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雲水・ISAのブログ

日本は神の国
仁術師

この季節は世界侵略(植民地化)の元凶となった宗教に関連したお祭り騒ぎがあるけれど、最近は全部無視。こういう機会だからついでに言うと、統一教会だけにあれこれ騒ぎ立てて、過去の資産や寄付に関して規制&救済法を成立させようとする動きがあるけれど、世界中の植民地と虐げられた原住民族のことはどうして考えないのか?今のお祭り騒ぎは彼らの犠牲の上に成り立っているのである。彼らはお祭り騒ぎの主催者である宗教団体に住処も権利も奪われたままなのだ。その宗教団体が主導した侵略行為の被害者である原住民に謝罪したり、資産を返そうとする気持ちや発想は世界にはないのか?世界で最優先に救済するべき存在は被侵略原住民である。性懲りもなく今でも世界を侵略し続けようとしている連中にこそ規制法を設けるべきだろう。

 

日本の統一教会問題が世界に波及して、この世界大欺瞞が露呈すると非常に有意義だと思う。なにしろ、今もまだ植民地を所有している国々が欧米には多いのだ。この植民地分布図は第二次世界大戦時の状況であるけれど、規制法を整備したフランスは今でもアフリカ大陸からの利権で潤っているから、自分たちを正当化するための言論封じかもしれない。哲学者を多数輩出した国なのだから、人間の思考活動に関して政治を介入させるべきではないと思う。

それから、この図では日本も入っていることに留意するべき。学生時代の私は日本の戦時中の行為を批判する立場にいたのであるが、最近、それは真犯人の欧米が自分たちの犯罪をカモフラージュするために共犯容疑を偽造した可能性があることが明らかになって来た。これは真に勉強不足だったと思うけれど、終戦後の侵略者や戦勝国による強引な国際世論情報操作と日本国内の洗脳教育のせいでもあると感じている。欧米によるアジアの植民地化にアジアを団結させて抵抗したのが発端であったけれど、それをうやむやにして完全な侵略行為と思わせることが目的であった。確かに侵略まがいの行為も混在しているのでそれを利用したのである。その点、終戦直後の東京裁判において、欧米列強の圧力や脅しにも屈せず客観的な正義を論じたパール判事には心からの敬意を表したい。

これ以外にも思想や言論の自由を規制しようとする動きは要注意。侵略者は民衆が納得しそうな言い訳を見つけると、それに乗じて既得権益を増強しようとするのが常套手段なのだ。そのカモフラージュと洗脳の基礎作りが言論統制であることが多い。

 

世界の宗教人口比率を持ち出して、あたかも信用度と比例しているかのように報道することが多いけれど、信者の数は侵略の被害範囲に比例していると考えたほうが現実的である、信用度や教義とは全く無関係である。その証拠は世界史を見れば明らか。それを考えずに「メリクリー♬」なんて言って参加する人間たちも共犯である。信者でもなければ尚更のこと。軽薄すぎる。自分もある程度合わせて来たから他人のことばかりとやかくは言えないけれど、これからは中身をちゃんと考えるべき。それらは明らかに侵略者側によるメディアや教育、政治、経済、商売を総動員した洗脳なのである。洗礼と言うのは洗脳の別表現である。そんな連中が自分たちを正当化するイベントに協賛する必要は全くない。

今までじっくり考察したことが無かった人たちも目を覚ますべき。私はその宗教系の教育を受けて、国際学を学んだけれど、学生時代からこの世界規模の大矛盾(欺瞞)にはとっくに気付いていた。創始者のイ〇スからも「私はそんなことは言っていない」と言われている気がしていた。その宗教団体は彼の尊い哲学を都合よく私物化したのである。しかし、つい最近まで、教授を含めた学者たちにそれを問題提起しても、公の場で議論することはとても危険だった。学会や公の職業から追放されてしまうリスクが付きまとった。おそらく自分が同じ立場であればやはり保身を考えたかもしれない、いずれにせよ、その時に現世の穢れの深刻さを実感し、彼らに世界を変えることはできないと確信し、自分はその道は歩かないことを決心したのであった。しかし、時代の流れは変わりつつあるし、変えなければならないと思う。

 

最初からこういうことを言うのでカチンと来た方は私のブログは過去未来を含めて読まなくて結構。私の言論のほぼ全てにカチンと来るポイントが盛りだくさんなので、無駄に不愉快な時間を費やす必要はありません。バイバイキーン♪

話を戻すと、それらのイベントの中でイルミネーションだけは楽しみにしている。植物から花や葉が落ちて寂しい風景に彩りを与えてくれる。中身の無い派手なお祭りと子供じみた装飾には興味が無いので、最近は行く場所が大体決まって来た。

 

東京郊外のその町は戦時中に都心部からの疎開地でもあった。今は住宅地として開発されているけれど、まだ自然が残っているところが貴重。なので、教育施設や遊園地などの娯楽施設も作られるようになった。

 

ここに来るといつも立ち寄るのが昭和の洋食屋さん。年季の入ったおしゃべり好きのシェフが作る味の大ファンだったけれど、今年で閉店なさるそうだった。とても残念。

自分はカニクリームコロッケだったけれど、オムライスも美味しい。ハンバーグなどの肉料理も有名だけれど、パスタ類やピザも美味しい。辺鄙な場所にあるけれど、知る人ぞ知る名店なので常連客も多く、席待ちは当たり前。でも、待つ価値はある。

イルミの有る遊園地までの経路をカーナビで設定したところ、いつもと違うルートを教えて来た。住宅地の中をクネクネ進んだところ、凄い名車たちが放置されている空き地を発見。

思わず、路駐して撮影してしまった。よく見るとどれも特殊なタイヤを履いたレース仕様になっていた。綺麗な状態ならとても価値がある車たち。

おそらく、外観からはわからない内部の機関系に問題があるために放置されている気がした。これらの旧車たちは昨今非常に人気が高まりつつあり、古くても高級外車以上の値が付いているのだ。

最近はどこのメーカーなのかわからない没個性な車たちが増えているけれど、昔の車は見ればすぐにわかる。

 

イルミの会場は日本庭園が中心で規模は小さい。この隣の遊園地は大規模なイルミで全く違い雰囲気だけど、それはそれで楽しめる。入場料は別。家族連れや豪華なイルミなら遊園地の方がお勧め。庭園のイルミは「たったこれだけ?!」と拍子抜けするかもしれない。

入口には竹細工と花の浮かべられた水鉢が並んでいた。

ありがたいことに、まだ紅葉が見られた。しかも、まだまだ見ごろの状態。

沿道沿いに置かれた竹細工には細かい穴が開けられており、夜には美しいイルミネーションに様変わりするのだ。

聖門は唐様式。京都御所内にあったらしい。夜になれば奥に見える竹組にもイルミが点灯する。

まだ外が明るいので、せっかくの紅葉を楽しむことにする。足元には錦鯉が泳いでいた。

上を見れば赤いステンドグラス。曇り空だったのが少し残念。

園内には多摩丘陵の地下水を導いた滝や渓流が作られており、その周辺の紅葉も見ごろ。

庭園の隣が遊園地の敷地になっており、丘陵の斜面を生かして立体的に作られている。

うまく区画されているため、ごちゃごちゃとした遊園地の遊具類は見えない。

兵庫から移築された17世紀の多宝塔。尾道の寺院を思い出した。

多宝塔から坂を下ると赤い雑木林。

それに続くように花の植えられた大鉢が並んでいる。地面の赤色は素焼きチップと赤系溶岩を敷き詰めているから。これを地面に撒くと雑草も生えにくくなる。

小道を抜けると花々が咲いていた。自然界は冬景色になりつつあるので、この季節にこれだけ多くの花たちを見られるのはとても嬉しい。

人間の背丈ほどもある巨大植木鉢からも花が溢れていた。

花壇の奥にあるのが米国系大手珈琲チェーン店。首都圏にある同系列店の中では一番のお気に入り。次が中目黒の機械好きにはたまらないマニアックな仕掛け盛りだくさんの支店。でも、あちらは混んでいるし、しばらくいれば飽きる。

