しは多様だった。綺麗な話だけではなく、恐ろしい話も聞いている。それは邪悪なものに対する制裁(淘汰)の存在。私が常々言っている「鬼」の概念の源である。和を乱すものに対する制裁は厳しかった。

 

以上が、私が教えられた内容。まだ言語も無い時代のお話。

私に届く神の啓示は、人間の考古学や文化人類学などとは全く関係ないし、物的証拠もない。それらの半端な情報に惑わされると、啓示の真意を誤解するから、人間の知識と情報は参考程度にしておけ!ときつく神から制限されて来たので、そのまま受け入れることにしている。これは私が仁術を使う際に言われていることと同じ。現代の人間の医学や科学では理解できない現象が起きるけれど、まだ人智が及ぼないだけ。神がおっしゃるには、今の人間たちは馬鹿にするかもしれないけれど、その内に分かる(証明される)とのこと。ウィルスと自己免疫、腸の重要な役割、血圧やコレステロールの迷信、視力の嘘、薬の依存、オートファジーなどはずっと前から教わっていたけれど、当時は誰も信じなかった。解明されて来たのは最近である。

 

実際にその通りなので、私も従うまで。発信者は私が仁術を使用する際の力の源であるから、その力が間違わない限り、絶大な信用を置いている。毎回、突拍子もない内容が事実であることがわかるのだ。

 

最近の文化人類学では農耕文化が食糧の貯蓄をすることにより、財産、土地の所有権、水や地政学的な利権などが生まれ、大規模な戦争社会につながったとする説が有力になっている。しかし、その文明の前に存在した縄文時代についてはまだ何も明らかになっていない。しかし、私に届く啓示の発信元である神様はその時代もご存じらしいのである。その話はまたの機会に。

 

神の啓示には様々な内容があるけれど、一貫して警告しているのは、邪悪な存在としての人間の言語」、いわゆる「言霊」。常に注意しろ!と言われている。人類が発展した理由となる要素の一つでもあり、AIやネットの文明の基礎となっていることが、非常に恐ろしい。一方でこの世界の全ては科学であり、科学こそが神の言葉だとおっしゃる。だから「非科学的」という表現は有り得ない。この世界には「未知科学」と「既知科学」しか有り得ず、どちらも「科学」だと言う事である。そして、私が仁術を使うたびに、「今、お前に未知科学を教えているのだから、怖がらずに、冷静に分析して学べ!」とおっしゃる。

 

 

 

 

 

 

この季節は台風と重なることが多く、咲きそろっている状態を見られることはラッキー。ヒマワリを見ると、毎回、イタリアとフランスの合作の名作映画「ひまわり」を思い出す。

戦争による悲恋物語の傑作であった。

これも、同時代の悲恋物語の名作。「蛍の光」が一躍有名となった。登場する橋の実物を見に行った時、橋のたもとにあるSavoiホテルのガードマンから不審なアジア人だと思われて、睨みつけられていたことを思い出す。

この頃、大陸の反対側でも、悲劇が起きていた。二度の原子爆弾に瀕死となり、降伏宣言をした日本に火事場泥棒が襲い掛かって来たのである。昨今はC国だのK国だのと騒ぐけれど、昔から日本最大の脅威は北方の暴力団であった。開戦前の脅威は陸軍がソ連、海軍は米国を考えていた。そして、最終的に白人世界が手を組んで侵攻したのが北方領土侵攻なのである。

 

今回の投稿を書くきっかけとなったのは、以下の投稿を読んだことがきっかけ。長い物語であった。


里見 和彦さん 投稿先65歳からの『生きがい』
世間は「終戦記念日」と言いますが、父にとっての終戦は8月25日でした。


本日8月15日、世間では「終戦記念日」として追悼行事が行われています。 しかし、僕の家庭ではこの日に少し複雑な「違和感」を覚えて育ちました。
一昨年に90歳で亡くなった僕の父は、生前ずっとこう言っていたからです。 「俺の終戦記念日は、8月25日だ」と。

我が家は大正2(1913)年に樺太へ移住した開拓一家でした。
樺太の南東部、栄浜郡(支庁でいえば豊原支庁)落合町で爺さんは王子製紙の「馬喰」(馬方)と農業をやっていて、ロシアからシベリア経由で逃れてきたいわゆる白系ロシア人(帝政側の人)の家族を数家族受入れ、小屋を建てて、農業の手伝いをしてもらい、子供同士が言葉を教え合っていたそうです。そこで僕の父は1934(昭和9)年に生まれました。幼少期からロシア人家庭と交流を持ち、そのため父はネイティブクラスにロシア語が堪能でした。父はというか、父の兄弟全員がそうでした。

昭和20(1945)年8月9日、ソ連が不可侵条約を破って国境を越え、樺太への侵攻を開始。文字通りの「地上戦」が始まりました。
8月15日に玉音放送が流れた後も、ソ連軍の攻撃は止まりませんでした。 当時11歳だった父は、大人たちや従兄妹たち約30人の集団とともに、激戦地の北方・敷香(しすか、父は「シッカ」と言ってました)から混乱する真岡(まおか)、そして豊原(とよはら)、生まれ故郷の落合(おちあい)へと、命がけの逃避行を余儀なくされました。そのため「玉音放送」も知らなくて大人になってから知ったと父は言っていました。

真岡では街中で激しい市街戦(真岡郵便局の乙女たちの悲劇で知られる地です)に遭遇し、間一髪で逃げ延びたといいます。
ソ連軍が最南端の大泊や豊原を完全に占領し、樺太全域の戦闘が終わったのが「8月25日」でした。父にとってこの日は、命が助かるかどうかの境界線であり、本当の意味での死線の終わりでした。

1945年には引き揚げることもままならず、その後も1948年まで樺太に留め置かれ、ソ連管理下の学校でロシア語や共産主義を学ばされるなど、引き揚げるまでの3年間も過酷な戦後を生き抜きました。
先に書きましたように父はもともとロシア語が堪能で、ロシア語の授業は全く苦にならなかったと回顧してます。祖父が亡くなった時、父の兄弟や親戚が集まった際には、皆でロシア民謡を原語で歌っていたくらいですから。

一方で、北海道室蘭にいた僕の母もまた、過酷な戦争を体験していました。 当時、国内でわずか2箇所(室蘭と釜石)しか行われなかった米軍の「艦砲射撃」に遭遇し、市街地に巨大な砲弾が降り注ぐ中、学校の「クラスの半分が亡くなった」といいます。
8月15日という日、一般的には「平和が戻った日」として語られます。 しかし、樺太や満州、あるいは南方、そして戦地や空襲を受けた現地の人々にとって、8月15日は「戦いが終わった日」ではなく、むしろさらなる混乱と死の恐怖、試練が始まっただと思うのです。

小学生の時代にこうした凄惨な地上戦や艦砲射撃を生き抜いてくれた父母がいて、今の僕の命があります。
終戦から時が経ち、当時の記憶が薄れつつある今だからこそ、教科書の一言では片付けられない「生々しい家族の歴史」を、子供世代としてしっかりと受け継ぎ、語り継いでいかなければならないと、今年のお盆も改めて強く感じています。


1945年8月11日のソ連軍侵攻開始から、8月25日の終戦・完全占領までの樺太地上戦(樺太の戦い)の主要な経過の年表(タイムライン)です。

ソ連軍の国境侵攻開始
1945年8月11日
ソ連軍(第56狙撃軍団)が北緯50度の国境線を越え、北部の国境陣地(古屯・半田など)へ激しい艦砲・野砲射撃とともに攻撃を開始。日ソ間の地上戦が勃発。
敷香からの民間人撤退と国境攻防戦

1945年8月13日 - 15日
国境付近の激戦が続く中、敷香(しすか)などの北部住民に避難命令が出され、南行列車などによる大規模な避難・疎開が始まる。

玉音放送(戦闘の継続)
1945年8月15日
昭和天皇による終戦の玉音放送。しかし、樺太のソ連軍は侵攻を停止せず、日本軍(第88師団)も自衛戦闘を維持。
塔路・恵須取への上陸

1945年8月16日 - 17日
ソ連軍が西海岸北部の塔路(とうろ)・恵須取(えすとり)へ上陸を開始。避難民と自衛組織・日本軍との混乱が深まる。
自衛戦闘要領の達せ(停戦模索)

1945年8月19日
第5方面軍(札幌)から樺太の第88師団に対し、自衛戦闘をやめ順次停戦・武装解除に入るよう命令が下る。
真岡上陸作戦(市街戦の発生)

1945年8月20日
ソ連海兵隊が西海岸の要衝・真岡(まおか)港へ艦砲射撃とともに強行上陸。艦砲射撃と市街戦により多数の民間人犠牲者(電話交換手九人の乙女の悲劇など)が発生。避難民は豊真線(山越えルート)で豊原方面へ逃走。
逢坂・逢坂峠の攻防

1945年8月21日 - 22日
真岡から豊原(とよはら、樺太唯一の「市」)を目指すソ連軍と、これを防衛しようとする日本軍との間で宝台 loop 路線付近や逢坂峠で激しい攻防が展開。
現地停戦協定の成立

