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雲水・ISAのブログ

日本は神の国
仁術師

アメブロはとても久し振りの投稿。利用者が多く、一見便利に思える海外のSNSを使う人が多いために、あちらへの投稿を優先してしまうけれど、あれは明らかに個人情報の吸い上げによる国際データーベースの構築を企んでいることがわかる。日本の平和ボケのレベルは異常で、公共機関や各種団体までがインスタやFB、ライン、ツイッターなどを公式サイトに使用している。登録していない一般人には見られない内容もあるから、利用したことがない人も不便だと思って加入してしまう。これはまるで連中の登録促進に協力&加担しているのと同じことである。使用前に細かい字で書かれた利用規約の同意を求められるけれど、あれを詳細に読んでいる人はほとんどいないはず。あの中には個人情報へのハッキングに同意する内容が含まれているのである。各社は色々な言い逃れ的説明をするけれど、収集された情報の利用方法をユーザーは監督することもできず、悪用された場合の罰則や損害補償も何もないのである。さらに、最近では安全性に問題点の多いマイナンバーのデーターも狙われている。

多くの人は自分は重要人物ではない一般人だから問題が無いと考える。しかし、例えば、ある企業や人物をターゲットにした場合、どうやって接近、侵入するか?その場合、直接の接触が難しければ、周りの関係者から接近するはず。侵入する際の入口の一つとして一般人の情報が使われるのである。ターゲットと間接的にでもつながり、SNSから探せば色々なことができる。携帯電話やSNSなどのアプリを利用していればGPSで交友関係、居場所もすぐわかる。なので、全く無関係と言うことは少ない。データーベースがあれば、誰に接近すればよいのかすぐわかる。投稿画像を見れば出没するお店やスポットがわかる。弱みがあればそこから攻める。男なら美人を使い、女性ならイケメンを使って接近する。趣味が特定できれば、同好者の振りをすることも可能。水源地などの土地が欲しい場合は、その所有者を法務局にアクセスして、地権者を調べる。わかったら間接的に知り合いとなったり友好的に振舞い、好印象を与える。その後に買収の話を持ち掛けるなどは常套手段。貴重な技術を持っているのに倒産しそうで困っている会社を乗っ取る時も同様。日本の職人と呼ばれた高度技術所持者たちは、こうしてヘッドハンティングをされて来た。最初はものすごい好待遇で迎えられるけれど、必要な情報を手に入れたらバイバイ~!と見捨てられる。彼らは日本では窓際で価値を認められていなかった(この体質は政府と社会の責任)ので、喜んで国の宝物である知識と技術を提供してしまうのである。この背景にはやはり平和ボケによる愛国や国防の認識の欠如がある。目先の利益に飛びついてしまう軽薄な人間が増えているということ。逆に自分たちに脅威となりそうな人物や知識を侵略者は抹殺する。暗殺にも使うし、知識や技術が国際登録される前に盗むか、妨害をする。こうして、どれだけ日本の優秀な技術が侵略国などに盗まれて来たことか。どれだけ優秀な政治家や言論人たちが排除されてしまったことか。我々は連中に加担するようなことをしてはならない。無知や平和ボケは加担しているのと同じことである。

こんなことは昔からいわゆる特殊工作員たちが行ってきた方法の一つに過ぎない。昔との違いは、データーベースが無い時代には自分で命がけで探したのだ。探偵などはリスト屋と呼ばれる名簿類を高額で売買する業者を利用していた。それが今は無知なユーザーたちが自分から提供してくれる世の中になっている。これを熟知したハッカーなら一流のスパイと同等の情報収集や特殊活動が可能となっている。アマゾンや楽天、ヤフーなどの各種ショッピングサイトもこれを利用してセールスを自動的に行う。恐ろしく不気味であるが、行政は何の対策も考えていない。だから、各国は無料アプリや便利さを強調したサービスをあれこれと考えて、情報収集に必死なのである。どうして外国の情報収集会社に自主的に個人情報を提供するのだろうか?全く間抜けな話である。「忘れがちなパスワードや暗証番号を全て安全に管理できます」「重要なデーターは持ち歩かなくてもクラウドに保存しておけば、どこからでも閲覧が可能です」などというのは、泥棒が「私があなたの家と財産をしっかり見張っていますから、家のカギも貴重品も全部私に預けてくださいねぇ」と言っているのと同じこと。あなたが預けている人は誰なのか?会ったことはありますか?人間性や信頼度は?このデーターベースさえ有れば今ではジェームズ・ボンドのような高給取りの工作員は不要なのである。

この認識が抜け落ちているのが我が国の公安や政府。正確には認識しているけれど、背後にいる侵略者が自分たちが排除される可能性があるとしてスパイ防止法の成立を妨害しているのである。その為に日本はどの国のスパイからも楽勝で情報が盗める平和ボケ天国なのである。同様にスパイ防止法がないままに、知的財産(技術や知識)に近い部署に外国人を雇用する企業も同じく平和ボケだと言える。間違いなく、全部盗まれている。それは私の経験上、真実である。その一方では、スパイ対策がないにもかかわらず、自国民に対しては言論統制をおこなおうとしているのであるから、日本政府の支離滅裂さは驚くべき。とても日本国を考えている人たちとは思えない。

防止法が妨害されるのであれば、せめても重要な部署から外国人、身元不詳の帰化人はすべて排除するべき。監視システムは全て日本製の安全な部品とプログラムで構成されるべき。海外製の安い監視カメラなどは無線LANを利用して自動的に企業に画像が送信される(クラウドサービス)ものが多いけれど、あれは家の中を覗かれているのと同じこと。しかし、日本の公共機関や施設、個人宅には海外製の安価なカメラを使っているところが大多数。これがもしも侵略者に利用されたらどうなる?

とても有効であるけれど見逃されてしまうことが多いのが各人のスマホを乗っ取ること。スマホのカメラと音声が必要な情報を教えてくれる。その辺の変態ハッカーでも近くにいる気に入った女性のスマホを乗っ取ることは可能で、すでに相当の実例がある。方法は述べないけれど、外からスマホのカメラを操作するのでその女性のプライベートを覗くことができる。SNSやメールの送受信内容を覗くのもたやすい。最近はスマホの依存度が増しているから、用心していても連絡に利用してしまうことが多い。映画にも登場するけれど、対象者(反政府活動家、革命家など)が利用した瞬間に居場所が特定されて、襲撃、暗殺されることがある。フィクションではなく現実なのだ。

この監視(ハッキング)システムと住民基本情報(マイナンバー、各国の住民カードなどの制度)を連携すると自国民の全ての言動を監視することが可能となる。ある国では、政府に批判的な発言をすると、公安が自宅や出先に現れる。国外に逃げようと思っても、待ち伏せをされてしまう。例え逃げたとしても、家族にも魔の手は及ぶ。どうしてそんなことが可能なのかと思っていた人がいるかもしれないけれど、先述した説明をご覧になれば想像は付くはず。今の世の中、どこにでも監視カメラはある。道路には警察の監視システムがあり、みんながスマホを持っている。色々なアプリやSNS,、マイナンバーなどのシステムが連携されたら逃げ場はない。こうして自由は奪われて、監視される社会となるのである。

自国でこの監視システムを構築できる国であれば、他国をハッキングして乗っ取ることは当然考える。こうすれば戦争は必要がない。その国の電気水道などの生命線を制御することも可能。政府要人の特定もでき、脅迫や暗殺などの工作も可能。しかし、残念ながら、この脅威を日本人のほとんどは理解していない。せめて公安や国防関係者だけでも認識して対策を講じてもらいたいものだけれど、スパイ防止法が未だに存在しないことは彼らの大きな責任である。

 

日本国内で利用者が最も多いSNSはどこの国の企業?属する国は歴史上、失礼な言動が非常に多い国だけれど、利用者はそれを自覚しているのだろうか?

これを理解した上で、自分は一般人だから関係がないなどと言えるだろうか?言えたとしたら、その人は救いようもない平和ボケ末期症状である。

 

一般人としてするべきことは、スパイとなり得るわけのわからない存在や企業、SNSなどのサービスはできるだけ限定的に使用することである。危険な要素は自分たちで学習し、排除するべき。便利をうたった情報収集のための便利サービスは一切拒否するべき。その点、最初から設定で拒否しにくくなっているのがスマホアプリであり、一番リスクが高い。本来は公安や国防関係者が制限するべきであるが、しない以上、庶民が自分たちでリスク管理をしない限り、この国は終わる。

最近、特に恐ろしいことは、侵略者はこれに気付いて制御する人がいることを知り、勝手にアップデートをして制御できない構造にしつつある。今まで使えた機能を無くし、連携&統合すると便利になるという大義名分によって、データーをプログラム会社で連携一括管理するという傾向が見られる。確かに無知で怠慢な人から見れば便利になる。しかし、それは侵略者にとっても便利になったということでもあるわけだ。これは強制的に我々のパソコン内のデーターを俺たちによこせ、俺たちが管理すると言っているのと同じことである。これを強制しているのは誰か?現時点の最大勢力はマイクロソフト社と関連する企業と国である。このリスクは我々がウィンドウズというOSに依存する限り永遠に付きまとう。ウィンドウズのシェアが世界最大であるということは、彼らには世論操作も可能であるということ。不都合な情報は消し、都合の良いものだけを普及させることもできる。最近のコロナ騒動と関係が深いと言われている企業家こそこのシステムの構築者その人なのである。しかし、規模の差はあれどこの国でも同様の動きはみられる。なにしろ支配者層にとってはこれほど便利で合理的なシステムは無いから。

 

なので、将来的には離脱して、安全な環境を構築するべき。理想的には、国内の専門家や企業が日本独自のプラットフォームを作成して、国際ネットワークを築くこと。国産OSを早く作らなければいけない。ロシア、中国、インドなどはとっくに開発を始めている。過去において、この動きを察知した侵略国は当時の日本製OSを潰している。志ある日本の技術者たちよ、負けるな。自分が無能な一般人だと思っているなら、せめて有益な正義の人たちを守れ。彼らは狙われて排除されるリスクが大きいので、その前に守らなければならない。危険が近づいていたらいち早く教えてあげるべき。一般人の情報も集まれば力を持つ。ミツバチはスズメバチを包囲して退治する。小さなアリだってライオンを負かすことは可能。いずれも必要なことは、何が危険で、敵であるのかをまず知ること。ミツバチやアリも一匹ずつがこの認識を持っているからこそ、反撃が可能なのである。その逆もまたしかり。
 

それはともかく、本日は敗戦記念日だった。いつもなら、九段下の大きな神社まで行くところであるが、あちらは毎年大勢の歴史を学んだ心ある日本人たちが訪れているので、私は忘れ去られて誰も来ない地元の聖地にご挨拶をすることにした。案の定、私以外の参拝者は一人もいなかった。これが現実なのである。

横須賀にあった海軍関係者の墓地。詳細はこの方のブログがとても分かりやすい。表示されたタイトルは文字化けしているけれど、クリックするとちゃんとした記事を拝見できる。

 

横須賀市の公式HPはこちら。最近少し説明が詳しくなっている。地元の認識に多少の変化が見られたのかもしれない。これまでは、米国への忖度もあり隠されて来たから、地元民でも知る人は一部のみであった。

 

 

参道にある白百合の花。霊を慰める花とも言われている。

春の花見の時期には桜が咲き誇るけれど、花より団子であり、平和ボケして騒ぐだけの行楽客は関心がないためにほとんど来ない。そのお陰で無縁の静謐なる聖地が保たれている。

私は今度から花見の季節に日本や歴史のことを語り合える同志たちとお花見をしたいと思う。ご縁のある方々にはご連絡いたします。

明治に近代海軍が創設されて以来の殉職者たちの霊が眠っている。

斜面に沿って、上中下の三段エリアに区画されている。礼拝廟の後ろが下段墓地。

これは中段。墓碑を見ると日本全国からいらっしゃっていたことがわかる。

中段墓地の足元に栗が落ちていた。

よく見れば、上段墓地広場へ上る階段のわきに大きな栗の木があった。トトロのまっくろくろすけを思い出す。

上段は直径50m弱の広場になっており、周縁部に墓碑が立ち並ぶ。これだけの広さがあれば子供たちにとっては絶好の遊び場であるはずだけれど、子供の姿は見たことも無い。ご先祖たちは可愛い子孫たちが大好きなのだから、遊びに来れば良いと思う。

上段には、軍艦河内殉難者之碑、軍艦筑波殉難者之碑、特務艦関東殉難者碑、北京籠城軍艦愛后戦死者碑、上海事変戦死者之碑、第四艦隊遭難殉職者之碑、支那事変・大東亜戦争戦歿者忠霊塔の7基がある。

 

それに混じって特攻隊に参加されたご兄弟の墓碑がある。

 

 

自宅に戻って庭の葡萄を仏壇に供える。先祖代々の仏壇があるけれど、自分自身は神霊に直接お仕えする立場であるから無宗派。人間の作った派閥や習慣、概念などはどうでも良い。墓地や仏壇などは記念やランドマーク的な存在のつもりで人間が作った概念に過ぎない。しかし、そういう人間の思考は面白いし、この発想が伝来の仏教や道教などと融合し、お盆のお迎え飾りなどにもつながっているところが、日本の伝統思想の奥深さだと思って楽しんでいる。

アオサそうめん(海藻を練りこんだ緑色の素麵)を食べながら、録画しておいたNHKの歴史番組を拝見。

私は個人的に調べていたので知っていたけれど、とても分かりやすくまとめられていた。ご覧になっていない方もいらっしゃる事だろうし、記憶として自分の知っている関連情報と共に書き残すことにする。

 

テーマは「隠された原爆報道」。

人類史上最大の虐殺であることを自覚していた米国と進駐軍、マッカーサーは隠ぺいに必死だった。そのきっかけとなったのは朝日新聞が掲載した鳩山一郎氏の発言。

よく、同新聞社を左だ、赤だなどと一方的に非難する人がいるけれど、それは歴史の勉強不足。戦後に圧力を受けその傾向が強くなっただけであり、価値のある仕事もしていたのである。これはその他のメディア全般に言えること。ただ、現状は批判の通りであり、関係者は自覚するべき。

これに驚いたGHQは新聞社の幹部を呼び出して𠮟責し、営業停止処分を言い渡したのである。

これをきっかけにしていわゆるプレスコードと呼ばれる言論統制が始まった。

 

全ての報道内容が事前に審査されることとなり、言いたいことは言えなくなり、米国の都合の良い情報のみを報道するように命じられたのである。

GHQの事前審査部門はNHK内に置かれ、放送内容の全てが厳しく監視された。

米国軍人に日本語がわかるはずも無いので、協力した文化人たちがいたことが知られている。彼らは戦時中に軍部から虐げられていた存在であったために、その恨みもあり積極的に協力したのである。

これによって真実は隠蔽されて、米国に都合が良い嘘の情報のみが流されることになった。それまでも、メディアは軍部や政府に利用される存在であったけれど、その認識が不足している一般庶民たちはもろに影響と洗脳を受けたのである。

原爆の被害と悲惨さを隠蔽するために、それほど大した被害ではないという嘘の情報を流して、非難する国際世論の声を押さえようとしたのである。

原爆の恐ろしさを関係者は知りつつも、国民向けには頭を隠せばやり過ごせる程度の爆弾だという印象を植え付けるためのヤラセ防災ビデオまで作っていた。

実情を知られないようにする為に、各国報道記者たちの現場への立ち入りも禁じている。思い出したのは、コロナが発症した重慶市への立ち入りを禁じた中国政府。WHOの調査団も入れなかった。同じ匂いがする。

これに関しては、戦後に当時の非人道的な軍部の隠蔽工作を摘発した米国人記者もいる。 彼の書いたルポ「ヒロシマ」はのちに書籍化され、歴史をとらえたジャーナリズムの金字塔と評価されている。

 

一方で、営業停止を恐れた各メディアは、マッカーサーや米軍に嫌われないための「自主検閲」なるものを始めた。

社員や記者たちに防ぐためのマニュアルまで配って忖度をしたのである。失職すると困る関係者は従わざるを得なかった。食べていくために、政治色の薄い文芸や娯楽、歴史などの差しさわりがない他ジャンルの言論が増え、作家に転向する人も現れた。大作家と呼ばれる人たちによく見られる歴史である。

ここから報道陣の気概を喪失し、宣伝広告商売路線へ落ちぶれたのだと思う。

中央公論社から出版された原爆関連の著書はこの自主検閲を受けて、作者が書きたかった部分が勝手に削除されていた。

著者は広島で被爆した女性であった。はだしのゲンと同様に、自分の記憶を伝えようとした現地の一般人であった。

当時の編集担当者は自分が原爆隠蔽工作に加担してしまったことを悔やんでいる言葉を残しているけれど、当時のGHQによる弾圧と脅迫は想像を超えるものであったらしい。

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プレスコード、公職追放などとセットで進駐軍は脅して来たのである。とは言え、私なら死ぬ前に必ず懺悔をして子孫たちに負の遺産を残さないようにする。それもせず、黙って死ぬようなことは有り得ない。まだご存命の方がいらっしゃるのであれば、過去の過ちや秘密は子孫のために整理して活かすべきではないだろうか?

