一平乃介のブログ -31ページ目

琵琶湖の先っぽにかかる橋を渡りそのまま一気に京都に入り、ここから西へ折れて比叡山を登る道。
気になる滋賀の不思議に後ろ髪を惹かれつつ比叡山を登って行くと、山中には三つの大きなお堂を中心に山道や階段で繋がる広いエリアにそれぞれ、お堂や法塔、国宝殿などがありかなり力のある寺だとわかる。
常に土壇場の決意を試されるような、時には命をかける程の厳しい修行に励む僧等の鍛錬の山であるようだ。

寺に焼き討ちなど心情的には残虐無惨な事だとなるが、この寺に脅威を感じて焼き討ちを図ったのは、天下統一への過程としての思考回路の上では信長の抜け目なさ、狡猾さが光るのでは。
確かに冷酷でもあるけれど。
もっとも誰かの場合は通行料の金額を聞いた瞬間にコイツラ焼き討つと頭をよぎる山。

その後は金ピカの寺を見物して京都を後にした。









健康ランドを朝6時半に出て先輩の実家に寄り、カレーライスを頂き京都へ向け出発。

二日振りの快晴の青空の中、21号線を進む。
関ヶ原に入り合戦の模様を想像し、昔その地が担った戦の火の余韻に気を研ぎ澄ませながら風を切る。
さらに進んで琵琶湖に突き当たり、湖畔沿いを京都の入り口まで快調に南下。
山に囲まれた土地に田んぼと湖が広がる滋賀はなんか、気付いたらそこに居たかのような夢の中の風景。
不思議なドキドキ感を覚える。

激しい戦乱の世から土の下に、勝ち鬨の覇気や落人の血や無念、斬り合いの狂気なんかを含んだ空気が淀んで沈み、目に見えないそれがゆっくり浄化されて立ち上っているのであろうか。

それとも元々その土地の持つ柄や気により、時代は戦乱の舞台に成るべくしてこの地を選び、その気の影響でおれの意識も謎めくのか。









濡れたGパンを乾かすために荷の上に被せて細ロープで縛り付け、ドラッグストアを着替えのスウェットとTシャツ姿で再び出発する。
21号線を30キロ程進むと、その先は連なる山達の隙間を通る道で滋賀県関ヶ原に通じる。
雲の通り道でもある県境の山の空はまだ、やはり生憎で目線の先の道路も霞んでいる。
合戦の跡地にテントを張ってみたくなり、道沿いのコンビニで三時間半程粘るが見通しが立たず、日が暮れた頃に岐阜市に戻ることに決めた。
そして今夜の宿場にしたのは、数年前に一緒だった植木屋の先輩から得た情報から見つけた21号線沿いの古めの健康ランドで、雰囲気はど演歌である。
演歌ショーに賑わう広間を挟んだカウンター側で飯を食い、疲れ切った体でだらけていると、市内に住むその先輩が遊びに来てくれた。
そして再会の戯れもそこそこに仮眠スペースにて就寝。