過去のブログでもたびたび言及して来たけれど、日本国民には日米軍事委員会の存在を知らない人が多すぎるので、何度でも問題提起をしておく。とても簡潔でわかりやすいので、いつも紹介するリンクがある。削除される前に、ご一読いただき、知識を共有&拡散していただきたい。
これを知らなければ、今の日本の異常な状況を理解できない。日本再興のための最低限必要な知識である。
民主党はこの問題に介入しようとしたけれど、妨害された。当時は各省庁に日米密約に関する質問状を出し、外務省にも密約や委員会の存在を認めさせている。つまり暗黙の事実なのである。この意義は大きかった。それ以外にこの政権に功績は無い。侵略者の傀儡政権であるJ党政治に何らかの変化をもたらすと期待したけれど、役不足だった。震災時の対応などは思い出しても腹が立つような内容である。
その後、自民党は同委員会を黙認しているけれど、この問題を清算しない限り、日本は独立することはできない。なぜなら委員会の権限は内閣や国会、最高裁判所よりも上にあるから。基地問題やスパイ防止法案などを国会で議論しているけれど、あれらは全て茶番劇なのだ。選挙も同様。侵略者はそれを知っているので、政治家は存在価値のない演者(役者)だという認識しかない。だから二週間に一度、直接官僚たちを集めて指示を出しているのである。Z省やG省などは内閣の指示に従わず、妨害(非協力)することが多いのは、これが理由なのだ。最終的な決定は全て侵略者の許認可を受けなければならない。つまり、日本に主権はまだ無い。あるように見えているのは、侵略者が認めた内容だけ。この微妙な調整により、日本人には気付かせず、反発させないようにしているわけだ。洗脳と言い、この偽装主権国家工作と言い、実に見事な植民地政策だと思う。この構造を改め、日本が完全主権を取り戻し、米国が干渉を止めない限り、私は同国&同国人に対して「侵略者」と言う言葉を使い続ける。
これだけ事実関係が明らかになっているのに、マスコミも政治家も何もできないし、しようとしないことが日本の最大の問題。洗脳された愚民と操り人形ばかりの多数決(議会制民主主義)による合意は当然ながら、洗脳された内容に帰結する。この悪循環を繰り返すだけ。この邪悪な構造を壊さない限り救いは無い。この構造は戦後のGHQによる公職追放などの国民総人事政策によって、日本の頭脳が入れ替えられたことに始まる。戦後半世紀以上もこうして騙され続けてきた。
(東京新聞)
だから、支配者は体制を維持するために、自分たちの操り人形(平和ボケ愚民)による民主制を守る。自分たちの言いなりになる烏合の衆と民主主義がセットになれば国民の総意という言い訳ができる、それを裏で操る。その為には民主制が絶対善、正しい概念であるという世論を確立しなければならない。利用される大義名分が、個人の権利、平和な世界(みんなと仲良く)、幸せな人生、政教分離などの概念。これによって人間は神(自然)を忘れた忠実な操り人形となる。しかし、民衆が賢くなると多数決は正常化(侵略に不利)してしまう。だから、民衆は永遠に平和ボケした状態にしておかなければならない。快楽(芸能スポーツ、娯楽、グルメ、性風俗、薬など)依存にしておく。これこそが戦後の日本平和ボケ愚民化政策なのだ。そして、独立運動や革命(クーデター)などを防ぐためにアジアの治安を守るという大義名分で軍隊を駐留させる。これには日本国内の反米活動を監視する役割がある。だからスパイ防止法は実現せず、駐留軍の権限の方が日本国の法規を越えた構造になっている。この元凶となっている監視管制システムこそ日米合同委員会である。
ちなみに、GHQやマッカーサーという名前を知っている米国人はとても少ない。あちらの学校では基本的に教えていない。その意味でも、周囲にいる米国人(駐留兵士)などに問題提起や情報拡散することはとても意義がある。これは他国との諸問題についても言えること。話すと嫌われる、友情が壊れるという人がいるけれど、心ある人は本当の日米関係を真剣に考えるようになる。それで仲が悪くなるような関係なら、所詮その程度の軽薄な友情なのだ。私はSNSを含めて、どんどん断捨離している。
この人たちの動画は国内外の認識の違いを知る上でとても面白い。
現在の女性総理大臣はこれまでとは違った政治家である気がするけれど、80年間も侵略者と癒着して来た関係を清算することは難しいはず。もしも頭(総理)を挿げ替えただけの操り人形であれば、J党の内部浄化は不可能だから、J党全体を壊滅させるしかない。党内には優秀な人材も少なくないけれど、志のある人は、離脱して超党の同志と共闘するべき。戦後80年も手つかずで腐敗した国体を治すのだから、女性総理たった一人が短期間で実現できるような内容ではない。優先順位があるはず。古い体質の野党やメディアは全体を考えず、1で10を否定するような非常に幼稚で醜い攻撃をする傾向がある。文句だけは言うけれど、それ以上の知見も能力も構想も無い。
最近の新興野党はとても勉強をなさっている優秀な人たちが多い気がする。内容を客観視しており、協力できるところはするし、妥協できないところは徹底的に議論しようとする姿勢が見られる。何をやっても文句を言う人間はいるが、最近の変化は石原氏が都知事に就任した時の都政に近いスピード感と実行力があるので、とても期待している。
しかし、本気で日本の再興(独立)を考えているのであれば、侵略者が見逃すはずもなく、脅されていることは間違いない。命の危険がある綱渡りをしている。孤軍奮闘させては、危険である。抵抗が大きすぎて前に進まない。周囲や国民は支援協力するべき。これまでも、日本再興を考えたり、自分の命を懸けて問題提起をなさった先人たちがいらっしゃったけれど、ことごとく葬り去られた。私も影響を受けた、日本の社会学者は「こんな世界(日本)に前途は無い」とおっしゃり自害なさっている。それほどまでに、我々は洗脳されている。かろうじて支えているのが、日本の霊性である。これは世界平和、人類救済のカギであるのだけれど、日本人自身でさえ気付いている人はまだ少ない。神はこれを死守せよというおっしゃる。その為に守護を担う「鬼」の存在がある。
「悪い者イジメ」の勧め
