但馬の小京都 出石  手打ち皿蕎麦『入佐屋』の瓦版 -431ページ目

但馬ブーツと但馬時間

最近の天気予報は良く当りますねぇ~。 昨晩から予報どうり、白いものがチラつき、また一面の銀世界になってきました。(子供たちは雪かきをやる気満々ですが・・)近頃の若者には、オシャレなブーツと言うものがあるせいか、長靴姿を見かけなくなりました。 但馬は雨や雪が多いので長靴は必需品。 私の若い頃(まだ 若いつ・も・りなんですが・・・)には、ブーツと言えば、ロンドンブーツ ぐらいしか思い当たるものは無く、今のようなブーツなるものは滅多にお目にかかることなどありませんでした。 だから、長靴の事を 但馬ブーツ と呼んで愛用したものです。 と言うよりそれしかなっかた。
もうひとつ、但馬 と付くもので思い出したのが、但馬時間。 これは一般で言う田舎時間と同じです。 例えば、友達と会う約束をした場合30分は遅れてきても 但馬時間 と言う事で許されてしまったりする。 田舎特有ののんびりした人などと約束する場合は 但馬時間を見越して行動する事が鉄則。 一昔前まではそう言う事もあったけど、今ではどううなんでしょうね? 私たちの年代までなのかもしれません。

沢庵漬けと出石

たくあん漬け は今では お漬物の代名詞 と言っても過言ではないでしょう。 そしてこのたくあん漬けを考案したのが 沢庵禅師 と言われています。 では沢庵禅師とはどんな人? 1573年(天正元年)山名氏の重臣、秋庭綱典の子として 出石 に生まれ、山名氏が滅んだ後、わずか 10歳で唱念寺の僧 となる。 その後、禅門に転じ京都、奈良で修行を重ね35歳の時京都の 大徳寺の主座(しゅそ) につき、さらに2年後 禅僧の最高位とも言える 住持(じゅうじ )に出世する。 沢庵は、難しい禅の教えではなく、平凡でおくゆかしい教えを説き大衆にも敬愛されていた。 しかし、誰の権力にも屈しない 反骨精神 で、時の将軍『細川忠興』や『浅野幸長』、『豊臣秀頼』などに招かれるが従う事はなかった。 故郷・出石に戻り、小出吉英に「 宗鏡寺・すきょうじ」の再興をすすめ、庵を建て暮らしていたが(大徳寺などの高僧が天皇の許しを得て身に纏う) 紫衣(しえ)をめぐり幕府と対立。 「紫衣事件」に発展して、出羽の國(山形県)に流罪されてしまう。 そして63歳の時大赦で許され出石へ帰るが、73歳で病に掛かり『夢』と言う一字と『全身を後山に埋めよ。 経を唱えるな。 禅食を出すな。 石塔を作るな。 遺像を安置するな。 年譜を誌するな。』の遺言を残し、帰らぬ人となった。
   めぐりきて 入佐の山の月も日も はるやむかしに 我身ひとつは (沢庵が但馬を詠んだ句)

何かがおかしい!?

天気予報では今日から一週間 再び雪マークが・・・。(ホンマに降るんか?) 出鼻をくじかれた様で(+_+)へこんでます。 またもや恐怖の 雪かきが 始まるのかと思うと ゾッ とします。 近頃気温の差が激しく体調もいまひとつスッキリしない日が続きます。やはり地球は 温暖化 のせいもあり、何処かおかしくなってるんでしょうか? 灯油の値段があがっている と言うのにこの寒さ! 使わずには居られない。 この冬の電気の消費は例年よりも遥かに高いらしい。 そうすると、二酸化炭素の放出でまた温暖化が進む。 悪循環の繰り返し。 どうすればいいんでしょうね? 我が家にはすご~く寒がりの娘と、未だに何かと半袖になりたがる息子がいます。 息子がまだ Tシャツ姿でいる時に、娘はこたつをだせ! とわめいていました。確かに息子の行動は明らかにおかしい! でも、小学校生の中には、年中半袖、半ズボンで登校する子が毎年必ず一人・二人はいますが・・。 毎年寒さが我慢できなくなってきた今日この頃です。