これらの隠蔽工作、脅迫行為などには怒りを覚えずにはいられない。どうして、戦後の日本人たちは口をつぐんで来たのか?そんなに恐ろしかったのかと思い、母親を含めた年長者に尋ねると、今でも関心がなく史実を知らない人が多すぎることに驚く。自分たちのアイデンティティを学ばず、知ろうともしない。幼少期から洗脳を受けてきた人たちの影響の深刻さを知る。平和ボケ人間たちの共通する特徴は日本の歴史を知らない、風俗や文化、思想を知らないことがある。これらの要素こそ日本人であるための基礎教養であるはずなのだけれど、それらを洗脳により喪失しているのである。

 

おそらく、昭和世代の人たちの洗脳が一番強い。GHQが一番洗脳に力を入れていた時代。彼らは心理学や医学、科学知識を総動員して洗脳を計画した。まだ判断力の無い子供時代から食事(パン食などの欧米式給食)と偏向教育(日本を一方的な悪者と認識させること)により愛国心をはく奪し、西洋かぶれ、アメリカンドリームに憧れる若者たちを育てて来たのである。極端な例えをすれば、思考能力の単純な動物は美味しい餌に釣られる。美味しいものを食べさせてくれる人が主人であり、正義なのである。

私のブログを読んで今頃驚いているような戦中世代は率直に言って日本人失格である。日本が洗脳され弱体化している過程を目で見て、体験して来たのに、それをどうして修正しなかった?しようとしない?おそらく、疑うことすらしなかった。その平和ボケが今の乱れて弱体化した日本を作ったのである。侵略者たちは日本が復興できないように、政治や哲学的な話題から国民を遠ざける「3Sスポーツ、セックス、スクリーン(映画やテレビなどの視聴覚娯楽メディア)洗脳戦略」を行った。それらの洗脳と弱体化の策略にはまり、音楽、趣味、娯楽、グルメ、旅行などばかりにうつつを抜かし、真実を分析し学習することを怠って来た日本人は猛省するべきだと思う。今の日本の不甲斐なさは若者たちが劣化したわけではなく、平和ボケな大人たちが作ってしまったのである。私もそういう昭和の被洗脳世代の一人である。

 

この原爆を隠蔽しようとする流れを変える動きが、当時の学生たちから起こった。それを称賛したのが湯川秀樹博士。

当時、GHQによる言論統制により、原爆の恐ろしさは隠され、後遺症や被害はそれ以上拡大しないものとされていた。ところが、現場や患者に接して来た医学部の先生が学生たちにメディア報道とは異なる原爆の隠された真実を教える講義を行ったのである。この教授ご自身の勇気も素晴らしい。当時の風潮では間違いなく失職するリスクが高かったはず。大多数の大手メディアや文化人たちが逃げる中、この様に気骨のある人物がいらっしゃったことは日本にとって幸いである。

教授の気概と熱意が学生にも伝わった。これをきっかけにして、学生たちが自ら真実の調査に乗り出したのである。

調べていくうちに、報道されず隠されていた被害の恐ろしさを実感することとなる。

着物の模様がそのまま焼け残ったむごたらしいケロイドの症状。

これらの情報や写真は全て規制されて、メディアは報道することも許されず、国民は知ることはなかった。一方の米国は調査団を送り込みあらゆる状況を詳細に写真に収めていた。核への脅威を感じていたソ連や他国も現地へ調査団を送っている。知らされなかったのは被害当事者の日本人だけであった。

今から見ても、なんという非人道的な仕打ちであろうか。救済をしないどころか、隠そうとしたのである。それに加担した当時の日本人関係者(非国民)も同罪だと思う。

学生たちは隠された事実を目の当たりにしてショックを受け、同時に使命感を持つこととなった。

ところがGHQを恐れた学校(京都大学)は学生たちへの協力を拒んだ。これは当時の言論統制や公職追放の恐怖を知っていれば仕方がないともいえるけれど、それに負けなかった学生は素晴らしいと思う。

学校側の援助を得られず、仕方がないので自分たちで調査と研究を始めたわけであるが、そこで予想外の現実に直面する。それは国内の無知により生まれた被爆者に対する中傷や風評被害であった。その為に、当時のことを話したがらず、情報の提供を嫌がる人が多かったらしい。被爆者であることがわかると不利になるので、出身地まで偽っていた人も多い。

私も長崎や広島の年長者から「ヒカ!」とののしられて虐められたという話を聞いたことがあった。どうして、同じ日本人が被害者の仲間に同情しないどころか、逆にどうして差別するのかがわからなかった。

しかし、これこそが米国が行った隠蔽工作による捻じれた心理構造なのである。詳細を隠したために「被爆は伝染する」などというデマが広まった。ただでさえ心身に大きなダメージを受けた被爆者たちがさらなる迫害を受けたのである。本当に涙が出る。

 

ちなみに人間性は国籍ではなくその当人の教養と性質による。日本人だからと言って性善説的な人間ばかりのはずがない。無教養な人間は差別もするし盗みも人殺しもする。戦乱の時代のチンピラまがいの武士たち、大陸において非人道的行為をはたらいた連中も同じく。信仰や思想を持たない人間は獣と大差ない存在となる。

被害の悲惨さや因果関係を隠蔽した最大の被害者こそ彼らなのである。場所が違えば、自分たちが同じ目に逢ったかもしれない。それらの苦しんでいる同胞をどうして差別する?同じ日本人同士にこのような邪悪な差別意識をもたらした連中と隠ぺい工作に加担した人間たちを許せるはずがない。

 

学生たちが数ある原爆資料の中でも衝撃的に感じた写真の一つが、背中と両腕全体がひどいケロイドで覆われている男性だった。

多くの被爆者たちが非協力的であったのにもかかわらず、写真の本人は学生たちの熱意に応じてくれたのである。

彼らの協力と学生たちの熱意によって実現したのが京都大学の「原爆展」であった。

それまで隠蔽されて来た原爆の恐怖と悲惨さが庶民の知るところとなり、この反響が大手メディアにも影響を与えたのである。

学生たちの熱意が大手メディアの報道人たちを超越したのである。この偉業と勇気は称賛に値する。反対に大手メディア関係者は反省し、自分たちを情けないと思うべき。報道の意義や使命感を失い、単なるサラリーマンとなってしまった不甲斐なさを嚙み締めるべきなのである。

一方では、家庭や守るべきものを持ってしまったサラリーマンであるメディア関係者にはそれほどの冒険をする勇気も持てなかったのだと推測する。学生という立場ならではの偉業だったのかもしれない。この情熱と勢いは学生運動にも通じる。方向のかじ取りを間違えると災難となるけれど、時代を変えるだけの影響力を持っている。

今では左派の代表的新聞社も特集を組んでいた。

これらのことを踏まえた上で、広島原爆記念碑の碑文問題を考え直してみれば、誰が詭弁を論じているのかわかると思う。

慰霊碑の石碑前面には、「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」(やすらかにねむってください あやまちは くりかえしませぬから)と刻まれているけれど、誰が落としたのだ?何のために落としたのだ?誰が過ちを犯したのだ?という因果関係が明確ではなく、非常に気持ちが悪い内容となっている。個人的にはこの碑文は撤去&修正するべき。或いは、原爆に対する国際世論を抑えるために圧力をかけて来た米国への忖度が籠められた文章であるという注釈を付け加えるべき。この解釈ついては発案者の広島大学教師とその後の行政関係者たちにも一様に忖度と言い訳がましい言動が見える。本当にあなた達は原爆を落とされた地元の人間なのか?先日現地を訪問した侵略国代表者は記念館の中にも入らずに、反省の態度も見せず、傲慢な態度のままで立ち去ったらしいではないか。自分たちから謝りに来るというなら納得できるけれど、どうして我が国の総理大臣が辛酸をなめた被害者の地元で加害者を盛大にもてなすのであろうか?このような不可解で非国民的な態度をとることができてしまうということが、日本の政府と政治の闇を露呈している。つまり我が国に主権は無く、相変わらず属国であるということなのだ。

 

碑文論争に関しては、やはりインドのパール判事の解釈が一番自然で妥当だと思う。落としたのは明らかに米国。日本人が繰り返すはずがない。誰に向かって言っている言葉なのだろうか?この碑文は英文に書き換えて、広島ではなく、むしろワシントンDCに設置するべきである。

 

我々が平和ボケしたままでは、英霊たちは安らかに眠れるはずもない。


PS:敗戦記念日の前日にはソ連軍による邦人約千名(九割が女子供)の虐殺があったことも忘れてはならない。

 

 

1945年8月8日ソ連日ソ中立条約を破棄して日本に宣戦を布告し、さらに8月9日未明に満洲国、朝鮮半島樺太などに侵攻を開始した。直前まで米ソは日本攻略のための交渉を行っていたけれど、原爆により米国にはソ連との共闘の必要性が無くなった。それに焦ったソ連が弱みにつけ込んで行った侵略である。自分たちの取り分が無くなると思い、大慌てで強奪を始めたのが経緯。人道に反する卑怯な蛮行であると思う。

 

北方領土においても同様の卑劣な侵略行為が横行し、逃げる一般人を守ったのは、終戦ルールを遵守し、武装解除していた軍人たちであった。丸腰になったところを襲われたのである。日露戦争後の日本軍の恩情(国際ルールにのっとり、人道的に捕虜たちを送還した)を忘れた卑劣な行為である。これらの史実が物語る通り、日本人がいかに正直でルールを守ったところで、敵が卑怯な存在であれば、正直者は損をする結果をもたらすのである。日本の武士道精神や性善説は素晴らしいけれど、敵はそこにつけ込んで来るものなのである。西洋文明の歴史を見れば明らか。小規模な民族や信仰コミュニティーを除いて、神霊や徳を意識した治世は無く(私が知る限り)、全てが武力による権力争いのみ。だから性善説社会の経験を持たない。そのため、連中にとっては嘘、裏切りなどは当然の交渉手段だと思っているのである。

 

つまり、防衛や抑止、国体保全のためのリスク管理においては日本人だけが理解できる性善説や綺麗ごとは通じないということ。理想と現実の違い。理想は現実を克服した先にあるもの。それを認識できないと平和ボケに陥るのだと思う。日本の伝統的な美徳精神や性善説社会を守るためには、悪に立ち向かう強力な一面(悪役、怖い存在)も必要なのである。

 

この違いを平和ボケ日本人は明確に認識するべき。歴史や、現在の在日外国人の言動を分析すれば明らか。今の移民難民の無作為な歓迎や過剰な人権論はそれらの日本の価値観を理解していない自分勝手な人間たちを呼び込むことに成り兼ねないのである。昨今の国際的な流行に合わせようとするのは短慮で軽率。それを誘導するメディアの裏には関係者がいる。利得権益者はお金で買収した議員を仲介して国政に干渉するのだ。これに対して他国では移民や難民が既に問題化しており、不法滞在者とそれらを雇用した者にも厳しい罰則が科せられるようになってきている。それらを報道せず、政府を操る勢力に同調していては国策を誤る。国民も学ばなければ、連中に操られるだけ。

 

私の知る限り、世界において性善説社会を作り現在まで継承して来た民族は日本人だけ(それ以外は概ね侵略されて途絶えている)であり、我々の伝統的哲学(明治以前)こそが国際的に見直されるべきものなのである。私は何でも日本が一番などと考える行き過ぎた国粋主義的発想は大嫌いであるけれど、この点に関しては私の体験からも事実だと思っている。

 

西暦の元旦以来、色々と考えるところがあり、投稿が止まっておりました。考えはまだまとまっていないのですが、それはしばらく置いておくことにして、軽い話題の投稿をすることに。

 

真暦の二十四節季の雨水の頃にいち早く楽しませてくれるのが早咲きの桜たち。関東地方だとカワヅザクラが有名。名所はいくつかあるけれど、混雑が嫌いなので、毎年場所を変えている。テレビなどで報道されたら大概は混むので避ける。

 

しかし、最近はテレビを全く見ないため、報道されたか否かすらわからない。この時は前日にニュースで流れてしまったらしい。

それを知らずに車で来たけれど、少し並んだら駐車することができた。混んでいる場合は少し離れた臨時駐車場に誘導される。開花はほぼ満開。咲いたばかりなので前日の強風でも散らなかった。

菜の花の方が勢いがあるし、独特の匂が漂っていた。しかし、ピンクと黄色のコントラスが美しい。

アジア系の外国人観光客が多かったけれど、一時期のように失礼な人は減っている気がする。youtuberらしき外国人も撮影していた。写真には邪魔なので、食べていたイワナの塩焼きで隠してみた。

朝から何も食べていなかったので売店で買い物。売店内を見物していたら、桜の風味を練りこんだというお蕎麦があったのでそれも購入。ジャムやらお菓子類は大体知っているけれど、これは初めて見たのでちょっと楽しみ。

環境を汚さぬ心を忘れないように鎮座しているお掃除地蔵様。

その奥の公園事務所らしき建物を覗くと、見事な雛飾りが並んでいた。今は西洋暦だけれど、昔(東北地方では今も)は旧暦なので4月くらい。腿が咲く季節だから別名「桃の節句」であったわけだ。変な暦に無理やり変えたせいで、言葉の本義や季節感がズレて、毎度気持ちが悪い。明治時代のいわゆる文化人?たちの感性を疑う。物質的に西洋は発達していたけれど、文化や哲学は後進国でしょ。そのからくりに気付かない人たちは今でも同じ。