この店は庭園に入場しないと利用できないところが面倒だけれど、その代わりに人が少なく、素晴らしい雰囲気を楽しむことができる。

ガラス張りの巨大な建物の横にはビオトープもある。

その隣がコツメカワウソのエリア。屋内で餌をもらっていた。手を使って食べる様子がとても可愛らしい。

巨大な温室内にはカフェと植木屋さんが隣接しているから、緑の中でカフェを楽しめて一石二鳥。

何と言っても最大のお気に入りは店内にある巨大水槽。実はイルミ以外にこれを見に来るのも目的だった。

ディスカウトストアのド〇キーどころの規模ではない。あれも都会では可愛いけれど、これを見てしまうとその差が歴然。

となりは淡水魚の大水槽。岩と水草で作った水景が見事。

羨ましいなあ。可能ならシュノーケリングさせてもらいたい。でも、近くで見ているだけでも十分に近い感覚になれる。

我が家の水槽のコケ掃除担当(黄色)もいた。しかし、こいつの問題は大きくなると苔を食べなくなり、肉食になるらしいこと。将来が恐ろしい。

これだけの大水槽を綺麗に保つことができるのは専門のスタッフがいるから。どうせなら熱帯魚店も併設すれば良いかもしれない。

水槽の反対側は植木屋さんになっていて、エリアを分ける役目もしている。植木屋さんのさらに奥には広いイベントスペースがある。

ガラスケースの中には大型のテラリウムが展示されている。自分も大好き。

これは世界の山野草を集めたもの。適度な湿気が必要なのでガラスケースで密閉する必要がある。

こちらは葉に露の水分を溜めて吸収するタイプ。

ここの店員さんは店内外の植物の管理をしているのでいつも話すのが楽しい。色々な知恵や情報を教えていただける。

今回の相談テーマは自宅にある多肉植物の冬越し問題。多肉も紅葉すると美しい場合もあるけれど、霜が降りると枯れてしまう。

最近急に冷え込んできたから危険だ。下に保温材も強いておらず、タイルの上に直置きのまま。

温室の天井からはフラワーシャンデリアがぶら下がっている。こんなに高い場所の水遣りをどうやっているのだろうと考えたけれど、訊くのを忘れた。

イベントスペースの壁沿いには植物でデザインされた撮影コーナーがある。これはピンクのイメージ。

これは華やかな和風。

今の季節らしい白の世界。

ゴージャスな赤。この前行った星の王子さまミュージアムのバラを思い出した。

ポインセチアの鏡もあった。これは面白いアイディア。でも、一般家庭にこんなに大きな壁面はない。

植物に囲まれた大きな鏡もあった。これは可能かもしれない。

この温室内では毎日デジタル映像ショーが数回行われるので、日が暮れるまで時間つぶしに拝見。

水槽と植木店のあるエリアと広間の間に巨大スクリーンを降ろして投影する仕掛け。内容は昨年と同じだった。

まだ日が暮れないので、大水槽の有るカフェに戻ってカフェオレとクッキーをいただきながら魚鑑賞。外が暗くなると大水槽が照明の効果を生む。

チョウチョウウオ系が多くて可愛い。

このコクテンフグとニシキベラは人の視線を意識している様子が面白かった。呼ぶと寄って来る。しかし、ここでまた課題を感じてしまった。

魚たちを可愛いと思い、意思の疎通ができるようになると、シーフード類も食べられなくなりそうな気がする。肉類は大分我慢できるようになって来ているけれど、悪習慣を治すのは本当に大変であることを実感しているところ。

外が良い感じで暗くなってきたから、カフェから出て移動。

小径沿いにも明かりが灯ったので、日本庭園に戻る。

花の浮かんだ龍の手水鉢。この隣には海外のガーデナーがデザインした庭もあったのだけれど、いまいちピンとこなかったので写真は無し。

庭園の入口に戻ると、昼間とは全く違う幽玄の世界になっていた。

紅葉のあった石畳の参道には竹細工が光っている。

光る竹のアーチをくぐって、奥に続く階段の上が唐様式の聖門。

聖門の奥にも竹細工の照明は続いている。昼間見た時には四角い竹組だった部分は円い曼荼羅状のデザインだったのだ。

門の左右には門松みたいなイルミがある。

門を入った突き当り。

昼には殺風景だった竹の骨組みに灯がともると全く印象が変わる。

照明は最新式のLEDでコントロールされているので、色が変わる様子も楽しめる。

聖門から竹の曼陀羅を横から見るとこうなる。頭上の木々は紅葉。手前は池になっている。

しかし、人が多いと、この前は混雑が必至。人影を入れない撮影は無理だと思った。

多宝塔、仏塔(パゴダ)、高僧たちの銅像が照明に浮かび上がっていた。

ここの仏塔には世界でも超貴重な釈迦の聖髪と仏舎利(遺骨)の両方が収められているのだけれど、この事はあまり知られていない。

蛇足だけれど、釈迦は教え(哲学)にこそ意味があるのであって、遺物や施設(お墓、寺院)、お守りなどにご利益があるなどとは決しておっしゃってはいない。むしろそう言うものに執着するのが誤りだと問題提起なさっていたのである。この点、曲解している宗教界と信者たちは東西どちらも大同小異。

夜には冷え込んできたけれど、とても素晴らしかった。和風の年越しイルミネーションだってよいではないか。

信者でもないのに、変な宗教のインチキ祭りに結びつける必要は全くないことを再認識した。私はそんな祭りに時間とお金を使うくらいなら、伝統を守り続ける職人、老舗、企業を応援する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

年末に近づきクリスマスムードの商店街。やはり横浜はケバケバしくなく、大人の街だと思う。

広い上に人口も通行車両の数も程よいので、圧迫感がない。しかし、不景気なわけではなくて、道に人は溢れていないけれど、店内は賑わっている状態。人気のある店は突然行っても入れない。

昼間に賑わっている表通りが閉まる時間帯から裏通りに明かりがともり始める。聞くところによると、商店街組織はエリアごとに分かれていて、表と裏では格差があるらしい。表通りにあるお店は古くからの大店が多いので、権威があるそうだ。

お馴染みのラテンDJさんから寿司バーのイベントのお知らせをいただいたので、予約もせずに友人とうかがったところ、店内は作家の同窓生が集まって満席状態。

全て鉛筆のみの作品だった。作者は70歳過ぎの方だけれど、創作意欲はまだまだ現役。

使用した鉛筆がウィスキーボトルに詰められていた。

知人と寿司バーでまったりと飲食を楽しむ予定だったけれど、同窓生たちの楽し気な集まりはこれから盛り上がりそうだったので、場所を変えてお茶をすることにした。友人は自転車だったので、一緒に歩きながら店を探した。

あちこちの路地を歩くのは楽しい。普段は圧倒的にバイクと車の移動が多いけれど、歩かなければ気付かないものがたくさんある。

賑わいから離れた脇道に素敵な緑の壁を発見。この手法は昔から注目していて、自分でも試作中。

小さな草花ならできそうだけれど、稲類やツワブキまでを使っているところが珍しいし、素敵。

運河にかかる橋には正月のイルミが飾られ、川向こうの中華街は年越しの準備が始まっているようだった。

時間が早かったので、帰りにお馴染みのお店に立ち寄ると、店主はヘルニアの手術で休養中。ピンチヒッターに入った知人男性がマーボ豆腐丼を作るというので注文。普段はメニューにないから楽しみ。

中華街の料理店で修業をしたと言っていたけれど、確かにその通りの味。彼は三浦半島の南端の港町でハワイアンチャイニーズレストランをやっているとのことだった。ハワイアンフード以外に朝粥なども出しているというので興味津々。近日中に行くことにした。

というわけで、鉄馬で行こうと思ったらバッテリー上がり。充電を始めたら雨になったので行けずじまいだった。
天気が回復したので彼の店に向かう。

風もなく、鉄馬には快適な陽気。

この辺りは今話題のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に登場する三浦一族の本拠地である。

目障りな高層建築が無いので、空も地平線も広い。後ろは相模湾、右奥には房総半島も見える。

走ると土と野菜、木々の香りがしてくる。これだけで気分が最高。

リニューアルしたばかりの風車がブンブン回っていた。運営組織はNEDO。昔仕事でご一緒していたけれど、日本はこのような自然エネルギーをもっと採用するべきだよなあ。海外諸国ではたくさん回っているのです。

いつもこの場所を通るたびに気になるのが最高地点にある神社。畑の真ん中にこんもりとした丘が見える。その中にあるのが毘沙門神明神社。立地は三浦半島南端部のど真ん中であり、遮蔽物が無いので半島の東西(相模湾&東京湾)を見渡すことができる。

通常このような好立地には山城や由緒のある寺社があるものだけれど、この神明神社の由緒は不明であり、伝承も聞いたことが無いのがとても不思議。理由があるとすれば、吹きっさらしで寒いこと。眺望は良いけれど、住むのはつらそう。

私たちは若い頃にこの辺の農道を夜間に無灯火で運転して肝試しをしていたものだけれど、今でも夜になると真っ暗になる。

海に降りるとマグロの遠洋漁業で有名な三崎港がある。港の沖には大橋で結ばれた城ヶ島があり、一千万年以上前の壮大なジオサイト(地質構造がよくわかる場所)を見ることができる。港のマグロ市場と海岸の地層は地元の小学校の課外授業にはもってこいの題材となる。

 

黄色いのは船底から海中が見える遊覧船「にじいろさかな号」。

港の裏道に知人のお店がある。マグロと海鮮で知られる街なのに、なぜかハワイアンチャイニーズレストラン(笑)

理由を聞いたら、お母様がハワイ好きで、フラダンスもなさっている。そして、調理担当の息子さんは中華街で本場中華料理を修行したので、無理やり一緒にしてしまったらしい。