癌細胞を除去手術する場合、取りこぼすとまた転移繫殖してしまうから、徹底的に根本から駆除することが必要。日本(国体)の腐敗部分(病巣)に対して、この覚悟を国民は持つべき。しかし、先述した通り、愚民による民主主義と操られている社会システムでは、革命やクーデター以外に根本治療は困難。つまり、今の民主主義議会制による選挙や国会に従っていると、既成の利権構造の影響を受け続けるから、変えられない。強制リセットが必要。絶大な賢人(霊性と知恵を併せ持つ指導者)による強引な浄化(専制的強権の発動)と、その感化により、国民がこの欺瞞に気付き、一緒に悪循環の構造を壊す(覚醒し自発的になる)ことができれば良いけれど、そんな人物は見当たらないし、今の社会構造に依存している限り、難しい。そこで、鬼は現実的な国家改造(世界更生)の方法を教示してくれた。それが「悪い者イジメ」。現在の「イジメ」は対象を間違っている。弱者ではなく、悪を懲らしめるためにイジメるのだ。これにはお金も労力も要らない。
方法は国民が真の叡智に目覚め、諸悪に立ち向かう事。武力(暴力)ではなく、知恵と言論によって、腐敗の元となっている関係者(侵略者、傀儡政権、癒着した官僚、財界など)に対して生存の危機を感じるほどの精神的圧力をかけるのである。連中が公安、司法、国税などを利用して圧力をかけて来る場合、組織と当人に倍返しの報復を行う。連中は組織力を使って脅かすが、民衆が覚醒すれば、数による脅威は逆転する。覚醒した民衆にかなう組織など無い。不正な圧力を行使する人間、組織、その職員、その家族などを国民全体で監視して、周囲から村八分的な圧力をかけ、邪悪なものは住めない環境を作る。
悪徳政治家、行政担当者、司法(裁判官、弁護士)、国税(税務署長、担当者)などが権力やマスコミを使って威嚇、隠蔽しても、我々はそれに負けず、悪業を許してはならない。昔は天誅、仇討などがあったけれど、現代では認められていないから、対抗手段は事実に基づき、根拠のある具体的な批判を言語と行動によって表現する。これが犯罪防止の抑止となる。その為には、天誅や仇討に勝るとも劣らない威力を持たなければならない。脅迫を受けた場合は直ちに圧力を行使した部署と内容を公表することにより、職権乱用を暴く。意地悪な取り調べ、取り締まりなどをした担当者は呼び出して実際に顔を見て覚えておく。圧力をかけるほど、しっぺ返しが過酷なものになる恐怖を教える。戦う際のストレスと胆力はもの凄い負担なので孤軍奮闘させてはならない。悪者イジメの協力者を増やし、倍返しの圧力をかける。
例えば、街中でお会いする機会があれば、「こんにちは、売国大臣さん!」「おはようございます、藪医者先生!」「こんばんは、売国裁判官さん」「こんにちは意地悪お巡りさん!」みたいに挨拶をしてやる。その家族にもそれを広げるとさらに効果的。「お前の父ちゃんは売国政治家だから一緒に遊んでヤラナイ!」「殺人ワクチンを勧めた人の関連企業とは取引しません」「嘘つきの家系とはお付き合いはできません」「意地悪な取り締まりをするような人たちに協力はしません」「まだ詐欺を続けているの?」「君は回転寿司の楽しみを子供から奪ったよね」「ストーカーの癖は治ったの?」のように接する。これは呪法のひとつである。非難している因果関係を相手に示し、考えさせる意義がある。○ね!○○す!みたいに、攻撃するような言葉は、発している本人にも悪い言霊の副作用が出るから、要注意。
私は、近くに引っ越して来たくせに挨拶をしてこない入居者にはこちらから訪問して、近所付き合いの重要性を説くのと同時に、治安を乱したり失礼なことをさせないための警告(脅し)をしている。私は多言語を話すので外国人にも直接話す。基本は日本語。通じない場合に、初めて外国語を使用して、強烈な説教が始まる。単なる罵倒は無意味。必ず因果関係を教える。私の街では侵略者の基地がある為、関係者(軍属)に賃貸住宅をあっせんする不動産業者も多いから、業者にも挨拶に来させている。今話題の移民は「郷に入っては郷に従え」の鉄則を守らせ、従わないものは強制排除。賃貸物件を貸した家主にも当然抗議をする。今のところはまだ移民問題は無いけれど、外国人をよく見かけるようになっている。いつの間にか、最寄り駅近くの一般住宅がモスクになっていたけれど、監視している。公共の場所の礼拝などは見つけたら決して許さない。国民は同様に監視するべき。
リスク管理にはジレンマがある。常にマイナス面にばかりを意識していると、仕事以外の発想や行動もその悪影響を受ける。疑い深くなったり、性格が悪くなる(きつくなる)可能性がある。逆に平和ボケしていては、危険や脅威に気付くことができなくなる。公安、防衛、警備などの業務には関係が深い。例としては、最初から疑ってかかるような職質や捜査など。これが冤罪につながる。逆に平和ボケしていて、緊急性や危険度の判断を誤ると、見過ごして重大事件を引き起こしてしまう。ストーカー犯罪や自殺自傷事件などがそう。
魂の清らかさや慈愛の心持ちつつ、悪に対して鬼となることはとても難しい。本来、世界平和のカギは「慈愛」である。慈愛の心は「許し」を生み、プラスの循環ができるけれど、それは世界がある程度健全で余裕がある場合に成り立つ。しかし、その心が失われた今の世界を短期に救うためには間に合わない。慈愛を阻害する害毒の除染が最優先。中毒患者を目の前にして、不注意を責めたり、日常生活の心がけを論じる余裕はない。毒物の除去が先である。
その応急措置の一つが「悪い者イジメ」なのだ。慈愛の心を普及させるためには時間がかかり過ぎて間に合わない。慈愛を教えた道徳教育は戦後に破壊されてしまったので、害毒の駆除が先決である。これを勘違いして逆さまの事を言っているのがいわゆる平和ボケ(左系)。騒いでいる内に患者はご臨終となる。
悪い者イジメで批判される側が「名誉棄損」などを持ち出して威嚇するのであれば、事実関係を確認して検証すればよい。当然、自分に自信がなく半端な知識や情報であれば、それなりの責任は生じるから、半端なことはできない。それを覚悟しなければ単なる正義の押し付けとなってしまう。一方的な正義の押し付けも害である。善悪は時代と共に定義が変わるものでもあり、簡単には断定できない状態なので、その是非を双方で議論することにより、問題が明らかになる。異議があるなら反論すればよい。反対に自分の考えに問題があれば反省と学習する材料となる。議論の最中に名誉棄損や侮辱などを持ち出したら、議論は成り立たない。それを黙認するような司法であれば、関係者は悪い者イジメの対象とする。
従って、威嚇を恐れる必要はない。それが脅しや逃げであれば、引き摺り出して、隠してきた内容も全てさらけ出し、ヤブヘビとなる恐怖を味合わせるのだ。名誉棄損などの脅しが通用しないことを教える。選挙演説や講演会でヤジを飛ばす人間は呼び出してその場で徹底的に論破する。その論破に対抗できる人物であれば、こちらの学びにもなる。
(弁護士JP)
