ちょっと遠くのスーパーに行っただけなのに… | のらりくらりす。

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ゲーマー兼オタク兼カメコです。

今日は、

ちょっと遠くのスーパーまで、

歩いて行ってきました。

 

いつも行く近所のスーパーではなく、

わざわざ、

少し離れた場所にあるスーパーです。

 

なぜ、

そんな遠くのスーパーに行ったのか。

 

それは、

なんとなく、

いつもと違う空気を吸いたかったからです。

 

ただ、

それだけの理由でした。

 

少し、

話しは変わりますが、

 

私たちは普段、

自分の行動範囲というものを、

無意識に決めて生活しています。

 

ここからここまで、

という、

目に見えない境界線(きょうかいせん)のようなものです。

 

その境界線の内側だけで、

毎日を過ごしている。

 

それは、

効率的で、

安全な生き方なのかもしれません。

 

けれど、

たまにはその境界線を越えてみる。

 

そうすると、

そこには、

思いがけない発見があったりするのです。

 

たとえば、

いつもと違う道を歩くだけで、

見たことのない花を見つけたりします。

 

新しい自動販売機を発見したりします。

 

では、いったい、

なぜ私たちは、

いつもと同じ道ばかり歩いてしまうのでしょうか。

 

それは、

迷いたくないからです。

 

失敗したくないからです。

 

要するに、

安心したいのです。

 

自分自身の足元(あしもと)を、

しっかりと固めておきたい。

 

そういうことなのだと思います。

 

でも、

今日は違いました。

 

あえて、

少し遠くのスーパーを目指したのです。

 

天気も良く、

風も心地よい、

そんな素晴らしい午後でした。

 

歩きながら、

私は、

自分の足音を聞いていました。

 

カツ、

カツ、

と、

アスファルトを叩く音です。

 

普段の生活では、

自分の足音なんて気にも留めません。

 

でも、

時間に余裕があるとき、

心に少しだけ余白があるとき、

 

私たちは、

自分の身体の感覚を、

取り戻すことができるのです。

 

これは、

スゴイことです!!

 

本当に、

小さなことなのですが、

生きている実感を味わう瞬間なのです。

 

では、

遠くのスーパーに着いてから、

何があったのでしょうか。

 

実は、

特別な事件が起きたわけではありません。

 

ただ、

いつもと違う野菜が売っていたり、

見慣れないお惣菜(おそうざい)が並んでいたりしただけです。

 

「ほう、

この地域では、

こういうものが好まれるのか。」

 

そんなふうに、

一人で納得していました。

 

カゴの中身も、

いつもとは少し違ったものになりました。

 

いつもの定番商品ではなく、

パッケージの可愛さに惹かれて買った、

謎のお菓子。

 

そんな小さな冒険を、

私たちは、

日常の中で求めているのかもしれません。

 

そう考えると、

遠くのスーパーに行くという行為は、

単なる買い物ではありません。

 

人によっては、

それ以上の意味を、

持っているのです。

 

それは、

冒険です。

 

自分の中の小さな旅なのです。

 

ここで、

少し大きな話をさせてください。

 

私たちは人生において、

どれだけの「新しい場所」に行けているでしょうか。

 

どれだけの「新しい視点」を、

持てているでしょうか。

 

毎日、

同じ会社に行き、

同じような人と話して、

同じような夜を過ごす。

 

それはそれで、

尊い日常です。

 

否定するつもりは、

毛頭ありません。

 

平和な毎日は、

何よりも代えがたい宝物です。

 

でも、

たまには、

いつもと違うスーパーに行ってみる。

 

そんな些細(ささい)な行動が、

私たちの凝り固まった脳を、

ほぐしてくれるのです。

 

脳がほぐれる。

 

心が軽くなる。

 

そして、

世界が少しだけ広く見えるようになる。

 

本当に、

不思議なものです。

 

ここで、

もう少し考えてみたいと思います。

 

「遠くのスーパー」とは、

物理的な距離だけの話でしょうか。

 

もちろん、

最初はそうです。

 

歩いて二十分かかる場所。

 

自転車で十五分かかる場所。

 

そういう場所のことです。

 

でも、

それだけではないような気がするのです。

 

私たちにとっての「遠くのスーパー」とは、

「未知の世界」の比喩(ひゆ)なのかもしれません。

 

