ラヴィリティアの大地第28話「すれ違う思い」 | 『拝啓、夫が捕まりました。』でんどうし奮闘記

『拝啓、夫が捕まりました。』でんどうし奮闘記

鬱で元被害者の妻とつかまった夫の奮闘記。

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コンコンコンッ

ここは砂の都ウルダハの冒険者居住区ゴブレットビュート。商店を兼ねたある家屋の扉から音がする。今夜は乾いたこのウルダハの大地に珍しく大雨が降っているし、風の音か、気のせいかもしれない。こんな夜分に誰だろうと自宅玄関のドアをノックされたようで首を捻りいぶかしがったのは、ついこないだまで名もなきクランだった『ビカム・サムワン』を得意先とする行商人ウォルステッド・アミュスクフだった。自分の店の戸締まりをして商売輸送車『チョコボキャリッジ』も店の奥へ閉まった。こんな夜半に訪ねてくる知り合いなんて心当たりがない、『彼女』以外はー。『あの』雨の日もこんな日だった、ウォルステッドはそれにはっと気がついた。そう、それは昔…

「ウォルステッド、私がまだ忘れられないやつがいるのに…それでも私はあんたのところに行って、いいの?」
「…っ! 当然だろ…っ!オリビア、俺は…、お前じゃなきゃだめなんだよ…っ!!」
「ウォルステッド…っ!」

静かに重なり合う二つの影。ウォルステッドはその昔、結婚していた。人生色々あって今は独り身だがオリビアはウォルステッドの元妻だ。話は遡るー、ウォルステッドとオリビアは幼馴染だった。生まれた頃から親同士の仲が良く将来は結婚だなと言われるほどの付き合いで、ごくごくありきたりな話だった。本人達を他所に周りは盛り上がったが当人たちは知らず知らずの間に関係を育んでいた。お互いが初恋で、でもお互い別の人とも恋に落ちたりもした。それでもやっぱりこの人じゃなきゃだめなんだとお互い改めて認識させられたこともあった。それを運命の恋と言わずなんと言うのだろうか。二人が喧嘩をする時は決まってオリビアの恋絡みだった。ある時は…

「いいか、オリビア。あの男だけはやめろ。いつもお前を人前で泣かせるやつだ。お前本当にそれでいいのか?あいつはお前が思ってるような男じゃない、お前も本当は解ってるだろ!もっと…自分を大切にするんだ…!」
「私のことなんでもかんでもわかったふうな口聞かないで!ウォルステッド、あんたに何がわかるのよ…!!」

パンッと乾いた音がしてウォルステッドの左頬が赤く腫れた。自分に背を向けてオリビアは去っていく。ウォルステッド本人も解ってはいた、今は止めても無駄なのだと。それでも口を挟まずにはいられなかった、オリビアが愛しくて大切だったからだ。結局いつもオリビアは男に泣かされてウォルステッドの元へ帰ってくる、それが二人のお決まりのパターンだった。いついかなる時もオリビアを慰めるのがウォルステッドの役目。彼女が迷い悲しみにくれたとき帰ってくる場所を用意しておくのがウォルステッド・アミュスクフという男の、自分の役目なのだと彼は信じて疑わなかった。しかし彼も男だ、ある時は自分の気持ちを隠さなかった

「オリビア、好きだ!!俺はお前と一緒になりたい…っ、お前が作った飯を食ってっ、お前が用意した寝床で一緒に寝てっ、それを爺さんと婆さんになるまでずっと繰り返したいんだ…っ!お前が好きなんだよ…っっ!!」
「よしてよ!私がバカな女だから簡単に落とせるって思ってるんでしょっっ!!」
「そんなこと本気で思ってないっ…!お前は世界一幸せになっていいんだ、俺が必ず誰よりも幸せにする…っっ!!」

オリビアを優しく抱き寄せるウォルステッド。オリビアは一瞬ほだされそうになったがウォルステッドを突き飛ばす。男に騙されすぎてウォルステッドさえ信じられなくなっていたのだ

「もう…っ、…私にかまわないで…っ!」
「待てよオリビア…っっ!」

この日ウォルステッドはある予感がしていた。ああ、もうオリビアは俺の元には戻ってはこないだろうと。自分には解る、生まれてこのかた嬉しいときも悲しいときも二人で喧嘩しながら分かち合ってきた。だから解る、“もう二度と自分には振り向かないだろう”…と。『その日』もウルダハの石畳の道を、雨が目茶苦茶に叩きつけていた

コンコンコンッ

悲嘆に暮れて自宅に戻った数時間後、ウォルステッドの家の扉を弱々しくノックする音が聞こえる。扉に近付くとその扉の小さな覗き窓からずぶ濡れになったオリビアの姿が見えた。ウォルステッドがすぐさま扉を開ける

「オリビア…っ」
「来ちゃった…っ、ごめん。私、こんなだから…っ。…ウォルステッド、私がまだ…忘れられないやつがいるのに、それでも…っ、私は…あんたのところに行っても、いいの…?」

いつも焦がれ望んできた哀しいぐらい愛らしい丸いオリビアの頬がこの豪雨で濡れている。それは今まさに実が張り裂けそうなほど膨れ上がった果実を弾く、大地の恵みである朝露が放つ七色の光を宿した雨粒が彼女の顎に流れ落ちた。その雫と弱々しいオリビアの気持ちを掬い上げるようにウォルステッドは言った


「ばかやろう…!当たり前だっ、オリビア!!俺は、お前じゃなきゃ…っ、お前じゃなきゃダメなんだよ・・・っっ!!」

そう、こいつはいつもこうなんだ。こっちが忘れた時に突然やってくる、ウォルステッドはそう思っていた。だから、

(オリビア、戻ってきたのか…!?)