今の暦だと4月22日が旧暦の3月3日に相当する。二十四節季は「穀雨」春雨が降って穀物が育つのである。まさにおめでたいし、一年の豊作を願うべき時。同時に無病息災を願ったのがひな祭りの起源。豪華な人形を観賞するかのような行事になっているけれど、元は人型(人形)を作って、それによって一年の災いを祓う行事。人型は水に流したり、燃やすもので、自宅に大事に保管しておくものではなかったのだ。家にとって置いたら厄災も残ることになる。その名残で、雛飾りはさっさと片付けないと嫁に行き遅れになると言われる。

 

でも、現代はそんな由来を知らない人がほとんどで、季節感もデタラメ。そして雛飾りをすぐに片づけても国民全体が晩婚、少子化。人間の風俗や迷信は面白い。

この山の桜の配置と年齢は大体覚えているので、どこが一番最初に満開になるのかもわかる。この日もやはり他の木よりも花が多かった。

奥にはミカン園と小さな鉄道がある。

距離は短いけれど、ちょっとした桜のトンネルがあるので、それなりの人気を呼んでいる。

可愛い橋も作られていて、河津桜も良い感じに咲いていた。

上を見ると可愛い鳴き声がたくさん聞こえて来る。目を凝らしてみると、メジロたちがたくさん隠れている。メジロは甘い蜜が好き。桜以外も、色々な花に来る。数も多いから、春の鳥というイメージが強いけれど、「春告げ鳥」と言えばウグイスのこと。おそらく立春前から来てしまうので、春告げ鳥にはなれなかったのだと思う。昔は家で飼っている人も多かったけれど、最近は見かけない。

この山の上には私営の庭園があり、実はそこの方が好き。野性味あふれる自然の斜面を使った景観が素敵なのだけれど、ランチタイムが終わってしまいそうなので行くのは止めた。

帰り道に桜のトンネルを走って来るミニ機関車と遭遇。乗客は子供より大人の方が多かったけれど、皆さんとても楽しそう。

この日はずっと富士山が雲を被っていて残念。山を下りる最後までずっと雲の中だった。

ランチタイムが終わってしまうのを心配しながらギリギリで駆け込んだお蕎麦の名店。本格的に蕎麦打ちを研究されている職人さんのお弟子さんたちが日本全国にのれん分けをしており、ここもその内の一つ。

手打ちの蕎麦自体が売りなので、メニューはシンプル。初訪問だったので、行く前に電話を入れたのでお蕎麦を取っておいていただけたらしい。

ソバの実を混ぜ合わせた味噌を焼いたおつまみ。ビスタチオがトッピングされた洋菓子みたいに見えるけれど、味は完全なる和風。好奇心旺盛が僕が色々と話しかけても、嫌がらずにとても好意的に接していただけました。

私の友人も近くに住んでいるはずなのだけれど、このお店のことは全く話題に上がったこともなく、脇道にあるので気付かなかった。次回は誘ってご一緒するつもり。

 

初訪問なのに色々とお話が盛り上がってしまい、僕が歴史や文化好きであることがわかると、近所にある古いお屋敷をご紹介いただいた。江戸時代から名主をしていて、現在は酒造業を営んでいるらしい。春のイベントも開催されているということで、パンフレットを拝見したら、即決で行くことにした。

お蕎麦屋さんからはとても近かった。平坦な田園風景の中にこんもりとした木の有るお屋敷は目立っていた。

既に日は傾きかけていたので大急ぎで駐車する。広大な駐車スペースは裏門らしいけれど、目的地のお屋敷は塀で囲まれ、外側には水路が敷地全体を取り囲んでいるのだ。堀とまではいかないけれど、尋常な造りではない。

塀の内側にはいい香りを漂わす蝋梅が満開だった。水は飲まなかったけれど、澄んでいてドブ川のような変な匂いも無し。水道をポンプで上げているような人工的な水路ではなく自然の水を利用したものであることがわかる。

水が大好きなのでいつまでも見ていられるけれど、日が暮れそうなので表に回る。表には物産販売とイベント紹介を兼ねた店舗も並んでいた。お店の皆様ともお話したかったけれど、時間が遅いので、とりあえず入館。

門を入ると300年を経た名主の館があった。カフェも併設されており、各種イベントも企画しているらしい。

水路を使った水車もあった。中の機構は問題なく動いていたので、今でもそば打ちや脱穀などに使える。

ちょうど雛祭りにちなんだ展覧会が開催されており、入口にはお洒落な手水鉢と、大壺に生けられた白梅がある。

中に入ろうと思ったけれど、日が落ちると庭や外回りが見えなくなると思い、先に外をぐるりと回ることにした。これが正解。

自分も昔はお寺みたいな日本家屋に住んでいたのでとても懐かしい。構造と雰囲気で便所の位置はすぐにわかる。和風建築で「トイレ」という言葉は合わない。確かに「便所」は臭いを思い出させるけれど、それが文化だからねえ。言葉(音)はとても大事。丁寧語の「お」を前に付けて、お便所といえばちょっと臭さが弱まる気がする?お手洗い、はばかり、御不浄、雪隠などを使えばさらにソフトになるかも。

屋根の上を見れば「寿」の字。洒落ている。

裏は竹林の小径となっていて、水路が敷地内に引き込まれている。

広くて豪華な土蔵は明治期のものらしい。白壁に竹の影絵ができていた。

土蔵の正面に回ると中にも何やら展示されている雰囲気。母屋と渡り廊下でつながっている構造になっているようだった。

ここから入館することもできそうだけれど、見学順路が反対になりそうなので、入らずに玄関に戻ることにする。

引き込まれた水路は母屋の裏の池につながっていた。

各地にある名主や庄屋のお屋敷も大体似たような造りになっているけれど、こういうの、本当に憧れる。地相や風水も考えられていることが多い。

大きな井戸もあった。酒造を営むことができるということは水も美味しいということなのだろう。

懐かしいなあ、こういう井戸。僕の家はポンプを付けずに縄を結び付けた桶(バケツ)で汲んでいた。だから僕から見ると豪華高級な井戸。

母屋の外には荷車や脱穀機なども綺麗に保存展示されていた。

上を見ると、こちらの屋根には「水」の文字。お酒造りには欠かせない存在。

外回りを大急ぎで拝見したので、今度は内部。

玄関を入ると土間でイベント関連グッズを陳列販売していた。気になったけれど、早く中を見たほうが良いと思い、おばちゃんたちとの会話を切り上げて、靴を脱いでお邪魔する。

享保(1716年から1736年までの期間)に作られた雛飾り。地元のお蔵から発見されたらしい。よく観察すると、顔の表情は現代人ではなく、衣装や身体のデザインとバランスも異なるところが面白い。

この反対側にあったのが、全部三等身のひな飾り。子供たちがコスプレをして並んでいるみたいで可愛らしかった。

時代が経つにつれて飾りは豪華になって来る。宮中の様子を模したのが「御殿飾り」。この流れが今の七段飾りといわれる豪華バージョンの発祥。男の僕でも「七段飾り」という言葉は聞いたことがあった。

男の子としては模型やミニチュアには興味津々であったけれど、おままごとみたいに動かして遊ぶものではないし(勝手に動かしたら女の子に怒られた)、飾られているお菓子や食べ物は全部偽物だし、見ているだけの飾りなのに、凄く邪魔な物体だった気がする。

狭い日本の家庭ではこの時期、一部屋丸々占領されて使えなくなる。

僕は豪華な雛壇より下を這い這いしていた子供の人形の方が気に入ってしまった。食べられない飾りの菱餅などは要らないから、本物の美味しいみたらし団子とか桜餅、それとこのチビ助がいれば僕の雛壇は十分。僕は男だけどね。

その中にひときわ高い七段飾りがあった。この館の当主が小田原藩の藩主よりいただいたものらしい。さすがに名主の格式を今に伝えるだけの迫力がある。

長い廊下が懐かしくて、何度も歩いてしまった。僕としては廊下の板目が見たかったので、赤い敷物は邪魔。みんなが歩いてピカピカに艶光りしているのが良いのだ。子供の頃にミニカーを走らせるには絶好のコースだった。

窓ガラスも古いので表面が歪んでいる。移動中にお手洗いもチェック。立ち入り禁止になっていたけれど、戸が開いていたので中が見えた。高級和式便器になっていた。

隣の間には有志の皆さんが手作りした「新発想の現代雛」たちが並んでいた。

そこから外の渡り廊下に出て土蔵に歩くことになる。

渡り廊下には竹の手すりがあったけれど、よく見ると単なる手すりではなかった。

長い竹の節をくり抜いて可愛らしい雛飾りが置かれている。

手すりの支柱にも可愛い武者たちがいる。

何と言う可愛らしいアイディアなんだろう。

中をのぞくといたいた。

こういうのを子供たちは大好きだと思う。当日も子供たちが参観に訪れていたけれど、大喜びだった。

この屋敷(足柄の瀬戸屋敷)での雛飾り展示は3月5日までらしいので、ご関心のある方はお急ぎください。駐車場は広いです。

土蔵に入ると豪華な吊るし雛と雛壇がある。吊るし雛の飾りには一つ一つに具体的な縁起担ぎの意味がこめられている。

壁には羽子板状の飾りも並んでいた。やはり地元の有志の方たちが手作りした作品。

館内にいるスタッフさんは全て地元の方で構成されているようだった。そのせいで、郷土愛もあり、説明や対応がとても親切で丁寧。雰囲気全体が心地よいのであった。古き良き日本の美徳が残っている気がした。

渡り廊下の分かれ道には寒い中、ずっとおばちゃんが座って誘導をなさっていた。お疲れさまでした。

順路の最後は囲炉裏の有る居間で甘酒を飲むことができる。民芸品も売っていたので、風船カズラの実を使った民芸細工を購入。

館の外に出ると、案内所もお店も閉まっていた。後片付けをしているおばちゃんたちと話しているときに、僕が横須賀から来たというと、地区の観光で横須賀に遊びに行ったことがあるよ、遠いところから逆コースだねえと笑っていた。
 
今の時代、車や電車に乗ればあっと言う間の距離だけれど、滅多に地元から出ない人たちがいまだに多いことを知る。ほのぼのしてしまった。最近の日本は政治も社会もおかしくなっているけれど、伝統的な心と美徳を守るべきだと思う。こういう性善説的な社会やご高齢な方たちにつけ込む詐欺や強盗などの犯罪は厳罰に処するべき。司法が平和ボケしてはならない。

館の門を出ると、外庭には白梅がたくさん咲いていた。

 

この様子だと帰り道に通過する梅の名所・曽我の梅林も満開ではないかと思って立ち寄ると、その通りに満開だった。

日は落ちかけていたけれど、ギリギリで香りと色を楽しむことができた。

梅まつり開催中だったけれど、遅い時間なので人影はまばら。犬の散歩をしている地元の人を見るくらいだった。

名主の館で買ってきた民芸細工を自宅玄関に飾ってみた。小壺に立てた竹の枝と飾り棚手前の横棒の二種類。

手前のが 南天九猿。南天の木の船に乗った9匹の猿が苦を持ち去ってくれる」という縁起物。「難が転じて苦が去る」という意味がこめられている。

もう一つは「くくり猿」。竹の枝にたくさんの猿が登っているところが可愛らしかった。

 

日本古来の庚申信仰。詳細な説明はWikiを参照。

庚申信仰によると、人間の体には三尸(さんし)というが住んでおり、人のを監視している。60日に一度の庚申の日に、宿主の人間が眠ると体を抜け出し、天帝に罪を報告しに行く。そのため、三尸が出ていけないように庚申の日は徹夜で過ごし、また三尸の天敵である猿を模した人形(「身代わり猿」「くくり猿」など)を家の軒先に吊るしておくことで災難を避けるという風習があった。

猿の吊し人形には、以下のようなものがある。

日本の神様と信仰は面白いですよねえ。そして生きる上でとても有意義な哲学が隠されている。

この可愛いサルたちの顔の部分が全てフウセンカズラの実なのです。実は黒地に白いハート型の模様があるので、別名は「ハートの種子」。これを小さな人形の顔にするという発想が素敵だ。

帰りがけに店のおばちゃんがくれた実。

カズラとはツタ類のことですから、風船がぶら下がっているツタなのです。

そして、これは河津桜と菜の花の公園で購入して来た桜蕎麦。風味を楽しむために汁そばではなく、つけ蕎麦スタイルでいただきました。お店の人が言う通り、本当に桜の香りがして美味でした。色も桜色。

 

 

 

 

 

西暦の元旦が来た。でも、旧暦ではまだ12月10日。来年の元旦は1月22日のはずである。これが中華圏では今でも尊重されている旧正月。大陸では最大の祝祭日である。クリスマスや西暦元旦などよりも盛大で重視されているところが、我が国とは異なる。
 

二十四節季では「冬至」なので、陽気は弱いけれど、一陽来復が始まっているために、陰気から陽に転じている。七十二候では「雪下出麦」。雪の下では麦が芽吹き始める。この麦の芽が地表に出て若葉が生えるのが旧正月なのである。田畑を知るものなら大地に陽気が溜り始めることを感じるはず。

ある時期、大陸の農村で毎年新旧両方の元旦を迎えていたことがあったけれど、旧正月に田園地帯を歩くと大地に緑色が目立ってくる。明確に季節感が違う。気分もワクワクしてくる。立春になれば、春が来ていることを実感できる。その時に彼らの重んじる農暦(太陰太陽暦)の正確さを知り、新暦(グレゴリオ暦)の不自然さを痛感した。西暦の元旦にはこの変化が何も感じられないから、年賀状に「新春」などと書くのははばかられる気がする。

 

単なる西洋カレンダーの便宜上の区切りであり、自然界の季節の変わり目には成りえない。その前の明確な季節の区切りは冬至であり、次は旧正月と立春であるから、このいずれかを一年の切り替えのケジメにする方がしっくりくる気がする。地球上の古代文明では冬至が重視されていた傾向があり、これが東洋の「一陽来復」だったり西洋の「復活祭」に結び付いたらしい。日本は中華文化と地理的にも近いので明治の改暦前は「立春年初」だった。

これまでも西暦の不自然な違和感を問題として感じてはいたものの、世間や国際社会に妥協して合わせて来たけれど、不快感が極まって来たので、私は今後は全て一番自然に感じる旧暦(太陰太陽暦:太陽と月の運行を考慮して調整している)により生きることとした。この旧暦とか〇〇暦という言い方も不適だと思うので自分は「真暦」と呼ぶことにする。この真暦には自然や宇宙の叡智が詰まっていると感じる。

さて、この不自然な習慣がどうして普及したのかと調べると、やはり明治改悪時代に結びつく。本当にこの時代は気持ちが悪い。日本の歴史は古い資料が色々と出て来るし、教科書に割かれているページ数も多いのに対して、重要な近代は時間的に近いのに反対に内容が粗く、少なく、隠蔽されているという不可解&不自然な状態になっている。海外では近代の歴史がより詳しくなっていることが普通。大事な内容を教えずにくだらない政治家の個人名や政党名を覚えさせるのは時間の無駄。それは、関係者とその子孫が不利になる情報を操作しているのである。また、当時の裏工作や謀略を隠す勢力が今でも続いている証拠である。なぜなら現在の大企業や著名文化人、政治家たちの起源がその時期にあるからである。これを隠して民衆を操るために非常に都合がよかったのが儒教や朱子学。古来からの道徳観念とセットで年長者や親は敬愛する存在で従わなければならないと教えられるから、過去の問題を追及することが最初からできなくなっているわけだ。非常に巧妙な安全装置なのである。