それにしても、マグロの知名度が圧倒的な街ではかなりの大冒険のはず。例えると、横浜の中華街に行ってフランス料理を食べるようなものだと思う。

そういう店に行くのは、私みたいな地元で食べ飽きている人間だけ。大多数の観光客は「三崎=マグロ」というステレオタイプができあがっているはずなのである。

そうすると、来る人は観光ではない地元の人たちなのだろうか?逆に地元民は観光地値段の魚介類など食べる気も起きないから、本当に美味しいものを求める。なので、私もこの日の目的は、朝から仕込んでいるという「朝粥」だった。朝から閉店まで食べられると聞いたので、行ってみたわけだ。

朝粥セットを注文してから、その辺を散策して時間つぶしすることにした。

店の脇からは港と遊覧船が見えた。私はこういう隙間が好き。猫と同じで、狭い所に潜り込みたくなる。

裏通りにとても雰囲気のある建築を発見。泊まれるみたい。

後から聞いたら、市長さんの旧宅を改装して船宿にしているらしかった。

船宿との隙間にあるツタの紅葉が綺麗だった。

この辺は他所からの人たちがテナントを借りて週末だけ営業するスタイルのカフェが増えている。ドーナツ屋さんもできていた。

その意味では、マグロだけのイメージから変わりつつあるようだ。

知人はハワイアンチャイニーズのほかに、向かい側でも子供たち用の駄菓子屋を営んでいた。その日も下校途中の子供たちが買っていたけれど、駄菓子屋文化は日本の伝統文化遺産だと思うから、是非残してもらいたい。コンビニやスーパーでは味わえない楽しさがあるんだよなあ。

海鮮野菜朝粥(実際には昼粥)セットが到着。味は確かに中国粥だったけれど、大陸にはない取り合わせで新鮮。サツマイモやカボチャ、レンコンなども入っていて北海道のスープカレーのお粥バージョンみたいだった。中華料理店で修業した味に間違いはなかった。

食後にセットのココナッツコーヒーをいただく。

飲みながら、マグロの街でハワイアンチャイニーズレストランをすることの話題を話していると、この街に古くから伝わる伝統芸能をふと思い出した。ここにはユネスコ無形文化遺産にも登録されている稚児たちの民俗舞踊があるのだ。

竹に鈴をつけて音が鳴るようにした「チャッキラコ」という道具を持ちながら踊るので、舞踊名も「チャッキラコ」として知られている。民俗学を学んでいた学生時代に何度も取材に来たことがあり、懐かしい。地元の文化遺産だけれど、マグロのグルメばかりが有名で、知名度は低いから、もっと宣伝をするべきだと思った。

 

お母様にその話をしたところ、なんとお母様も子供時代に踊っていたそうだった。私の知人は男なのであまり詳しくなかったけれど、お母様とは話が弾んでしまい、レストラン店内や駄菓子屋の中にも当時の踊った写真などを貼りまくってもっと宣伝をしましょうということになった。

そして、よく知らない息子さんのためにネットでチャッキラコの動画を検索して見せることになった。

リンクで自動的にいくつかの投稿動画が流れていたけれど、その中に、字幕の解説が歴史ガイドのようにとても詳しい動画があった。私も知らない内容を細かく解説してあるので、とても勉強になり、この動画一本で大体の内容がわかるような気がした。この作者はよっぽど歴史や民俗学が好きなのだろう。

その最後の方で、「ケーブルテレビ局のカメラマンが邪魔でよく見えない」というような皮肉なコメントが出て来た時に、そう言えば、自分も同じような経験をしたなあとふと思い出した。それで、お母様に「もしかすると、この動画の時に僕も現場の近くにいたかもしれません。黒い服を着た数人のカメラマンの背が高くて邪魔だったんですよね」と話しながら、画面を見ていると、最後の説明と編集者の名前が出て来た。

 

そこに出て来た編集者の名前を見たらびっくり!なんと、私自身なのでした(大爆笑)自分なのに、解説した内容も忘れているばかりか、そんな動画を作っていた事すら忘れていたとは本当に自分の記憶力の無さに驚いた。それにしてもご縁があるものだなあと言うことになった。その動画がこちら。

動画の編集は結構面倒くさいし、他人様が作ったものを見る方が楽しいので、最近はめっきりとやらなくなってしまった。

しかし、面白いご縁だったなあ。チャッキラコの話をするのも思い付きだったし、数ある動画の中で、自分の作品が出て来たわけですから。

 

 

湿原一体に生い茂るススキは秋の風物詩。駐車場が停められるか心配。

車を何とか停められて、ススキの原っぱに向かって歩くと、途中に閉店してしまったらしい廃カフェがある。ここはいつも通るたびに気になる。

店名はジュリアだったらしく、放置された看板類は我が愛車と同じイタリア車メーカー。開いていて欲しかったなあ。

通りを挟んだ山側の様子。下側にもススキは広がっている。下のエリアには湿生花園がある。

外からだと人がいるようには見えないけれど、中央を貫く遊歩道に入ると、大行列だった。

アリンコの行列みたい。

陽光に銀色に輝くススキの穂。ススキは穂が長持ちするので、秋から冬にかけて長期間見ることができる。

予定していたランチのお店の駐車場は幸いに空いていたけれど、席は30分待ち。店内にはあちこちに吊るし雛があった。

座って待つのは退屈なので、店外で日向ぼっこしながら登山鉄道を見ていた。

箱根は初夏のアジサイも有名で、沿道に植えられたアジサイを観賞するために作られた窓の大きな新型車両もある。もちろん紅葉狩りにも最適。

お店は大賑わいだったけれど、長居をする客は少ないので、それほど待たされた感じはない。

自然身溢れる草花の飾りが素敵で、トイレ内部が綺麗だったので撮影してしまった。

洗面台のユリの花も見事。

食べるのに夢中で、食事の写真を撮るのをすっかり忘れた。

美味しいランチをたらふく食べた後は、さてさて、お待ちかねの星の王子様ミュージアムに到着。

通りに面した紅葉も良い感じ。

昼前に通りかかった時には駐車場が満車だったので心配していたけれど、少し待たされただけでなんとか停められた。

正面玄関のモニュメントと王子様と彼の住む星のある噴水。

入場ゲートを出ると正面に王子様がお出迎え。

一時期はマントの色を青く描いていたけれど、後に原作の色が緑がかっていたことがわかった。これは原作に忠実な色。

庭園は作者サン・テグジュペリのフランスのサンモーリス・ド・レマンス城を模して造られている。

実物はこちら。現地でも記念館として再生させようとする計画があるけれど、小さな村なので実現できないまま放置されているらしい。ミュージアムにしても集客が見込めなければ、運営&管理するだけの経費で赤字となってしまうのだ。

日本の星の王子様ミュージアムも老朽化と経営難が理由の閉館らしいけれど、アトラクションや娯楽施設が少ないミュージアムだと、そう頻繁に訪れるものではないから、ビジネスとして持続することは難しいのだ。

洋館の周辺はローズガーデンになっていて、作品のカギとなる「砂漠のキツネ」と王子様の象が並んでいる。

この建物の横を進むとリヨンの街並み「王様通り」が現れる。

一階にある店舗の装飾もこだわっている。

フランス映画にでも登場しそうな雰囲気。

街並みを通り抜けるとカフェや教会の有る広場に出る。

この通りの名前を「王様通り」と呼ぶのは、突き当りに「王様の星」の主がいるから。ずっと自慢話ばかりしている。

近くには「実業家の星」の主もいる。何事もお金に換算して考える。

広場の奥にはカフェとレストランがある。

花壇の形は「象を吞み込んだウワバミ」の形に作られている。でも、パンフレットの説明を読まなければ気付く人は少ないと思う。

街の反対側には教会がある。

教会の脇にある紅葉が美しかった。

美しい紅葉の下には点灯夫がいた。点灯夫とはガス灯の時代に点消灯を担当していた係員のこと。しかし、彼の住む星は自転速度が1分という超高速なため、朝晩の点消灯も一分ごとに繰り返さなければならないのだ。

教会内部は簡素な造り。人が大勢集まっているので何かあるのかと思ったら、ミュージアムに関するクイズイベントの解答を調べているようだった。

外に出て振り返ると、とても良い雰囲気。来年に壊してしまうのがもったいないと思う。どこかに移築すれば良いのになあ。

この街並みの一階部分が展示室の入口となっている。

展示館に入ると、サン・テグジュペリの自家用機の模型がある。彼はお金持ちだったので自家用機を所有していたけれど、操縦の腕はそれほどうまくなかったと言われている。

フランス・ベトナム間の飛行時間記録に挑戦するためサハラ砂漠を横断中に不時着し、それが星の王子様の元ネタとなったらしい。

彼は何度も事故を起こしているが、飛行機から離れることを拒み、各地を転々としながら操縦を続け、イタリアのボローニャから偵察機で出動した後で消息不明となった。

その後、地中海でサン・テグジュペリの名前が刻まれた銀製のブレスレットが発見され、それをきっかけに墜落した偵察機の残骸も引き揚げられた。更には、その機体を見た当時のドイツ軍パイロットが自分が撃墜したと証言したのである。そして、皮肉なことに、彼は子供の頃にサン・テグジュペリの作品を読んで飛行機乗りになろうと思ったそうなのである。自分の好きだった作者を撃墜してしまったことを悔やんでいたらしい。これらのエピソードもまるで物語である。