1945年8月22日 - 23日
知取(ちとり)などで日ソ両軍の使者による停戦交渉が行われ、実質的な戦闘停止と武装解除の手続きが始まる。
豊原の占領と戦闘終結

1945年8月24日 - 25日
8月24日未明、豊原駅前などがソ連軍機により爆撃される。8月25日朝、ソ連軍部隊が豊原市内へ進入・占領。同日、最南端の大泊(おおとまり)へもソ連海兵隊が上陸し、樺太における全地上戦が終了。

父の一家がが辿った「敷香 → 真岡 → 豊原」という足取りは、8月13日〜15日頃に敷香から南下され、20日前後に真岡の混乱・戦闘を避けながら、最終的に24〜25日頃にソ連軍の手が及んだ豊原へ行き着くまでの、樺太地上戦の激動のルートそのものでした。
この逃避行の中で一人も欠けずに生きて帰ってこられたことはとても幸運だったと思います。
(中間部分省略)
長文になりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

ソ連兵が襲い掛かってくる中で、最後まで職務を全うし、自決した女性たちがいらっしゃった。映画化もされている。

歴史研究家の詳細な解説は以下の通り。

 

凌辱される(レイプなど)ことを想定し、足が開かないように紐で縛って自決したと言う話には泣けてくる。

 

今でもそうだけれど、国際法や人道を軽視する言動は多い。大国で強大になる程、その傾向は強くなる。これが現実。最近のウクライナ、イランなど、停戦協定などは有名無実になっている。これに対処するのが危機管理。現代も同じだけれど、現場(戦場)を知らずにデスクワークばかりで綺麗事をのたまう官僚や政治家が多すぎる。最前線の状況を知らないから、想像と理想論になるばかり。これは途上国とのビジネスでもよく起きる現象で、日本本社は「有り得ない」「まさか・・・のはずがない」などと自分たちの常識で考える。ところが現実は井の中の蛙の予想などを軽々と超えてしまう。その際の反応適応速度が日本人は非常に鈍重。よく言えば慎重、悪く言うとタイミングを間違える。現場の状況は止まってくれないから、私も何度も国際電話で激昂したものである。

 

戦時中にはこれと同じことが起きていた。大本営と現地の指揮官の間、海軍と陸軍の間などで、認識の違いが生まれたけれど、現在のようなネットも新幹線も高速ジェット機も無い時代。現場は待ってくれないから独断による行動がたびたび生じる。一方で、それを判断できる能力が現場の指揮官にはあったとも言える。それと、現代にも通じる問題としては、閣僚の最前線経験がないこと。問題となっている場所を訪れて自分の目で確認する人は極少数。また、行ったとしてもVIP待遇で、上から目線の視察のみ。これでは、実状がわかるはずもない。従って当人の言論や判断は自分の知る限られた知識と情報に基づいた想像であり、非現実的になる可能性が大きい。いわゆるキャリア官僚である。これらの人間が指導的立場に置かれるような社会制度と構造こそが問題の元凶だと思う。非常事態において、軍隊の力が強くなるのはこれが主な理由。本来、国家元首的立場にある人たち(天皇、総理大臣)は最前線や軍隊の全てを実体験により把握しておくべきなのである。大東亜戦争では、これが無かったから、軍隊の暴走を止めることができなかったのだと思う。

 

この方はユダヤ人救出などでも知られた人道を重んじた軍人であった。この方の危機管理能力(英断)がなければ、北海道はなくなっていたとも言われている。当時の状況を知れば、これは誇張ではないことがわかる。

軍人を記念する記念館の投稿に私がコメントを書き込んだところ、同上のコメントがあった。おっしゃることはごもっとも。良識の有る善良な方であることを感じる。しかし、「リスク管理」の意味がお分かりでない。リスク管理は健全な目標がある場合、その障害となる要素に対応することだと思う。だから、前提に健全な目標(理想)がある。それを教えずに、悪いことや不信感だけを教えることは単なる差別、偏見である。ただ、対象となる集合体(国、民族)には傾向があるから、それを教えることは差別ではなく傾向(特徴)の分析結果である。それを防ぐために暴力や戦争を正当化するような教育をするのは別の問題。教育と教師の質の問題。しかし、正当化と必要性は違う。善良で猜疑心の無い方々はこれらを混同して論じる傾向があるようだ。私の周囲にいる優しい友人知人の大多数がそうである。人畜無害で性善説社会を構成している主要な人たち。ところが、矛盾して、害毒に対する免疫がないのだ。私が問題視するのはこの点。

 

理想論や仮想現実に関する授業は平和で余裕のある時にするものである。私はそちらが専攻であったから、ウンチクだけは嫌というほど聞かされてきた。しかし、ウンチクだけで実行する能力がなければ、現場では何もできない。これは、国連であれこれ審議をしても、現実世界にすぐ反映されないばかりか、無視されてしまう現実と同じである。実際に抑止する力(装備と人間)がなければ、平和な議論をする余裕もない。いざという時の備えを万全にしつつ、平和の道を考えるべきだろう。ところが、今の日本はウンチクばかりを教え、リスク管理を教えない。あまりにもアンバランスであることが問題なのだ。そういう教育を受けた人たちはリスク回避の知識が欠落しているから、いざ問題に遭遇した際に対処が間に合わず、逃げることしかできない。そのような人に自分の命を預けられるものか?まして、その様な人物が国や組織の指導的立場にあったら、非常に危険である。現政党の中にもすでに見られるけれど、我々愚民も目覚め始めているので、近々淘汰されるであろう。

 

そして、そのような理論的な解釈や礼節、道徳の授業や説得をするなら侵略や不法行為をしている当事国にするべき。それを、法令を遵守している側、危機が差し迫っている当事者(被害者)側に言うのは、どうなのか?さらには、侵略している最中に侵略者たちが聞く耳を持つものか?耳を貸さないような人間だから侵略するのではないのか?話し合いの最中なのに、停戦協定を無視して侵略を続ければ、後の祭りである。それを後から話し合いで取り戻すことなどできるのか?これらは今実際に世界で起きている現実である。戦後の日本は戦争に対する嫌悪感と反発から、汚い部分に目を背けて、過剰な綺麗事教育をしてきた傾向がある。間違いなく、理想や目標は必要だけれど、それと同時に現実も教えなければ、非現実的な妄想になってしまう。

(産経ニュース)

 

小生の体験として、私が海外支社の不正を内偵した際には、容疑者たちが物的証拠となるパソコン類や金庫などを持ち出したり、廃棄しようとした。この事件の前後には尾行が付き、滞在先にも刺客が来る可能性が大きかったから、出入り口にバリケードを作って防衛した。数回、侵入者と乱闘になったけれど、その様な場面で警察や他人は当てにならない。従業員や警察にも汚職や癒着があるから、袖の下(お金)で犯罪者に協力する人も多い。そのコネが強いものだと、裁判所や行政機関に訴えても却下される。そればかりか、個人情報も提供されてしまう。入国した時から、携帯電話やパソコンのWifiは監視されGPSによって所在地がわかる。尾行や暗殺にそれらの情報が使われる。実際に、同時期に訴訟問題でもめていた日本人経営者はセキュリティーが厳重なはずの高級ホテルのVIPルームで襲撃され、廊下で殺害されていた。廊下は血まみれだったけれど、ホテルの従業員も警備も気付かなかった。これが現実。何も信用できない状態では、自分自身がその場で対応する能力が必須。実力行使をしてくる相手に対話は不可能。これが無ければ生命は守れない。先に殺されたら反論もできない。

 

これが国レベルで起きると戦争になる。その予防対策が国防である。平和な状態では、議論したり考える余裕があるかもしれないけれど、現実の緊急事態を同様に考えることは余りに無知、幼稚、愚かである。政府援助、合同プロジェクト、学術交換などの友好的な交渉においては円満に問題解決ができることが多い。そこが損得勘定や利権が絡むビジネスとの違い。だから、それらに携わる国際組織Jaica,Jetro、国連やその他の○○協会、NPO法人みたいな国際組織の関係者は、言論(綺麗事)によって何事も解決できてしまうと言う、錯覚を持ちやすい。そして、マスメディアに登場する国際関係の有識者にはその出身者が多い。その人たちは退役後に教育機関で教鞭をとることも多いから、学生たちもその思想的影響を受けることになる。私がそうであった。

 

しかし、私の経験上、邪悪な相手に対して、言論のみで解決できたことは一度もない。解決できる場合は、言論の背後に抑止力、強制力(武力、法的効力)がある場合のみ。場合によっては非合法、反社勢力、汚職政治家の力も利用する羽目になる。いわゆる平和ボケの人たちはこの様な事情や発想を知らない。逆説的に言うと、日本人のほとんどは知らないから、国全体が平和ボケとなるのは無理もない。これらの汚くて恐ろしい情報を隠してしまうことが、平和ボケを増長するのである。