天気も良く\(^o^)/

hatumoude 元日は天気にも恵まれ初詣に出かけました。(本当は寝正月にしようと思ってたんですが)店主は厄神さんにお礼参りへ出かけてしまったので子供たちを連れて、昼前に出石神社(通称一宮さん)へ行ったんです。 が、(初詣にはもう何年も行ってなかったので)あまりの人手の多さにビックリしました。 結局その時は買い物だけをして帰り、後で祖父母と一緒に、3時頃に出直す事にしました。 それでも参道の行列は果てしなく続いていました。 せっかく来たんだからと、思っていたのに子供たちは参道に並んだ露天に釘付け! お参りはそっちのけでクレープがいいなどと、目的を忘れてしまっている! (ま・さ・に花より団子状態) せがむ子供たちに負け一番の目的の交通安全のお守りを買いに行きました。 行列の出来ている参道の横に出口がありそこからチョット失礼して逆流させて頂き、何とか目的を果たす事が出来ました。 でも、チャッカリと横からお賽銭を入れて拝まして頂きました。 (ガラン、ガランを鳴らさなければイイですと了解済み) 参拝の間もクレープが気になりそれどころではない! 何を拝んだのかと思っていれば、ただお賽銭を入れて手を合わせただけらしく、目指す露天へまっしぐら! 何をしに来たんだか。 結局おやつを買いに来たみたいになってしまった。 子供らしいと言えば聞こえは良いんですが・・・(+_+)。

明けましておめでとう御座います(*^。^*)

新年明けましておめでとう御座います。
旧年中は格別のお引き立てを賜り厚くお礼申し上げます。 本年も一層のお引き立てのほどお願い申し上げます。
さて昨日は、私にとってとても嬉しい一日でした。 何故なら、毎年お盆や正月の休みになると我が 入佐屋から巣立っていったアルバイトの子供たちが帰ってきてくれるからなんです。 今回は、去年の卒業生が顔を見せてくれ手伝ってくれました。 まだ就職をして1年も経っていませんが立派な?大人となり各地方(名古屋、姫路など)でたくましく活躍をしているようです。 開店して19年目、私も 女将?として12年目。(まだまだ『女将』と呼ばれるには未熟ですが・・・) 沢山の子供たちがいます。 過去の卒業生には昨年結婚をした者もおり、益々嬉しい限りです。 新たに卒業生がお客さんになったり、また私たちがお客になっていたりと今でも付き合いは続いている者もいます。 でもちょっとショックなのが、今回新たなバイトたちが 平成生まれ!と言うこと。 年を感じずには居られませんでした。 しかし、何と言っても、私にとって、とても大切でかわいい?!子供たちです。 これからも帰ってくる度に元気な顔を見せてくれる事を楽しみにしてます。

一年の締めくくりに

今年一年の締めくくり恒例の出前も無事終わり新年を迎える事が出来そうです。 最後の最後にダメ出しの寒波にやられましたが、来年また新たに気持ちを切り替えて頑張って行きたいと思います。 今年は、店主が厄年の中の本厄だったので明日の元旦には  お礼参り に出かけるそうです。 と言ってもまだ 後厄の年なんです。 そして私は(3度目の)年女となります。 いい年になるといいんですが・・・。 とにかく今年は終わりを迎えた!と言う事で\(^o^)/前を向いて行こうと思ってます。 皆様に支えて頂き今まで営業して来ました。 有難う御座います</font>。 そして、これからもどうか宜しくお願い致します。 元日は お休みさせて頂きますが、翌日の2日から営業致しまので是非、お越し下さいお待ちしております。

大晦日と言えば!!