 

展示エリアの写真や執筆原稿などは撮影禁止。模型のエリアから撮影が可能となる。

撮影可能エリアの入口には物語のテーマともなっている「世界に一つだけのバラの花」が咲いていた。

自慢ばかりしていた王様もいる。

休む間もなく働き続ける点灯夫。

物語の始まる砂漠とキツネ。作者は砂漠に不時着して小さな星の王子様と出会い、会話をするところから物語が始まるのである。

耳の長い狐は実際に作者が飼っていたことがあるフェネックというキツネがモデルだと言われている。

物語の大部分は作者が王子様から聞かされたキツネとの思い出話で成り立っている。

可愛らしいので、切手にもなっている。

これに似た砂漠にすむ小型の猫スナネコも可愛い。別名「砂漠の天使」。

毒蛇と土壁。この毒蛇によって王子様は遠い世界へ旅立っていくこととなる。

外に出ると正面に王子様と毒蛇がいた。

広場からカフェの有る「呑み助通り」を抜けるとレストランとミュージアムショップに出る。

呑み助通りの上の紅葉。カフェでゆっくりお茶をしていると渋滞に巻き込まれそうなので寄るのを断念。

呑み助通りを抜けると王子様と作者が砂漠で発見した井戸がある。

実際の砂漠にこういう井戸は無いはずなのに、忽然と出現した井戸。この場面から数々の名言が生まれている。

「砂漠が美しく見えるのは、どこかに井戸を隠しているからだよ・・・。」
「家でも星でも砂漠でも、その美しいところは、目に見えないのさ」
「一ばんたいせつなものは、目に見えないのだ」


展示館を出ると日がすっかり傾いていた。

出口はレストランとミュージアムショップになっている。

それにしても、こういう素敵な場所が取り壊されてしまうのは本当に残念。だけれど、一方で運営者側の立場もわかる。永遠にボランティアで経営は不可能。地方行政と提携するとか、何かの方法がありそうな気もする。

昔、関越自動車道にも星の王子様パーキングエリアがあり、大人気となっていた。

箱根のミュージアムより後に作られたので、更に趣向が凝らされていた。

ミュージアムではなくPAと言うこともあり、飲食中心の商業施設が主体だった。

値段だって非常にお手頃。スタ〇より全然安い。

ビュッフェもある本格フレンチレストランも併設されていた。こちらはPAにしては過剰クオリティーだったかもしれないけれど、最近のPAの売店もとても高額になっているから、値段の問題だけではないのだろう。

ドライブの通過地点としての利用を考えると、別にお洒落でなくても良いので、手ごろで庶民的な物の方が売れたのかもしれない。結局、こちらもビジネス的にはうまくいかず、閉鎖してしまった。しかし、このPAが箱根にあったら成功していたのではないだろうか?

 

とにかく、これだけの景観や建築を壊すのはとても惜しいなあと最後まで心残り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日は午前中から海沿いの渋滞が始まっていた。普段はあまり見かけないイタリア車に遭遇するので不思議に思っていたら、海岸沿いの駐車場でイタリア車のイベントがあったみたい。自分も覗きたかったけれど、当日の目的地は来年に閉館する「星の王子様ミュージアム」と紅葉狩りであるために、寄り道はせず、先を急いだ。

今年の季節感は少しずれていて、都市部と山間部の紅葉の時期が反対になっているところもある。富士周辺は既に見頃を過ぎていると思い、箱根に行くことにした。マスコミも箱根の紅葉が見ごろだと騒ぎ立てるので、渋滞する前に時間差で逃げ切らなければならない。

峠を上って来るときから紅葉が見ごろを迎えていることがわかり、期待していたけれど、その通りだった。まさに最高のタイミング。

今年はいつも行く公園や美術館ではなく禅宗の古刹にした。寺院は大規模な観光施設ではないため、駐車場に入れるか心配であったけれど、ギリギリで入ることができた。隣は白いマスタング。

参道を歩きながら上を見上げる。

仁王門の手前の池。

池にはナマズに乗った羅漢像。このお寺は地元住民との関係が深く、住民たちは先祖の供養のために亡くなった先祖の姿を羅漢像として寄付する人が多いらしいことを後から知る。しかし、ナマズに乗ったご先祖様なんかいるものだろうか?水族館のイルカの調教師だったのかなあ?海鮮料理店の関係者か?

ここの仁王門は仁王立像ではなく、左右の門扉にブロンズ製の仁王様がいらっしゃる。

イタリア在住の彫刻家の作品で、サイズはそれほど大きくはないけれど、迫力と存在感は立像にも負けていない。

本堂の隣にある丘には近隣の住民たちが寄付をした羅漢の森がある。

森の木々の紅葉はちょうど見ごろ。

まるで見事な紅葉を眺めているかのような羅漢。

視線の先はこの通り。

あごひげの長い丸い羅漢。すべての羅漢像はご先祖の生前の姿をモデルに作られているそうだった。

足元にはところどころに可愛らしい紫色のリンドウが咲いていた。

本堂周辺の紅葉。瓦屋根の上は色の競演。

本堂の向かい側が丘の斜面になっていて、小径が続いている。

小径の両側に様々な羅漢像がいらっしゃり、先へ進むのが楽しみになって来た。

鐘楼。よく見ると、右下に羅漢像らしいものがある。

羅漢がお辞儀をしていた。

なだらかな斜面になっており、奥の開けた場所は墓地になっている。

丘の斜面に生えた木々の根元や間に様々な羅漢がいらっしゃる。

羅漢像の上には天然のステンドグラス。

羅漢像の製作には個人の写真を持参する人が多いとのことだったけれど、なるほど、どこかで見たような人相の羅漢が少なくない。

本堂横の合掌する羅漢立像は安定感があり、目立っていた。

羅漢像が住民のご先祖様であることを教えてくれたのは、近くにある豆腐店の女主人だった。昔から時々寄っていたけれど、お話するのは初めて。店内に羅漢像の解説があったので話しかけたところ、自分たちの先祖の羅漢は「左手に水の入った瓢箪を持ち、右手に大豆を持っている」と紹介してくれた。

 

その話を聞いてすぐに思い出したのがこの画像。撮影した時には、その関係を知らなかったけれど、お酒を飲む羅漢像が珍しいと思い、記憶に残っていたのだった。まさにこの羅漢こそ彼女たちのご先祖様だったわけだ。面白いご縁である。

意図的なのかはわからないけれど、他の羅漢象とコラボしているようなものもある。

上を向いて笑っている羅漢象の視線の先を見れば、石柱の上に座って印を結んでいるかのような羅漢がいらっしゃる。

見た目は羅漢というより天狗のようにも見え、格好良かった。

裏山の斜面の上にはさらに羅漢象があるようだったけれど、先を急ぐために省略して戻ることにした。

斜面から本堂を見ると杉木立と紅葉の陰影が見事だった。

午前中と午後では太陽の方角と角度が異なるから、ちょうど良いタイミングだったと思う。

紅葉は太陽が有る無しでその印象が全く変わってしまう。

日が短くなっているので先を急ぐ。次のスポットは一面ススキの原っぱ。

途中にある星の王子様ミュージアム前を通過するとすでに駐車場は満車の状態だった。

自分もそうだけれど、来年に閉館してしまうことを知ったファンたちが紅葉狩りを兼ねて詰めかけているのだと思う。

ススキを見た後はランチの予定。午後には入れるだろうか?