その後も疑惑や矛盾が出るとメディアを操って「都市伝説」「陰謀論」という取り扱いをさせ、それ以上の追及を抑制する心理トリックを用いて問題をうやむやにして来た。戦国時代から欧米の植民地化に耐えて来た知識と精神力がどうして短期間で崩壊したのか?大航海時代の欧州侵略者たちは戦国武将の勇猛さと火器の充実ぶりを見て植民地化を困難と判断していたほどなのであり、江戸期においても本気で対抗しようと思えばできたはずなのである。それをさせないように、覇権の野望につけ込んで内乱を起こさせた策略家たちはとても優秀だったと言える。その反面、幕府の統治能力は長期の平和ボケにより腐敗&弱体化していたから、侵略者たちは自分たちの損害はほとんどなく相手を自滅させるという、上策中の上の計画を実行することができたのである。西国から出て来た明治維新関係者たちを今でも英雄視する人が多いし、教科書や学校でもそのように教えているけれど、最近では彼らと欧米の武器商人たちのつながりなども明らかになって来ているから、歴史観をアップデートする必要がある。おそらく評価が逆転する可能性が大きいと思う。

ただ、私は歴史が大好きなのだけれど、現実に生きるうえで、極端な言い方をすれば、昔のことはどうでも良いと思う。後出しジャンケンなら色々なことが言えるし、想像もできるけれど、全ては非現実。自分の先祖に誇りや情を持つことは自然であるけれど、今のあなたは何者で、どうかんがえているのか?私は現実の本人と対峙しているのであって、感じているのは当人の人間性や霊性なのだ。その人のご先祖の歴史などはオマケで付いている情報である。歴史がご立派なだけで現当人がロクでもない奴かもしれないし、歴史や伝統も無いどこかの馬の骨だったかもしれないけれど、現在は非常な人格者であることもある。

 

ご先祖様がいわゆる明治時代以降に作られたにわか名門の出自であろうが、当時の財閥系の関係者であろうが、現状がおかしいという自覚があるなら直すべき。もしも自分の先祖の隠して来た秘密に罪悪感を持つならそれを懺悔して、世界にプラスの情報をもたらすべき。臭いものに蓋をしたままでは内部が腐り続け、自分自身を含む社会全体が崩壊する。世界を見れば、国籍(民族)だって同じこと。自国(同族)が宇宙(神仏)に対して恥ずべき行為をしているのであれば自戒するべき。もしも、問題を知りつつ隠匿して不徳な行為を続けるのであれば、その罪業も比例して重くなる。間違った先祖や親、先輩、上司、教師、政府などは正すべき。年功序列やらお家制度、血統などの有名無実で権力者が自分たちを守るために作らせたイカサマ道徳マニュアルなどはぶち壊してしまえばよいと思っている。

 

この世には確かに神仏が教えている「徳」がある。私の経験では霊性(神性)は形質と違って物理的(肉体)には遺伝しない。その証拠は、生まれたばかりでも暴力的な幼児と優しい幼児の違いがあること。動物の子供も同じ。まだ教育もされておらず、白紙の状態なのに最初から性質が異なっている。血統が良いはずの家からも鬼っ子は生まれるし、その反対もある。これこそが神霊の不可思議。それを自分たちに有利なように作り上げて信憑性があるかのように装っている思想こそ害毒(洗脳、常識)だと思う。

(画像・pdfworld.co.jpより)

 

明治の欧米劣等感教育と戦後の洗脳教育によって我々の精神文明は二段階で多大な損傷を受けてしまった。正確に言えば、戦国時代の功罪を知っていた世代がいなくなった江戸の後半から織豊徳時代の貴重な哲学が腐り始めた(平和ボケ)。テロが横行し、道徳も地に落ちた明治維新などは戦国時代に逆戻りである。日本には神霊性があるとされている一族がある。「徳」の字を持つ一族はそれとは異なる思想家だと言える。しかし、両者は一体何を受け継いで来たのか?これこそ先述した通り精神文化(哲学)や神霊性が血統や家柄には継承されるとは限らない証拠なのだと思う。神霊のご加護もなく、中途半端な知識のみで激情型の暴力集団が暴れまわったあげく、太平の世の中が崩壊した。当時の日本の資料は明治維新後と戦後に一切が戦争を起こした原因となる負の情報として秘密裏に抹殺されてしまっている。当時の海外通や知識人、思想家はほとんどが表の歴史には出てこない。評価されることもなく、存在自体を消されつつある。アジアで唯一欧米の植民地化に抵抗することができた国の近代史が負の情報ばかりのはずもないけれど、それらを検証することさえ許されて来なかった。

 

その世代の学者や識者たちは何をして来たのだ?一般人は?この問題を指摘すると考えたことも無い人が圧倒的多数であることに驚く。考えもせず、自分から動こうともしないくせに、テレビを見て一喜一憂しているだけ。寝たきりで動けないボケ老人と大差ない。正に戦後の国民の大部分が痴呆症なのである。痴呆症の人は車のアクセルとブレーキを踏み間違える危険性が大きいから外に出すべきではないけれど、我が国はそんな人ばかりが公道を走っているのと同じ状態なのである。しかも高齢者だけではなく、若年も痴呆状態なのである。冗談ではない。

 

これをリセットして再構築しなければならない。美しい日本を取り戻す。これが今年の抱負。

 

それに際して、古き良き日本と日本人の姿を見直すことにした。 これらの画像はドイツ生まれのアメリカ人写真家、アーノルド・ジェンス(Arnold Genthe 1869-1942) が明治41年(1908年)に訪日した際に撮影したものらしい。これを色付けしたのがwombWorksさん。お正月に拝見するご縁があり、本当に感謝。

 

アーノルド・ジェンス撮影の写真をまとめた動画たち。

決して物質的に裕福には感じないけれど、健やかで平和な情景だと思う。子供たちのなんとも可愛らしい事。日本だけでなく、世界中のあちこちに似た風景と子供たちがいる。人類の宝物だと思う。

まだ写真も良く知らない一般人の飾らない自然な姿や表情が残っている。あの人は変な木の箱を抱えて何をしているんだろう?と思っているのかもしれない。

小さな子供に買い物をさせて、その時の様子を隠し撮りする「初めてのお使い」という人気テレビ番組があるけれど、子供たちはまったくカメラマンたちに囲まれて盗撮されている事すら気付かないのだ。カメラを知っている大人たちが見ればすぐわかるのに、素朴で天真爛漫な人たちには「変な人」程度にしか映らなかったのだろう。

どの写真を見ても驚くのが、道にごみ一つない清潔な環境。物が無い時代は、何でも有用なので捨てるものが無かったと言える。最近ではSDGsなどと得意になって騒ぐ人たちがいるけれど、そんなもの昔は当たり前だった。ゴミも糞尿にも価値がある。山や海など自然(神仏)と共に生きていた。

学校で公衆衛生などの授業も受けたことが無い人たちが自然にこのような環境を保っていたのだ。

この様に美しい国に変な病気や恐ろしい武器を持ち込んだのは誰だ?

現在は仏像の周りの樹木類が整理されているけれど、全体の雰囲気は同じ。身近な大仏様なのでとても感慨深い。

今ではこの周辺の森は外来種の大型リスだらけになっている。

何と神々しい人たちと国なのだろうか。そして我々はその末裔なのである。誇りに思い、大切にするべきだ。

 

 

都の西北、早稲田~♬の近くにある神社。ここは奥州遠征の際に源義家が高台(古墳)の上に八幡宮を建てたのが起源。その後に地下の横穴から神像が発見されている。

この八幡宮が最もにぎわうのが毎年の冬至に行われる「一陽来復」の祭事。夏至から太陽の力が弱まり、陰気が極まった時が冬至。そこから陽気が回復する。なので、マイナス的な出来事を浄化して、プラスにしたいという現世利益の発想をする人もいる。そういう人たちは縁起を担ぎたがるので、占いの屋台も出ていた。八幡宮の参拝客よりも長い行列で驚く。しかし、占いなんぞに頼る考えがそもそも間違いでござる。心理学と暗示の悪影響を受けるだけ。その証拠に心理学(言語)が通用しない動物たちに占いなどは無意味。つまり言葉に反応してしまう人間ならではの現象。でも、他の生き物たちは一陽来復という文字の意味も知らず、読み書きもできないけれど、陽気が変わったことは体感している。これが人間の作ったイカサマ文明と宇宙の摂理の違い。また、本当の能力者は占いは「売らない」んですよ。

冬至から間もないので当然日暮れは早い。気温も下がって来る。

石段周辺の紅葉はまだ残っており、随神門の朱色と共に冬空を背景に映えていた。

朱塗りの随神門は嘉永二年(1849)、清水喜助(後の清水建設創業者)により竣工。
先の大戦により罹災した後、清水建設さんの施工により平成十年に再建されたそうである。

随神門を守る随神左側。この世の創造主であり最高&最強の権威であるはずの神仏がガードマンを必要とするというのは、いかにも人間的発想だといつも思う。

右側の随神。僕が悪いことをしようと思ったら、随神や監視カメラが無い所から入るはず。今はドローンもある。

随神象の裏側には白駒が左右にいる。可愛らしい造形。

門の朱色に白駒と馬具の色彩が映える。

週末だと、いつもなら石段付近から大行列なのに以外に人が少なくてびっくり。聞いたところ、午後の早い時間までは混雑していたらしい。

欧米化で白痴化しつつある日本人は信じてもいない舶来の宗教X祭りに行っているみたいだった。これはとても都合が良いので、次回からはこれをもっと盛り上げようと思った。X祭も元々は主神の生年月日などは曖昧で、当時の復活祭が融合したものだと言われているから、時期的には近いのも自然。でも、こちらが我々の本来のお祭りです。だったら、商店もメディアもこちらをもっと盛り上げればよい。

お札やお守りなどを購入する人は左側に並び、参拝のみの人は直進。神様をいつも身近に感じている私はお守りや縁起担ぎは無用なので、ご挨拶のみ。本当の神様はその人の魂を見るのであって、お守り&お札やらお布施、お賽銭などは人間の作った妄想と概念。魂の邪な人間がいくらお金を積もうと、有難いお札やお守りを買おうとも何の意味も無い。それらを利用して商売をするのは聖職者を騙る商人なのだ。反対に、これらの寺社の保存に必要な資金はお守りやご利益と引き換えではなく、自主的に無償で協力するのが本来の我々一般人(支持者)の在り方だと思う。

ただ、いつも気になるのは参拝の動線が不合理。それは手水鉢が参道にあるため、行列に並んでしまうと、手水鉢でお清めをせずに広場の鐘楼側から本殿に誘導されてしまうのである。しかも参道は出店が並んでいるので、列から手水鉢の場所が見えない。混んでいるので、早く参拝を済ませたいと思うと、手洗いを忘れてしまう人が多数。初めて訪れた参詣者は当然わからない。

催事の際には階段の途中に臨時の手水鉢などを設置した方が良い気がする。驚くのはコロナのアルコール消毒は知っているのに、手水鉢の意味や使い方も知らない日本人が多過ぎる。子連れでも親が教えることすらできないのだ。神様は偉大で寛容なので、コロナや人間の穢れなど恐れるはずもないけれど、気持ちの問題。

参道沿いには縁起物が並ぶ。でも、大人向けのものばかり。子供たちは西洋祭りには関心があるけれど、伝統的な日本の催事には疎くなっているから、来なくなっているのかもしれない。集客や経済効果を考えるなら、もっとイルミや楽しそうなイベントをしても良いと思う。大人も子供も有難く楽しむ行事にするべき。現状がX祭りばかりに注目されているのは、明治以降の西洋かぶれ(コンプレックス)に由来したものであるけれど、お隣の大国はX祭りよりも旧正月の方が盛大であり、最大の経済効果を生んでいる。X祭りはついでのオマケのビジネス。

(春節風景・中華圏の旧正月)

だから日本の商人や経済人たちがX祭りが無くなると収益が減るなどと言うのは、連中の頭の中が西洋志向に制限されているだけのこと。要するに、外見やスタイルの問題ではなくて、精神性の問題なのだ。伝統文化を活用していくらでも商売はできると思う。その点、我々の自国文化に対する誇りや愛情は隣国に劣っていると言える。これは海外の人たちから馬鹿にされる要因ともなっている。戦前の教育や伝統文化を知っていた昭和世代がいなくなり、戦後の洗脳時代に生まれて、客観的な学習をしてこなかった人たちは危険である。これは日本を本当に独立させようとした総理大臣もご指摘なさっていた。

きっかけは戦後の進駐軍による日本の伝統文化破壊と洗脳の影響が主な原因。我々の国土と民衆はその時に猛毒やウィルスを盛られてしまったのである。その毒素は脳ミソと身体を犯し続けて来たわけだ。時代も変わってきているので、これからの我々は本当に自分たちの存在意義を考えなければならない。その一歩はこの現実に気付くこと。末期症状の人間たちは気付かないのだ。海外の見識者たちはおかしいと思う状態でも、戦後の日本人は生まれた時から洗脳されているから当たり前だと思ってしまうし、脳ミソに組み込まれたプログラムが不適だと感じた内容は「右翼」「戦争」「経済破綻」などと結びつけて排除するようになっている。最近のSNSの検索ワードによるフィルタリング機能と同じである。

今の日本人の大多数は洗脳から解けていないために、自分たちが左なのか右なのかもわからない。洗脳側が勝手に決めつけた左右は連中の都合に合わせて決めたものなので意味はない。なので、それに気付いてリセットした状態が初めてニュートラルポジション(客観的中立)となるはず。それがわかっていないのに、右だ左だと騒ぐのは笑止千万。

年末年始のご挨拶用に購入。我が家にも金柑は生るけれど、こういう風に美味しいお菓子を作るのは難しい。勉強させていただきます。

食事がまだだったことを思い出して、近くを探索。いつもの手打ちうどん屋さんが閉まっていたので、違うラーメン屋さんを探そうかと思っていたら「米線」の文字を発見。これは中国南方の名物米粉から作られたうどんなのである。タイやベトナムのフォーみたいなもの。

仕事で現地にいた時の大大好物だったのである。私の地元では食べることもできないのに、さすがの大都会。世界中のグルメが食べられる。入ると、自動券売機方式。一番お気に入りの「過橋米線」は無かったので、それに近い「海鮮米線」を注文。値段はほぼ四桁なので、現地の金銭感覚にしては高めに感じる。多分、日本のラーメンに準じた価格設定(都会値段)をしているのだと思う。でも、美味しかった。

歩いて車に戻る途中で、八幡宮の隣にある真言宗寺院にも立ち寄る。日本は神仏習合の時代にお寺に神社を管理させていたことがあり、その名残。

こちらの小さな参道沿いにはタイ焼きやタコ焼きの屋台が出ており、八幡宮よりお子様向け。

このお寺は一陽来復をもじって「一陽来福」としていることで知られている。

本堂脇には真言宗の開祖である弘法大師の銅像がある。

奥には茅の輪くぐりもあった。恵方に向かって一度だけくぐれとの説明書きがあったけれど、それは略式。神事の祓いの儀式は8の字を描くように回るはずなのだ。元々は宮中で行われてた罪や汚れを祓い清める祭事。神事なのにお寺の境内にある所も面白い。このいい加減さが日本文化の強みでもあり弱点でもある。