関連サイトを調べたら上の説明が出て来たけれど、過剰に人権を擁護するような表現がある。これは悪人を逃がし、のさばらせる過保護な発想の元となる可能性がある。前科、悪業の記憶は司法が時効などを勝手に設けるものではない。当人が自業自得として一生背負うべき記録である。それを回復、更生するか否かは当人の問題。自分で償うしかない。我々(被害者)の記憶に時効は無い。平和ボケ社会では辞職や更迭でその後の責任を曖昧にして逃げる風潮があるけれど、逃がしてはならない。辞職後の退職金の取り扱い、懲罰の内容、汚職や横領なら、その賠償が完了するまで報告させる義務を負わせる。公職なら、毎年公的な会議や会報で経過報告をさせる。広島長崎の方たちは米国の罪、沖縄県民は政府(軍部)の責任を忘れるべきではない。東日本大震災の核汚染被災者は東電と政府を忘れるな。ワクチン被害者は政府(厚労省)と医療関係者を忘れるな。それらの贖罪が完了するまで悪い者イジメは続け、その悪業は子々孫々まで伝える。
不正な人間、店、企業とは取引をしてはならない。内容や規格(産地、安全規格など)の詐称などをした企業の商品は売買せず、倒産させるのだ。
徹底的な「悪い者イジメ」から抑止効果は生まれる。悪いことをしても「時間が経てば世間は忘れてしまう」というような考えを持たせてはならない。平和ボケ的発想は悪人を甘やかすだけ。節操や恥も無く、何気なく再登場するのが芸能と政財界。精神後進国の西洋思想にかぶれ、罪人を甘やかす弁護屋や司法関係者が増えたから、日本の伝統的な性善説社会が壊されてしまった。そして、それらの平和ボケした人間たちが現実の法律を扱っているということはとても恐ろしい。マスメディアや権力者の手先となった司法の人権論などは犯罪者を野放しにするだけである。実際に害国人や闇バイトなどの犯罪に警察や法律は対処できないのが現実。
これは、人生の大半を冤罪で失なわせた検察(司法)の罪を問わない態度、不法滞在外国人の犯罪を不起訴、無罪放免にした事件などともつながる。法を守る意義を考えず、マニュアル化された文言(判例)に従って処理をするだけなら、AIで十分。政財界だけではなく、司法界にも浄化が必要。もしも、メディアや司法界、政府がそれを見過ごすのであれば、当然「悪者イジメ」の対象となる。社会的役割(責任)とイジメのレベルは比例させるべき。つまり重要な役職、資格(士業、許認可)を持つ人間はその影響度が大きいわけだから、駆除の優先順位と強度も高くなる。偽の難民申請、名義詐称、害国人への不動産売買、盗難車の輸出などには士業が関わる。資格を取り消し、税金の累進課税と同じで、累進加罰する。我々国民が「悪い者イジメ」の強度を上げるのだ。有資格者に対する懲罰は一般人より加重するのが当然。その責任は自分たちに降りかかる。放置しておけば、必ず自警団、自己防衛の動きを生み、将来はリンチや襲撃、暴動に発展する可能性がある。すでに兆候が見られているではないか?これまで、愚民の平和ボケにつけ込んでいた関係者は覚悟することだ。
会社や学校で起きるイジメによる不幸な事件は精神的ストレスによるもの。このイジメる対象を悪者に変えることで、悪人(害毒)を駆除することができる。それだけ言霊は恐ろしい力を持っている。毎日周囲から嫌悪感を浴びせられ、白い眼で見られると、常人は耐えることはできない。国民が邪悪な人間を常に差別し白い眼で見て、罵倒することにより、当人の精神的なストレスは高まり、心身を病んで内部崩壊する。一人一人の発する言霊が集まると、集合意識としての波動エネルギーを持つ。霊力を持つ人間はこの集合意識と同じレベルの波動エネルギーを一人で作ることが可能であるから、その様な人間が集まれば更にその効果は倍増する。この力は人間の生命エネルギー(健康)に干渉することができる。私の使う仁術の源も同じ理論を使っている。だから生殺与奪なのだ。一般人が集まり、この力を集中させることで同様の効果を生む。覚醒した仲間(同志)を増やし、呪力を増強するのだ。
この鬼の知恵を失礼な害国人、反社(チンピラ、反グレ、ヤンキー、暴走族など)、イジメっ子・・・などに実行する。無知で野蛮なくせに身体は大きく元気な人間ほど害も大きい。人間は肉体的に有利であると、礼儀や倫理を無視して暴力に訴えて来ることが多い。相手がおびえて妥協すればするほど調子に乗り、更に被害は拡大するから、決して退かず、それを上回る制裁と圧力を加えることが必要。現実問題として、それだけの知識と胆力を持つ一般人(個人)は少ない。だからこそ、単独で立ち向かうことは避け、普段から近所(共同体)で邪悪なものを排除するための人間関係と監視システム、対処方法などを考えておくべきなのだ。電車や公共の場でそのような場面に遭遇した時、皆で助け合うことが必要。昔は当たり前であったけれど、最近はこの習慣が失われつつある。これが行き過ぎると村社会の同調圧力になるけれど、伝統的な調和の精神を思い出すのだ。利己だけでもダメ。利他(自己犠牲や奉仕)だけでもダメ。本当の調和は利己&利他のはずである。利己と利他はお互い様の関係で循環する。
その他の抑止効果のアイディアとしては、犯罪者の移送の際には、顔を隠させず、人相をメディアに見せる。報道も本名、顔写真はわかりやすく記載させる。「将来の可能性を奪う」と言う人がいるけれど、だからこそ「最初からしてはいけない」という抑止効果(教育)が生まれるのである。江戸時代は「市中引き回し」と言われ、罪人として街中を歩かされ、入れ墨を施された。民衆に自分の恥をさらすのである。悪人の過保護は逆効果なのだ。
人権を制限することが懲罰なのだから、犯罪者に一般人と同じ人権は無い。もしも、悪事を働いても人権によって守られる(もみ消す)ことがわかれば、悪人はそこにつけ込む。「○○歳以下だから・・・しても大丈夫」「俺は外人だから・・・」「日本はそこまでしない」などと法の抜け道を探す。悪質な人間たちには知識がある確信犯も多い。そして、そこにつけ込みビジネスにしている法律関係者(弁護屋)もいる。この発想は、自分の過失を詭弁とこじつけで言い逃れをする西洋法学由来である。この弊害が米国の様な訴訟社会を生み出した。「謝ると自分が悪いことになるから、謝るな!」「・・・のお悩みは○○法律樹務所にお任せください!」などの言葉もよく見聞きするようになった。権利をアピールして商売にしているのである。
懲罰の基本概念は人権に干渉(制限)することにこそ意義があるので、人権を持ち出して逃げるのは本末転倒。懲罰の意味がなくなる。怖くない懲罰や公安、軍隊など何の役にも立たない。よく警察を呼べ!と言うけれど、非常事態に間に合うはずがない。犯罪者に一般人と同等の人権はないし、与えてはならない!
