高血圧では慎重投与と説明書に明記のアドレナリンを使用、
激痛でも局所麻酔薬を追加せず施術を続行、
3日後に脳出血と高血圧症を確認
〜長野地方裁判所松本支部の医療訴訟(医療事故34)
今回は、長野県松本市の裁判所で争われている医療訴訟(来週木曜(10月19日)に弁論)の情報です。
事件番号:長野地方裁判所松本支部 平成24年(ワ)第320号
原告:A(患者だった当時50歳代の男性)
被告:医師個人BおよびC、法人DおよびE
次回期日:平成29年10月19日(木)午後1時30分
担当:松山昇平裁判長、佐々木亮裁判官、中井裕美裁判官
<小川が現時点で理解している事案の概要>
原告A(施術時50歳代だった男性)が鼻出血で耳鼻咽喉科医院を受診し、法人Dが運営する総合病院へ紹介され、そこで被告B医師が鼻腔粘膜焼灼術(バイポーラとも呼ばれる)を実施した(以下、「施術」という)。その際、血圧測定をしないまま、高血圧では慎重投与と添付文書に明記されている血管収縮薬のボスミン外溶液0.1%(薬効成分はアドレナリン)と局所麻酔薬のキシロカイン4%を混合使用した。施術3日後に脳出血と高血圧症が確認され、後遺障害が残存して、訴訟で過失の有無などが争われている。
この訴訟で用いられている文書より、以下に一部を引用(中略あり)します。
1、ボスミン外溶液0.1%の添付文書より
2、慎重投与(次の患者には慎重に投与すること)
(6) 高血圧の患者[本剤の血管収縮作用により、急激な血圧上昇があらわれるおそれがある。]
<引用ここまで>
2、ボスミン外用液0.1%のインタビューフォームより
慎重投与(次の患者には慎重に投与すること)
(6) 高血圧の患者[本剤の血管収縮作用により、急激な血圧上昇があらわれるおそれがある。]
解説
(6)急激な血圧上昇の結果、脳出血等を起こすおそれがある。
<引用ここまで>
3、キシロカイン4%の添付文書より
2.重要な基本的注意
<中略>
(4) 本剤に血管収縮剤(アドレナリン等)を添加して投与する場合には、血管収縮剤の添付文書に記載されている禁忌、慎重投与、重大な副作用等の使用上の注意を必ず確認すること。
<引用ここまで>
4、新耳鼻咽喉科学改訂10版287~288ページより
〔治 療〕 鼻出血患者に遭遇したら,全身状態,出血部位および出血程度にする応急的判がまず必要である。
治療は2つの段階にわけられよう。
第1段階 全身状態の判定
軽症例を除き脈拍と血圧判定、Vital Signsおよび意識レベルの判定が必須である。
第2段階
止血処置
<引用ここまで>
5、S鑑定医(H大学循環器内科)鑑定書より
高血圧 (I~III度)であった可能性が高い。
<引用ここまで>
6、N鑑定医(J大学耳鼻咽喉科)鑑定書より
未治療の高血圧症があり、一旦自然止血されても鼻出血を繰り返したと考えます。
<引用ここまで>
7、原告A陳述書(2) 第3ページより
次に、1回目と2回目よりかなり奥のところに、薬をつけたガーゼを入れられました。それで少し時間をおいてから、ガーゼを抜き、処置を始めました。最初入れられたときは、強い痛みは感じませんでしたが、その直ぐ後に、すごい激痛を鼻の奥の上のところに感じました。口の奥の柔らかくなっているところの上の鼻の部分に今まで感じたことがないほどの激痛を感じました。こんなのだめだと思い、力が入って、手をあげて振り払おうとしたら、もう鼻がこわれてもよいからとまで思ったのに、「もうちょっとだから我慢して。」と言われ、やっと我慢しました。
また、他の看護師からも、何か強く言われた気がしますが、とにかく痛くて、痛くて正確には覚えていません。あの痛みだけは、今まで感じたことのない激しい痛みでした。
<引用ここまで>
8、被告B医師尋問調書(裁判所作成)第11ページより
あまりはっきり覚えていないんですけど、でもおそらく大きい声で痛いとおっしゃったと思います。
<引用ここまで>
9、S鑑定医(H大学循環器内科)鑑定書(質問回答)より
バイポーラによる強い疼痛は、一般的に交感神経の緊張を介して血圧をさらに上昇させ、脳出血の危険性を増大させた可能性はある。
従って、原告が高血圧患者であったとすれば、ボスミンの投与は、たとえ通常の使用量であっても、血圧の上昇や変動を介して脳出血のリスクを増大させ、重篤化を招いた可能性はあると考える。
<引用ここまで>
10、N鑑定医(J大学耳鼻咽喉科)鑑定書(質問回答)より
激痛があれば血圧上昇をきたすと考えられます。
鼻腔粘膜焼灼術を施行する前に、十分な麻酔が得られているか否かを確認し、不十分と判断される場合には追加の麻酔を施行すべきだったと考えます。用量が不足していたことではなく、麻酔が十分されているかの確認を施行しなかつたことが不適切と判断します。
<引用ここまで>
起きてしまった過去の事実は変えようがなく、医学や医療の関係者ができることは、事例から学んで医療事故の防止や医療安全の向上を進めることだと私は考えており、昨年から研究室配属学生や2〜3年生全員向け講義の教材として、医療事件の判決例も、医学文献、特許文献、新聞記事などに加えて用いています。