 

箱根2(ススキの原っぱと星の王子様ミュージアム)に続く。

 

 

 

 

 

 

 

あらかじめ、お断り。紅葉は綺麗なんだけれど、途中で感じた精神世界の話はちょっと重いので、ご了承ください。

 

今年の紅葉はタイミングが読みづらい。都市部ではもう散り始めているところもあるのに、山ではまだ緑だったりする。色々検索をしていて、気になった場所があるので行ってみた。山間部の峠道を走るのが好きなライダーには有名な場所だけれど、この時期にはあまり行った記憶がない。前回は春だった。

高台にある駐車場がほぼ満車状態。バイクは少なかったけれど、車は他県ナンバーも多い。昭和の名車も来ていたけれど、全て他県ナンバー。このバイクなどはもはや高級外車をも凌ぐ値段となっている。

周辺は広場とレストハウスだけでなのに、どうしてこんなに混んでいるのかと不思議に思っていたけれど、湖の見える方向に歩いて、その理由が理解できた。眼下には真っ赤な絶景が広がっていたのである。

湖に降りる遊歩道の有る斜面全体が真っ赤に色づいていたのである。普段は単なる緑化斜面だと思っていたので、まるで印象が違う。

扇型になっている護岸の斜面全体にドウダンツツジが植えられており、紅葉真っ盛りだった。

よく見ると一部は枯れ始めていて、赤に茶色が混ざっていた。一週間前はもっと綺麗だったらしい。

展望台に上る階段の木々は赤と緑が混ざった状態。

高台の広場は赤、黄、緑が混ざり合って美しい。

黄色の絨毯もあった。イチョウとは違った樹形と色合いが、これまた美しい。

この位置から湖を見ただけでは、真っ赤なドウダンツツジの斜面は見えない。だからこそ、歩いて行って見えた時の衝撃が大きい。

この日の目的はもう一つあって、古い旅籠食堂を訪問すること。そこはジビエを食べさせることで知られており、屋根の下に獲って来たイノシシや熊の皮をぶら下げていた名物店だったけれど、現在改装中で、熊の毛皮は店内に仕舞ってあった。

 

前回来た時に、もの凄く話好きのご主人が「今度来た時には是非とも名物のクマ肉を食べてください。でも、あるかどうかはその時次第なので、事前に確認してください」と言われていたのである。他の店では食べられない名物料理だという話だったけれど、別にクマ肉を食べるつもりもなかったので、何の連絡もせずに覗いてみた。

 

ところが、挨拶をしたら、ヒグマの肉が手に入ったところだと言うことで、成り行き上、クマ鍋を食べることになってしまった。

馬刺しも出て来た。ニンニクとショウガもたっぷり付いて来た。美味しそうな色どり。

最近はガスコンロがほとんどなのに、この店はデカいプロパンボンベを使っていた。不愛想な地元のおばちゃんが息を切らしながら運んできたものだから、俺が持ってやろうかと声を掛けたら、急に愛想がよくなった。接客向きではないキャラクターであるけれど、人は善い感じがした。それをきっかけに、おばちゃんとよく話してみたら、おばちゃんは湖ができる前の部落の村民で、子供の頃はクマを飼っていたらしい。小熊の頃から育てたので芸もできるようになったそうだ。しかも、クマは木の実や小麦など植物性の餌だけで元気に育ち、肉類は一切食べさせたことが無かったらしい。

つまり、最近ニュースを賑わす凶暴なクマたちは親や先祖が肉食を覚えさせたから、そのような性格に変わってしまったのである。動物は一度食べられたものは次からも食べられると認識するようになる。人間を食べた虎やクマは人喰いになる。これは犬(野犬、オオカミ)も同じ。逆に言えば、最初から肉を与えなければ、肉食獣だと思われている動物も草食動物に成り得るのである。ペットも同じはず。ペットフードなどない時代のペットは人間の残飯だったではないか。江戸時代までの犬たちは肉など食べてはいない。試したことはないけれど、虎もライオンも肉を最初から与えなければ菜食でも生きられるのではないかと思う。

 

パンダはクマなのに竹や笹しか食べないけれど、肉を食べてしまったパンダは肉も食べるようになる。これは人間も全く同じ。つまり我々の食生活は親や先祖による教育(洗脳)によるものだという証拠なのだ。親が最初からビーガンであれば、子供は一生肉を食べなくても済む身体と心を持つのである。

この問題点はかなり前から気付いたものの、真剣に考えずに放置していたことが非常に悔やまれる。自分は現在、ほとんど肉を食べなくなっているけれど、それは、宇宙に存在している万物の生命や神様のような存在を強く意識するようになってから自然に芽生えた感情。誰かに諭されたり、強制されたものではない。他人に自慢することでもなく、自分自身の心の在り方の問題なのだ。ついでに少しだけ話すと、私は生命に関わる特殊な力(不治&難病を治癒)を使うのだけれど、その力とこの問題はとても深く関わっている確信があるのだ。従って、私にとっては一過性の感情などと言う軽いものではなく、重大な責任と意味がある。

 

PS:これに関してお問い合わせがあるので、少しだけ加筆。いわゆる人類の知っている表面的な施術(心理作用や身体反応&刺激を使った技術も使えるけれど、それは極一部の技)とは次元が異なり、崇高な意志があるため、誰でも助けるわけではありません。また普段から不徳な言動を行って来たくせに、困った時にだけすがるような魂の穢れた人間を助けるほど暇ではありません。その反対に、誠実に生きて来たのに一時的に迷ってしまった(邪悪な意思が無い、無知ゆえの間違い)場合は、神霊の可否の声を確認の上、お手伝い致します。ご自身の態度をよく省察してからお問い合わせください。

 

今の人類の食生活を見直してみれば、大部分の人間は自分たちの食欲だけのために動物類を殺生しているわけだ。食べるものが動物以外にない環境に住む民族は狩猟しなければ生きられないという必然悪的な理由も一見正しいように思っていたけれど、よく考えると、肉食をしなければならないような場所に住まなければよいわけであるから、不可避の理由とはならないと思うようになってきた。つまり、それらの人は肉食と殺生をセットで選択したのである。仮にそのような環境で生まれたとしても、後から問題に気付いた時点で変えることはできる。私も含めて明治以降の日本人はそのような環境に生まれてしまったけれど、絶対に変えられない理由は見つからない。

 

古代の家畜は、共同生活を営むための相棒的な存在であったけれど、今の家畜は使役よりも食用が主体となっている。生存のために必要な殺生ではなく、人間の必要以上の欲望のために森林を伐採して食肉用の動物たちを放牧して繁殖させているわけである。何という自分勝手で残虐な行為なのであろうか。

しかも、現代人のほとんどは自分自身は手を汚さずに、他人が殺した死肉をお店で購入して喰らっている。その上にグルメ文化は成り立っているのである。美容や健康を理由に持ち出すのは我々人間の勝手な言い訳だと思う。肉を食べない草食獣たちのスタイル、毛並みはどれも美しいではないか。動物性たんぱくを取ってムキムキになりたがる男性も多いけれど、ゴリラ、牛馬は肉など食べずとも筋肉の塊である。これらの事実を分析すれば、現代の栄養学、医学、体育学などには嘘が多いことがわかる。肉食を必要とする根拠が無い。つまり肉食はあくまで人間のエゴである。必要性などなく、食欲という快楽のためにする凶悪で残酷な行為なのだと思う。更に解釈の次元を広げれば、虫や植物などの命にまでその考えは及ぶこととなる。とにかく汚染されてしまっている我々の頭脳と習慣から生まれてくる発想はどれもこれも乱れた現世の言い訳じみたものに思えて来る。

この矛盾と人間自身の軽薄で自分勝手なエゴに気付くべき。

肉食文化は人間が生命維持のため以上に、グルメという欲望を満たすために他の動物を計画的に繁殖&殺戮する行為に他ならないのだ。この点はペット動物のブリーダーなどにも言えること。不適合な種は殺処分される。こんな恐ろしい残虐な思想と行為をしていることに誰も気付かない社会と世界は異常だと思う。魂が病んでいる。

(ビーガンジャパン)

 

もしもグルメな宇宙人が人間を狩るために地球に来たらどうするのか?昔「プレデター」という映画で、人間を狩猟して楽しむ宇宙人が登場したけれど、あれが狩猟だけでなくグルメとして人肉を食べていたらどう思うのだろうか?さらには、人間をさらって、繁殖させ、生まれたばかりの赤ん坊が一番の珍味だと言って、嬉しそうにムシャムシャ食べていたらどうだろうか?我々は同じことをして来たのだと思う。これを考えた上で、それでも自分は食の愉しみ(グルメ)を楽しみたい、食欲には負ける・・・などと言い訳ができるだろうか?

この様に異常な世界を作ってしまった文化や産業は淘汰されるべきだろう。ビーガンという言葉や概念は英国で生まれたとされているけれど、それ以前から自然と共に生きて来た日本人は明治以前は、海産物を除いてほぼビーガンだった。古代より長年そうして生きて来たけれど、栄養障害もなく、健全な生活を続けてきたはず。明治以前に生まれていた農村の女性たちの体力はすさまじく、米俵を数俵肩に担いで運ぶことさえできていた。江戸期の飛脚や職人たちの恐るべき体力に関する記録は数多く残っている。

 

欧米のビーガニズムには古代アジアの信仰の影響もみられ、その起源は我が国と似たようなもの。動物が貴重であることもあるけれど、生命に対する尊厳や信仰が背景にはある。古代の日本の神々とインド哲学にも共通する点も多いから自然と受容して融合して来たのだと思う。現代語訳では「完全菜食主義」「脱搾取」などと訳されるようだけれど、私にはピンとこないので「戒殺生」という言葉を作り、個人的に使うことにする。この概念は他の生命を人間のエゴのために殺生することを戒めるわけであるから、食事だけではなく、皮革類やバッグ、帽子などの着飾るための殺生も当然含まれる。食肉と言っても、四つ足動物、鳥類、魚類、哺乳類、爬虫類、虫、それらの玉子など色々な種類がある。それらをどう考えるのかは世界中でそれぞれの解釈がなされている。また、元々が体外の有機物(生命)を食べながら生きているのが人間であるから、一気に完全不殺生の境地に成れるはずもない。なので、自分自身は今の自分ができる限りの戒殺生を試行錯誤しているところ。これが本当に辛いし、難しいし、苦しい。しかし、嘆いたところで問題解決にはならないから、実践あるのみ。いくら言い訳をしたところで、肉食という罪深い行為の因果関係を解決することにはならないので、自分自身の精神と魂のレベルが試されているのだと思う。