「話し合えばわかる」など言う平和ボケ人間がいるけれど、わからない人たちがいる現実を見ていない。彼らにとっての正義は「力」である。これは自然界の大原則。既成概念で汚染されていない子供たちの方が現実をよく見ている。低年齢における学級委員やリーダーは身体が大きく強い、体育が得意なものがもてはやされ、繊細で思慮深い子供は逆にいじめの対象となることが多い。これが動物の原始的な在り方。これを踏まえた上で、理想や改善策を考えることは良いけれど、現実から目を背けて綺麗事を論じるのは空論である。子供は現実を体感している。つまり、現実世界においては頭脳と力(暴力)の双方において相手を凌駕しなければならない。これは国防の基本理念や最近の移民、異宗教問題ともつながる。
(政治ドットコム)
鬼によって守られた性善説社会では、邪悪な大人は家族からも非難、差別され、プレッシャーを受けることになる。改めるまで時効の無いプレッシャーを与え続ける。邪悪な家庭(家系)は崩壊するのも自然。一家離散、離婚なども自業自得(自然の摂理)。それによって束縛されていた子供や家族は自由を得る。これでも直らない人は救いようがない。ゴミや寄生虫と同じなので、清掃駆除するのみ。自然界には自然淘汰システムがあるけれど、これに不自然な概念を加えて、バランスを壊しているのが現代人。ゴミは放置すると腐敗し、病原菌をまき散らすから、差別と圧力により、近所から追い出す。これが自然な在り方。家や名誉を重んじた江戸期までの日本の治安はこのような厳しく、恐ろしい哲学で守られていた。そして、客観性と正当性のない恨みや偏見から起きるリンチ(私刑)、仇討と混同しないために、厳格なルールと奉行による裁定制度があった。これこそが戦乱の時代を経て確立されたリスク管理、悪の抑止力だったのである。
子供や家族に罪はないけれど、関係性からは逃げられない。だから、因果関係を明確にして当人を責めないことが肝要。但し、知りながら改善しなければ共犯となることも教えるべき。あなた(子供や家族)に罪は無いけれど、当人(旦那、妻、父親、母親、先祖・・・)にはあるということを教え、そのせいで家族も迷惑するということを当事者に認識させる。これによって家族や共同体の意味と責任や義務を覚えることになる。「ウェーン(泣)!お父さんが悪いことするから、僕は学校で嫌われちゃうんだよ~!」「お前が恥ずかしいことをするから、私たちは街に出るのが恥ずかしい!」「まともな職には付けなくなる」となる。
これにより、関係者(家族)も反面教師の教訓を得ることができる。他人から下品だ、教養がない、礼儀知らずなどと言われるには、自分にも問題があるわけだから、学習(更生)する機会である。これは劣悪な家庭環境で生まれた子供にとって、救いと気付きとなる。悪い親は力で価値観を強制するので、子供はなかなか気付くことができない。経済的に自立できないから、悪い環境(親による洗脳)の影響を受ける。親が悪いのに、自分を責めてしまう。そこには信頼できる第三者の客観的なアドバイスがとても重要。この気付きにより子供は自分の現状や親に疑問を持つようになり、それが成長となる。この役割こそ、知恵のある教師や大人であった。また、スラムや問題のある家庭で養育される悪循環を断つために、悪い環境から子供たちを守る社会的救済(制度、施設)が必要。
日本の大人や親が教育の重要性に気付かないから、子供の健全な成長と逃げ道が失われつつある。過保護な教育は我儘を増長させるだけで、俯瞰的な視点や失敗や挫折から学ぶ機会を奪っている。ケガや事故を防ぐつもりで、海山や公園などにも「○○禁止!…してはいけません」の様な看板が乱立し、自由に遊ぶこともできない。リスク(危険)は言葉だけで教えることは不可能。実体験がとても大切。「最近の子供たちはゲームばかりする」と嘆く大人が多いけれど、自分達が子供たちを過保護にした結果、遊ぶ場所もなくなり、細かすぎるルールのせいで、遊ぶ気を奪っていることに気付くべき。何をするにも「危ないからダメ!」などと文句を言われたら、遊ぶ気もなくなる。教育問題は日本の将来を作る一大事なのだ。戦前には日常生活の礼儀作法や心構えを教える授業があった。これに関しては以前の記事をご参照。
伝統的人道教育を崩壊させたのは、この精神文明を理解できなかった精神後進国(欧米)の侵略者と、その手先となった西洋かぶれの政財界人であった。風土や歴史を考えずに聖書系の道徳観念を伝統と比較消化せずに導入し、明治の文明退化が起きたのである。確かに途上国から西洋の科学文明を見ればその衝撃は大きかったはず。渡欧して西洋を見聞した際に、経験と知識の豊富な熟年知識人がいれば良かったけれど、残念ながら半端な教養なのに元気で勢いのある若者であった。目の前の情報を消化して分析する能力に欠けていたのだ。表面しか見なかったので、浮浪者、児童労働、移民(奴隷)、スラム、拝金主義などの問題を認識できなかった。本来は彼らの先生クラスの人間を渡欧させるべきであった。幕府内には国内外の事情にも詳しく、優れた有識者がいたけれど、権力闘争に夢中になったテロリストたちに謀殺されている。当時の資料は関係者によって隠蔽されているので、未だに闇である。それ以前の古文書などが発見されているのに、なぜか時間的に近い幕末の歴史は出てこない。更に新しい戦後の資料も同じ。これは日本の隠蔽体質の問題を暗示している。であるからには、現時点の歴史学者の見解はあくまで推測の域を出ない。
当時の幕府の情報収集力は優れており、西洋の産業革命や最先端の武器の情報もあった。それに基づいて国防を考えながら改革を行う道は、主導権を握りたい英国に操られた若いテロリストたちによって潰された。立案者は謀殺され、アイディアを盗用した人物は紙幣の顔になった。議論ではなく、英国の支援を受けた圧倒的な火力(武器)によるクーデターであった。若いけれど、当時の国際事情によく適応したと、その功績を称える歴史学者も多い。しかし、国を三世紀近く平和に統治して来た実績と知識をないがしろにし、地方政府の中下級武士がいきなり実権を握ることには無理があった。成金が権力を与えられたらどうなるか?結果を見れば明らか。攘夷という目的から権力争いに変わった。教養のない下級武士や農民に侵略者から与えられた近代兵器を配って起こしたクーデターなのだ。つまり最初から攘夷は口実で、政権転覆が目的だったのである。そんな質の悪い人間たちであったから、福島などの旧幕府地域は略奪、強姦、虐殺が横行した。これも明治政府は隠蔽した。
その後は今の成金と変わらない。豪勢な生活、愛人を囲い、豪邸、高級車、セレブなパーティー、交友関係などをひけらかす人間がほとんど。今も残る公園や洋館などは文化遺産だとされているものも多いけれど、凡そ売国の成金遺産である。戦国時代に同様のパフォーマンスを行ったのは金の茶室などで有名な秀吉がいた。当時は軍事力や財力による対外威嚇の意味があったけれど、明治の西洋化は「西洋に並ぶ文明国になる」ために、価値基準が自国ではなく西洋であり、食文化(肉食)や道徳観念、風俗まで無理やり合わせる不自然で急激な内容であるところが違う。