本堂向かい側には神変大菩薩の灯篭廟がある。元々は修験道の偉人であったけれど、仏教の影響を受けて大菩薩と呼ばれるようになった。多分ご本人は「ちょっと違うんだけどなあ」とお笑いになっていると思う。

参道の灯篭が美しい。三つ葉葵の紋章が浮かび上がっている。このお寺と八幡宮は江戸将軍家に篤く庇護されていたので、葵のご紋章の使用を許されているのだ。

舶来で信心もないのに大騒ぎをする西洋のX祭りに比べると簡素で静か。元々今のX祭りの流行の始まりは外国製品を取り扱っていた明治屋が商品を売るために思いついたアイディア。お金儲けが目的であり、布教の意味はなかったのである。だから、中身が無くて軽薄なお祭り騒ぎであることは当然。日本人もそれを承知の上で、目新しい面白いイベントとして楽しんでいた。この一見すると軽そうな態度が無常の世界観を持つ日本人の強みでもある。

ところが、戦後になると進駐軍指導部は神道を抹殺し、布教を企んだ。楽しいイベントから宗教的&政治的な色彩が濃くなって来た。最高指揮官のMは欧米が世界各地の大陸を植民地化して来たのと同様の蛮行を日本にも行ったのである。自分はアジアに布教をした聖人になりたかったらしい。大航海時代とは違い国際世論にも配慮しなければならないから、上陸して虐殺などのあからさまな行為はできない(原爆は虐殺であるけれど)。また、米国本土にも反戦を訴える善良な人たちは少なくなかった。それで考え出された方法が後述するWIGPと呼ばれる表面的にはソフトで巧妙なものであった。

 

戦後に招へいした宣教師は三千人。一千万冊もの聖書を配布した。その後も無償配布した聖書の数は限りなく、私も三冊も持っている。それなのに、ほとんど信徒は増えなかった。植民地の歴史上、これだけの大失敗をした国は日本だけ。本物の神様が守ってくれている気がしてならない。その神様の力の片鱗は国民一人一人の魂の中に生きており、我が国の習慣、文学、芸術、芸能、武芸、アニメなどの至る所で感じることができる。これこそが八百万の神々なのだと思う。そして驚くべきことは、その力は聖書の中にまで及んでいるのだ。さかのぼれば自然と通じる。

 

この動画は一見ふざけているように見えるけれど、簡潔に要旨をまとめているのでお勧め。

 

上っ面だけを真似して騒ぐX祭りが空虚であることは大した問題ではないし、私も楽しいことは大好きだけれど、我々の頭の中まで空っぽになりつつあるのが大問題なのである。年越しそば、除夜の鐘、門松やお飾り、お屠蘇、お節料理などの意味もわからない日本人が増えている。盆踊りや除夜の鐘の音がうるさいと文句を言い出す人が増えているらしいことには飽きれる。戦前の人たちはそれを承知した上で舶来の奇妙な文化を楽しんでいたけれど、今の人はどちらも半端。どちらかと言うと、自分自身の文化は無知のまま西洋化していることが情けなさすぎる。国際社会で仕事や交流すればわかるけれど、自国の文化を説明できない人は馬鹿にされる。あんたは外国の知識はたくさんあるみたいだけれど、どうして祖国のことを何も知らないわけ?一体あんたはどこの国の人なの?古い文学や映画に登場する日本人とは全然違うね?と言うことになる。これだけ情報化と国際化が進んでいるけれど、国民が見る大手メディアではこれらの問題をほとんど取り上げない。だから国内にいる限り限定された情報と考え方しか入って来ないことになる。

 

戦後はGHQによる言論統制などの日本人洗脳戦略があったけれど、それは今でも間接的に続いている証拠だろう。前述した戦後に盛られた猛毒がいまも解毒されておらず、我々の心身をむしばみ続けているのだ。

(historiaさんより)

 

GHQの策略の3Sにあるスクリーン(視聴覚情報)は当時の言い方であり、現実的にはテレビなどのメディアやショービジネス全般のこと。3Sは相互に結びつくので、スポーツやセックスをメディアを通じて垂れ流して、民衆を白痴化する。元来セックスや運動は本能でもあるため非常に人間と親和性が強いことを利用するわけだ。陶酔させる力がとても強いので、現実の問題から目をそらさせ、ストレスや不平不満をごまかすのに有効。現在我々の服用している薬品類は大部分が本来は「毒」であるけれど、適量を飲むことで「薬」になる。これと同じで、適度なら良いけれど度が過ぎると害になる。そして、中毒となると、次からは同じ量では効かなくなるために、摂取する量がどんどん増えてしまう。よく「感動した」「自分の励みになる」「元気が出る」などと言う人がいるけれど、その多くが自己満足止まりであり、その時だけの自分だけの刹那的な快楽&満足感で終わってしまい、そこから先が無い人がほとんど。一過性のお酒や麻薬と同じで、翌朝には忘れている。もちろん感動や教訓をその後の人生に活かすことができる人もいるけれど、それはその人の魂のレベルや精神力が元々GHQの洗脳力よりも上であったから。そういう人は3S以外の分野でも感動できるし、ちゃんと考えられる。でも、その他大勢は現実を忘れて一時的な享楽のために没頭したがるから、人間性(理性)を置き去りにする。そして皮肉なことにこの世の中はその他大勢で構成されているのだ。海外ではサッカーなどの試合の前後に熱狂マニアたちがフーリガン(暴徒)となることが常習化している。日本は野球界で見られるけれど、恥ずべき愚行。

支配者&侵略者が行う洗脳の目的は「国家や他人のことを考えなくさせて、利己的な経済活動と享楽に誘導させること(理知的な人間性を奪い本能だけの獣にする)」であるから、連中の思い通りに洗脳プログラムが進行してきたことがわかる。更に恐ろしいことは、その分野でのカリスマ性や知名度を利用する連中がいること。それと洗脳された人間たちが結びつくと、テレビや特定の分野では知られているけれど、政治や思想に関してはまったくのド素人が当選して政治家になってしまう。麻薬やお酒で陶酔しているような、頭がボーっとしている妄想の中の世界と現実を混同してしまうことで起きる。中身の無い形だけの政治家なのだけれど、陰から操るには大変に都合の良い存在となる。集票に利用されるけれど、政治の内容や質とは無関係。ところが、皮肉なことに無知な人が多いと、そういう分野には資金も集まり、巨額な費用のかかる競技場や施設も建設され、法的にも優遇されている。しかし、反対にまともなことを発言して考えている組織や人たち、日本の伝統文化を継承している人たちにはわずかな助成金程度。

 

連中が日本の伝統文化の中でも特に武道をファシズムと結びつけ、有害な知識だとして抹殺しようとしていたことは有名な話である。一時的な大運動会イベントのために国民の税金を注ぎ込んだ巨大競技場があるけれど、国民の何人が恩恵を受けたのか?私は前の競技場も含めて一度も利用したことすらない。ついでに当イベント関連の報道も一切見もしなかったから私の受けた恩恵は限りなくゼロ。それに対して、世界文化遺産レベルの古武術を伝える先生方は寺社の武道場や公的な運動場を借用しながら細々と伝統を継承しているわけだ。ロクに使わない巨大施設を作るだけのお金があるなら、日本中の貴重な伝統文化伝承者たちに無償で学習する場所を貸してあげられるはずである。ところが貴重な税金は大運動関係者たちに分配されただけである。連中は寄ってたかってお金をむしり取った挙句、施設の将来に関する管理維持問題は知らんふりなのだ。日本人としておかしいと思わないのか?本末転倒ではないのか?私はスポーツも武道も大好きでキャリアも長いけれど、洗脳が解けているので違和感しか持たなくなっている。国も国民も本当におかしいよ。

3Sに関するイベントや試合で熱狂すると正常な判断力や自制心を失いがちになるものであるが、この点、日本人の中には少し特殊な人たちがおり、無意識に他者を思いやり礼節を重んじる姿勢が残っている。ワールドカップ後に観客席やロッカールームを清掃するなどの行為が話題となっている。これこそが進駐軍が破壊しようとたくらんでも壊すことができなかった我々の宝物だと思う。スポーツ以外のコンサートなどにも見られる。海外のような試合後の暴徒化を防いでいるのもこの精神。災害の時に暴動を自制しようとする気持ちの源もこの心。本当に貴重な精神文化だけれど、これを受け継いでいる人が減っていることが何より気がかり。全員がそうであれば、そもそも試合やイベント後の清掃の必要性すらないはずなのである。ごみを捨ててそのまま立ち去る人間たちが増えていることも忘れてはいけないと思う。

これは宝物に気付かず、白痴化されるがままで修正もしてこなかった大人たちのせいである。戦後の間違った教育を精査、分析もせず垂れ流し状態で続けているせいなのだ。そんな教育は害毒になるだけ。侵略者たちの息のかかった教育界は反対にそれらの精神文化を堕落させることが任務であるので信用できない。大部分の教師たちは彼らの手先に過ぎず、教職課程を取得して経済的にも安定している仕事をしているだけに過ぎないから、まともにこれらの問題を追及して修正しようとする人間が現れない。もしも、これを読んで自分は違うと言うのであれば、今すぐに立ち上がって修正していただきたい。教育界がダメなら賢い親や大人たちが学校以外の場所で修正してあげなければ子供たちは負の遺産を清算できずに大人になってしまう。それが戦後世代。そういう大人が育てた子供は同様に無知で洗脳された子孫を作るから、悪循環は止まらない。子供の頃から正しい知識を教わらずに洗脳政策に基づいて作られた教科書とシステムに侵されてしまうと、自分がおかしいことすら気付かなくなってしまう。洗脳教育が成功すると、対象国から信仰、愛国心などが無くなり、無抵抗状態となる。まるで自己免疫力を失った人体のようになり、害毒やウィルスに心身が蝕まれる。一方でワクチン(新しい洗脳情報)が身体に良いと言われると、ロクに考えもせず、喜んで受け入れる。それに気付かないから違和感も持たないし、抵抗もしなくなる。それが戦後から毒を盛られ続けた我々の危機的現状なのである。

 

なお、自分の国を知り、誇りに思うことと、客観性が無く、自国がなんでもNO1だという安直な考えは全く違う。それ以前に、今の日本人はあまりに祖国の歴史や文化を知らなすぎる。敗戦は最大の原因であるけれど、言い訳をしているだけでは何も変わらない。これを読むご縁のある人たちには、今一度自分の頭と知識や常識をリセットしてよく考えて、感じて欲しい。特に若い人たちは大人や親、政府、国家、性別、年齢、社会常識などにとらわれることなく、離れた場所から客観的に俯瞰して欲しい。連中はこれらの科学的な知識に基づいて巧妙に洗脳と植民地化を行ってきたのである。連中の侵略計画は心理学などの科学的知識を総動員した緻密なものであり、子供時代の教育が一番効果的であることも知っているのである。洗脳は早い時期に気付いて修正する方が楽なのだ。年を取ると手遅れになる。私の親族や知人なども、もはや自ら学んで修正しようとする気力を失ったものが多く、すでに手遅れな人が多い。当人たちは自分たちが今の日本を導いてしまったことに未だ気付かず、気付いても、逃げるか責任感も感じないままで、ボーっとテレビの前に座って操作された有害な情報を浴びる日々を送るだけなのだ。こんな負の連鎖と悪循環を繰り返したら国は亡びる。子供や孫の将来は考えないのだろうか?

国という言葉を使うと政治的で日常生活からかけ離れた印象を持ちがちで、議論を避ける人が多いけれど、国というものは具体的なモノではなく、様々な概念の集合体だと思う。平和な暮らし、友好的で戦前節的な人間関係、自然で無害な食事、清潔な街並み、窃盗し放題のような店内の商品、明るい街灯、美しい空気や水などの大自然など。亡国とはこれらの全てを失うことにもなりかねないのである。これに気付いたら決して他人事では済まないことがわかるはず。私は海外の未開&無法地域の体験があるので、なおさら日本社会の貴重さを身に染みて実感している。最近は評価が落ちつつあるけれど、世界が見本とするべき健全な世界だったのである。これが手前味噌でない証拠は江戸末期に訪日した海外の文化人たちの紀行記録に明らかである。

 

 

私はこの亡国の危機を黙って見逃すわけにはいかないので、このブログ以外でも同様の問題を言うことにしている。少しでも気付く人が増えて欲しいから。日本の受けて来た洗脳レベルは非常に深いので気付いて治すことはそう簡単ではないけれど、よく観察すれば、隠されているものが見えてくるはず。隠すためにカモフラージュしている嘘の言論や情報を取り除いて、自分自身の頭でちゃんと考えれば、、見聞きするもの、感じるものすべてが変わるはず。それこそが正に「一陽来復」なのだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が暮れるのが凄く早くなっている。しかし、気温は比較的穏やかで、我が家の紅葉は今が見ごろ。

空いている時間帯を予想して、地元の美術館の展示を見に行く。内容は敗戦後に地元で米国人たち向けのお土産品として発案された「スカジャン(スーベニアジャケット)」に関するもの。自分たち地元民には昔から馴染みがあるものだけれど、それが展覧会になるというので見に行ってみることにした。展示品の大部分はスカジャンの元となる商品を開発した都内の会社の収蔵品であった。

スカジャンを「横須賀ジャンパー」の略称だと知らない人も多いらしいから、展覧会の展示品をお洒落で格好が良いものとして参観する人が圧倒的多数だと思う。しかし、背景には切実でつらかった時代があることを知っている人は地元でも少なくなりつつある。それらの内容は展覧会では余り説明されていなかったけれど、とても重要な歴史と背景だと思うのでブログに残すことにした。

 

スカジャンという名称が普及する以前、一般の日本人で関心を示す人は少なかった。外国人向けの都心のショップや基地周辺の土産店で並んでいるものの、誰があんな恥ずかしいド派手な上着を着るのかという感じだったらしい。その証拠に、当時を知る世代の人たちで好意的に喜んで着ている人はほとんど見たことが無い。子供の頃、あれは不良やチンピラみたいな頭のおかしい人たちが着るものです!と言われていたものだ。いわゆる高度経済成長の団塊の世代から抵抗感が薄れて来て、日本人でも着る人が現れた。しかしその時点でも主なお客は外地から来た観光客だった。

敗戦後の飢えていた時代、日本人は生き残るためにたくましく生きていた。高カロリーのチョコレートなどのスウィーツと進駐軍の残飯はご馳走だった。それらを欲しいために英語を覚えた人も多かった。私の叔父たちも、子供の頃は毎朝海岸に流れ着いた米軍の物資を拾いに行くのが日課だったらしい。それから皿洗いをしたり、色々なバイトをしながら英語を覚えた。子だくさんの家庭では英語ができると生活が楽だったのだ。まだ教養や知識もなく、政治も理解できない子供たちにとっては、目の前にある物質文明こそが善だった。大人たちが言う、誇り、愛国心、道徳などよりも、格好いい車、甘くておいしい食べ物、刺激的なファッションや音楽などに関心を持つのは仕方がなかったと思う。大人たちにしても、海外事情を知る人は少なく、今までとはほとんど正反対の価値観や文化習慣に突然切り替わってしまったので、順応するには時間がかかった。