要するに平和ボケの人たちには予備知識がないから、危機感がない。情報がダダ洩れのLine、インスタ、FBなどのSNSアプリをスマホに入れてしまう。海外ハッカーや犯罪者たちは、それらのSNS情報網を通して侵入するのである。自分は「普通の日本人だから関係がない」というのが平和ボケ。なぜなら、それらの情報網をつなげているのがあなたなのである。毎回ログイン&オフで利用する人は極一部で、ほとんどが常時オンのままメッセンジャーや通知を使用している。と言うことは、そのネットワークの一部になっていることに他ならない。それを利用して、標的に直接接触できなくても、遠い場所からたどることが可能となってしまう。友達の友達はまた友達だ、そのまた友達は・・・となる。恐ろしいことに、日本の公的機関や施設までが外国製のプラットフォーム(インスタやツウィッターなど)に依存している。内容を見るためには会員登録をすることとなるので、そのデーター網を増大することになる。それらのSNSサービスはどこの国のものなのか、考えて見ればすぐわかる。日本の情報は海外に筒抜けなのだ。しかも、スパイ防止法も無い。無料という利便性にばかり気を取られ、国際的な情報侵略に加担していると言う自覚がない。日本は平和ボケ大国なのである。

 

平和ボケの由来は侵略者の洗脳教育であるから、侵略者に都合がよい歴史や理論しか学んで来なかった。歴史も歪曲された内容を信じているから、政治や外交の裏にある謀略とそのプロセスがわからない。その為に、侵略されている事にも気付かないから、自衛も思いつかないのである。つまり、すでに日本は侵略されているという実感がない。世界各地で起きている紛争を、まるで他人事かゲームみたいな仮想現実だと思っている。

 

欧州のNATOは主に対ソ連を考えて作られた集団防衛構想であるけれど、昔の東西冷戦状態がなくなったのに、加盟国は増え続けている。それはロシアの侵略を察知したからである。彼らの侵略は古い時代の力任せの侵略ではなく、国際世論を考えて、用意周到な言い訳を作ることから始まる。具体的には、まずロシア人を移住させ、ロシア系企業も進出させる。その数を増やして、外国内にロシア人街を作る。これは既に侵略だったのだけれど、交易による利権ばかりに気を取られ、その地方の文化や社会が変わりつつあることに気付かなかった。なぜならこれらの侵略行為に加担するのはほとんどが国や文化よりお金を優先する商人であるから。彼らは自分達が金儲けできれば、国や文化などは同でも良いのである。しかし、その内に背後にある国の存在が支障となり紛争が起きる。それを抑えるために軍事介入をすると、「同胞を守らなければならない!」という大義名分が生まれる。要するに戦争(侵略)の口実である。これはロシアの常套手段であり、ソ連時代にはホーランド、ハンガリー、アフガニスタンなどが標的となった。

 

(産経ニュース)

 

ソ連が解体したから一安心だと思ったら、ロシアも同じことを続けることがわかって来た。ロシア人の人口が増え、発言権が増すと言うことは、すなわち、侵略の最前線基地になったと言うことなのだ。タジキスタン、ジョージア、ウクライナなどがその被害を被ったので、今までは親ロシアだった国々も態度を変えている。自己防衛のためにNATOに加盟するようになって来ている。

 

友好的に考えていた移民や企業の誘致が侵略の口実として使われることにようやく気付いたのだ。これを国内で行っているのが中国。香港はそうして自由な国際都市から共産党の地方都市に陥落した。今のチベットやウイグルがそうである。台湾も狙われている。漢民族と取引をしたほうが得だと思った売国奴たちが加担する。しかし、これは対岸の火事ではない。日本も狙われている。特に沖縄は危ない。まず沖縄に独立、民族意識を持たせて分断させるつもり。これを日本国が制限しようとした場合に、平和や沖縄民族を大義名分として内政干渉をして来る。その為に、今も中国人を移住させ、不動産を買い漁るのである。産業にも友好を隠れ蓑として進出している。連中の侵入経路はお金と商人(財界人)。だから、美味しいビジネスの勧誘が多い。それと大枚をはたいて、金に目がくらんだ日本人につけ込む手法。これはロシアが周辺国にやって来たことと同じ。英国、米国などの侵略国たちも同様。謀略を用いて侵略を正当化している同じ穴の狢たちなのである。さらには、中国とロシアはこれを北海道にも展開している。

 

不動産売買、不振な工場や企業の買収などから始まるけれど、合法化するために移住や適当な結婚をして先に市民権を得る。親切で友好的な雰囲気で近寄って来るから、人の善い日本人はこれに騙され易い。そして、日本側にも売国に加担する業者(士業)や組織がある。平和ボケの日本人はこれらの現実を知らないから、事態が深刻にならないと、侵略されていたことに気付かない。特に地方の人たちは平和な環境に慣れてしまっているから、家や車のドアにも鍵をかけずに開けっ放しにしているのと同様に、精神的に無防備なのである。これが狙われる。あろうことか、最近は洗脳教育で道徳観念の欠落した若者たちが狙うようになっている。これに対して「世も末だ」などと嘆いたところで何の解決にもならない。直ちに、認識を改め、防御、駆除をするのだ。具体的に高齢者の方は、ご家庭にある農機具(鎌、鍬、ノコギリ、鉈など)や調理用具(鍋、千枚通し、包丁類)も使用して、徹底的に戦うべきである。相手が外国人だろうが子供だろうが遠慮は無用。自分や家族の命が最優先。正当防衛、過剰防衛などの概念はくだらない法的知識に毒された人間が騒ぐことであり、緊急事態に手加減などする余裕はない。全力で自分を守るために対処するべし。ちなみに、この程度の知識は途上国の農村に行ったら当たり前の基礎知識である。女子供、お年寄りも強くたくましくなければ生きていけない。

 

前にも書いたことがあったけれど、火事が起きている時に、火事の原因は何だったのか?どうすれば防げたのか?などと論じるのに等しい。

 

すでに火事は起きている!早く消せ!

 

最優先は「如何に早く消火するか」「二次被害(延焼)を阻止できるか」ということであるはず。これプラス、実際に消火活動を実行する労働力が必要。労働力とは国防て言えば軍事力(軍隊)である。口先だけで火は消すことができない。

 

ちなみに、コメントに対する私の返信は以下の通りであった。他者の投稿欄であったので、幾分控えめに回答しているけれど、言いたいことは今述べた通りである。


「コメントありがとうございます。私はコメントを長々と書くのも申し訳ないので、簡潔にまとめましたが、今回は説明のために少し長くなります。
言おうとしている内容は貴殿とほぼ同じですよ。「そのまま教える」という点について、あちらが約束を破るなら、こちらも破って良いと言う事であれば、それは単なる仕返しの理論。また、暴力には暴力で対すると言うのも単純すぎる。リスク管理とは違います。外交だけではなく、防犯防災などのリスク管理の基本は性悪説的(最悪を想定する)発想だと思います。しかし、ミイラ取りがミイラになる如く、自分たちも下品で暴力な人間になってしまったら無意味ですから、その違いは明確に教える必要があると思います。
但し、子供たちに現実のありのままの姿を見せると言う意味でしたら「そのまま教える」ことは必要だと思います。最初から大人のフィルター(洗脳、誘導、強要)をかけるべきではないと考えます。現実を見せながら、それに加えて知識や情報を与え、自分で学習し考えさせることが大切だと思います。これはある意味、自分自身のリスク管理とも言えます。権威、先生、親などの言動を妄信せずに、考えることのできる能力です。現在我々が見聞きする情報にはフィルターがかけられているものがほとんどですから、今後はそれを見抜く力が必須です。私は戦後80年で日本人はこの力を奪われたと感じています。
それから、私が言った「世界のデフォルト」は江戸時代までの日本でもデフォルトでした。裏切り、打算などによる土地の奪い合いが日本の戦乱の歴史です。そのリスク管理から生まれたのが太平の江戸時代であり、その成果こそが、現在世界唯一(先進国の中で)と言われる性善説社会です。幕末に来日した海外の文化人たちが「貧しいのに、礼儀正しく、幸せで、美徳を守る人たち」と称賛していました。この哲学は戦乱(暴力団)の世の中を潜り抜けて、そのリスク(戦争の悲惨さ)を知っていた武人たちが作り上げたものです。美徳(理想)を教える一方では、抑止効果としては厳格な礼儀作法、懲罰がありました。これらがセットで成立していました。
樋口氏をはじめとする優れた軍人(武人)もその哲学を継承しておられたのです。だからこそ本事件の御英断も生まれたのだと思います。昨今の形式にばかりとらわれる官僚たちにはできないと思います。緊急時にはパニックです。ビジネスにおいても同様です。実に日本人は人が善く、つけ込まれ易い。私は海外で騙された日本企業を助けて来ましたが、私が一番危惧しているのはこの点です。汚い部分に目をつむり、綺麗事ばかりが横行すると、いわゆる「平和ボケ」となります。日本人の長所の裏から生まれる現象ですが、この表現が一番的確だと思いますし、「平和ボケ」の歴史とその結果を教えることがとても重要だと考えています。
これは昨今の外国人過待遇問題にも通じます。しかし、悪く考えてばかりだと、性格もきつくなり、平和で朗らかな日本の良さが損なわれてしまいます。海外では厳しくてちょうど良いけれど、国内でそれをするとギスギスした住みにくい社会(訴訟社会など)になってしまいます。だから、その両立がとても大切なのだと感じています。両方を知って初めて両立(中立)できるものだと思います。ごきげんよう。」