これにより、三世紀近く続いた太平の社会は戦乱の時代に逆戻りしてしまうことになる。
ちなみに、当時のアジアは大部分が西洋の植民地であった。そこで独立を守れたのは、国際事情を研究し、常に国防に備えていたからである。当時最先端の武器であった鉄砲を国産化し、アジア最大の戦闘力を作り上げていた。これと常日頃の戦闘訓練(武芸)をしていたから、西洋侵略国は侵略を諦めていた。これは、当時のスパイ(宣教師)が本国に書き送っていた報告書で明らかとなっている。それが、幕末の平和ボケにより、国防と国体に弱点が生まれ、つけ込まれたのが明治クーデーターである。信長、秀吉、家慶たちの様な実戦経験者であれば、産業革命のニュースを聞いた直後に自国で大砲や蒸気機関を作っていたに違いないのだ。幕府はその警戒を怠っていた。これに気付いていた幕府の賢人は攘夷のための国防を考え、重工業と海軍の基礎を築きながらも謀殺されてしまった。その存在はクーデーター側から見れば最大の邪魔者であった。これに関する記録はクーデーター政府が全て抹消している。
後から西洋文明のリスクにようやく気付いて修正しようとする動きもあった。明治初期の段階で、すでに伝統的哲学が失われる危機を問題提起した言論は多かったけれど、国際金融組織(英国)とその従僕でもあり、実権を握りたかったテロリストたちは、物質文明の脅威を理由に強引に西洋化を進めたのだ。
素直で協調性を重んじる国民性は戦時中も利用された。これは軍部によって戦争に誘導された時の同調圧力と同じ。それに気付いた有識者は抹殺され、戦争に誘導された。戦後は侵略者による洗脳教育が行われ、その結果が現日本人である。伝統的日本人の特徴は根が真面目、人が善くて平和主義だから、正義感も強くて同情共感能力も高い。更には、伝統的に年上や権威に素直に従ってしまう傾向が加わると、性善説社会では猜疑心が弱くなる。それらが正しい情報や知識であれば問題は無いけれど、間違った誘導(洗脳、デマ、情報操作)には弱い。コロナ騒動ではこの弱点が露呈した。世界で疑問視されていた中で、政府やメディアは強引にワクチン接種を誘導し、国民は同調圧力の弊害を被った。被害者は私の友人知人を含めて、純朴な良き日本人が多い。彼らは自分達が騙されて、つけ込まれている事にも気付かないほど素直で善良(平和ボケ)な人たちなのである。
戦後の日本人はそのような環境で生まれ育ったのだ。私も完全にその内の一人であった。これを日本は80年間も続けて来たのである。外来語を多く使うけれど、日本の知識と感性が欠如している。その結果、教科書(現場教育)では教えてもらえないアジアや日本の歴史に疎く、西洋偏重の知識に基づいて思考することしかできなくなってしまうのだ。すると判断基準(価値観)は当然西洋絶対主義となる。どれほど素晴らしい発明やアイディアであっても、海外(国際)で認められないと、日本人は評価しないのである。科学や芸術などの分野で、日本では認められなかった人たちが、海外で評価された途端に日本人は手のひら返しでチヤホヤもてはやすことが多い。日本人としての品性の堕落である。必要から生まれた風習や哲学の価値を理解せず(教えてもらえず)、洗脳教育で教えられた理解の浅い西洋思考(今の価値観)で見るから、すぐに差別だ、不合理だ、非科学的だ、などと批判を始める。優れた洗脳は違和感なく自然に誘導してしまうので、当然の帰結である。

この欺瞞に早くから気付いていた人達がいわゆる右系といわれる人たち。むしろ右系の人たちの方がバランスよく学習している印象がある。それは、戦後、常に非難されてきた歴史があるので、それに対抗するために自主的に学んだ結果だと思う。日本全体が左寄りなので、少し右くらいでバランスが取れる。侵略勢力はその言論を封じ込めるために、マイナスイメージを作った。日本人が真実に目覚めると、欺瞞が明らかになり、愛国心や独立心が芽生えてしまうことを恐れた。だから、歴史は勉強させるな!精神文明の基本にある調和や団結を破壊して分断させろ(個人主義優先)!国旗や国歌を軍国主義と結びつけて嫌悪感(罪悪感)を作れ!と誘導して来たわけだ。派手なパフォーマンスをする街宣右翼の構成員は純日本人ではないメンバーが過半数であるが、私も含めてこの違和感に気付く人は少なかった。実は間接的に雇われた工作員なのである。彼らは大音響で威嚇的な言動を見せつけ、嫌悪感を増長させてきたけれど、一般人にはこれと本物の愛国主義者の区別が困難であり、構成員自身にも操作されている自覚がない人が多い。反社のチンピラが手伝わされていることもある。私自身もこの欺瞞に気付くまで、いわゆる右翼は大嫌いであった。洗脳教育の恐ろしさがわかると共に、自分の勉強不足に恥じ入るばかり。
現実を見ない机上の理論と、その無知を利用する勢力からグローバリズムやリベラリズムが生まれる。最前線を知らず、平和な場所から見ているだけなので、移民や国際金融資本による侵略をもたらしていることを自覚していない。世界は既にそのことに気付いて、対策を講じ始めているのに、日本だけは逆行していることが愚か。この危険性は文明退化の明治から一部の有識者が警告していたけれど、金と物の力で消されてしまった。
「悪い者イジメ」は外交でも同様。不誠実、失礼な国(国民)とは付き合う必要がない。付き合えば不愉快な思いをするだけ。理由のある抗議や差別は悪意のあるヘイトスピーチとは違う。話が通じなければ、貿易取引も止め、支援も停止するべき。支援や好意は恩を仇で返されているばかりか、善意につけ込まれている。郷に入っても郷に従わない移民の援助や優遇措置も同じ。それらの時間とお金は、信用でき、清らかな精神を持つ国と人々の援助に回すべき。日本は相手を見て商売(貿易)をするべき。外国に対しては割高な値段設定にする。「安物買いの銭失い」であることを海外に知らしめるのである。失礼な国に売る必要はない。日本からの部品供給が停まればその国の産業は破綻する。泣きついて来たら、高額で提供し、それまでの非礼による損害を回収するのだ。間違いなく、撤退できないようなペナルティーをぶつけて来るはず。その際には、提供することでペナルティーや過去の損害を相殺する契約を結ぶことをお勧めする。泣き寝入りはしないことが理想的。
安い人件費だけに気を取られて工場を作ると結局は裏切られて損をする。お金、女、グルメなどで釣られたシルバー人材(職人)はもてはやされるから、一生懸命に知識を教えてしまうけれど、技術や資産を盗まれるだけ。私にも色々な勧誘があったけれど、実に狡猾である。お役目御免となればポイ捨てされる。自分が売国をしてしまった自覚を持たなければならない。こういう人間を腐る程見て来た。アジアの安い労働力目当てに進出した日本企業の工場に多い。