今までこの問題に気付かずに関連産業やビジネスをやっている人たちには、可哀想だけれど、前途は無いと思うし、あるべきではないと思う。出発点が間違っていたと思う。最初に肉食を覚えた(教えた)人類がその発端。超古代にまで思いを巡らせると、古代において世界に共通して嫌われた人種がいることに気付く。被差別民と称されるけれど、彼らの生業としていた稼業は殺生と関係が深い。農耕民は殺生(殺人)の経験も知識もないけれど、殺生を稼業とする人間たちはその道のプロ。戦闘者、殺戮者としての能力が高かったわけだ。この人種たちがもしも野放しにされたらどうなるか?神仏や自然に対する畏敬の念を持たない殺戮者が地上にあふれることになる。古代の差別は当時の規制であり、この危険性を認識していたが故の措置だったのではないかと考えられる。さらにぶっ飛んだ仮説を借りると、自然と共に生きていた超古代地球を侵略しに来た地球外生命体がおり、彼らは自分たちを神格化して各地の創世物語や日本の天孫降臨故事を作ったという内容。その時にそれまでの価値観や文明が変わってしまったというのである。実は自分は同様の発想を学生時代から持っていたので、同じような奇抜な考えをする人がいることに少し嬉しくなってしまった(笑)

 

話を戻すと、我が国においては特に明治と戦後の悪影響はとても大きいと感じる。それは、ビーガンであった日本国民に肉食を教えたのが明治の西洋志向に偏ったいびつな政財界人たちだったからだ。ちなみに明治天皇すり替え説というものがあるけれど、私は個人的に有り得ると思っている。維新というこの肉食を含む信仰や伝統的思想が侵害される窮地において、それを諭すどころか同調したのである。それまでの日本で肉食は穢れであった。皇室は何度か舶来の文明を試そうとしたらしいけれど、そのたびに無意識な拒絶反応が起こり、受容できなかったそうである。このように重要な日本精神の骨子が一時的な世界情勢の変化ごときで変えられてしまうことは非常に不自然だと思う。しかも根拠は「西洋に遅れるから、欧米に馬鹿にされるから、早く西洋化するために真似をする」というもの以外は見当たらない。このような軽薄な理由だけで大改悪がなされてしまったわけだ。西洋の重火器を持った侵略者の手先である田舎侍たちに国全体を乗っ取られたのではないのか?とてつもない闇を感じる。

この部分は23年夏に追記:最近はこれらの史実に呼応するかのように、当時の文献や伝聞に反駁する動画なども拡散され始めたようだけれど、歴史の常で、そんなものは巧妙な言論統制により容易に捏造される。誤魔化しがきかないのは霊性のみ。私が教わった啓示では我が国の大きな霊性の変化は二度ある。最初は日本古来の神々を追いやった侵略者たちが政権を樹立した時。次が明治。魂や霊性が穢れると国も穢れる。特に明治期はそれまで悠久の歴史と神聖な伝統を守って来たはずの一族がたった一代でそこまで変われるものだろうか?変えてよいものだろうか?勝手に変えることは自分の先祖や神霊に対する裏切りと冒涜であるはず。結果は間違いなく天罰が下る(亡国)。私が受けている啓示では関係者は途中でそれに気付き修正を行ったつもりであるけれど、霊性の足りないものが行ったために元に戻せず、今に至っている。その解決策はあるけれど、当事者とご縁がつながった(神意の細い糸をたどることができた)場合のみ伝えろと言われているので、ここで詳しく言うつもりはないし、脅されても教えない。このような発言は昔なら不敬罪などに相当するのかもしれないけれど、間違った権力者(関係者)が「不敬」という場合は痛いところを突かれた反応である。また、この啓示は神霊の名を語り、世界を改悪した邪悪な勢力全てに共通するメッセージでもあるから、島国の日本の中で不敬だ失礼だと言うようなレベルの話でもない。そればかりか、地球全体が本当の神霊の声や意志を捻じ曲げた邪悪な勢力に蝕まれているのである。同時に世界中にこれに気付いて神霊の元に集う同志がいるはず。私は彼らとともに闘う。

もしも2023年夏以降に天皇の霊性を強調or擁護する動画が出回り始めたり、当ブログに言論統制が及んだら、私の記事が関係勢力に監視されている証拠である可能性が高い。なぜなら南北朝正閏論は昔からあるけれど、現時点で霊性の問題提起をしているのはネット上で私のみであるから。そして裏表の意味で、真実である可能性が大きいので隠蔽しようとする存在がいることが証明されることとなる。しかし、ある意味、霊性の欺瞞を自覚しているだけマシかもしれない。それは関係者にも霊的レベルが高い人がいる証拠。私が述べていることの重要性は一般人にはよくわからないはず。わからない人はスルーしていただいて結構。念のために言っておくと、隠蔽は対人類にのみ通じる行為。神霊に隠せるはずはない。隠したツケは必ず回って来る。そして私はそれらの存在から、緊急事態なので、敢えて発言するように命じられたので書いているのみ。神霊の警告信号だと思う。ちなみに人々が大間違いをしている点であるけれど、霊性は血の遺伝をしない。神霊自体はパソコンで言えばOSみたいな基本プログラムを構成するために必要な叡智や電気信号などの存在。それを理解している技術者がシステムエンジニア(聖人、予言者)。その叡智と技術を理解して取り扱うことのできる力の素質が霊性(資格、能力)。神霊が認めた人にしか資格と能力は与えられない。それは人間の血統や遺伝などの概念とは無縁で、叡智が集積したタイミングと場所でその人にSEの任務(宿命)として発現するのだと思う。だから聖人たちは何の脈絡もなく突然出現するものなのである。人間の概念である物理や地理、生理学などの制約とは無縁。血統や肉体的な遺伝形質はOSで駆動するパソコン本体(箱)である。背格好、人相などの肉体的特徴が似ていても、それは単なるパソコンの外観と同じことであって、内部に存在する霊性とは関係がないのであるが、見る目がなく感じることができない人たちは表面(見た目やキャリア)にとらわれる。悪い意味で全くもって人間的な発想である。

似ているのがチベットのダライラマの転生と継承の伝統。継承者は仏様の啓示によって決まるので、特定の血統や場所とは無関係。遠く離れた農村の子供が継承することもある。現在インドにいらっしゃるダライラマ14世はラサから車で二千キロも離れた農村に出現した三歳児だった。お家制度があるから権力争いが防げるという説もあるけれど、この様な生前の霊的伝承と厳格な霊性審査があれば、跡目争いが起きるはずがない。むしろその霊性を見ないから起きるのである。

 

このように聖人たちの生前に血統との必然的な因果関係は無いし、子孫にも同じ能力が受け継がれるとは限らない。伝承されるものは教育や生育環境による知識、技術などの表面的な情報のみ。霊性はご本人とその言動(思想)が全て。子孫や関係者が血統を特別扱い(自慢)したり、強引に結び付けたがるのは、当人に資質(能力)がないから。単に先祖の権勢に執着して(利用して)自分の優位を守りたいだけなのである。その手の人たちは名声や歴史、お墓、寺社などの物質的存在を崇めるけれど、それは霊性を持っておらず、判別することができないからそうなる。パソコンの中身(性能、霊性)が理解できないと、外観(箱)ばかり気にすることになる。本当に神霊を理解している者であれば、そのような卑しい態度をむしろ戒めるべきなのだ。縁起担ぎや迷信を戒めるべき存在の寺社業界やいわゆるスピリチュアル系の現状と似ている。むしろ、霊的な存在を無理やりに政治や商売に利用するなどとは神霊に対する冒涜以外の何物でもない。不敬罪や天罰はそういう連中に下る。これを戒めたのが聖典に登場する「偶像礼拝の禁止」である。ちなみに私の言う神霊は人間の宗教などよりも上の概念であり、そこから見た場合、キリストや釈迦などの聖人たちは宇宙のOSを管理運用するために遣わされたSEとなる。

