最近、子どもケアせずとも

海外出張に飛び回ったり

遅くまでセミナー受講して

懇親会まで出たり、自由に

羽ばたいていた。

 

そして今日、次女が高熱を出して

久しぶりにママ業務を優先した。

 

午前の会社のゴルフコンペ。

初めて開催、ショートコースの7ホール。

からの、福島県へ移動、

温泉宿に一泊して

14日の朝は、ランドセル工場見学

の予定だった。

 

・・・が

私は福島行きを断念。

午前中で終わったゴルフコンペだけ

参加し、昼過ぎには帰宅。

午後は、次女を病院に連れて行った。






初めてのゴルフは、

ショートコース、快晴晴れ

天気も気温も最適霧ゴルフ


 



帰宅すると次女はグッタリしていた。

午前中しっかり寝れたけど

熱は上がるばかり。

中学3年生は、小児科なのか?内科なのか?

あまりに久しぶりの病院で戸惑ったぜ。

乳児医療証があるということは、

小児科かな!て小児科へ。

いつものかかりつけが水曜午後休診で

新規開拓、最近はどこもWEB予約なのね。

 

次女は熱が39.2度もあり、

頭痛と喉痛でぐったり。

まさかの流行り物なのか?

インフルエンザ、マイコプラズマ、コロナ、溶連菌

などなど最近流行っているらしいと聞いて

病院で検査してもらうも、

全て陰性。

 

検査してもらって

陰性証明が出たので、

熱が下がって回復次第、

登校もできる安心感。

 

しかしまだ続く高熱。

早く回復しないかなぁ。

 

社員旅行をこんな形で

断念することになるとは

予期できなかったな。

 

残念だけど。

仕方ない。

全てはベストのために起こっている。

(何かの本にそう書いてあったよ)

 

明日の午後には、父の診断結果が出るし、

どちみち工場見学は諦めて早朝に戻ってきて

病院付添する予定ではあった。

 

夜まで社員と交流したいと

思っていたが・・・

 

別の機会にちょくちょくと行うことにします。

 

 

以前は、こんな風に

子どもの病気やお迎えなどで

仕事や行きたい場所、やりたいことに

制限がかかるのが日常だった、

そんな生活が20年くらい続いていた。

それが、ここ数年は、ようやっと、

自由に出歩ける身分になったなぁ、

と改めて噛み締める幸せよ。

 

成長の素晴らしさよ。

ありがとう。

 

 

 

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なんでだか分からないけど

どうしてだか分からないけど

涙が込み上げた。

 

それは、発熱している次女が

ソファに寝ていて、

私が毛布を足そうと持ってきて

上から毛布をかけて、

次女の体の脇にクックッと

毛布を押し入れたとき。

 

急に、自分が子どもの頃、

それを父にしてもらったことが

フラッシュバックした。

 

父は帰りが遅いことが多かったが、

たまに早く帰ってきた時に、

寝かしつけ、というか、

「おやすみなさい」をしに来てくれた。

 

当時はアメリカに住んでいたからか、

私と妹は別々の部屋で、

それぞれのベッドで寝ていて、

父は、それぞれの部屋に「おやすみなさい」

と言って毛布を体にクックッと沿って

イモムシ状態にしてくれるのが

私は好きだったな。

 

ほんの一瞬で、その思い出が

脳裏に蘇ってきて、

なぜだか分からないけど、

涙が込み上がる感じ。

 

この感情は何なのだろう。

ありがとう、なのか

愛、なのか

大好きだよ、なのか

懐かしい、なのか

暖かい、なのか

もう、一生戻ることはない、

子ども時代の私と、壮年期のお父さん。

 

父はずっと、元気でいてくれると思ってた。

去年まで毎週のようにゴルフに行っていた。

去年あたりから認知症が発覚したり

食欲減退したり、

しつつも自宅で普通に生活はできている。

 

じわりじわりと弱ってきているけど、

母という添木があるから

二人で自活できている。

 

 

突然じゃなく

心の準備期間を

与えてもらっていることは

ありがたい。

 

 

紅葉🍁通り越して枯れ木


 

 

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昔は厳しくて怖かった父、

今は

もの静かで穏やか爺さんに変貌。

 

 

私は外では喋らない子どもだったが

家ではゲラゲラ笑い転げてうるさい子どもだった。

 

父は基本的には、我々(妹と私)が

起きる前に出社して行き

我々が寝た後に帰宅してくる、

戦士のように

働きまくってた人だった。

(昭和の時代よ)

 

常に戦闘モードのせいか、

たまーーーに家にいる時にも

ビリビリしていて

子どものゲラゲラっていう笑い声も

うるさく感じたようで、

怒鳴られたり殴られたりしていた。

 

家族旅行にもたまに行ったり、

家族4人で外食したりもしたけど、

基本的にはあまり馴れ馴れしくすると

怒られる、という恐怖で

ちょっと一歩引いた存在だった父。

 

 

それが、引退して自宅にいるようになると

ずーーーーーーっとテレビの前に

静かに座って、モアイ像のように

動かずに静かにただ存在しているようになった。

 

話しかけると、笑顔になり、

優しい表情。

 

昔のテステステロンは多分

全て消費され切ったのだろう。

 

戦闘的な威圧感はもうなく、

そこにはただ穏やかな優しい爺さんだけがいる。

 

これが父の本質なのだろうか?

戦闘モードの内側にいたのは、

この穏やかな爺さんだったのだろうか。

 

 

軽い認知症になってる父は、

結構いろんなことをすぐに忘れるが、

日課になっている、皿洗いだけは

毎日やる。

流しに皿が溜まると

自動的に体は動き、

皿洗いをし始める。

 

習慣とはものすごいものだ。

脳が退化しても、体が覚えていて、

自動的に動く。

 

 

基本的には家のテレビの前の椅子に

座って、1日を過ごすが、

母が「買い物行こう」と誘うと

断ることなく、ついてきて、

荷物を持ってくれるし、

積極的に支払いをしてくれる父。

 

とにかく、お金の払いが良い。

父を誘って夕飯に行くと、

こちらが出すつもりでいても、

必ず奢ってくれるてへぺろおねがい照れ

 

 

人生を1日に例えると、

父の1日は、いろんなこと盛りだくさん楽しんで、

適度な疲労感で、

静かでムーディな雰囲気で

夕飯を食べているような

そんな時間なのかな。

 

 

 

 

 

 

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