不誠実な国の作ったものは不誠実な品質とアフターサービスになる。信用できない国(民族)の言論は見聞きするだけ無意味。アジアの道徳観念の起源と言われる儒教を国の柱としているらしい国があるけれど、実際の品性は失礼極まりない。裏切りと搾取、自己正当化しかない。付き合うだけ、時間とお金の無駄である。その子孫が日本国内を汚染しているようだが、その点を改めない限り、外見は似ていても、我々の霊性は確実にあなた達を見分けて背別(駆除)する。それが嫌なら、まっとうな人間(国)になりなさいということだ。
信用度や民度が低い国との商売はハイリスク&ハイリターンであることを知りながら、損得勘定の賭け的な関係を持とうとする商人は自業自得であるから、同情の余地はない。それを知りつつ付き合うのであれば、金に目がくらんだ共謀、共犯とみなしてよい。
例外として、ビジネスや損得勘定よりも良心や善意を優先して活動されている方たちの存在がある。まだ、信頼や友情も確定していない途上国に技術や知識を支援する方たちや慈愛の心を持つ実業家(商人)がそうである。商売にならないからと言って見捨てられたような場所に、産業をもたらした日本人。窃盗や略奪行為で生計を立てていた人たちに仕事を与え、自活できるようにした実業家。疾病に苦しんでいた途上国に医療を普及させ、生活環境改善のためのインフラ(用水路)を作った医師などがいらっしゃる。途上国において、日本人の評判が良いのは、主にこの方たちのお陰なのだ。そこには私利私欲や損得勘定を越えた慈愛の心がある。
私もそちらの世界に多少関係していたけれど、いつも敬服するのは、彼らの素朴で純粋な人間性であった。下品でくだらない話もするし、喧嘩もするけれど、仕事や現地人に対する態度と姿勢は一貫して誠実であるのだ。卑怯な事はしない。逃げない。国のプロジェクトで派遣されて来た下請けの職人、技術者たちも同様なのである。要するに、小さな歯車の一つ一つが誠実に正確にできているから、全体のシステムの信頼度が成り立つ。まさしく、世界に評価されている日本製品の特長と同じなのだ。
利益だけを考え、問題が起きると、将来の事も考えずに逃げる他国の商人に対して、日本人の態度は別格であることをいつも感じた。だから現地人たちから信頼されるのだ。長年観察していて、多少の例外はあるけれど、これこそが日本人の宝であると実感した。その気付きの後で、戦時中の日本統治などを再検証するようになると、更に色々な発見がある。確かに、戦時中には兵士の想定外の蛮行もあったに違いないけれど、道徳観念の薄れた現代日本人でさえ、ただの職人や社員が総じて誠実なのである。江戸時代の伝統教育の遺産を受け継いでいた当時の日本人は今よりも誠実であったと思う。今でも会社の権利や契約関係で板挟みとなりながら奮闘している姿を見ていると、いつの時代も同じだと思う。戦時中なら軍隊の規律や命令と自己の心との葛藤があったはず。そんな人たちが自虐史観で教わったように、一方的に卑劣なことをするはずがないというところから、私の歴史観は大きく変わった。これまで学んだ情報と知識の再検証を行って来たけれど、日本人の精神性(霊性)は宝物だと自信を持って言える。日本の海外での評価はこの人たちのお陰である。その人たちの魂が集っているとされる神社は、我々が感謝するべき対象であるはず。これを考えれば、参拝問題の答えは明白。
古来よりの鬼の知恵である「悪い者イジメ」は念と言霊を使った呪法であり、神と霊性を守る方法であった。集合意識による波動エネルギーである。当然、悪い使い方をすれば、両刃の剣となり、それらはすべて自分自身に跳ね返って来ることになるから、自然と霊性を学び、事象を客観的に観察する癖が身につく。徹底的な「悪い者イジメ」は諸悪を淘汰し、同時に自分がその対象になる恐ろしさを認識するので、その恐怖心は抑止効果を生む。これが性善説社会の基礎を支えていた。「お天道様」「閻魔様」「天罰」「呪い」や、人間を戒める数々の風習はここから生まれた。これを恐れる人間は自分にヤマシイことがあるからである。まっとうに誠実に生きる人間はどんなに凶暴な鬼が来たところで、恐れる必要はない。逆に、鬼はあなた達を守るガードマンになってくれる。
世界が間違っている時、鬼の力は強くなる。それは人体が病原菌と戦うために発熱するのと同じこと。不平不満、ストレスなどが発熱の原因となり、世情不安定、殺伐とした雰囲気になる。これが現在の世界の状況。その際に、重要なことは、病気の正しい原因を把握して退治する事。戦う相手を間違えると、自己免疫で自分を攻撃するアレルギー反応となってしまう。単なる悪意や一方的な感情による差別(ヘイト)はその悪意が自分に悪い結果となって跳ね返ってくるから、半端な言動は慎まなければならない。個人的な恨みによる仇討、仕返し、リンチなどは負の感情の悪循環となるので、これも裏返って天罰となる。これは人間が自滅しないために神が作った安全スイッチ(保険)だと言える。私の教わっている仁術や「鬼の力」はあくまでこの世界の秩序と調和を維持することが大前提であり、邪念を加えると自滅するのである。
また、私の様な奇人変人や芸術系、思想家なども古来より迫害や差別を受ける可能性が大きい。霊的な人間の魔女裁判、異端者尋問などがそう。しかし、鬼と神様はそれもご存じだから、それを乗り越えた後の発展も見守っている。私はそれを感じているから、この様に過激で他人から嫌われる(タブーとされる)ようなことも平気で話している。私は自然の摂理に反した人権や自由などはいらない。また、霊性(神)を無視した如何なる人間の概念にも従うつもりはない。筋の通らない弾圧、脅迫に対しては鬼の理念に基づき、徹底的に応戦する。
ここまでは「悪い者イジメ」の話をして来たけれど、呪法は両刃の剣であるから、逆のプラス方向の使い方をすることにより「善人を増やす」「幸せを作る」ことができる。プラスの集合意識エネルギーは活力を与える。楽しくなる言葉、幸せになる言葉、ほめる言葉、慰める言葉、感謝の言葉などがそう。素晴らしい人や好意に対しては「素晴らしい」「凄い」。小さな喜びや感謝を感じたら「ありがとう」「幸せ」「みんなも幸せでありますように」。困って苦しんでいる人には「大丈夫」「できる」「あなたと共にいますよ」の様な慈愛の言葉を使うのである。慈愛の呪法で世界を覆いながら、邪悪なものは悪い者イジメの呪法で排除するのである。この陰陽バランスによって世界(日本)は浄化され、霊性が復活する。
負の言葉が増えると、人間世界(意識)もそちらに誘導されてしまうから、調和を保つために聖なる(慈愛)の言葉でバランスを取ることが大事。良い人間、書籍、芸術作品、美しいものに出会えたご縁にいつも感謝するのだ。私利私欲、人間の概念を超越する言霊として、何にでも「ありがとう」は魔法の言葉である。ただし「心からのありがとう」でなければダメ。本当は・・・なのだけど、無理やりに「ありがとう」と念じる場合(言い訳、正当化、妥協、ごまかし、逃避などが目的)、ありがとうの裏にある潜在意識(本当は・・・の内容)に誘導されてしまうことになる。これこそが人間の使う言霊の問題点。神はこれを嫌うから、要注意。