 

その他、関連した投稿は以下の通り。同じテーマの内容は全てコメント欄に追加することにしている。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%A9

 

私は海外で防犯やリスク管理の経験があるけれど、行くたびに、性格がきつくなってしまう。日本に戻ると、それに気付くし、日本の平和のありがたさを痛感する。

 

海外では街中でも電車内でもスリや置き引きに注意が必要。親切な振りをして話しかけて来ることが多い。また、可愛い女性や子供たちがプロであることも多い。これに日本人は騙される。集団で来るから、防ぐことは不可能。彼らは集団で襲う時の訓練を受けているのだ。

歩く道も考えなければ、物陰から強盗が現われる。女性や子供の一人歩きは危険。日本の様に子供たちが歩いて通学することなど不可能。できるのは村社会の残っている地方だけ。その意味で、地方から都会に来た人たちも被害に遭うことが多い。邪悪な人間たちには道徳や礼儀、思いやりは無いのだ。

これらの事象を認識せず、何事も綺麗事や理想論で済ましてしまうのが「平和ボケ」なのである。しかも、当人にはその自覚がないから恐ろしい。確かに、当人は善良だし、言っていることもその通りなのだけれど、自分たちの言っている綺麗事こそが悪をのさばらせ、つけ込ませる隙を与えていることがわからないのだ。これが現代日本の平和ボケ悪循環となっている。この悪循環を繰り返すと、悪がのさばるようになる。海外の犯罪者たちから見たら、平和ボケの日本は「犯罪天国」なのだ。万引きしやすいお店の構造。スリや置き引きし放題の無防備な人たち。密入国して潜伏することができる入国管理と公安の間抜けさ。犯罪を犯しても「日本語わかりません」と48時間言い続ければ、許されて不起訴となる司法と警察。

この様な状況で、将来予想されるのは嘘つき、盗人が増える。海外から不良害国人が流入する。連中は法の目をかいくぐるから、偽装結婚、詐欺など何でも利用する。その被害に遭うようになると、人々は疑心暗鬼になり、他人を疑い、自分たちの利益を守ることしか考えなくなる。他人や子供が困っていても、知らんふりをするようになる。自分の権利を盾にして、戦うようになるから、ギスギスした社会となる。そのような社会では訴訟によって権利を勝ち取り、自己主張するしかなくなる。礼儀作法より、権利を重んじるようになる。人の弱みにつけ込む。高齢者や女子供などの弱者が狙われる。子供たちは一人で出歩けなくなる。くだらない法律が増え、○○禁止の立て看板ばかりが増える。看板は増えても、罰則がなければ守らない。罰当たり、天罰、因果応報などの概念が死語となり、他人が見ていなければ何をしても許されると考える。これが海外の国々が歩んできた道なのだ。だから性善説社会は成立できない。

この予想の大部分はすでに起きているのではないだろうか?

 

私はそれを痛感しているからこそ、辛辣なことを敢えて言うようにしている。性善説社会の基盤は、戦乱の時代を経て江戸期に大成したリスク管理(厳しい懲罰)に基づいた教育であることは間違いない。敗戦後もその遺産を受け継いで来たけれど、戦後の侵略者による洗脳教育により破壊されている。それを加速したのが、ゆとり教育などのリベラル系の概念である。私も半分はその洗脳を受けてしまったので、修正するのに時間がかかった。この愚かな教育を子供たちや後輩に伝えてはいけない。しかし、指導的立場にある文科省や学校、教員、売国教職員組合(日教組)が洗脳教育を続けるのであれば、子孫は逃げる道がない。悪循環で売国的で道徳観念の欠如した人間を生み出すだけとなる。若いうちにこれに気付いて修正するべし。この点を当初から指摘していた政党がある。様々なバッシングを受けて来たけれど、ようやく愚民たちもこの国の欺瞞に気付き始めた。彼らは希望だと思う。

 

私はこの手の話をあちこちでして来た。苦しんでいた子供たちから、もっと色々な話を聞かせて欲しいと言われたことが、このブログを継続している動機の一つともなっている。海外の友人たちからも「ISAは私たちの思っていた日本人だけど、そういう人に日本でほとんど会ったことがない」とよく言われる。嬉しいのと、情けないのと、両方の意味で涙が出る。

 

素晴らしい日本をみんなで守りましょう!

 

 

 
 

 

毎年、原爆と敗戦記念日がお盆休みに重なるのは、お前たちよく考えるんだぞ!ということなのかもしれないと思う。そして、私は植民地化を脱却して完全自立するまで「終戦」とは言わない。

 

真珠湾の真実

侵略者が正当化の口実に使うものの一つであるけれど、最近はその裏が露呈して来た。

https://www.youtube.com/watch?v=UCCMtteKLV0&source_ve_path=OTY3MTQ&embeds_referring_euri=https%3A%2F%2Fin.prideandhistory.jp%2F

その功績は日本人の研究者によるものが大きいけれど、侵略国の持つ「情報公開」のお陰もある。日本の腐敗した政府や政治家が隠蔽するような内容を、彼らは一定の時間(30年&60年)が経過すると公開してしまうのである。

あの暴力団の様な国が今まで存続できた理由には、蛮行や悪行とバランスを取ろうとする思想があることも認めざるを得ない。この点、隠蔽体質の強い我が国は恥ずべき。明治以降の日本近代史は隠蔽された内容が多く、ほとんどの歴史学者や評論家などは推論で述べるしかない。さらには、そこに戦後の侵略国による洗脳が加わっているので、その真実を知ることは困難。それを知る為には当事者に直接取材をするほかはない。しかし、すでに当事者が過去の存在となっている場合、全ては闇の中に葬り去られる。これを日本人は「墓まで持って行く」という綺麗事でごまかすことも少なくない。迷惑をかけたくない、自分が全ての責任や悲しみを背負うと言えば、格好は良いだろうが、子孫には教訓も残せないから、自省自浄もできない。伝統的な日本の悪癖が「メンツ」と「臭いものには蓋をして隠す」ことなのだ。

 

その為、当事者亡き後、その真実も消滅してしまうのが日本であるが、侵略国はそれらも資料として保管している。記録は自分たちにとって不利な内容もあるはずだが、それも保管&公開して俯瞰しようとする姿勢は評価したい。彼の国の命綱(宝物)と言っても良い。日本なら全て焼却処分である。但し、ケネディー暗殺、アポロの月面着陸、UFO、関与したテロ事件、911テロ、コロナワクチンなどに関しては疑惑が残るから、彼の国の情報公開の原則には、更にその裏が有ることは想像できる。

https://www.facebook.com/reel/1851787332855822

https://www.facebook.com/reel/1592405449100074

海外のジャーナリストは日本の様に権力者や取材対象者に取り入って、ずぶずぶの関係になってから、おこぼれの情報にあずかろうと言うように姑息な考えは持たない。だから飲食や接待などは拒否することが普通。この姿勢は「ペンや剣よりも強し」を実践するジャーナリズムやマスコミの大切な基本理念である。人間関係が癒着した状態で客観性が生まれるはずはない。この様な環境では真のジャーナリズムは成立しない。その意味で、日本には本物のジャーナリストは極少数。それらしく見せかけているのは、テレビ屋、情報屋、コンテンツ屋など、情報を商売とする連中である。

 

その中で、この研究者N教授の存在意義はとても大きい。先ず、第一資料に直接接触できていることが貴重。通常なら、それらの資料の存在すらわからないし、倉庫に眠ったままで、その価値に気付くことはない。それらの貴重なご縁がN教授と結びついて様々な真実が世に出ることになった。これは、犠牲となった英霊たちのお導きであるのかもしれない。私も、導かれてその存在を知った。このブログを目にした方も、ただの偶然ではない。何と有り難いことだろうか。

 

しかし、その偉大な教授でさえ、それらの資料をご自身で見るまでは半信半疑であった。まして、一般人の我々なら、何も疑うこともなくどっぷりと洗脳されてしまっているのは当然かもしれない。それほどまでに、戦後の侵略者の洗脳と情報操作は秀逸なのだ。

一次資料(原文)からの情報は数多の推論や似非学者を淘汰することができる。私もかなりの資料を見てきたつもりだったけれど、N教授の登場により、それらの内容は推論に過ぎなかったことが明らかとなった。ほとんどの研究は再度の見直しをせざるを得なくなった。最初から自分は知っていたと言うような顔をしても、その出所や根拠をたどれば、結局は一次資料(N教授の公開した内容)なのだ。実際に教授の成果を盗用する人が少なくないらしい。

 

また、一次資料に基づく史実は洗脳された害毒を修正&上書きすることができる。これ以外に、洗脳を解く方法は無い。洗脳された人間には説得や批判は役に立たないのだ。すれば、更に反発して、悪循環の繰り返しとなる。自分自身で気付いて修正するしかない。