まだ見たことのないもの。

まだ体験したことのないもの。

まだ味わったことのない感情。

 

そういうものすべてが、

私たちにとっての、

「遠くのスーパー」なのです。

 

では、いったい、

私たちはどうして、

その「遠く」に向かいたくなるのでしょうか。

 

それは、

現状に満足していないからでしょうか。

 

いいえ、

そうではないと思います。

 

むしろ、

今ある日常を、

もっと愛するために、

あえて遠くに行く必要があるのです。

 

自分の居場所を確かめるために、

あえて外に出てみる。

 

外の風に吹かれて、

自分の小ささを知る。

 

そして、

温かい自分の家に帰ってきたとき、

なんとも言えない安堵感(あんどかん)に包まれる。

 

「やっぱり、

我が家が一番だなぁ。」

 

そう思える瞬間を作るために、

私たちは、

少し遠くまで歩くのです。

 

今日の帰り道、

両手に持ったスーパーの袋はずっしりと重く、

腕が少し痛くなりました。

 

でも、

その重さが、

心地よかったのです。

 

自分が今日、

しっかりと歩いて、

自分の足で新しい空気を感じてきたという、

その証拠(しょうこ)だからです。

 

夕日が、

アスファルトの道を長く伸ばしていました。

 

影法師が、

トコトコと私と一緒に歩いています。

 

日常は、

いつだって、

私たちがどう見るかで、

その姿を変えていきます。

 

退屈な日常も、

見方を変えれば、

大冒険の舞台になるのです。

 

だから、

明日もまた、

いつもの道を歩くかもしれません。

 

でも、

心のどこかでは、

いつでも「遠くのスーパー」を探している。

 

そんなふうに、

生きていけたらいいなと思います。

 

人生とは、

遠くのスーパーへ向かう、

長い散歩のようなものなのかもしれません。

 

寄り道をしたり、

珍しいものを見つけて驚いたり、

少し疲れて休んだりしながら、

自分のペースで歩いていく。

 

そんなふうに、

一歩一歩、

進んでいきたいですね。

 

今日買った、

ちょっと変わったお菓子を、

今からお茶と一緒に食べるのが、

とても楽しみです。

 

本当に、

小さな幸せですが、

こういう瞬間を大切にしていきたいと思います。

 

皆さんも、

たまには、

いつもと違う道を通ってみてください。

 

いつもと違うスーパーに足を延ばしてみてください。

 

きっと、

何か新しい発見が、

あなたを待っているはずです。

 

それは、

大げさなことではなく、

でも、

あなたの心を少しだけ温めてくれる、

そんな小さな奇跡なのだと思います。

 

それでは、

今日はこのへんで。

 

また、

日々の何気ない出来事を、

書いていきたいと思います。

 

最後まで読んでいただき、

本当にありがとうございました。

ふと、

空を見上げてみると、

いつの間にか、

綺麗な夕焼けが広がっていました。

 

今日という一日が、

静かに終わろうとしています。

 

あんなに騒がしかった街も、

夜の帳(とばり)に包まれて、

少しずつ、

落ち着いた表情を取り戻していく。

 

そう考えると、

一日というのは、

本当にあっという間ですね。

 

朝、

目を覚ましたときは、

あんなに長く感じられた時間も、

こうして振り返ってみれば、

ほんの一瞬の出来事のように思えます。

 

では、

私たちは、

この限られた時間の中で、

いったい何を追い求めているのでしょうか?

 

お金でしょうか。

名誉でしょうか。

それとも、

誰かに認められることでしょうか。

 

もちろん、

それらも大切なことなのかもしれません。

 

でも、

本当に大切なものは、

もっと別のところにあるような気がしてなりません。

 

それは、

たとえば、

今さっき話したような、

「ちょっと変わったお菓子を食べる時間」だったりするのです。

 

誰に褒められるわけでもなく、

誰に自慢するわけでもない。

 

ただ、

自分が「美味しいな」と感じる、

その静かな瞬間。

 

その瞬間の中にこそ、

人生の本当の豊かさが、

隠されているのではないでしょうか。

 

ここで、

少しだけ、

話のスケールを大きくしてみたいと思います。

 

私たちは、

宇宙(うちゅう)という、

果てしない広がりの中に生きています。

 