当時の雰囲気がよくわかる名作邦画が1961年今村昌平監督の「豚と軍艦」。主演の長門裕之さんは演出上スカジャンを着ていた。この当時はまだスカジャンとは呼ばれておらず、日本土産として米国人向けの土産店などで売られていた「スーベニアジャケット(お土産用の上着)」と呼ばれていた。今でも年配の横須賀人たちはスーベニアジャンパーと呼ぶ人がいる。この映画は表面的な横須賀ではなく、戦後の実情を描いた名作だと思う。ところが、当時の地元民たちは自分たちの恥をさらすように感じており、映画の評価は低かった。それに対して評価が高かったのが、客観視することのできる環境と立場にいる海外の文化人たち。海外では、想像とは全く違う敗戦後の日本の状態を知りショックを受けた人も多かった。ロバートデニーロ主演の「タクシードライバー」の監督マーティンスコセッシもその一人であったらしい。同映画からその後の作風に流れる同監督の世界観には通じるものが確かにあると感じる。

当時、食べるものに困っていた日本人たちは売れるものは何でも売っていた。その時にとても良い商売対象だったのが進駐軍の米国人たちだったのだ。戦勝国の裕福な米国人たちにとって物資に乏しい日本国内で欲しがるものはエスニックなお土産品と可愛い女性くらいだった。人気商品は骨董品と和装工芸品類。和柄の帯や着物類は大人気だったらしい。飢餓状態の社会では金目のものより食べ物が大事。この時期に貴重な文物骨董品類が大量に海外に流出している。

女性に関しては赤線、青線と呼ばれる売春街があった。しかも、日本政府は米国人が市街地にあふれて略奪や暴行をすることを恐れてストレス解消の防壁として公認していたのである。働く女性を公募までしていた。我々は平和な時代に生まれているからとかく人権だの道徳などの綺麗事を言ってしまいがちであるけれど、真剣に生き残らなければいけない時代に、そのまま当てはまるとは思えない。これは世界各地に昔から存在する裏の存在であり、背に腹は代えられない事情もあった。焼け出されて家族を失った孤児(女子)も多数存在している。その点は現代の遊ぶための小遣い稼ぎ風俗女性たちとは全く違うと思う。

 

 

いずれにしても、そんな行為を普通の人たちができるはずもなく、一般人には家に売るものが無い。そういう時に「芸は身を助ける」となる。楽器にたけた人たちが基地内外のクラブで演奏をして生計を立てていた。横須賀のEMクラブ(海軍下士官兵集会所)で始めたのが日本のJAZZ発祥だと言われている。ホールの踊り子たちは芸能界とつながった。日本のバレエ界の創始者であるロシア移民の姉妹(パブロワ)は日本人以外の生徒を求めて基地にバレエを教えに来ていた(私の母はその時に教わっていたそうだった)。

そして、手先の器用な人たちは洋服の仕立て屋、美術が得意だった人たちは似顔絵や風景画を描いて食いつないでいたのである。カメラや写真はとても貴重で手に入らないために、絵画の技術はかなりの需要があった。紙や板のほかに、お土産として丈夫で光沢のあるパラシュート生地などをハンカチやスカーフサイズに裁断して、そこに絵を描くアイディアが生まれた。その発展型が衣類に絵を描くものになった。初期のスカジャンには生地に直接絵を描いたものがあるが、非常に希少である。さらに、ミシンが導入されると日本の和装の刺繡技術を使ったものが歓迎され、豪華なデザインとなったのである。これらが米国人たちに受けて「スーベニアジャケット」という定番のお土産品となった。

これが売れることに気付いた基地の街・横須賀でも作られるようになる。元々、横須賀は明治以降首都圏にある最大最重要の軍事拠点であったために公共施設や機関が集まり、それに呼ばれた全国の職人たちが集まっていた。軍服や学生服などの仕立て屋も数多く、和洋どちらの衣服に関する縫製や加工には便利であった。

しかし、元々は米国人たちが自分たちの侵略記念に作ったお土産品。グアム、ハワイ、ベトナム、朝鮮などの自分たちが侵略した場所を自慢する内容であるから、まともな日本の大人たちは着るはずもない。着るのは節操がなく米国に媚を売って生活する愛国心&道徳心の欠如した人間たちであるとみなされていた。しかし、享楽にふける米国軍人たちが価値の高いドルを散財していた進駐軍基地周辺の飲食店や土産店、売春街関係者たちは巨額の売り上げを稼ぐことができた。ボロ儲けである。それに注目したのが被差別業種の人たちと在日外国人たち。彼らは元々日本の伝統社会から疎まれた存在であったので抵抗感が薄かったのである。それどころか戦後のどさくさをチャンスとばかりに不動産を買いあさりビジネスに参入して来たものも多い。「背乗り」と呼ばれる戸籍偽造も多かった。こうして日本の裏社会は出来上がった。芸能娯楽興行関連は特に関係が深い。そのようなタイミングで横須賀の庶民の街からも数多くのにわか成金が誕生したのである。

 

一方で庶民たちは彼らを白い目で見つつも、物質文明社会にすぐに馴染めず、敗戦の恥辱を嚙み締めていた。進駐軍関係者たちは現地妻を持つものも多く、日本女性も米国人が彼氏にいると食料などの心配もなく便利だということで、愛人になりたがる人も出て来た。

実質的な身売りであり、そこから数多くの混血私生児が誕生することとなった。占領地には起きる現象で、韓国のベトナムにおけるライダイハン(Laidaihan私生児)も同様である。なお、彼の国は慰安婦に関しては凄い勢いで非難しているけれど、自分たちの責任には知らんふりをしている。また、当時の慰安婦は拘束も監禁もされておらず、休暇や外出も自由であった。当然逃げることも可能。しかも非常な高給であったから自主的に残ったのである。これは鉱山や企業の徴用工にも言えること。この件の証言者は多数いるにも関わらっず、マスメディアと政府は情報を握りつぶして来た。これに関しての国際的な検証は

ハーバード大学ラムザイヤー教授の「慰安婦論文」

 

で検索すれば出て来る。身勝手な主張や罵詈雑言が横行しているけれど、具体的根拠を伴った論証で対抗するべき。このことは戦時中の他の功罪問題に関しても同様である。

 

また、同国のインフラや教育は戦時中の日本が基礎を築いたたものであり、それまでの国民は特権階級「両班(ヤンバン)」の奴隷的な存在であったことも知っておくべき。庶民は読み書きを禁じられ、大部分が文盲であった。当初は日本語教育を行おうとしたけれど、特権階級だけのものだったハングルの方が簡単なので庶民の言語教育に採用したのである。

当時の乱れた風紀や文化に関する記録は検索すれば色々出て来る。現地を訪ねた英国人の紀行作家は彼らの存在を「災い」と形容していたほどである。近代における、欧米の植民地化に対抗してアジアを団結させようとした際には風見鶏的に立ち回り、裏切り&妨害したのも彼ら。この伝統的な搾取構造が彼らの発展を阻害し、文化を退廃させた原因だった。それに気付いて改革を望んだ有志達は当時アジアで欧米に対抗でき得る唯一の国であった日本に逃れて来た。ところが、彼らは欧米の植民地化策略を見抜けなかった旧体制(国際事情に疎い両班や王族など)により、殺害されてしまう。福沢諭吉はアジアを守るために日本を頼って来た若者たちが犠牲となった(残酷な方法で虐殺処刑された)際には、あの国はこの世の地獄であると大激怒したことでも知られている。それらの悪い意味の伝統があるため(今の政財界の背景はそれらの特権階級出身者で構成されている)、儒教や朱子学を教義としているはずの国家とは思えない無恥な言動が多いことも注目するべき。

 

日本軍の統治方法は他のアジア諸国に対しても同様に行われた。人権を無視した西洋式植民地化とは異なり、日本国民の一員として扱われた。戦後は侵略者が自分たちの侵略行為が暴かれることを恐れて、それらの友好の歴史は隠蔽されて来た。そればかりか、虐殺や非人道的行為を針小棒大に誇張するプロパガンダを行って来たのである。戦後に独立できたアジアの国々には感謝を述べた人物も少なくなかったけれど、それらは侵略者側によって全て言論統制されて来た。

 

現代日本人にはこれらの知識や情報が欠如している上に、反論をすると、ヘイトスピーチとして内容を精査もせず、それ以上の情報の拡散と議論を停止させてしまう情報操作が今でも侵略国とメディアによって行われている。陰謀論、都市伝説なども同じ。

(庶民を奴隷のようにこき使い、自分は喫煙する両班の描写)

 

根拠のないヘイトスピーチは単なる悪口であるが、なぜそのように非難されるのかという理由も考えるべき。因果応報、自業自得という言葉もある通り、原因があるなら、議論するべき。礼儀はお互い様であるはず。感情に任せて自分勝手な主張ばかりするのではなく、理論で話し合うべき。抗議するなら具体的確実な根拠に基づいて行うべき。

 

何より大切なことは、我々はその国の善良な人たちまでを全部ひっくるめてヘイトなどするはずもない。する人がいるならそれは日本人としても恥だと思う。反対に、自分たちにも非難される問題があるにもかかわらず、それを認めず、感情に任せた自分勝手な主張ばかりをすることもおかしい。いずれも、現実をきちんと認識&検証していないままで、筋の通らない強引な理屈をでっち上げる態度はとても見苦しいと感じる。かえって自分の評価や印象を貶めるだけだと思う。私にも彼らの中に数多く友人知人がいるけれど、普段は何の問題もなく意思の疎通ができる。言語的な障壁もそれほど感じないし、正常な思考や理論を持っていると思うので、自分たちの首を自分で締めていることに気付かないことがとても不思議。

 

最近はその原因が我が国と同様に侵略と洗脳教育を受けてしまっているせいだと思うようになっている。洗脳教育には歴史の捏造と隠蔽、言論思想の誘導が伴うのも同じ。近代において我が国よりも早く植民地化&アジア解体の洗脳が始まってしまった上に、前述した通り社会が腐敗していたので、洗脳の侵攻が早く、根が深い。この状況を在日や海外の同胞ならば俯瞰できるはず。それは彼らの命綱であるはずなので、それに気付くべき。ところが、現状は本国の手先のような活動をさせられているところが非常に危険であるし、自滅の方向へ誘導されているように感じる。先祖から受け継いでしまった負の遺産を清算するどころかバラまいている気がする。アジアや世界平和のために気付いて、克服して欲しい。外から治さない限り、内部から自浄するのは難しいと感じる。更に言えば、これは我が国についても同様のことが言える。洗脳が進み自立できなくなった時には外から助けるしか方法が無くなる。個人情報が全て権力者に把握されて自由な言論ができなくなる時は危機である。これはどの国にも起こり得るから、人類は超国家の正義(地球レベル)の拠り所を早急に確立しておくべきなのだ。これはお互い様のリスクであるのだから、非難するだけでは平和共存する世界は生まれないと思う。

話を戻すと、いわゆるヘイトスピーチはそれらの失礼で利己的な態度をとる政財界関係者と同様に洗脳されている無礼な人たちに対する抗議なのである。在日だという言葉を蔑称として使う人もいるけれど、人間は生まれる場所を自分で決めて生まれて来ることはできない。それはお互い様であるから、その人の国籍や出自、年齢、性別などを非難することは失礼であり、するべきではない。自分が逆の立場であったら憤慨して当たり前。本人の人間性を見るべき。失礼な行為は憎しみなどの負の連鎖を生むだけ。その意味で、歴史や文化を理解していない人たちのヘイトスピーチなどを気にすることはない。どこにでもそういう輩はいる。我々もそういう下品な日本人になってはいけない。彼らが反日洗脳を解きたがっているなら助けてあげれば良い。一方で彼らもヘイトが起きる因果関係を自分たちでも分析するべき。

 

在日の人たちはむしろ多国籍の知識と経験を持つ存在であるから、両国の橋渡しをすることができる重要な存在であるとも言える。私も関係が深い通訳や翻訳の世界においては混血&混民族の存在はとても貴重。例えが飛ぶけれど、アジアに広く普及している仏教の漢字経典はインド系民族と中華系民族の混血であった僧侶たちが作り上げたものなのである。あれだけの深遠な哲学を翻訳できたことは彼らの存在なくしては語れない。更に考えを広げれば、古来より我が国は帰化人との融和によって文化を築いてきたわけである。これが成功したのは日本の八百万の神々を認めて尊重する寛容な姿勢だと思う。八百万の神々の中には外国渡来の神様も融合されている。

 

一方でアジア侵略を目論んでいる勢力にとっておはこの融和や団結状態が最大の障害。植民地化に際して多大な損害を被った。その後は特殊工作員(宗教家、商人、医師、学者など)を潜入させて謀略による内戦内乱を起こして、そこにつけ込む戦法に変わった。同時に物質文明の飴と鞭である経済と武器を教えた。この罠にはまったのが明治維新。今でもアジアの団結を阻みたい勢力は裏で各国を操り、仲違いさせようとしているわけだ。だから日本と隣国の間にある様々な問題を解決しようとはせず、傍観して、問題を長引かせ続けて来た。連中は同じことをアフリカ大陸や中東でも行って来た。裏からクーデターを扇動して参入する口実を作るのである。アジア諸国はこの点に気付かなければならない。終戦後(遡れば明治維新に始まる)侵略者たちが真っ先に隠蔽&捏造しようとしていたものこそ、この事実なのである。彼らの謀略は非常に高度で用意周到。心理学、精神医学などの科学的知識を総動員しているので、対処するためには同等の知識と情報が必要となる。一方で、それを堂々と議論できない日本政府にはその力がないことが問題なのである。戦時中に存在した日本のインテリジェンス研究機関や資料はことごとく破壊されつくした。それらに関する情報が広がりそうになると、自分たちの支配下にあるメディアを通じて「陰謀論」「都市伝説」というレッテルを貼り、その段階で証拠の無い仮説だとして曖昧なままにそれ以上の議論や思考を停止させる戦略を考え出した。これに負けてはならない。国民はメディアの情報を一方的に信じることは止め、自分自身で調べて学習するべきなのである。

 

とにかく近代史には裏表があり過ぎて、本当に不愉快。

いずれにせよ、捏造されて歪められた歴史や情報をあれこれ論ずるのではなく、今の当人を見るべき。どんなにひどい親であろうと素晴らしい子供はいる。逆にどんなに素晴らしい家庭からも不良や鬼っ子は誕生するものだ。過去の負の遺産ばかりに執着して未来を見なければ、今という時間が無駄になる。それに気付いたら、お互いに自分の非と相手の道理を認めて修正することはできるはず。そういう私はおそらく現代日本の鬼っ子の一人。私は自分の国を当然愛しているけれど、自国がもしも間違った恥ずべき行為をするなら自分の国籍とは関係なく批判するし抗議する。正しい世の中においては鬼は悪かもしれないけれど、間違った世の中では逆らう鬼が正しいと思う。

 