日本人は自分自身で分析、確認もせずに、権威や他者の伝聞(デマ)を鵜呑みにする傾向がある。その真偽を確かめないからデマやプロパガンダの悪影響をもろに受けてしまう。今でも、コロナ騒動や災害発生時の情報に錯乱するのはその典型。このタイプの人たちは信用できないから、私の人間関係を断捨離する基準となっている。

 

真珠湾攻撃は「日本が宣戦布告をする前に行った卑怯な不意打ちである」とされ、開戦の口実となっている。ところが、明らかになった事実が二つある。1,日本の暗号はすでに解読されていた。2,宣戦布告の通達をなぜか外務省関係者が遅延した。

2に関しては一次資料がなく、外務省は隠蔽して来たのでここでは述べない。しかし、1に関しては明確な一次資料がある。

実は、宣戦布告の前から米国は暗号解読に成功しており、知らんふりをしていたのである。それはルーズベルトが国際社会に対して参戦する口実を作る為にわざとそうさせていたのだ。対ドイツ戦で困っていた英国からの要請もあったけれど、ドイツとの間に戦争をする理由がない。しかも、当時の米国は反戦ムードが強く、参戦することを渋っていたのだ。その為に何らかの理由が必要であった。これに日独伊三国同盟が利用されたという説が有力になって来ている。

 

一方で、日本は誰も米国との戦争を望んではいなかった。その前に、60回近い戦争回避のための和解交渉も全て拒否していた事実もわかっている。要するに、ルーズベルトの参戦理由を作るために、日本は詰将棋の様に追い込まれたのである。先に手を出させて、正当防衛を主張する姑息な策略であった。

その後の日本の戦略や行動も筒抜けであったことがわかる。これでは待ち伏せされたり、罠を仕掛けられるのも当然であった。

暗号の解読が生死を分けることは英独のエニグマ解読でも明らか。英国はドイツの暗号を解読していながら、知らんふりをして、戦況の回復をすることができた。

ちなみに、日本軍に暗号が解読されている可能性を指摘したドイツの外務次官がいたそうであるが、軍部は信用しなかったので、後の祭りとなった。

 

戦後の闇

 

これについても一次資料が出て来た。

戦後最大の茶番劇ヤラセ裁判がいわゆる「東京裁判」である。戦争責任を裁く根拠や権限もない侵略国は、国際社会にアピール(正当化)するために、懲罰を合法化するための法律を後から作ったのだ。いわゆる事後法問題である。出来事が起きる前には無かった法律を後から作って審判にかけることであるが、これほど卑怯な行為を当時の国際社会は日本に対して行ったのだ。その弱い者いじめ集団が作った国際組織こそ「国連」なのである。

侵略国が自分たちの都合がよいように行った裁判であるから、公平性などはなく、やりたい放題であった。パール判事などの善良な有識者は「勝者による一方的な裁判である」と非難しているが、戦勝国はその声も抹殺した。そして、判決には不可解な点が多数見られる。

先ずは、死刑になったのはなぜか陸軍関係者のみである。

開戦の口実である「真珠湾の奇襲」問題はどこに行ったのか?しかも、同裁判では一度も取り上げられないばかりか、「真珠湾」という言葉すら出てこなかったそうである。

 

開戦前に日本のシンクタンクは全てが米国との戦争で勝ち目はないと判断していた。詰将棋の様に追い詰められて、海軍が奇襲してしまったとされるけれど、無謀な上に奇襲と非難される可能性のある方法を取るだろうか?それは後から自分たちに不利になることがわかり切っているから、非常に不可解。しかし、日米両国からその理由を追求する働きかけは無いのだ。そればかりか、隠蔽しようとしているとしか思えない。

普通なら、先ず喧嘩を仕掛けて来たきっかけと張本人を追求するはずだけれど、それを裁判でもしなかったのだ。

つまり、当時は一次資料に記録されている内容(知らんふりをしていた)が隠された真実であった。もしも自分達が奇襲を事前に知っていたことがバレると裁判の進行を妨げるから、敢えて隠したのだ。

そして、海軍に対する、不自然(不公正)な対応は、それと関連する関係者たちとも司法取引があったことを示唆している。海軍には留学経験者が多く、外務省とのつながりも深かった。この裏事情は未だに解明されていない。

ちなみに、外務省関係者も全て無罪放免となっている。そして、関係者は戦時中の秘密は一切話しておらず、逃げたままになっている。そればかりか、外務官僚は戦後の傀儡政権と親密な関係を築くのである。これは、戦後に行方不明となっている大陸で得た巨額の資産に関わっていた商人と財務官僚にも同様の事が言える。

また、大陸における細菌兵器(人体実験)研究、アヘン栽培などの関係者やそこから巨万の富を得ていた商人たちも無罪とされた。そればかりか、戦後政府の要職に就いたものが少なくない。つまり売国奴、裏切り者たちが現代日本に紛れ込んでいるのだ。犠牲となった英霊たちが許すはずがない。裏切り者たちはあの世で英霊たちに逆襲されているに違いない。

大出世した元外務官僚Yは総理大臣となりJ党を作った。官僚でもあり商人ともつながりの深いKは昭和の妖怪と呼ばれた。日本を植民地化する密約はこの時期に確立された。その仲間たちは昭和のフィクサーと呼ばれ、裏社会に君臨してきた。つまり、現代日本の腐敗&癒着構造はこの時期に作られたのだ。これが日本を蝕む諸悪の根源。これを叩かない限り、日本の自立と復興は有り得ない。この退治方法に関する神(鬼)のアドバイスはこちら。

 

念のため。ここで紹介した研究者とその動画には宣伝広告も含まれているけれど、内容の正当性に何ら影響するものではない。教授の貢献されて来た業績には膨大な時間と費用が投資されている。学者は商人ではないから、生活するためには応援する人たち(出版社、後援者、支持者)の経済的な支援も必要。その知識に少しでも触れることができるというだけで、感謝するべき。我々に成り代わり、研究していただいているのだと考えるのが当然だと思う。

それと、教授の著作は純粋な史実の追求であることが大事。娯楽や利権が関係すると、創意が入るから真実は歪められる。我々の歴史観は時代劇やアニメ作品の影響が強いことがよくわかる。歴史上の豪傑、英雄、偉人のイメージはほとんどが自ら学んだ内容ではなく、それらの創作物に基づいている。その時々の庶民(読者)の受けを狙うから、当時の価値観によって、人物像も変わる。ところが、我々が歴史談義をする場合、それに気付かず、それらの虚像(作られたイメージ)に基づいて話すことが多い。間違った情報とその判断が積み重なれば、進む方向が行方知れずとなるのは当たり前。

 

ちなみに、首謀者の米国軍人は後に以下の様な証言をしている。

これはネットで発見した投稿画像。証言内容から部分的に抜き出しているけれど、問題提起にはなる。詳細はご自身で調べること。産経新聞の関連記事などもある。洗脳は自分自身で解くしかない。他力本願を期待するな!

 

日本への謝罪(ダグラス・マッカーサーの告白)公聴会は40分もの発言内容があるために、関係する部分をつなぎ合わせてある。
 

「日本の皆さん、先の大戦はアメリカが悪かったのです。
日本はなにも悪くありません。自衛戦争をしたのです。
イギリスのチャーチルに頼まれて、ドイツ参戦の口実として、日本を対米戦争に追い込んだのです。

アメリカは日本を戦争に誘い込むためイジメにイジメぬきました。
そして最後通牒としてハルノートを突きつけました。
中国大陸から出ていけだの、石油を輸入させないなど、アメリカになんの権利があったというのでしょう。

当時、アジアのほとんどの国が白人の植民地でした。
白人は良くて、日本人は許さなかったのです。
ハルノートのことは私もアメリカの国民も知りませんでした。あんなものを突きつけられたら、どんな小さな国でも戦争に立ち上がるでしょう。

戦争になれば圧倒的な武力でアメリカが勝つことは戦う前から分かっていました。
我々は戦後、日本が二度と白人支配の脅威とならないよう周到な計画をたてました。
アメリカは知っていたのです。国を弱体化する一番の方法は、その国から自信と誇りを奪い、歴史を捏造することだと。
戦後アメリカはそれを忠実に実行していきました。

まず、日本の指導者は間違った軍国主義をとってアジアを侵略していったと嘘の宣伝工作をしました。
日本がアジアを白人の植民地から解放したという本当の理由を隠すため「大東亜戦争」という名称を禁止し、代わりに「太平洋戦争」という名称を使わせました。

東京裁判はお芝居だったのです。
アメリカが作った憲法を日本に押し付け、戦争ができない国にしました。
公職追放をしてまともな日本人を追い払い、代わりに反日的な左翼分子を大学などを要職にばら撒きました。
その教え子たちが今、マスコミ・政界などで反日活動をしているのです。

徹底的に検閲を行い、アメリカにとって都合の悪い情報は日本国民に知らせないようにしました。
ラジオ・テレビを使って戦前の日本は悪い国だった。戦争に負けて良かったのだと日本国民を騙しました。