優秀なSEはユーザー(一般人)に便利なようにパソコンの取り扱い説明をして使えるようにしてくれる。その時の便宜的な基本ルールを具現化したものがOS(宗教や思想)。世界に普及しているOSは複数あるけれど、機能は大体同じ。更新しないと現実に合わなくなる。権力者や支配者の血統は単なるOSが入っている箱(構造物)のブランドに過ぎない。単なる箱(容器)なので、そこに霊性(叡智、能力)は無い。パソコンにはメンテナンスも必要だし、OSも更新しなければ時代遅れとなる。これを霊性のない人間たちが勘違いするからお家騒動や血統、民族問題が起こる。日本の問題はSEの資格がない者が勝手にOSを変えようとしたこと。失敗に気付いて大慌てで海賊版のリカバリーディスクを使用するとかえってメインプログラムが深層まで重大な損傷を受けてしまうことになる。そうなると箱やメモリーなどのハード部品をいくら変えたところで直らない。優秀なSEによる修理が必要。こういう重大問題を解決してくれる存在を人類は救世主と呼ぶわけだが、早く来てくれないと人類のパソコンは動かなくなりそうである。神霊は箱を後生大事に守っているだけの連中(血統)にSEの資格(霊性)は与えない。そこには確実な能力と叡智が必要。同様に世界の大失敗は古代にも起きており、それを修復するために遣わされたのが我々もよく知っている歴代の聖人たち。ところが盲目な愚衆たちは誰が聖人なのかをわからず、権力者(王、首長)との区別をすることもできない。そもそも聖人の上に支配者として王(帝)があること自体が矛盾。逆である。王(首長)は聖人ご自身の人間界における役職か、或いは神霊のお作りになったOSを忠実に実行するべきオペレーターや追加機能としてのプログラム的存在のはずなのである。古代インド哲学ではすでに指摘されていた。この霊性を理解できない唯物論者たちが使い始めたのが、政教分離とお金に依存する経済システム。腐敗した宗教団体の干渉は避けるべきだけれど、治世の背景には哲学や信仰があるべき。それを取り去ったら単なる功利的な人間の概念が残るだけ。そのような政治家や官僚からは不合理で人情や道徳観念の欠如したお金中心の物質文明社会しか生まれない。人々がこの地球的大欺瞞に気付いて目覚めない限り、聖人が現れても消される。だから世界はこうなっているのである。このカラクリがわかると、世界を牛耳っている勢力の支配界にある人々(財界の著名人や大企業家)やメディアの言論は信用するべきではないということがわかるはず。彼らは自分たちの世界を守るために都合が良い理論を構築する。反するものは「貧乏人の理論である」「滅亡する」「不幸になる」と脅かすのである。実はこれらの詭弁こそが彼らの欺瞞を証明しているのである。彼らは自分たちの言う通りにしないと、不幸になる、出世できない、お金持ちになれないシステムと価値観を作っているのである。だから詭弁の言う通りにしないと現世界では生きられないようになっている。だったら、そうではない世界を作ればよいだけの話である。お金や物がなくても幸せであり、心が益々豊かで幸福感に満たされれる世界を作ればよいのだけれど、それをさせないように妨害するのである。そのような時は歴史上の聖人たちのおっしゃったことを思い出すと良い。連中の理論とは真逆である。騙されてはいけない。

話が長くなるのでこの辺で終了。続きはまたの機会に。

 

江戸末期に西洋文明を導入する時点で本当の知識人や賢者による精査が必要であったけれど、強大な暴力(武力)によって強引に西洋化されてしまったことが今の禍根となっていることは間違いない。同時にそれを制御できなかった将軍家と幕藩体制にも責任はある。彼らの主張の理由付けとなる決まり文句は「○○国では・・・であるから我が国も・・・」というもの。日本の欠点を指摘する場合に、英国では、フランスでは、ドイツでは・・・と、何事も欧米の方が進んでいて正しいという前提で話すのが特徴だった。当時のいわゆる知識人は東洋文化に精通していなくても、西洋の新しい情報を知っているだけでもてはやされていたのだ。これは昭和にまで尾を引き、日本文化の教養もなく漢字も書けないのに、外国語をちょっと話せるだけでバイリンガルだ、帰国子女だともてはやされていたことがある。まことに節操のない舶来志向なのだけれど、それが格好いいと思っていたのだから情けない。

 

 

戦後は更に侵略者による日本の国力(精神面と物質面)を弱体化させる政策も関係している。日本の生活や文化を西洋化(米国化)させるとともに、自立できる能力を奪うことが目的。つまり自分たちに歯向かうことができないように、精神や思想を改造(洗脳)する。食生活を強制的に変えるため(米食からパン食)、習慣化させるのが容易な学校給食制度が利用されたわけだ。これによって休耕田と荒れ地が増え、日本の農業力は弱体化させられたのと同時に、海外産の食糧(特に小麦と食肉)の依存度が高まりつつある。まるでそれまでの伝統的な食文化と生活が間違った、時代遅れで不健康であるかのような政治的プロパガンダを行って、国民を騙してきたのである。

恐ろしいことに、海外からの食糧供給が止まれば、国民は短時間で餓死してしまう状況にあるのだ。しかも、最近は生命線である水源地や天然資源の存在する土地を外国人に売り渡し、水道や電力までを海外企業に委託管理させるなどと言い出した政治家もいるわけだ。この行為は正に売国であるし、国も国民も自立できなくなってしまうような危機的状況になっているにもかかわらず、このことを知らない国民が多すぎる。私は個人的に関係行政機関に意見書を何度も提出しているけれど、全く改善される気配はなく、手遅れになることを非常に危惧している。この重大性が理解できる人たちは今すぐ抵抗&阻止するべきである。

 

元々自分自身も肉食やグルメは大好きであったし、そちらの分野にも関わっていたので、生活と頭を切り替える難しさと辛さは重々承知している。どうして、そのような悪癖、悪習慣、異常な思想を身に付けてしまったのか非常に悔やんでいる。因果関係を考えれば、我々の先祖、親、先輩たちの認識不足によって子孫は洗脳され殺生道に身を落としてしまうことになったのだ。肉食グルメの快楽を知ってしまったが故の中毒症状は非常に厄介。長年身に染み付いてしまった習慣や癖はなかなか治すことが難しい。


おそらく、中毒となってしまった人間たちや既得権益者は経済や生活を理由に肉食を正当化しようとするはず。しかし、殺生する限り、結局この矛盾と問題点は消えない。それを知りつつ、尚も同じ道を進むのであれば、それは確信犯であり共犯者である。魂の問題、当人の選択である。大体の場合、わかっちゃいるけど止められない状態なのだと思う。そういう自分自身も、友達と一緒の時には許すとか、祭日やパーティーの時にはまぁ良いかなどと言い訳をしていたのであるが、最近はそういう嘘や言い訳をすること自体が、自分の目覚めつつある魂を冒涜する汚らわしい行為であるという自覚が強くなってきたので、抵抗感が薄れて来た。他人様にどう思われようと、どうでも良い問題。自分の魂と宇宙の課題なのだ。昔はTVコマーシャルの焼き肉やハムなどの映像を見ると唾液が無意識に溢れて来たものであるが、最近は静観できるようになっている。このようなことは古来からインド哲学などでは既に問題提起済みであるけれど当時はお坊さんなどの聖職者がやることで、自分とは無関係だと思っていたのである。まるで真実が見えていなかった。しかし、この問題に気付いてしまった以上、もう元には戻れない。

 

共同体において、飲食と楽曲、ダンスは結束を高め、人間関係を円滑にする上でとても大切な文化だと思う。ところが、現在は殺生肉食文化を主流としたものになりつつあることが大問題。それ以外の方法はいくらでもあるはずだけれど、肉が無いと食べた気がしないと言うわけだ。お酒が無いと盛り上がらないというのも似たような安直な発想だと思う。その為にビーガンやベジタリアン、宗教的な制約があると、あの人は付き合いづらい&面倒くさいという差別を受けて、敬遠されたり仲間外れにされる可能性が大きい。意志が強く、孤独も恐れない人ならともかく、大勢はこのプレッシャーと疎外感を恐れるものだと思う。そうすると、仲間外れに成りたくないから、まぁいいか、と妥協して本来の目的や意義を見失うこととなりがち。この悪循環を断ち切らなければこの殺生の輪廻を永遠に繰り返すだけである。この悪循環輪廻から抜け出すためには、人間たち全体が殺生の意味に気付いて理解を深めるしかないと思う。自分ができないからと言って否定するのは真実を見失うことになるし、自分がしているからと言って他者を責めるのも感情に流れがち。それだけ我々の受けて来た洗脳は深いので、そう簡単に直せるものではない。まずは、気付くことから始めるべきだと思う。

 

蛇足だけれど、類友や仲間を集めるための会合やパーティーは同様の価値観や思想を持っている人の結束を強め、うるさい人物、面倒くさい人物、考えや気が合わない人物、雰囲気を乱す人物を排除する意味もある。しかし、私が述べているのはこのような狭いコミュニティーのことではなく、地球や宇宙全体に関する内容であるところを誤解無きように。更に付け加えると、多数決(民主主義)の理論は知恵のある世界には正しいけれど、知恵のない世界の多数決は間違った道を選ぶことになってしまう。これも現時点での大問題だと思う。