理想を言えば、世界は慈愛の言葉で満ち溢れ、悪い言葉は使わないでも済むこと。また、先述した通り、人々を感化する人たちがいらっしゃる。売名や承認欲求も無く、ただの良心(善意)だとおっしゃるから、無名の一般人であることも多い。途上国に対する、損得勘定や打算の無い人道的な付き合い(民間外交)は、言葉を越えて相手に伝わる。言語と行動の両方に慈愛の心が伴えば最強である。これこそが日本の偉大な霊性なのだ。この霊性は無限であり、世界を覆えば、平和が実現できる。
ちなみに、日本神道ではこれに似た知恵を継承している。神社や神棚にお参りする際に 唱える言葉がそうである。「祓(はら)え給(たま)い、清め給(たま)え、神(かむ)ながら守り給(たま)い、幸(さきわ)え給(たま)え」(お祓いください、お清めください、神さまのお力により、お守りください、幸せにしてください)と唱える習慣がある。世界中の原始信仰には似た概念がある。念仏や聖書系の呪文も主旨は偉大な叡智と存在に対する畏敬の念である。それぞれ、日常的に使えるように簡素化した内容であるが、それらは日本語ではなく外来語の訳文であるから、日本人には馴染みにくい。自分に身近で心のこもった呪文を作った方が良い。できれば能動的な文言の方が霊的効果が強くなる。上記の呪文なら「私は神と共に祓う、清める、守る(戦う)!」と言うべき。
これらの呪法は使った直後から効力を発揮する。お試しあれ。反対に、神の意に反した邪悪で自分勝手な呪法は自分をも滅ぼす(返って来る)。呪術師が個人を呪う商売などがそう。映画や漫画の呪術はフィクションであり、取り扱いを間違えると災いを呼ぶ。
私は言語畑の仕事をして来たけれど、性善説的な文明を持っていた民族には他人を傷つける言葉が少ない。日本語もその一つ。誰かを罵倒する時のバリエーションが少ない。しかも、直接攻撃するような内容は少なく、笑ってしまうようなものも多い。海外では「お前のお母さんを○○してやる」みたいな露骨な表現を使うのに、日本は「お前の母ちゃん出ベソ」なのだ。この様な精神性は街中でも違いとなって表れる。女性同士でも髪の毛をつかみ合って、殴る蹴るの暴行を加える外国人をよく見たけれど、日本では非常に少ない。道徳観念が衰退してきた現在でも、比較して少ない。その反面、色彩や味覚、匂いなどの五感に関する形容表現はとても豊富なのだ。行間を読む力、雰囲気や空気を感じ取る感性などが突出している。これこそが日本独特の霊性である。
これは、教養や文化レベルとも関連がある。下品な家庭(国、民族)ほど悪口をよく知っている。これはそれらの悪い言霊を日常的に使っているから、その悪影響を受けて、下品な状態になっているのである。下品で邪悪な言葉を発してしまうような精神性に問題がある。だから、言葉だけではなく態度や行為、全てに邪悪な発想が反映されてしまう。これが古代の穢多非人(エタヒニン)などの差別の由来である。同様の概念は世界中に存在する。学者たちは「汚い穢れた仕事をさせられた奴隷みたいな人々」「汚い作業に従事していたから差別された」と解釈をするけれど違う。因果関係が反対。悪循環から出られず、出ることを拒否した人たちが自ら選んだ道なのである。今でいう、スラムの犯罪者や半グレ、チンピラの類である。社会復帰するチャンスがありながら、霊性(品性)が下劣なために害毒となる存在。霊性がある人は劣悪な環境にいて、トイレ掃除、汚物処理、嫌われる仕事をしても魂は決して穢れない。そればかりか、むしろ汚い事象を肥やしとして魂を磨く。
古代文明や先住民族の文化には同様の認識があった。この気付きこそが清く平和な霊性の自己防衛力(免疫力)であった。これがあると侵略者は侵入することが困難。だから、これを壊すために「個人優先主義」「人間の権利」「民主主義」などの大義名分となる概念を生み出した。人権、自由などはそこから生まれた代表例。これらの概念が自然の摂理よりも上にあると教えるのだ。そして、みんなより自分。この欺瞞を持ち込んだのが侵略勢力。同時に、欺瞞を隠すために美味しいエサを使う。それが豪華な生活、物質欲を煽る素敵な物たち。動物は餌がもらえればその人間の人間性は問わない。むしろ、エサをくれる人に懐く。エサのためならその人の命令や方法に従うようになる。エサがもっと欲しいなら、国やみんなの事より、あなたの幸せが大事です。自分の権利や欲望に忠実になりなさい。美味しいエサをどんどん食べられるようになることが幸福なんですよ~、言うことを聞けばいくらでも美味しいエサをあげますからね~!餌をくれる人が善い人なのです。エサをより多くもらえる人が善い人間なのです。だから、みんなもより多くのエサを与え、もらえる人間になりましょう!と調教するのである。そして、そのエサの中には依存性の強い麻薬が混ざっているのだ。これにより、人間は物質を追求し、その為には自然の摂理(ルール)も無視して自分たちの権利を主張する存在となってしまう。集合した霊性がバラバラに分断された(個人主義)結果、霊性と知恵は失なわれ、自己防衛力は崩壊するから、侵略が容易となる。
日本は古代に同様の逆転現象を被っている。自然と調和して生きて来た古代の精神文明に物質至上主義の思想が侵入し、それに毒された結果、平和な時代から侵略者による戦乱(権力争い)の世の中に変わってしまった。土地や自然資源を所有し、取引に利用するようになった。これが貴族の荘園制や武士の作った恩賞制度。こうして領土拡張のための戦乱が常習化することになった。江戸以前の武士は暴力団と同じような存在であるから、そこに正義や良心は無い。ほぼ全て、自分たちの欲望のための謀略戦争である。

この悪循環を実感していた戦国大名たちの中から、少しずつ国家を統一して天下泰平を望む発想が生まれた。著名な武将は救いのない乱世から神仏に救いを求めた。その成果が江戸時代であったのだ。悲しく、残酷な歴史を経てようやくたどり着いた境地であった。その歴史と教訓を知っているからこそ、我慢、調和、愛国心などの精神文明が生まれる。ところが、時代が経ちその存在意義を忘れてしまうと、平和ボケとなる。そこで、江戸末期になり、日本の平和ボケを知った侵略者はそこにつけ込み、無知だけれど勢いだけはある若者(未熟者)を操って侵入を企んだ。文化人や有識者はその謀略に気付くから、無知で洗脳(西洋化)しやすい若者を選ぶ。お金と武器を与えて、邪魔者を消すのだ。幕末、515事件、226事件などでは無知な若者により優秀な人材を多数失っている。西洋の植民地化に対抗するアジア団結の要であった犬養氏は残念であった。海外で言えば、中東の平和に奔走していたラビン首相(イスラエル)の暗殺もそうである。その後は紛争が絶えることは無い。今でも政変やクーデターには同じ謀略が用いられるので要注意。貴重な頭脳や人材が瞬時に失われてしまう。