これらの政策が功を奏し、今に至るまで独立国として自立できない状態が続いているのです。
私は反省しています。自虐史観を持つべきは日本ではなく、アメリカなのです。

戦争終結に不必要な原子爆弾を二つも使って何十万人という民間人を虐殺しました。
最後に私が生きていたときの証言を記して、謝罪の言葉としたいと思います。

『私は日本を誤解していました。
日本の戦争目的は侵略でなく自衛のためだったのです。
太平洋において米国が過去百年間に犯した最大の過ちは、共産主義を中国によって強大させたことでした。
東京裁判は誤りだったのです。

日本は八千万人近い膨大な人口を抱え、その半分が農業人口で、あとの半分が工業生産に従事していました。
潜在的に、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、私がこれまで接した何れにも劣らぬ優秀なものです。

歴史上のどの時点においてか、日本の労働力は人間が怠けているときよりも働き、生産している時の方が幸福なのだということ。
つまり、労働の尊厳と呼んでよいようなものを発見していたのです。

これまで巨大な労働力を持っているということは、彼らには何か働くための材料が必要だということを意味します。

彼らは工場を建設し、労働力を有していました。
しかし彼らには手を加えるべき材料を得ることが出来ませんでした。
日本原産の動植物は、蚕を除いてほとんどないも同然でした。
綿がない、羊毛がない、石油の産出がない、錫がない、ゴムがない、他にもないものばかりでした。
その全てがアジアの海域に存在したのです。

もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が日本に発生するであろうこと彼らは恐れたのです。
従って、日本が戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです。』」

1951年(昭和26年)5月3日
アメリカ上院軍事合同委員会の公聴会にて

あれだけ日本を憎んで、民族を抹殺しようとしていた同人物の口から出た内容だとは、にわかには信じられなかったけれど、事実らしい。この手のひら返しの言い訳がましい証言は何なのか?私の推測であるが、実際に日本に滞在した結果、日本の霊性に感化されたのだと想像する。約6年の日本植民地化を終えて帰国した際には友愛の感情が芽生えていたらしいのだ。一切の言い訳や命乞いをせず国民の平和を要請した天皇陛下の態度、召使などの接する人たちの礼儀正しさなどに感銘を受けたと言う話が伝わっている。そして、役職を解任され、日本を離れる敵国の親分に対して、日本人はまるで友人の様に見送ったのである。そのような日本での体験は彼に影響を与えたのではないかと思う。

 

ただし、これは後からの言い訳であることは明白。なぜなら、マッカーサーは終戦後もアジアに干渉を続け、朝鮮半島や大陸に対して16発もの原爆使用要請を政府に申請していたのだ。政府が拒否したから実現しなかったけれど、放置していたら、16の広島長崎と同様の悲劇を生んでいたことになる。当時のトルーマン大踏力を含め、白人至上主義とアジア蔑視はひどく、同じ白人国家のドイツには使用しなかった原爆をアジアに対しては躊躇なく使おうとする精神構造であったのだ。

 

インバウンドで来日する外国人たちや在日の外国人たちが面白いことを言う。「俺は日本に来ると善人になっちゃうんだよ」と言うのだ。それは余りに無防備で平和過ぎる環境を実際に体験したからである。お店などでトイレに行くために席を離れる時、多くの日本人はスマホや荷物を席に置いたままで離れる。ことも達は自転車や荷物をその辺に放置したままで、遊んでいる。しかし、誰も盗もうとはしない。自分が本国なら盗んでしまうかもしれないけれど、日本に来るとその気がなくなるし、良心に目覚めると言うのである。これは幕末に日本を訪れた外国人たちも同様の驚きを記録している。旅館の机の上にお金を置いたままで数日でかけて帰って来ると、部屋は綺麗に掃除されており、お金も綺麗に整理されてそのまま机に置かれていた・・・などの記述がある。現代でも落し物や忘れ物が見つかることが多い。そのような美徳が今でも受け継がれていることを知ると、本当にこの国とその霊性(性善説社会)が愛おしく大切に感じる。

 

これこそが、私が神よりいつも諭されている「日本の霊性」なのだ。性善説社会の根底にある偉大な魂である。ただ、付け加えると、そう考える人には霊性を感じることのできる感性があるということ。この様な人たちは日本の友人となる素質を持っている。しかし、一時的なインバウンド観光客や低文化レベルの出稼ぎ労働者たちのように、そうではない人も多い。それらの人たちは本国同様に犯罪を犯し、害国人となるから、この判別はとても大切。

 

話を戻すと、その後の侵略国の元首たちの認識はどうなのか?当時の昭和天皇が戦争せざるを得なくなった理由を「宣戦の詔書」で述べていらっしゃるけれど、その通りではないのか?

【開戦の詔書(現代文)】ㅤㅤ

詔 書

ㅤㅤ

神々のご加護を保有し、

万世一系の皇位を継ぐ大日本帝国天皇は、

忠実で勇敢な汝ら臣民にはっきりと示す。

ㅤㅤ

和多志はここに、

米国及び英国に対して宣戦を布告する。

ㅤㅤ

和多志の陸海軍将兵は、

全力を奮って交戦に従事し、

和多志のすべての政府関係者は

務めに励んで職務に身を捧げ、

和多志の国民はおのおのその本分を尽くし、

一億の心をひとつにして国家の総力を挙げ、

この戦争の目的を達成するために

手違いのないようにせよ。

ㅤㅤ

そもそも東アジアの安定を確保し、

世界の平和に寄与する事は

大いなる明治天皇と、

その偉大さを受け継がれた

大正天皇が構想されたことで、

和多志が常に心がけている事である。

ㅤㅤ

そして各国との交流を篤(あつ)くし、

万国の共栄の喜びをともにすることは、

帝国の外交の要としているところである。

ㅤㅤ

今や不幸にして、

米英両国と争いを開始するに至った。

誠にやむをえない事態となった。

このような事態は、

和多志の本意ではない。

ㅤㅤ

中華民国は、

以前より我が帝国の真意を理解せず、

みだりに闘争を起こし、

東アジアの平和を乱し、

ついに帝国に武器をとらせる事態に至らしめ、

もう四年以上経過している。

ㅤㅤ

幸いに国民政府は南京政府に新たに変わった。

帝国はこの政府と、

善隣の誼(よしみ)を結び、

ともに提携するようになったが、

重慶に残存する政権(蒋介石)は、

米英の庇護を当てにし、

兄弟である南京政府と、

未だに相互のせめぎ合う姿勢を改めない。

ㅤㅤ

米英両国は、

残存する蒋介石政権を支援し、

東アジアの混乱を助長し、

平和の美名にかくれて、

東洋を征服する非道な野望をたくましくしている。

ㅤㅤ

(それだけでなく)与(くみ)する国々を誘い、

帝国の周辺において軍備を増強して我が国に挑戦し、

更に帝国の平和的通商にあらゆる妨害を与え、

ついには意図的に経済断行をして、

帝国の生存に重大なる脅威を加えている。

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和多志は政府に事態を

平和の裡(うち)に解決させようと、

長い間忍耐してきたが、

米英は少しも互いに譲り合う精神がなく、

むやみに事態の解決を遅らせようとし、

その間にもますます

経済上・軍事上の脅威を増大し続け、

それによって我が国を屈服させようとしている。

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このような事態が続けば、

東アジアの安定に関して

我が帝国の積年の努力はことごとく水の泡となり、

帝国の存立もまさに危機に瀕している。

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ことここに至っては、

帝国は今や自存と自衛のため、

決然と立ち上がって

一切の障害を破砕する以外にない。

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皇祖皇宗の神霊をいただき、

和多志は汝ら国民の忠誠と武勇を信頼し、

祖先の遺業を押し広め、

速やかに禍根をとり除いて

東アジアに永遠の平和を確立し、

それによって帝国の光栄の保全を期すものである。

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御 名 御 璽(ぎょめいぎょじ)

(天皇陛下のお名前と印章)

昭和十六年十二月八日

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ここでは東南アジアや大陸に進出した理由も明確に書かれている。ちなみに、日本に恩を仇で返した蒋介石は大陸から逃げ、日本が統治していていた台湾を棚ボタで手に入れた。しかし、今日の友好関係が有るのは、統治時代の日本人の功績と、それに感化された台湾の友人たちのお陰なのである。

 

それから、現在の米国で「マッカーサー」という名前を知る米国人は少なく、大東亜戦争の経緯も知らない人がほとんど。来日して初めて知ったと言う米国人が多い。これは、この発言内容が知られることを恐れ、教育(授業)から意図的に排除している可能性がある。情報公開をする一方で、情報操作も行われている事を忘れててはならないだろう。

 

侵略の張本人である侵略国軍人(マッカーサー)の証言と昭和天皇の詔書内容、自分の教わって来た歴史を照らし合わせて、その真実を再分析する必要がある。

 
戦後の日本 昭和は素晴らしかった???