oomisoka 明日はいよいよ大晦日。 大晦日と言えば、年越し蕎麦。 年越し蕎麦と言えば、出前。 出石の出前はチョット大変! 何故かと言えば、出石の蕎麦は  皿蕎麦と言い、小さな小皿に載せてあるんです。 通常一人前が5皿です。 (ざる蕎麦1枚分くらいの量)だから、注文の仕方もお皿の枚数を言います。 多いお宅では、70枚とか80枚と言う感じ。 (年々出前が減ってきて 、生蕎麦が多くなってきましたが・・・。) 出前に行くための出前箱は当然お皿が1枚ずつ入るように中板が何段にも付いたものです。 大・小と2種類の箱があり、注文に応じて組み合わせて行きます。木で出来た箱で、陶器のお皿を2~30枚入れて持っていくので箱と言ってもかなりしっかりしてます。 (箱だけでも重い) お店の方は通常 PM6:00頃までですが、この日は、PM9:00頃まで営業しながら出前に走ります。 今年は、雪が良く降るので出前の時だけは勘弁して欲しいものです。 私も子供の頃、注文した時間になるのが待ちどうしくて時計とニラメッコしていた記憶があります。 だから、毎年注文をして頂くお宅がある限り頑張ります。

一家総出動!

futarideyukikaki 子供たちの冬休みも始まり、総出動で雪かき開始! 始め子供たちは根雪の硬さに四苦八苦してたんですが、だんだん腰つきも良くなり上手に雪を掻いてくれました。 でも、いくらもしないうちに飽きてしまいギブアップ! まだまだゴールまでの道のりは遠い。 連日の雪かきで私たちもヘトヘト。 何とかしてもう少し頑張ってもらわねば!と思いついたのが『 お駄賃作戦』。 「頑張ってくれたら100円のお駄賃あげよっかなぁ~」と言ったとたんに、ダンプカーの如く猛烈な勢いで進んでいきました。 (現金なヤツラだ) クタクタになりながら何とか最後まで頑張ってくれました。 『お駄賃』の100円ずつは3時のおやつ代。でも、子供達よその頃まで覚えていられるかな。

コウノトリといえば・・・!

今年の4月に1市5町が合併して『豊岡市』となりました。 あまり『豊岡市』と言う実感は無いのですが・・ 現在、『コウノトリ』と言えば豊岡。 放鳥も終え、豊岡や出石を飛んでいるそうです。 (まだまだ育った近所しか見かけないそうですが、 しかーしっ!、その昔コウノトリと言えば『出石』だったそうなんです。 文献によると、天保年間に、出石の桜尾の山に『鶴』(昔はコウノトリのことを鶴と言っていた)が巣を作ったことで、出石藩主であった仙石利久は『瑞祥の兆』として喜び、その山の名を『鶴山』と命名し禁猟区として保護したそうです。 その後、絶滅の危機に近い状態(食糧危機で{/silver/}食べたりもしたんですって!!)になりましたが、明治25年保護鳥の勅命で再び繁殖し、日清戦争、日露戦争の時に巣を作ったことで、吉兆とされました。 日本軍の勝利を祈るためと物珍しさで、2000人が観覧に来訪れる程になりました。 そのため、茶店まで出来『出石の鶴山』と有名になったそうです。 昭和27年には『特別天然記念物』に指定され、現在「豊岡市コウノトリの郷公園」で飼育されているしだいです。 と言うわけで出石もまた『コウノトリの町』だったんです。 出石には施設が作られず豊岡にお株を取られてしまいましたが、今でも『鶴山』にはその当時、巣を作った松が存在しています。 この度の放鳥でまた『鶴山』に巣を作って欲しいものです。

一年は早いもんだ!

今年も残す所あとわずかとなってしまいました。 一年を振り返ってみれば何と早かったでしょう。 去年の台風では農作物、観光産業とも大ダメージを受けました。 『今年こそは!』と今年一年頑張ってきたのですが、年々最高気温は更新するし、年末には大寒波。 この先どうなるんでしょうかねぇ~。 11月の 『松葉ガニ』の解禁からスタートは良かったんですが、思わぬ大雪のため年末はやられてしまいました。 「終わりよければすべて吉!」と言うふうにはならないもんですかね? 今日も、せっかく昨日解けかけた雪の上にまた新たに堆積されてしまいました。 来年はどうか良いスタートが切れます様に・・ 愚痴ってても仕方がないとにかく、毎日を頑張ることだ!