これは人間という生き物が持つ業(特徴)だと言える。神仏に対する畏敬の念と霊的教育が失われると、物質や権力に対する欲望が復活するのだ。これに加担するのが、精神性よりも物や金銭を優先して取り扱う人間たち。掟を破った闇の取引の方が儲かると豪語するような商人は多い。だから、古い信仰では商人(経済人、起業家)などを平和な社会を破壊する危険な存在だとして、政治には関与させないようにしていたのである。これが逆転して生まれたのが、西洋の金融システムである。それまで虐げられてきた商人たちはお金(物)の力で王侯貴族族、国家に干渉することができるようになった。婚姻関係を結んで、政界に侵入するようになる。そこで、金銭を専門的に管理するようになり、財務部門が誕生する。婚姻と商売の関係を国際的に拡大したものが国際金融資本である。今の銀行などの金融業界の元をたどれば、全部これに始まる。日本は明治から本格的に始まった。これによって連中は武力を使わずに、静かに侵入することが可能となったのだ。為替、株式、不動産購入、移民、移住は武力を使わない侵略の一形態なのである。これに気付かない国はグローバル化によって滅亡する。
原始時代から行われていた物資の輸送や交易と現代の商売は共通する要素があるけれど、違う。神が嫌う商売とは、限りない物欲を煽り、都合の良い法律とシステムを作り、個人的に蓄財をする思想である。職人も、労働者も、働いたエネルギーに対して同じ利益率であれば、大富豪は存在しない。そこに搾取(ぼったくり)の小細工をするから蓄財できるのである。つまり、収益全体を関係者全員に公平に分配せず、特定の人間だけが勝手な分配率を決めて配分しているのである。
また、非常時に商品の値上げをするけれど、事件が落ち着いても一度値上げしたものを値下げをする人は少ない。飲食業界、旅行業界はコロナ時に値上げをしたままではないか?落ち着いたのにどうして値段を戻さないのだ?最近の中東危機による変動も同じこと。リスクを見込んで先行値上げをしたけれど、危機が回避されつつあるのに、値段はそのままにするつもりなのか?
例えば、築地周辺の海鮮物の価格は驚くべき値段である。庶民や子供の大好きなラーメンの価格も高額な店が増えて来た。高速道路のPAにある飲食類の値段は異常である。インバウンド狙いなら外国人と国民の二重価格設定をするべき。外国人のお金目当てで国民をないがしろにするのは売国経営者(企業)である。日本の寿司人気を狙ったC国系の寿司店なども増えている。弱みにつけ込んで暴利を貪るような店は利用しないようにして、潰すのだ!良心を保っている個人店舗を利用し、過剰なグルメを扇動する有名店舗(大資本)は淘汰するのだ。これにより、後継者不足で悩む街の食堂は存続が可能となる。
給与や物価についても言える。右肩上がりで物価や所得が比例して上昇すると言うのは経済学者の作った理論(洗脳)。効率化、公平化が進めば、右肩下がりになるはず。物価が安くなっても、給与は下げたくない、利益はその分搾取したい、という心が問題なのである。損失を責任転嫁や誤魔化す人たちもいる。大震災後の電力会社はまだ復興も完了していないのだから、関係者の給与は完了するまで上げるべきではない。役員の退職金などもカットして復興の補償に回すべきだろう。国民が忘れたことにつけ込み、知らんふりをして一般企業と同じ待遇に戻している。ずさんな危機管理の責任はどこに行った?あなた達は一生償うべきなのである。これはコロナワクチン関係者にも言えること。眼鏡のワクチン大臣や自称専門家たちの責任と後遺症問題を忘れてはならない。被害者にとって時効は無い。
マスコミが庶民の恐怖心を煽り、便乗値上げが横行している。これは全て商人(財界)によるマヤカシなのである。このマヤカシに気付いて、生まれたのが共産主義のアイディアであった。そこまでは神(自然の摂理)に沿った発想であったから、当初は民衆の支持を受けたのだ。ところが、途中で人間は傲慢となり、自分達が神仏より優れていると勘違いをした。私利私欲に走り、霊性(神、宇宙、自然)を無視し始めたところから、道を誤った。たかが人間レベルのアイディアに自己陶酔してしまい、人間の醜さ、貪欲さ、狡猾さなどを見誤ったから、結局はミイラ取りがミイラになり、腐敗(専制)して崩壊する。これらの人間の持つ醜く汚い心は魂を汚染し、霊性を弱体化させてしまうことになる。

日本には自然(神)を忘れない人たちがいたことにより、近代まで精神文明(自然と性善説社会)を何とか保って来たけれど、とても危険な状態となっている。起死回生のカギは、民が目覚めること。知恵を知ることである。知恵の目覚めは如何なる権力者も止めることはできない。私に授けられた神の啓示によると、人類(世界)滅亡の危機を回避する方法がこれである。私は日本人なので日本語で伝導しているけれど、神のメッセージは全人類に向けて発信されている。これは日本だけではなく、全世界に通用する方法なのだ。邪悪なシステムに制御されている社会は癌の末期症状と同じ。投薬や部分治療はもはや効かない。考えてみれば良い。どこに全世界を統一できる聖人がいるのか?全人類が賛同する社会システムや哲学、思想があるか?
そんなもの、存在しないのだ。
今の権威(学歴、業績)は間違った人間社会から生まれたものであるから、それらの教えは当然最初から歪んでいる。何をしても、それらの社会権力構造に依存している支配者や権威(権力)に干渉、妨害され、革命家や思想家は消される。指導者を潰せば革命がとん挫することを知っているからだ。蛇の頭を潰せば、動かなくなるという例えもある。これらを防ぐためには頭を潰されても胴体自身が思考能力を持ち自立する存在になれば良い。単細胞生物の様に、切り刻まれても、それぞれが再生して増殖する。つまり、民衆が自分自身で神と直結し、神の叡智により、個々の細胞(我々一人一人)が自立した存在となるのだ。細胞全てが頭脳となれば、敵は潰すべき「頭」を見失う。洗脳された脳ミソと癌細胞に蝕まれた身体システム(腐敗した社会構造)から離れ、覚醒する。覚醒した細胞は癌細胞を認識し、自己免疫力(神の叡智)により癌細胞をそれぞれの場所で淘汰し始める。部分から始まった淘汰が全身に広がり、人間の不自然に発達(汚染)した脳ミソに逆指令を与え、浄化するのである。
その為に、全人類を間違った脳ミソのコントロールシステムから離脱させ、覚醒させることが私の宿命なのだ。
PS:その他、委員会に関するより具体的詳細はこちらの動画をご参照のこと。
その他、関連した話を以前にしたことがある。長いので、ご関心のある方はご参照されたし。




















