 

これは半分本当で半分嘘だと思う。なぜなら、戦前と昭和の前半を作った人たちはその前の世代の人たちなのだ。彼らは伝統的な調和の精神、質素倹約の精神、勤勉性、向学心、道徳観念などを持っていた。それらが戦後の高度経済成長を支えた。この時代に創業した新興企業の社風にはその遺産を感じることができたけれど、最近は倒産したり、海外企業の傘下に入ってしまった老舗企業も多い。

私は仁術の施術時に霊性を必要とするため、毎度、霊との不可思議な会話(交信)を経験する。その際に様々な事を教わるのだけれど、最近は特に私の洗脳されてしまった害毒や穢れを浄化するための啓示(お叱り)が多い。

 

そこで、気付かされたことは、近代の霊性の損壊がひどいこと。特に明治と戦後である。明治の無節操な伝統文化破壊(否定)と戦後の日本弱体化はつながっている。太平の時代が戦乱続きとなったのは明治の文明退化以降なのだ。不自然で遅れた(今でも最先端だと勘違いしている人が多いけれど)概念を無理やり日本の精神文明に押し付けたことが原因。それに気付いた文化人もいたけれど、その声は物とお金に目がくらんだ政財界と愚民には届かなかった。

物質文明に毒された人々が大好きな概念が「権利」。人権、自由などはそこからの派生。この危険性に気付いていたのが福沢諭吉氏。氏は西洋文明の概念を日本語に訳すことに注力していたけれど、その困難と限界も痛感していた。訳語として登場した「権利」は元々が「権力によって利益を得る」意味の仏教用語であり、そこには公の大義や調和による平和の観念が抜け落ちている。その結果、人間が私的な要求ばかりするようになることを見ぬいていたのである。現在を見ればその通りではないか?この詳細については井上ひさし氏のコラムをご参照。

この誤った教育をまともに受けてしまったのが戦後の子供たち。高度経済成長の実働部隊がこの世代。しかし、指示を出すのは前の世代の上司や指導者であり、以前の教育も受けているから、半分は伝統的日本人であった。都市部ほど西洋化は顕著であるから、伝統的な日本人気質や霊性が失われるのも速い。反面、地方には伝統が残ることになる。

 

子供たちの脳ミソはスポンジのように情報を吸収する。朱に交われば赤くなる。高等な哲学や理論より、目の前にある現実を優先する。飴(チョコレート)と鞭を使い分けた侵略者の洗脳に気付く力は無かった。焼け野原から見る、彼らの姿は輝いて見えた。幼少期に欧米の価値観に洗脳された人間は当然、思想も生活スタイルも西洋志向になる。外来語が氾濫し、テレビCMには外人モデルが登場する。

そして「権利」「自由」に夢中になった人たちの節度の無い暴走が始まった。それに伴い公害、腐敗、暴力(家庭内、学校内)が横行したけれど、全てを「高度経済成長」という大義名分でうやむやにして来たのだ。「豊かな暮らし」「幸せな家庭」と言うのは、西洋の価値観を鵜呑みにした物質文明に毒された成金志向であることに気付かなかった。昭和のバブル経済、伝統的な美徳や精神文明、性善説社会の崩壊はここから始まった。それらの人たちが作ったのが弱体化した平成と令和なのである。

 

これと同様の現象は明治期も起きていた。クーデターにより力を得た成金政財界人たちは、こぞって豪邸(別荘)を建てまくり、セレブな生活をひけらかすようになった。子孫を残すことが困難な戦国時代でもあるまいし、何人もの妾を囲い、豪遊する。この子孫たちが近代日本の政財界の多くを占めている。

 

今後の日本について

 

権利や自由に毒された人たちのなれの果てがいわゆるリベラリスト。グローバリストもほぼ同類。大きなくくりで言えばいわゆる「左系」の人たち。私自身は左右のどちらでもないと思っているけれど、現状を分析すると、確かに左系の人たちに共通する要素がある。この基礎作りに加担したのが洗脳された自称文化人が作った教職員組合である。悲惨な原爆体験を描いた「はだしのゲン」を閲覧制限したり、国歌斉唱を拒否させたりしたのが、この連中。正に侵略者の手先である。彼らが実施した「ゆとり教育」は日本人の調和の精神と道徳観念を破壊し、利己的な権利を主張するモンスターを量産した。モンスターペアレンツ、モンスター入居者、モンスター社員などがここから生まれた。

 

1980年代にリベラル教育を提唱した本国アメリカでは、それによって、若者たちが自由や権利をケジメも節操も無いことと混同した結果、善悪の区別もできず、犯罪意識がなくなってしまったから、青少年犯罪が激増してしまった。慌てた米国教育界はその改善策として、自分達(GHQ)が日本で禁書扱いとしていた日本の「修身」(戦前の教科書)を参考にしたのである。日本人の精神力の源であることを研究した結果、日本の教育からその哲学を奪っておきながら、自国の教育を救うことになったので会う。皮肉な話である。ところが間抜けな日本教育界はこれに気付かなかった。それを「アメリカ式最先端教育理論だ!」と得意になって試行してしまったのである。米国が反省して廃止した教育理論を取り入れてしまったことは、愚かと言うしかない。子供が将来を作る。その子供に間違った教育をすれば、その子供は間違った思想により国を破壊する。この悪循環によりその国(民族)は滅びる。

 

この顛末は過去のブログに詳しく書いてある。

この弊害は大きい。愛国心と日本人の誇りを失った悲しい世代。西洋由来の外来語や文化は覚えたけれど、自国の伝統文化や哲学には疎い。日本生まれの半外国人だと言えるかもしれない。80年代の米国で若者による犯罪が多発した状況は、闇バイトや詐欺などの横行する現代日本と同じである。

 

その中で、高学歴者は知的で良い人ぶるけれど、実はこれらの人たちこそ、自然(宇宙)の摂理を歪めてしまう存在なのである。知識と好奇心はあるけれど、霊性の伴わない科学者は不自然(危険)なものを生み出してしまう。この前の世代はコミュニストがそうであった。つまり、自分たち(人間)の概念や思想が自然の摂理(神や霊性)よりも優れていると考える傲慢な人間たちの事である。自分たちは「頭がいい」と思っている。

 

危惧するのは、この種の人間は西洋由来の不自然な司法の概念と相性がいいこと。様々な権利を主張してマウントを取ることに長けている。それは、そうすることが正しいと言う教育を受けて来たから。だから、弁護士、裁判官などの業界に増えつつある。このままだと将来は欧米の様な訴訟社会となるはず。正義や道徳ではなく、法律解釈により管理される社会になってしまうのだ。間違った人間たちによる法治は不自然になるから、訴訟や打算、権利、責任、損害などを考えながら生活するようになる。すでに、現状がそうなりつつある。商品には細かい字で免責に関する注意書きがびっしり書いてある。あれは米国由来の訴訟対策である。日本には伝統的な道徳観念があるから明文化していない暗黙の信頼関係を踏みにじるような行為をするようになる。犯罪者がやたらと法律用語を持ち出すようになる。この様な社会環境において、人間のストレスはたまるだけ。これは法治の起源(意義)の本末転倒であり、法治国家における最大の弊害、害毒である。

 

私に届く神からの啓示では、物質文明至上主義とこの種の人間が世界を滅ぼすと言われている。この二つの害毒を知らしめるのが私の宿命の一つである。

 

この背後にはそこから利益を得ている国際金融資本がいる。以前はディープステイトなどと呼ばれていたけれど、陰謀論の様な曖昧な存在ではなく、現実に存在する世界構造である。国際金融資本は世界の摩擦から富を生む。そのために都合がよいシステムとルールを作る。自分達が介入するためには国際ルールが必要。これがグルーバリズムである。相場の変動から利ザヤを稼ぐシステムがその典型。変動が大きいほど設けるチャンスが生まれる。変動が大きな現象とは、すなわち紛争や摩擦である。紛争を誘導する情報操作も行い、プロパガンダを実行するアイドルも生み出す。イラン戦争のナイラ証言や最近の女性環境活動家が典型例。どちらも万人受けする可憐な少女が使われる。

最近ではコロナ騒動、ウクライナ、イスラエル問題などに関与している。ここで、神の啓示を付け加えれば、それに便乗して利益を得ている者たちも共犯、同罪である。それらの共謀意識が今の世界を作っている。

 

コロナとワクチンに関与した邪悪な科学者たち。

14分からは日本国内で公的に奨励した医師たちに言及している。

回答を「弁護士のアドバイスにより答えを控えます」の一点張りで拒否し続ける茶番劇の様な公聴会。後半は医師による具体的な追及。これらの報道は日本の大手メディアではほとんど見ることはできない。

 

こういう構造と背景から、様々な害毒が生まれるので、我々は監視することが大切である。そのためには自分で考えるための力(知識と知恵)を持たなければならない。

 

靖国神社問題

 

これに関して、非常にユニークな発想をされていた文化人がいらっしゃった。

この方の発想と博識、言語表現には常々感心している。想像であるけれど、故石原慎太郎氏にこの方のユーモアセンスが有ったら、面白かったと思う。

フェイスブックにてこの動画を拝見したので、私も以下のようなコメントをしておいた。長いコメントは書きたくないので、短いけれど、本当はもっと言いたいことがあった。

それは、神の啓示に基づく、問題提起である。

今の日本の中枢(政府)と聖職者(皇族、神職)には霊性を理解できる存在がいない。だから道を簡単に誤る。

 