基地周辺では婦女子を乱暴する事件も多発したので、地元民で近寄る人はいなかった。映画「豚と軍艦」に描かれているのがまさにその世界である。そんな街で売られている進駐軍向けの土産品に関心を持つ日本人は少なくて当然だろう。

これらの歴史はGHQ(進駐軍)が言論統制を行ったこともあり、今でも日本の学校では教えないはず。また、臭いものにはふたをして知らんふりをする風潮が強い戦中戦後世代たちは自分から知ろうともしなかった。子供たちにも教えて来なかった。

一方で驚くべきは、侵略者の洗脳教育の素晴らしさ(皮肉)。洗脳に有効な3S(ショービジネス、セックス、スポーツ)を使って、日本伝統の精神文化を弱体化し、アメリカナイズ(欧米化)させたのである。その方法は心理学を駆使した巧妙なものであり、その結果、戦後に育った日本人たちは歌もファッションも車も音楽も欧米が格好いい!日本は遅れていて、軍国主義者たちが戦争を起こした悪者だ!と思っている人がほとんど。3Sの洗礼を受けてしまった若者たちは戦前の日本を知ろうとせず、戦後の受け売り文化の虜となってしまったのである。そのアメリカナイズされた世代は米国に対する敵対心が薄れ、侵略されている事を忘れて、むしろ憧れを抱くようになる。その後は朝鮮戦争、ベトナム戦争による軍需好景気によって、更に急速にアメリカナイズが進んだ。音楽もファッションもライフスタイルも米国の物真似ばかり。日本の伝統的な精神や知識を持たないけれど、外見は日本人で英語に堪能なバイリンガルと言う存在がもてはやされたのもこの時代。この頃には誰も怖くて近寄らなかった売春宿や土産店が混在したエリアが格好いいお洒落なストリートだということになり、市街からも観光客が訪れるようになった。TVドラマなどでも危なくて格好いい街としてロケ地に使われるようになった。この頃から「スカジャン」と呼ばれるようになったようである。私が関心を持った時代にはすでにスカジャンと呼ばれていた。地元民にとっては横須賀で作られていた物がスカジャンであり、展覧会で紹介されていたメーカーはほとんど知る人もなく、都内の既製品メーカーだと思っていた。古着やアンティークが注目されてから初めて起源を知った人も多い。今回の展示ではその経緯がよくわかるので面白かった

ハンバーガーショップやファミレスが日本に導入されたのもこの頃。衣料品に訳の分からない英文がプリントされるようになった。文房具などの日用品にも英語が氾濫した。戦前までの航空機や船舶は漢字名だったけれど、戦後は車の名前も横文字ばかりになってしまった。戦前は英語をきちんと和訳していたのに、そのままカタカナ表記の外来語を使うようになった。現在の社会経済政治用語の大部分は当時の文化人たちが訳した日本製漢語なのである。それをそのまま導入しているのが中華圏の和製漢語である。その苦労や素晴らしさを知るだけに、個人的にはコンプライアンス、SDGs、ローンチ、CEOなどをそのまま使う風潮は気持ちが悪い。圧倒的な物量と情報量により欧米コンプレックスのシャワーを浴びせられた日本人たちは、いつの間にやら、愛国心や日本人としての誇りを見失ってしまっていたのである。

何を隠そう、情けないことに、ある程度の年になるまで、この自分がそうだったのだ。幼少期より基地に出入りをして、まさに3Sにド洗脳されていた。子供時代は洋楽、アメ車、チョッパーバイクに憧れていたものだ。スカジャンも多数所有している。近所の米国人のお宅に遊びに行って可愛がられて、自然に彼らが大好きになっていた。ハンバーガーやアイスクリームを食べさせてもらえるのが毎回楽しみ。英語の歌を口ずさんで、毎年バレンタイン、イースター、クリスマスだと大騒ぎ。なんて素敵な生活、陽気で親しみやすい人たちなのだろうと感動した。まだ歴史や哲学もそれほど勉強しておらず、米国の真似をして、彼らと仲良くなる方が幸せで楽しい生き方ができると信じていたのだと思う。物質文明においての善は金と力なのである。貧乏と綺麗事の哲学は悪であったのだ。もはやそれが大きな勘違いであることは明白なのであるけれど、当時の私にとってはほとんどが良い印象ばかりで、マイナスイメージはなかった。間違いなくあったのだけれど、それを感知するだけの感性と知性を持ち合わせていなかった。ただ、一度だけ、いつも明るくてふざけていた大男がベトナムを思い出して、泣きながら「涙くんさよなら」を歌った時の衝撃はよく覚えている。それらのロストジェネレーションの人たちは米国の過ちや問題に気付いており、ヒッピー文化が起きたわけであるけれど、それが日本に波及することを恐れた連中は情報操作を行った。彼らの発想と着眼点は今でも有意義であるけれど、麻薬やセックスに溺れる仕事もしないホームレスのような反社会の存在だとするプロパガンダを行ったのである。その為、日本ではヒッピーの表面的なファッションや音楽を猿真似するだけに留まった。

それらを含めて、当時の素晴らしい記憶や感情は今でも大切な財産である。実際に彼らの多くは米国の「良心」「善意」の代弁者でもあった。教養があり、単なる不良やホームレスではなかった。きちんと社会や世界を見ていたからこそ矛盾に気付くことができたのだと思う。しかし、当時の米国政府は自分たちの蛮行を正当化するために日本の公職追放や言論統制と同様の手段で彼らの言論を非難し、封じ込めたのだ。権力者にとって不利な言動を抹殺する行為は万国共通。日本もひどかった。規律正しい日本人はその反面で、客観性を持たずに平和ボケをしていると、間違ったことをする場合にも盲目的に同じようなことをしてしまう(させられる)傾向があると思う。自分の頭で考えずに何でもお上の言うことに服従するという姿勢。その意味では、弊害の多かった英国的封建主義から独立した米国には免疫があると感じる。客観性のある「良心」を持つ人は少なくない。こう言う人の数で国の民度は決まると思う。その意味で、日本は過去の精神遺産が偉大だったので、民度の基礎が何とか保たれているものの、平和ボケをするにしたがってどんどんその民度が落ちて来ている気がする。精神遺産を食いつぶす前にプラスに転換しなければならない。

しかし、前の世代で嫌な思いをした諸先輩たちは違う思いや印象をお持ちであることが多い。実際に終戦直後の進駐軍の質は悪く、横暴狼藉はひどかったので、地元における基地周辺のエリアはスラムや無法地帯のような扱いであり、一般市民(特に子女)は立ち入り厳禁とされていたのである。驚くことに、そう教わって来た世代の女性たちは令和になった今でも基地周辺を避けるし、実態をよく知らない人が少なくない。つまり、それほど実体験の記憶と心の傷は計り知れないということなのだろう。

 

 

人間同士の付き合いと政治は別物だと理屈ではわかっていても、記憶と感情はまだ消化しきれていないのだと思う。そして侵略した原住民の文化を徹底的に壊して自国の価値観を植え付ける洗脳の恐ろしさを痛感させられる。戦前戦中戦後の過渡期を体験している世代はともかく、戦後世代には比較するだけの知識や情報の材料がないから、受け売りの情報と教育を受けて育つことになるわけだ。それらを俯瞰して客観的に見られるようになるのはとても難しいと感じる。この世の戦乱や紛争における本当の悪人は背後にいる存在なのだけれど、それに気付くまでなんと長い時間がかかったことか(嘆)。今でも連中は巧妙に隠れている。そしてこれらの支配者と被支配の構造と洗脳は米国自体にも潜在している問題なのである。米国人の中にも近代の白人による植民地化政策の過ちに気付いている人が現れ始めている。正確には、気付いていた人はいたけれど、これまでは公言できなかったのである。自分たちの既得権益を守りつつ、人種者別や経済格差などの問題を巧妙に操作していることに気付くべき。

 

 

未だに洗脳が解けておらず客観視できていない人たちからは、どうして自分の住んでいる地元の闇(恥じ)を話すのだと言われそうだけれど、私はちっとも「闇」だと思っていない。闇とか恥とか言う前に我々はサバイバルをしなければならなかったのである。それが史実で現実なのだ。むしろ「闇」と言う言葉を使う人こそ、隠ぺいして闇に葬り去ろうとしているように感じる。そんな表面的な態度で本当の友好関係を作れるはずはない。同様に洗脳されたままの人たちには自分自身のアイデンティティを客観的に理解できていないわけであるから、国際社会における外交や政治参加は無理だと思う。善悪、陰陽の両面を分析して、教訓を学ばなければ、将来に同じ危機が訪れても対処できない。臭いものに蓋をしたままで、リスク管理を学ばずに来たから今の平和ボケ日本人ができあがってしまったのだ。

私はそのような街で生まれ育って光も闇も見て来たからこそ、平和ボケ、綺麗ごとの社交辞令や外交はしないし、できない。

(横須賀空襲をした爆撃機の記録写真)

 

ちなみに私の専攻は国際関係を研究する分野であったけれど、学生の大部分が西洋に対する憧れ(コンプレックス)を持っていたので、理論や発想は欧米志向だった。本気で自国の復興と精神性、霊性を考えている生徒はほとんどいなかったので、私は浮いた異端の存在だった。またいわゆる当時の「世界平和」の概念は東京裁判、国連(戦勝国)が一方的に定義したものであり、真の意味での平和&正義とはかけ離れていることに気付いていた人は少なかった。学者や先生たちは気付いていても公的に発言すると追放や失職のリスクがあった。その中で情報操作、歴史の改ざん、言論統制、拷問、暗殺、洗脳などの事例を学んで来た経験から確信していることは、それらの影響を受けない超国家で中立客観的な視点の重要性。西洋志向もアジア志向も国粋主義も偏ってしまうから、あらゆる既成概念、常識をリセットして考えなおすことがとても大切だと痛感している。洗脳されたままではこの観点を持つことは不可能。それから解放されると見聞きする世界観が変わる。私は「臭い物に蓋をする」ことが大嫌い。臭いものは取り出してきれいに掃除をするか、腐敗物を堆肥として使えるようによくかき混ぜて発酵させるべきだと思う。腫物は膿を早く出さなければ、重症化してしまう。その点、日本は悪性ガンの末期症状だと思う。

客観的に分析しても我が国は自立(独立)していない。安全保障に関する特約、密約があり、それに基づいて周辺国との外交は全て規制されており、自国で判断して行動することはできないのだ。だから尖閣諸島や北方領土は解決の機会を失い、故意に問題が引き伸ばされている。それは戦前のようにアジアが団結することと日本の自立&復興を恐れる勢力があるからに他ならない。この背後には複数の利権が絡む国や組織が関係しているので、どこか特定の国だけを批判しても意味はなし。最善の上策は自立、独立、自己防衛。どんな敵が来ても揺るがない国家。コロナのように次々と変異しても、確固たる自己免疫力を持っていれば怖くないのと同じこと。反対に自己免疫力を持たない身体は単純な風邪でも重症化する。政治から離れて生活&生存の条件を見ても、食料自給率は先進国内でも最低であり、自立できない状態にある。つまり、外圧により食料の貿易が出来なくれは、国民は餓死してしまうリスクが大きい。作物を作れる土地があるのに、あえて作らせないような農政と食習慣を操作して、海外に依存せざるを得ない状況を意図的に作っているのである。

これらの現状は、基地が無く外国人たちと接する機会がないような場所に住んでいる国民も他人事とは思わず、将来の日本の在り方を考える上でよく知っておくべきである。なぜならあなたたちの土地や天然資源(水源など)も狙われているのである。明日、いきなり得体のしれない外国人や企業が町村に現れる可能性は大きい。侵略者は一か国だけではない。外国人や企業、或いは日本人に成りすました侵略者たちに自国の資源を渡してはならない。

(eanvitalnewsより)

産出したものを売るのはともかく、天然資源の埋蔵する不動産や使用権は死守するべき。必要であれば特令を発して強制的に底地権は没収してもよいくらいに考えている。なぜなら共産国ではそもそも全国土が国家の所有物であり、私有不動産は存在しないのである。こちらがその国で不動産を買えないのに、同国の人間たちが海外で買えることは不公平絵であり、それに規制が無いのは不自然。売買の対象は土地の使用権のみにするべきなのだ。すでに潤沢な外貨を使用した国土の買収はかなり進んでおり、法務省や行政は手遅れなので強制執行しか道はないと思う。すでに、これを阻むために連中は関係者を日本の政財界に送り込んだり、経済的支援をして、自分たちの都合が良い方向に誘導することを企んでいるのである。従って、我々は政治家や有名人の背後関係も考えて人選するべき(投票)である。

(eanvitalnewsより)

また不思議なことに日本を実質支配している米国も干渉せずに日本国が虫食い状態になる様子を傍観していること。恐ろしい現状はあらゆる国々から裏で国土を次々と侵食されていることなのだ。陸地だけではなく領海にも魔の手は及んでおり、貴重な海の幸を根こそぎ略奪している。諸外国は銃火器(武力)を用いて威嚇排除しているけれど、日本はそれができない。自由に動いて威嚇することができず、太い鎖につながれたままで吠えることしかできない哀れな番犬のようなものだ。私が盗賊なら鳴き声だけの威嚇などは大した脅威にも感じないので堂々と侵入すると思う。大雨や嵐の時につけ込めば、番犬の鳴き声などもカモフラージュできてしまう。この状況には早急に対応する必要がある。

(朝日新聞デジタルより)

これらの諸問題と憲法改正、防衛などの問題も考えるべき。これらの因果関係を知らずに、侵略者側のメディアに洗脳され、「戦争は悪だ、嫌いだ、やってはいけない!」などと平和ボケの綺麗ごとを言っているだけで、何の対処もしなければ日本は虫食いだらけになる。既になっている。そうなってから、綺麗ごとを取り消して、助けてくれ!などと言うのは甘えもいい加減にして欲しいものだ。私が防衛関係者なら、そのような人は助けない。侵略者を目の前にして果たして綺麗ごとが通じるのかどうか、優先的に最前線に行ってもらいましょう。食料などが枯渇して配給制となった場合には優先順位は最後尾にする。綺麗ごとを言っていた教訓を肌で感じるべき。反対に私が論じた内容にはすべて責任を持つので、有事の際にいかなる批判や待遇を受けようとも逃げることはない(腹を切る)。それだけ真剣、深刻である。

スカジャンの製作と関係がある刺繍技術は単価が安くて製造が簡単なワッペン(部隊ではパッチと呼ぶ)にも活かされ、基地周辺ではそれぞれの部隊名やシンボルマークを中心として、アメカジ関連の音楽やファッションなどの色々なテーマやデザインが刺繍されたワッペンが売られていた。子供時代から車やバイク好きだった私はまだ乗れない年齢だったけれど、それに憧れて、なけなしの小遣いをはたいて米国バイクメーカーのシンボルマーク(白頭ワシ)のワッペンを買って普通のジャンパーに縫い付けてもらった。その値段は当時のラーメン10杯分くらいの金額だったと思う。

そのワッペンは今でも鉄馬(バイク)に乗る時に羽織るベストに移植されている。単純に格好いいからではなく、アメリカナイズの洗脳を受けてしまった自分の無知と恥を忘れないためでもあり、また、同時に将来の友好も祈願して、捨てずにそのまま使うことにしたのだ。収集したスカジャンも同じこと。お花畑思考(平和ボケ)の人たちが単に格好いい!と着ているものと、その歴史と悲しみを一緒に背負って着るものとでは重さが違うのだ。知れば知るほど私のスカジャンは重くなって来る。