ついでに言うと、コロナ禍ではこれらの問題が露呈して来たと思う。既得権益者たちが作り上げた社会や経済、生活文化などの矛盾と問題点が露になっている。様々な産業が○○キャンペーンを繰り広げ、補償や支援、優遇措置を求めているけれど、よく観察すれば、それらの業種は人間が生きるためにそれほど重要ではなく、趣味や快楽のために成り立っていた内容であることがわかる。だから有事の際には必要とされない。つまり極端な言い方をすれば、元々存在しなくても問題が無かった業種であり、それらに完全依存した仕事や生活の在り方にこそ本当の問題があるということなのだ。もしも、それらの快楽がないと、充実感が無い、盛り上がらない、元気が出ないと感じるのであれは、それは麻薬中毒の症状と同じであることに気付くべき。○○しなければダメ、という安直な枠にはまった発想が考える自由を奪い、悪循環に引きずり込む原因なのだ。

 

それらの悪循環の枠を取り去って自由に考えれば、それに成り代わるものとして、本当に人間と自然&宇宙との調和のために必要な産業や文化などのアイディアが生まれてくるはず。なので、既得権益者たちが保身のための口実とするような経済や文明の発展が停滞することは無く、自然淘汰と交替や変化が生まれることとなる。総合的に見た人類の生活や文化は止まることはないのである。未来はそちらに注力するべきで、既得権益者の損得勘定に惑わされるべきではないだろう。これからも既得権益者たちは間違いなく自分たちを正当化するために経済不況、失業、栄養不足や健康障害などを理由とした都合の良い言い訳を作り、庶民の不安を煽るはずだけれど、それは麻薬の売人たちが顧客を離さないように中毒状態を継続させるための詭弁だと思う。我々はそれに惑わされずに真実を見極めなければならないと思う。

従って、コロナ禍はその事実に気付いて改めるチャンスでもあるから、単なるその場しのぎの現状維持路線ではなく、将来への転換する機会にするべき。この転換する際の負担は計り知れないけれど、世界中の人類がその意義に気付いて痛みを分かち合いつつ、協力するべきだと思う。

 

以前にこれに関する投稿をしたところ関係者らしい人から「迷惑だ」というコメントをいただいたことがあるけれど、無自覚な既得権益者側としては自然な反応であり、想定内。悪循環に気付いていない人の頭脳も同じ発想しかできないから、今後もそういう人は自覚するまで変わらないだろうけれど、そのような人間たちに付き合う時間は残されていない。利己的で低俗なコメントの対応に時間を割くよりも、今すぐに悪循環を断ち切るための行動を起こすべき。現実問題としては既得権益者と権力者は同義語みたいなものなので、彼ら自身が気付いて、自分たちの既得権益を守る姿勢を改め、是正しなければ変わらない。それがなされなければ人類は滅びるか、おそらく天罰が下ることになるのだろう。いや、間違いなく天罰はある。私はかねてからそれに関する秘密の啓示を受けていたけれど、そのシステムが理解できるようになってきている。これは天による選民(魂の選択)だと思う。

せっかく作ってくれたクマ鍋なのだけれど、これらのことが頭の中を駆け巡って、全く美味しく感じられなかった。折角大サービスしてくれたご主人には申し訳ない。一方で久し振りだし、人間の付き合いだから食べられるだろうと思って、それを言い訳に注文してしまった自分自身もまだまだ半端で情けないと深く反省せずにはいられなかった。食材は間違いなく美味しいものであるにもかかわらず、精神的な葛藤がここまで食欲に影響することを再認識させられることとなった。

 

それと重要な課題に自然淘汰や調和のための殺生(必要悪)の存在もあり、そのバランスをどう考えるのかということ。自然界では殺生に至る手前で警告が出現し、発生前に沈静化するはずだけれど、人間はその限界を超えている。殺生とは反対の過剰な人権論や動物愛護論も、自然界の調和を乱すことでは同じ。海産物の乱獲、ビジネスとしてのペット産業、縄張りを教えないための害獣化など。自然界は限界を超えた場合に厳しいしっぺ返しをする。バランスを取り戻すために生き物に異常な行動をとらせる。過密な環境になると自分の子供を食べる、新しいハーレムの王は古いハーレムの子供たちを抹殺して、自分の子孫を残そうとする、集団自殺をするなど・・・。この人類バージョンが戦争ではないだろうか。

 

私が頭の中でこんなに厄介なことをグルグル考えていることをご存じなかった親切なご主人は鹿肉と鮎の塩焼きまでサービスしてくれたのだけれど、食べることができず、持ち帰って友人にお譲りいたしました。これらの問答は自分自身の頭と心の中で帰結しているので、他者からはそれとはわからなかったのが、せめてもの罪滅ぼし。しかし、この問答と思索の過程はとても重要で有意義であると思い、記録の意味で書き残した次第。

とにかく、この出来事の後の胃腸と精神状態の不快感は凄まじく、戒殺生の重要性を再認識させられた。この理念は他人を説得したり、強制するものではなく、本人がその真実に気づいた時点で自然に発生するものだと思う。なので、他人を責めるつもりはないけれど、できるだけ早く気付いて欲しいと思う。私にクマ鍋を提供してくれたご主人だってとても愛想がよい邪心のない人物であると思うし、大事なことに気付いていないだけなのだと思う。気付いてしまったら、人生が変わる可能性は大いにある。人間や動植物、自然を見る視点も変わるので付き合い方も変化するはず。何を隠そう、私自身がそうであったし、私の話を聞いて変わった人がかなりいる。飲食業のやり方を変えた友人もいるし、食用ではない家畜を飼い始めた、農業を始めた、食費が激減して喜んでいる・・・等々。

(ビーガンジャパン)

 

若い子たちにこの話をすると、「私はまだ若いからグルメを楽しみたい時期なんだよねえ」とか言う人がいるけれど、それは言い換えれば「若くて食欲が旺盛だから、動物殺しはまだ止めらない年ごろなんだよねえ」と言うのと同じことだし、戦争の悲惨さを見ていながら「ある程度、人を殺しまくってみないと平和の意味はわからないんだよねえ」と言うのと似ている気がする。洗脳を解くのは早ければ早いほど良いし、洗脳期間は長いほど更生するのが難しくなるのに、発想が反対である。できれば最初から洗脳や汚染を避けるべき。すでにこれに気付いているご両親は幸いである。子供たちに我々が受け継いでしまった負の遺産を継がせてはならない。自分は反面教師的な環境で育ったので、独力で気付いたのが中学生。その時点でも十分すぎるほど汚染されており、遅かったと感じる。実践を始められたのはそのずっと後になってしまった。

(天台宗のサイトより拝借)

 

どうしてこのように大事なことを大人たちは子供に教えてくれなかったのか。親も教師もお坊さんや牧師さんというような聖職者たちも教えてくれた人は私の周りに誰もいなかった。つまり大多数の聖職者は偽物。あるいは、そこまでの認識に到達できていないレベルの人間たち。ついでに言えば、この問題点を指摘したのは原始的な信仰とインド系列の哲学のみ。他のメジャーな宗教は人間以外の生き物を明らかに差別しており、生贄と認識している。これこそが彼らの根っこにある差別意識、優越感であり、そこから侵略や略奪の発想が生まれるのだ。歴史を見れば明らかな通り、これらの宗教が奉じる神様は、信者の多少とは関係なく偽物。明らかに人間中心に偽造したマニュアルだと思う。その偽の宗教の信者が地球上には圧倒的多数を占めているのだから、最大の皮肉&矛盾だと思う。非常に残念に思ったけれど、調べてみると、我が国も明治時代以前には神仏や道徳思想と融合した教育が行われていたようなのである。それらが強引な西洋化政策と戦後の洗脳教育によって、偽の宗教の悪影響を受け、本来の崇高な精神世界が壊滅させられつつあると言える。従って、我々現代日本人は生まれた時から間違った価値観や思想により洗脳&汚染されてしまっている。最近、日本の古代から受け継がれてきた精神文明の素晴らしさが再認識されつつあるけれど、明治維新の当事者たちはそれに気付かず物質文明の脅威ばかりに気を取られて大間違いをしてしまったのではないかと思わざるを得ない。今回の投稿を読んだ方で、これに気付く人が一人でも増えてくれたら良いと思う。自覚した人が増えると、他の生命がそれに比例して救われるはず。救われる命が増えれば、これと関係して侵略や戦争という発想にも変化が生まれると信じている。

 

祖父母たちからは「ご飯粒一粒でも粗末にしたら眼がつぶれる」と教わった。日本では各地に殺生した生き物たちの慰霊碑(クジラ塚、魚塚など)が古来より存在しているけれど、それらが日本の美徳教育の片鱗であったことを今頃理解できた気がする。

そんなことで感慨深く店を出ると屋根の上は秋空と見事な紅葉だった。

コロナ禍で廃業してしまったお店がいくつかあった。放置された置物や、荒れ放題の草花を見ていると、ご主人は草木や庭が大好きであったであろうことを想像させる。

ヒノキ葺きの屋根や庭木にシダ類を人工的に這わせていて、お手入れに気を遣っていたことがよくわかる。

実家が無ければ、引っ越してソバ屋でもやりたいと思うほどの鄙びた良い雰囲気のお店だった。

すっかり日が傾いて山陰に隠れる少し前に駐車場に戻った。

西日に透ける紅葉が見事だった。

「戒殺生」精進いたします。