神様や霊魂が人間ごときの作った箱(建造物)や指定した場所(所在地)に収まるはずがない。それらはあらゆる物とと共に存在する。我々はその一部だと言っても良い。それがわかっていれば、神や英霊を心に念じた瞬間にそれらは降臨する。いつ、どこであろうともだ。教会にいても、モスクにいても、ファーストフード店にいても、トイレにいても、同じである。御利益や由緒の誇張宣伝、各種迷信グッズなどは神に無礼な宗教ビジネスである。

 

ちなみに私の施術にはこの関係性が必須。私はそれを感じてお手伝いするのみ。昨日はあるお寺の坊守さん(住職夫人)がチャドクガに刺されて苦しんでおられたから、お手伝いをした。目の前で赤くただれていた皮膚の色が変わり、腫れが退く様子には当人も私自身も驚くばかり。しかし、この様な現象は小児麻痺、喘息、リュウマチ、パーキンソン病、アナフィラキシーショックなどの施術でも起きる。毎回新たな発見を授けていただけることは、本当に感謝と畏怖である。

 

彼女は聡明な方で、インドをはじめ様々な哲学を学ばれていらっしゃる。仏門の場において、私が得体のしれない「神様」を持ち出すことは失礼になりかねないから、少しお話(説明)させていただいた。私の言う「神様」の概念はそこには収まらないのである。つまり、お釈迦様やイエス様などがお生まれになる前からの原始の存在なのだ。彼らが論じた超人間的存在と同じだと感じる。しかし、よく考えればこれは当然である。なぜなら、人類が今の様な言語体系を持つ前にも文明や石器時代などがあり、私はそのつながりを深く感じている。

話を戻すと、その存在は千変万化であり、人間の想像するような実体は持たない。だから、名前や形式などどうでも良いのである。首相や政治家、国民の誰かが靖国神社の事を念じた瞬間に、そこに関連付けされた神と霊魂は降臨する。本来は社や廟などの建造物は不要。神棚やお札さえも要らない。この概念が理解できれば、日本国の元首として言うべきことは簡潔で良い。

 

「私たちは常に神と英霊たちと共にいるのです」

 

これだけで、毎日靖国神社に参拝しているのと同じ意味となる。更に説明を加えるならば「私たちは終戦記念日だけでもなく、靖国神社に限られることもなく、常に神と英霊たちと共にいます。すなわち、神国日本の国民は全てが心の中に靖国神社を奉っているのです」と言うべき。

 

これにより、神社参拝と言う形式はどうでもよくなる。

 

 

 

 


 

 

 

 

毎年、この時期になるとどうしても人類史上最悪の大虐殺爆弾の話題になる。しかし、大手メディアの報道などを見ていても、相変わらずの進歩の無い内容なので、辟易する。過去のブログに関連する投稿をしたけれど、戦後80年近く日本人の認識は更新されていないのだ。

https://ameblo.jp/isa96/entry-12300203447.html

侵略者にとっては「大人しく平和ボケさせておく」ことが最善策なのである。「平和ボケ」に脅迫を組み合わせると、「戦争をしなくて済むなら、侵略されてしまった方がいい」という発想につながる。国は要らないから「州」になってしまった方が楽だと考える。これこそが「植民地化洗脳工作の最終形」なのである。最小限の武力で侵略する認知戦の理想形でもある。子供のころから洗脳されて育った若年層には増えている。

 

これに気付かない限り、日本の再興は有り得ない。日本の有識者、文化人、権威には何の価値があるのか?本当に価値のある優秀な人たちは公の場に出ることができない。全て政府(侵略者の傀儡)により選別されている。ますます、テレビの存在意義が薄れている。

 

ここで、本日も神からの啓示(鬼の知恵)がある。それは「核保有国関税」「非人道的行為関税」「特定国差遇税」の制定である。以前に鬼が提示した「悪い者イジメの国際版」である。「悪い者イジメ」に対しては、かなり反響があったけれど、詳細は前ブログ記事をご参照のこと。

 

そういう国々に対してはペナルティーを科す。関税だけではなく、貿易する際の取引価格も割高に設定する。場合によっては取り引きや援助を禁止する。昔、共産主義国に対して、脅威となる科学技術の流出を防ぐためにCOCOM(対共産圏輸出統制)があった。それと同様に「対核保有国輸出統制」をするのも有効。日本が世界唯一の被爆国であることを世界に示すのである。被爆国だからこそ可能な問題提起なのだ。

 

国内の生活や観光に関しても、全ての外国人にはパスポートの提示を求め、同国人には差遇(優遇の反対)をする。当然、全ての同国人が悪い人ばかりのはずはないけれど、彼らに自浄と世界平和の意識を促すためには、共犯意識(共同責任)を認識させることも必要。これに異議を唱える国(人)には核兵器を捨てるつもりもなく、使う可能性を秘めていることになるから、付き合う(交友、外交)ための選別材料となる。

 

おそらく、この様なことを言うことはリスクが大きいので公的な場で発言することは難しいかもしれない。眼鏡の博識貴族さんやオレンジ色の愛国戦士たちは賛同してくれるかもしれない。そして、これを実現できれば人類が大好きな(神は認めない)○○平和賞も夢ではないだろう。

これは日本以外の、国連で差別をされているあらゆる国々にも有効なアイディアである。国際世論をたった一つの常任理事国の拒否権で否決されるような国連など実質無意味である。国連自体の生い立ちと規約内容を知れば、当時の侵略国(戦勝国)が自分たちに有利なように作った不公平な組織であることは明らか。世界平和という大義名分を隠れ蓑として自分たちの既得権益を守る下劣な組織だと言える。属する職員や研究者たちには善人も多いけれど、自分達が利用され、共犯者となっていることも知らなければならない。

 

昨今の平和論や核廃止論には嫌悪や逃避に基づく、綺麗事理想論ばかり。○○をしてはいけない!○○反対!○○べき!というような謳い文句は聞き飽きている。それらを抑止して浄化する発想が抜け落ちているのだ。小生が先日FBに投稿した文章を転載すれば以下の通り。

「リスク管理とは「核兵器」だけではない。邪悪な人間の行為を防ぐ概念の全てであるべき。例えば、台所用品、キャンプグッズ、DIY工具のコーナーは「凶器」だらけである。ここに狂人が来たらどうなるのか?しかも、日本の売り場は監視員もおらず、直接手で取れる環境なのだ。これをすでに悪用しているのが害国人なのである。注意書きがしてあっても「にほんごわかりません」で逃げることができる。それに対して「○○を売るな!」「○○を作るな!」と言うだけではリスクは防げない。法律(条約)やマナー(人道)は狂人には通じない。綺麗事を信じて守るとつけ込まれるのが現実。そういう悲しい事態を避けるためにリスク管理(国防)が必要なのである。凶悪な爆弾を二度も落とされた瀕死の状態につけ込む「火事場泥棒」もいることを忘れてはならない」

 
火事場泥棒とは原爆投下後の悲惨な状態につけ込んだ北の大国の蛮行(北方侵攻、シベリア抑留)の事である。この背景には米国の謀略(協力)があったけれど、いずれにせよ原爆と降伏宣言の直後に行われた史実に変わりはない。この事件はリスク管理(国防)を考えるうえで非常に教訓となるはずだが、侵略者に圧力をかけられている日本の学校教育では教えない。また、その際にご活躍された偉大な人道主義軍人の事も語られることは少ない。この方の英断が無ければ、おそらく今の北海道はなかった。昔から西洋(大陸)はアジアの様な道徳観念が欠落しており、今でも国際法や停戦協定、国連決議などを平気で無視する。これが連中のデフォルトな精神構造なのである。

これらの礼儀や善悪の通じない相手に対して、口先で文句ばかりを言っても何の効果もない。そして、それらの言動をする人たちは自分たちの夢想や行為に自己陶酔しているにすぎない。「話し合えばわかる」「戦争が無くなると良いなあ」「みんなが平和に暮らせたらいいなあ」「私はなんと素敵なことを言っちゃっているでしょう!」「私は自分の利益追求ではなく、世界の平和のために一生懸命なのだから、みんなもわかってくれるはず!こんなに優しい私の事を好きになってくれるはずよ~!」みたいな感じ(言い過ぎか?)。お子様レベルの発想に感じる。

 
私はSNSを暇なときにしかしないために、FBと当アメブロの両方をこまめに更新をしないけれど、似た様な投稿内容をしている。
ちなみに、その前のFBの投稿内容は以下の通り。
 
 
地震に関する神の啓示もある。
 
こういう時にこの世界の矛盾や問題点が浮き彫りとなるので、辛いけれど、とても貴重な教訓となる。
 
物を所有するはかなさ。お金というただの紙切れと金属片の現実の価値。電気が止まると何もできない文明。サバイバルの知識はデジタルではなくアナログである。水や食べ物のありがたさ。食事の内容と量の暴走(過剰な肉食やグルメなど)に気付く。日本人の霊性による団結や助け合いの精神(性善説社会)、火事場泥棒に対する認識(リスク管理)、災害時の支援体制・・・など学ぶべき内容が多い。
 
では、また。ごきげんよう。