 

でも、後ろばかり見ていては前に進めない。物質や文明、文化自体に罪はない。それらを使う人間にこそ問題がある。今でもアメリカンカルチャーは大好きなのだ。私の見た目も日本人ぽくないとよく言われる。あちらのダンスも踊るし、友達も少なくない。歌も映画もエンタメ系は全部好き。素晴らしい文化だと思う。それを洗脳に利用されていることに気付かず自分を見失ってしまう当人(自分)のレベルが低いのである。とても魅力的なので酒タバコ麻薬同様の中毒性が強いけれど、中毒症状はすでに脱出したので、今後はどんな害毒がふりかかっても、そこから良いとこ取りをしてやろうと決めている。盲目で無知だった子供時代とはもはや違う。

 

しかし、今よく見れば、ワッペンの図案や文字が歪んでいることに気付く。当時はコンピューターが普及していなかったので、ミシンはデジタルではなく、全て職人による手仕事だったのだ。

展示されていたアンティークのスカジャンは撮影禁止だったけれど、当時のデザインをそのまま復刻したものが都内の業者から展示されていた。当時のデザインなので図案はやはり古いし、文字も歪んでいて手作り感がある。

最近はこの歴史が認知されつつあるけれど、少し前までは「下手な刺繍!」と馬鹿にされることがよくあった。コンピューター制御のデジタルミシンによる刺繡を見慣れた人には出来損ないの下手なモノに見えてしまうのである。

これらは型紙があり、その線に基づいて刺繍する大量生産タイプ。最も高価で格が高かったのはオーダーメイドの一品もの。自分の所属部隊や階級、名前などが入っている。家族やペットの絵柄や名前を入れたものもあった。

特殊部隊などはエリートの証としてお揃いのチームジャンパーを作ったりしていた。そのようなジャンパーは個人が大事に持っているはずであり、見る機会は滅多にない。東洋の神獣は龍や鳳凰であるけれど、米国人が好きな国鳥でもある白頭鷲のデザインが多い。

スカジャンの展示会場の出口には現代の和柄刺繍作家たちの作品が展示されていた。

和柄の図案と刺繍の起源は和装であるけれど、現代作家にもその技術が受け継がれていることはとても嬉しい。素晴らしい作品なので欲しくなったけれど、一点ものの非売品だった。

伝統的な和柄以外にカメレオンなどの今風モチーフの作品もある。

和装小物ではなく立体作品もあった。ウィリアムモリスガーデンミラー。

細密な刺繍が素晴らしかった。

キノコの下にいるカメレオンの拡大。

右側にはシーラカンスもいた。

立体的なぬいぐるみ作家の作品もあった。

この龍は格好良かった。アニメのドラゴンボールなどに登場する神龍のような雰囲気。この作家のぬいぐるみ制作は独学らしいことに驚いた。

地元出身のスカジャン作家は伝統的なデザインのほかに、アニメキャラなどの和柄ではない現代物のスカジャンも出展していた。今後ますますのご活躍を期待したい。

展示品の多くは都内にあるスカジャンメーカーの収蔵品であり、見たことのない貴重なものを拝見することができた。希少価値の高いオーダーメイドのスカジャンは基本的に全て個人の私物であり、市場に出ることは余り無いため、展示品を集めることが難しかった思う。戦後の地元横須賀におけるスカジャンは個人経営の職人が依頼されたデザインに基づいて一つ一つ製作していた。私がオーダーした時もそうだったから、大量生産をしていた業者のようにデザイン型紙や試作品を保管しているお店は余りない。しかも、時代と共に店も職人たちも姿を消してしまった。

会場には地元のドブ板通りに店を構えていたスカジャン職人の動画が放映されていた。私は若い頃から何度もお会いしているけれど、すでにかなりご高齢。時代の移り変わりを実感した。昭和まではスカジャンやワッペンを制作する店が基地周辺には何店舗もあった。骨董品店や似顔絵屋も複数立ち並んでいた。面白いのは英語の手紙の代書&翻訳屋。主にラブレターを読み書きしていた。私も学生時代にバイトでしたことがある。

昭和までのドブ板通りはまだいかがわしく危険な匂いのするエリアだった。昭和の刑事ドラマで犯人が逃げ込む場所としてよく使われ、スカジャンを来たチンピラの姿をよくテレビで見たものだった。実際に治安も日本人町ほど安全ではなかったけれど、今ではすっかり観光地化してしまっている。とは言っても「日米地位協定」という1960年に発効した不公平で不合理なルールがあるので注意は必要である。窃盗や暴行傷害事件、交通事故などの犯罪を犯しても基地内に逃げ込むと治外法権となり逮捕や処罰をされないのだ。今時そんな卑怯な話があるものかと思う人もいるかもしれないけれど、それが日本の実情なのである。

(星野くみさんのブログより)

 

「親しき中にも礼儀あり」と言う通り、礼儀はお互いさまのはずだけれど、これが現実。こんなルールが成立してしまうことは、我が国がいまだに植民地であることの証拠なのである。もしも関係者が本当の友好を考えているのであれば、直ちにこの不公平な規則は自主的に撤廃するべき。撤廃できないのであれば、それは「我が国の軍人は犯罪を起こす可能性が大きいので、保護するために必要だ」と言っているのと同じことであろう。こんなバカげたルールが存在するのは日本だけである。米軍基地がある他国内の協定内容を比較しても違和感がある。我が国と国民に対する尊厳が何も感じられない。国民はこれを知り、もっと怒るべきなのだ。

(琉球新報記事より)

そんな卑怯なことを平気で考えている連中と本気で友達付き合いができるものなのか?街を自由に出歩いてもらっては大迷惑であるけれど、実際はコロナ禍においても、自分たちの独断で自由に歩き回っているのが現実なのだ。その判断や協定の話し合い内容は日本の国会や最高裁判所の権威を超越したものであるにもかかわらず、全ての内容も記録も現状も非公開になっているところも恐ろしい。つまり、日本の政治の最高機関は公開されない密室で行われる談合なのである。これが独立した法治国家と言えるのか?自分は隣国などの非法行為を苦々しく思っていたけれど、我が国は巧妙に隠されているだけで、中身は似たようなものだと思う。

(東京新聞記事より)

治安は終戦直後より大分向上したというような言い訳を言いそうであるけれど、不公平で植民地的なルールが存在している問題が解決されないうちは、心を許す気はならない。このおかしなルールをなくせばさらに安全で楽しい街になることは間違いないのに非常に残念。商店街や行政はこの問題に言及せず表面的な町興しをしているけれど、どうせなら、海軍カレーやスカジャンのような物で関心を集めるのではなく、真の意味での日米友好を実現するべき。最初に在日基地の中で不公平な協定を撤廃させることができれば、何よりの町興しであると思う。それが全国の基地に波及すれば日米安全保障のあり方も見直す動きが出て来るのではないだろうか。

ついでに対外国人のルールについて言えば、日本にはスパイを取り締まることのできる法律が無いのである。情報を盗んで逃げようとする外国人を拘束、逮捕する事すらできないのだ。その反対に国内に対しては機密保護法を作っているわけだから、非常に不可解。自国民のスパイ行為を規制するくせに、外国人には何の御とがめ無しとはあまりにも馬鹿げた発想である。これは共産党さんのおっしゃる通り、米国の圧力による反体制分子の規制である可能性が濃厚。つまり、スパイ防止法ができると在日している米国関係者も規制の対象になることを阻止しているのである。

(共産党記事より)

 

日本の政治家と外交司法公安関係者の頭を疑う。あなたたちはどこの国の人なの?どこの国のことを考えて働いているの?報酬はどこの国民の税金からもらっているの?自分たちの友人や家族、子孫の将来のことは考えていないの?悪いけれどそんな非国民たちのために私は納税も協力もする気にはならない。到底、自立した国家だとは思えない異常な状態にあることを全国民は知っておくべきである。これらの事実関係を理解できていないと、だったらこれからどうするべきなのかという発想につながらない。

 

天皇陛下は無理やり人間宣言をさせられたけれど、総理大臣と関係者も思い切って自発的に「我が国は植民地です」宣言をしたらどうなのだろうか?そうすれば国民の態度も考えも変わると思う。

ちなみに当日私が着て行ったスカジャンは日本の著名なロックスターが地元のお店に発注した限定モノ。依頼を受けたお店が格好いいのでそのまま同じデザインで製造販売していたところ、同ミュージシャンから販売禁止要請のクレームが来て、売ることができなくなったという代物。今はそのお店自体もなくなってしまった。後から知ったけれど、スカジャンを着て展覧会を参観に行くと割引されることになっていたらしかった。それにしても、言論ではまるで右翼や国粋主義者みたいな発言をしているのに、外見(アメリカナイズ)とのギャップが非常にちぐはぐで自分でも笑ってしまいます。

 

夜はお馴染みのお店にて「鶏昆布ホタテ出汁潮ラーメン」。

チャーシュー二枚、鶏むね肉、ホタテ、エビ、カニカマ、味玉、海苔、ネギ、メンマ、青さ、ヤングコーン、スナップエンドウ、牡蠣ガーリック味噌。

これだけ盛りだくさんで四桁いかないのだから本当にありがたいことです。内容の伴わない高額ラーメン店は淘汰してしまえ~!

 

ついでに言うと、地域の限定されているウクライナ紛争で全世界の物価が同時に上がるというのは、利権者たちの謀略(投機、便乗値上げ)と報道の誘導。既得権益者たちが自分たちの損失を値上げによって転嫁するための詭弁です。有事なのに同じ利益率を貪ろうとする利己的な態度を見抜け。一方では有事の際にぼろ儲けをしているジャンルもあることに気付くべき。これはコロナ騒動も同じ。どこの企業だろうか?お金と物の流れを見ればわかるはず。どこが開発して販売しているのか?

 

この操作されている世界経済から離脱するためには、値上がりする物を他人の真似をして買わなければよいのです。例えば小麦が値上がりしたなら。元々の主食であったお米を食べればよいのです。飼料が高いからと言って肉類が値上がりするなら、肉から離れて魚介類や野菜を食べればよいのです。自国産の物を食べれば良い。同時に海外依存のリスクを感じるべき。海外に依存しなければ成り立たない産業や業種は根本に無理がある。つまり非常時には破綻するので、できるだけ早く廃業か転業、システム改革を行うべき。この点、コロナ騒動はそのシミュレーションだと思う。現在打撃を受けている業界や業種は元々が必要以上に増えすぎたもの、或いは生命維持に必要なレベルが低いものなのだ。贅沢品や趣味のジャンルが当てはまる。精神的な余裕は満足感をしれば、必ずしも物質や金銭と比例しないことがわかるはず。それに気付かず、今の経済理念に毒されているからストレスに感じたり、満足できないのである。そういう人間は欲望に限界が無いので、将来も同じ人生を歩む。人民が真剣に自分たちの人生を考えた時に、本当に必要なものと、そうでないものを取捨選択するようになる。生きるうえで必要不可欠な内容と、単なる贅沢や甘え(平和ボケで退廃した文明)に感覚が麻痺しているようなものとの差が露になり、自然淘汰されるはず。これは宇宙の摂理だと思う。

 

商社も無理して高い物を輸入する必要はない。道徳観念の欠如した国、人間と取引や付き合いをする必要はない。そういう国に依存するから有事の際に被害を被ることになる。その国の一般人の人格と政治家の人格(歴史と思想)は一致しておらず、これが外交のポイントだと思う。政治家の人格が下劣な国と付き合う必要はないと思う。

人格というのは人間の霊的レベルと比例しているので、レベルの低い人、グループ、組織、国は同様の人が集まる。それと付き合うのも「類は友を呼ぶ」ことになる。そこから生まれる人間関係、発想、言論、文明などの全てがその影響を受ける。

 

最近は衣食住以外の分野にも便乗値上げをする傾向が見られる。その他、各方面に有事につけ込む下品な連中がいるけれど、これも人格の降下である。お金の魔力に魂を売る行為であることになぜ気付かない?こういう悪循環がマイナスの流れを作る。この悪循環に加担する人間や業者と付き合う意味も価値もない。さもなくば、悪影響を受ける。外観を変えずに内容量だけを変えてカモフラージュする下品な商品も買わなければよい。お店もそういう商品を扱ってはいけない。そういう商品を平気で扱う店には行くな。詭弁や問題を分析もせず垂れ流すだけのマスメディア報道なども見聞きしなければ良いのです。誠実なメディアだけを応援するべき。こうやって世界から邪悪なものは排除して浄化するのだ。そうしなければ、悪影響により自分自身の霊的レベル、人格も降下してしまうことは間違いない。反対にプラスの人格者を支えるべき。物質文明の制約に悩まされながらも、霊的レベルを上げようとしている、誠実に耐えて頑張っている人を応援するべき。そういう人たちが社会の人格(霊的レベル)を上昇させ、良い世界を作る。「正直者は損をする」などと言うようになった時点から社会は間違っていたことに気付くべき。「正直者は得をする」社会であるべきだと思う。このことをちゃんと考えれば自然と社会や政治に関心を持つようになる。そのうえで選挙に行くべき。知人や会社などのしがらみで投票するのはこの責任を放棄した行為であり、自分自身に跳ね返ってくる。徳の無い政治家を応援すれば、国会の質が下がり、国が亡びる。今の政治家の面を見てみろ!メディアは侵略者(支配者)の宣伝機関なのであるから、そんなものだけを見ていたら良い政治家、思想家、徳の有る人物などを判断できるはずもない。自分たちに都合が良い者たちだけを登場させ、不利な情報は表に出さないのだ。

ただ、選挙に関しては「投票したいと思う人や政党がないので、無理に選ぶのはかえって害になる」と言う問題があることも確か。なので、私は「不信任相殺投票権」の採用を提案したい。これは「信用できない政党の得票数を相殺して奪う権利」のこと。普通の投票とこの不信任相殺投票のどちらかを選ぶことができる。つまり、投票したい対象が無くても、入選させたくない対象に対して得票数を奪い抗議することができる仕組み。こうすると。入れる政党がなくても、辞めさせるべき政治家や政党に国民の意見を反映できるはず。例えばA党が100票を得たとしても、不信任票が50票あれば、最終得票数は50票とするのだ。その結果、通常投票で70票しか取らなかった政党でも不信任票が少なく、10票程度であれば、最終得票数は60票となり、A党に勝つことができる。この制度ができれば、選挙はとても重要な意味を持つことになるはず。それに比例して政治家も国民も自分たちも本気で勉強しなければ危ないという気持ちが芽生える。今はこれがないから政治家や政党が傲慢になるのだ。これを読まれた関係者の方がいらしたら、是非実現していただきたい。

 

そしてこのシステムができれば、投票率も上がるはず。なぜなら、応援したい対象にも投票できるし、応援したくない人や政党に抗議もできるようになるから、選挙に行かない理由がなくなる。行かないのは当人の勉強不足や怠慢だということになるから、これとセットで、特に説明や理由がないのに投票に行かなかった人の福利厚生などの手当てや援助や権利は削減か没収するべき。義務を果たさないくせに、利得だけ貪ろうとするなど下劣な発想だと思う。