地球(ちきゅう)という、

小さな青い星の上で、

それぞれが、

それぞれの人生を歩んでいる。

 

夜空を見上げれば、

何億光年も離れた星の光が、

今、

私たちの目に届いています。

 

信じられないほど遠い場所から届いた光が、

今、

私たちの網膜(もうまく)を刺激している。

 

そう思うと、

なんだか不思議な気持ちになりませんか。

 

私たちが、

今日、

いつもと違う道を通ったこと。

 

いつもと違うスーパーで、

珍しいお菓子を見つけたこと。

 

それらの出来事は、

すべて、

この広大な宇宙の歴史の中で、

奇跡的に起きたことなのです。

 

気の遠くなるような確率の積み重ねの上に、

今の自分という存在が成り立っている。

 

そう考えると、

日々の些細(ささい)な悩みなんて、

ほんのちっぽけなことに思えてきます。

 

「悩んでいる暇があったら、

美味しいお菓子を食べよう。」

 

そう思えてきませんか。

 

本当に、

人生は一度きりです。

 

明日、

何が起きるかなんて、

誰にもわかりません。

 

だからこそ、

今、

この瞬間を、

精一杯、

味わい尽くしたいのです。

 

遠くのスーパーへ向かう道すがら、

足元の石ころにつまずくこともあるでしょう。

 

突然の雨に降られて、

お気に入りの服が濡れてしまうこともあるかもしれない。

 

でも、

そんなときこそ、

思い出してほしいのです。

 

雨が降らなければ、

虹は出ない。

 

遠回りをしたからこそ、

出会えた景色がある。

 

人生のすべては、

無駄なことなど何一つなくて、

すべてが、

私たちを成長させるための、

大切なプロセスなのだと思います。

 

そう、

すべては繋(つな)がっているのです。

 

目の前の小さな幸せと、

果てしない宇宙の営みが、

一本の糸で結ばれている。

 

それを感じられたとき、

私たちの心の世界、

つまり、

境涯(きょうがい)は、

ぐっと広がっていくのです。

 

自分ひとりで生きているような気になっていても、

実は、

見えないところで、

たくさんのものに支えられている。

 

太陽の光に支えられ、

大地の恵みに支えられ、

周りの人たちの優しさに支えられて、

私たちは、

こうして生きている。

 

そう考えると、

感謝の気持ちが、

自然と湧き上がってきませんか。

 

「ありがとうございます。」

 

言葉に出して言ってみるだけで、

なんだか心が温かくなる。

 

不思議ですね。

 

言葉には、

それだけの力があるのです。

 

良い言葉を使えば、

良い現実を引き寄せる。

 

優しい言葉を使えば、

周りの人だけでなく、

自分自身の心も優しく包み込んでくれる。

 

だから、

日々の暮らしの中で、

できるだけたくさんの、

温かい言葉を使っていきたいですね。

 

「今日も一日、お疲れ様でした。」

 

自分自身に向けて、

そう声をかけてあげる。

 

それだけで、

今日という日が、

とても愛おしいものに変わっていく。

 

完璧な人間なんて、

どこにもいません。

 

みんな、

悩みながら、

迷いながら、

それでも一生懸命に生きている。

 

転んだっていい。

遠回りしたっていい。

 

立ち止まって、

空を見上げることができれば、

それだけで十分なのです。

 

私たちは、

いつだって、

新しく生まれ変わることができる。

 

昨日の自分とは違う、

今日の自分。

 

今日の自分とは違う、

明日の自分。

 

一歩一歩、

確実に、

私たちは前へ進んでいるのです。

 

だから、

焦る必要なんてありません。

 

あなたのペースで、

あなただけの道を、

歩いていけばいいのです。

 

時には、

地図を忘れて、

迷子になってみるのも面白いかもしれない。

 

思いがけない場所で、

思いがけない素敵な出会いが、

あなたを待っているかもしれませんから。

 

人生という名の、

果てしない冒険の旅。

 

その途中で、

また、

面白いものを見つけたら、

ここでシェアさせてくださいね。

 

あなたの毎日が、

たくさんの小さな奇跡と、

温かい笑顔で満たされますように。

 

心から、

そう願っています。

 

それでは、

本当に、

おやすみなさい。

 

また、

お会いしましょう。