人生の師 その22 | 吹けば飛ぶよな家具屋のおやじ

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平成19年になった。

業績は下がる一方で、他店のY社長と会っては、悪いねえ、と

傷をなめあっていた。




ABFの展示会に行くと、S先生の講演があった。

みなさんのお店は10年以内にみなつぶれますよ。

というものであった。

そのほか、会場では景気の悪い話ばかりですっかりブルーが2段階

スイッチオンになってしまった。




何としても3月の業績が悪かったので、いよいよ徹底した改革が

必要になった。

なぜならば、今季6月決算では当然赤字が予想されるうえに

いよいよ年商よりも借金額が上回る最悪パターンに入ろうとしていた。




いろいろな言葉を並べては自分を励ましていた毎日であった。

ある日の日記には、自分にとってマイナスではなくプラスな面を数えていた。

そしたら100以上出てきた。

神は見捨ててはいなかったと思った。




人間、追いつめられてこそ、本当に変わろうとするパワーが出るに違いない。

ダーウインの法則を弟の輝次先生が持ってきてくれていて

毎日見ていた。




賢いものが生き残るとは限らない。

  強いものが生き残るとは限らない。

    変化できるものだけが生き残る。

            (ダーウイン)


どのように変化すればよいのか、

いろいろして研究してきたが、国道の拡幅を待って大改造しようと

思っていたので具体化していなかった。




国道の拡幅を待ってはいられない状態になったので

いよいよ行動開始である。

まず第一に商工会の副会長辞職である。

会長職がめぐってきそうであったので回避せねば改革はできない。



おふくろの認知症対策にはケアマネージャーを友人に紹介してもらった。




財務面は何としても輝次先生にお願いするつもりであった。

人に迷惑をかけない、社員を不幸にしない、そのためには

どんなことでもするつもりであった。

4月21日、輝次先生はやってきた。