ウォルステッドは座っていたソファから飛び降りる。読んでいた魔導書が勢いよく床にドンッと落ちることも気にせず玄関に走り出して扉をバンっと乱暴に開けこう叫んだ

「オリビア・・・・・!!」
「夜分にすみません…」
「・・・・・え? オーク、さん…?」

今夜も滝のような雨がウルダハの砂の大地を叩きつける。外を確認せずウォルステッドが開いた扉の先に立っていたのは別れた女房ではなく所在無さげにずぶ濡れになったビカム・サムワンの秀才リーダー、オーク・リサルベルテだった。


「シャワー、ありがとうございました」
「いえいえ。ハーブティーどうですか、あったかいの淹れたんで」

風呂場から出てきたオークにウォルステッドは男所帯らしいカップに淹れたハーブティーを差し出した。それを手にオークはウォルステッドが勧めてくれたソファに腰を掛けた

「びっくりしましたよ、まさかオークさんだなんて。初めて仕事を手伝ってもらったとき以来ですね」
「本当にすみません、誰かを待っていたようで…」

グサッ!

ウォルステッドの胸に言葉のナイフが突き刺さる。頭からタオルを被っているオークの顔は、ウォルステッドからはうかがいしれない。悪気はなかったのだろうとウォルステッドは一つため息をはいて話の確信を突いた

「その様子…俺の見立てだとお嬢さん、クゥクゥさんに振られたか振ったんだかした気がするんですが」
「…っ」

両者名答だった。ウォルステッドは意外と人をよく見ている人物だ、だがこればかりはクゥクゥとオークの周りに居たら誰だって解る。自分のことで頭がいっぱいになっているオークは気が付いていない、ウォルステッドの次の発言はある結果についてやや強引に断定付けて言及した言葉だった

「想い合ってるのになぜ別々でいようとするんです?こんなに近くにいるのに」
「それは…」
「少なくとも俺には羨ましい限りなんすけどね、惚れてる女に想ってもらえるっていうのは」

 



ウォルステッドの言う通りだとオークも思っていた。ウォルステッドがオーク自身よりも年上の男性であることの油断からオークは誰にも言えなかった自分の想いが溢れ出して止まらない

「…王家復興の旅に出てまだ一年、国内での敗戦の影響はいまだ色濃く残っていて人手も足りず大地は荒れたままです」

これは全部話しそうだなとウォルステッドは聞くことに徹した。オークは続ける

「その復興の為に、尽力する官僚になる権利もまだ武功で得られていません」

ウォルステッドもその話は伝え聞いていた。オークの境遇は他者が思っているよりもずっと辛く重い、オークの話をもう少しきいてやりたいとウォルステッドは時折思っていた。話は続く、

「自分ひとりの身を立てられる程の手柄もなく土地財産もない。彼女が勇者になる後ろ盾にすらなってあげられない。こんな何もない男に、まだ何も成してない中途半端な下級貴族の立場で彼女の、勇者になりたい夢と自由な冒険者としての立場を縛りたくないんです」

オークは話す間にだんだんと上体が前かがみになった。オークのさほど短くない髪で目元が完全に隠れたとき吐き出すように最後の言葉を絞り出した

「でもそれを話してしまったらきっと優しい彼女は悩んで苦しんでしまう気がする…俺のために夢を諦めてしまうんじゃないだろうか」

最後は消え入りそうな声で、オークの言葉はろうそくの灯りだけで広がる室内の暗がりに静かに溶けて消えていった。オークの言葉が途切れた頃合いでウォルステッドが話し始める

「男として何かを成さなければとか女に何かを与えなければ幸せにできないんじゃないかとか考えてしまうのはわからなくもないんですけど、それはオークさんの考えであってお嬢さんはオークさんじゃないから違う考えなんじゃないでしょうか」

オークは伏せていた目を見開いた。その様子を確かめてウォルステッドが続ける

「お嬢さんがオークさんに本当に望んでることって武功とか立場とか自由とか、そんなことじゃないんじゃないでしょうか。そんなないものねだりするような人には見えないっすけどね」

ウォルステッドは自分が飲んでいたハーブティーのカップを持ち上げて一人掛け用のソファを立ちオークにこう告げた

「誰にでも優しくて人のことを考えまくるのはオークさんの良いところですけど、考え過ぎなのはよくないと俺は思うっす。だから今日はしっかり休んで明日から考えを整理してみてはどうでしょう」

オークはやっと顔を上げてウォルステッドの顔を見た。ウォルステッドは目線のあったオークに顎で廊下の先に見える部屋を教え伝えた

「いつもの部屋使ってください、元嫁さんの部屋で申し訳無いっすけど」
「いえ、助かります…ありがとう」
「いえいえ、毎度ご贔屓に。おやすみなさい」

ウォルステッドは振り向くことなく廊下の突き当たりにある自室に消えて行った。オークは頭からタオルを剥ぎ取りソファに深く腰を埋めた

「…」

自分は一体何をやっているんだろう、オークは無機質な天井を空虚な気持ちで見上げ続けるのだった。


「やっぱりお節介だったよなぁ…またオクベル姐さんに怒られちまうな」

ウォルステッドは二人用のベッドに転がり、今だ降り続ける雨を自室の窓から眺めていた

(お嬢さんはオークさんの恋人やりながら勇者になっちゃう人だと思うんですけどねぇ…)

何もかもすれ違う、そんな夜であったー。


(次回に続く)

 

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