昔は厳しくて怖かった父、

今は

もの静かで穏やか爺さんに変貌。

 

 

私は外では喋らない子どもだったが

家ではゲラゲラ笑い転げてうるさい子どもだった。

 

父は基本的には、我々(妹と私)が

起きる前に出社して行き

我々が寝た後に帰宅してくる、

戦士のように

働きまくってた人だった。

(昭和の時代よ)

 

常に戦闘モードのせいか、

たまーーーに家にいる時にも

ビリビリしていて

子どものゲラゲラっていう笑い声も

うるさく感じたようで、

怒鳴られたり殴られたりしていた。

 

家族旅行にもたまに行ったり、

家族4人で外食したりもしたけど、

基本的にはあまり馴れ馴れしくすると

怒られる、という恐怖で

ちょっと一歩引いた存在だった父。

 

 

それが、引退して自宅にいるようになると

ずーーーーーーっとテレビの前に

静かに座って、モアイ像のように

動かずに静かにただ存在しているようになった。

 

話しかけると、笑顔になり、

優しい表情。

 

昔のテステステロンは多分

全て消費され切ったのだろう。

 

戦闘的な威圧感はもうなく、

そこにはただ穏やかな優しい爺さんだけがいる。

 

これが父の本質なのだろうか?

戦闘モードの内側にいたのは、

この穏やかな爺さんだったのだろうか。

 

 

軽い認知症になってる父は、

結構いろんなことをすぐに忘れるが、

日課になっている、皿洗いだけは

毎日やる。

流しに皿が溜まると

自動的に体は動き、

皿洗いをし始める。

 

習慣とはものすごいものだ。

脳が退化しても、体が覚えていて、

自動的に動く。

 

 

基本的には家のテレビの前の椅子に

座って、1日を過ごすが、

母が「買い物行こう」と誘うと

断ることなく、ついてきて、

荷物を持ってくれるし、

積極的に支払いをしてくれる父。

 

とにかく、お金の払いが良い。

父を誘って夕飯に行くと、

こちらが出すつもりでいても、

必ず奢ってくれるてへぺろおねがい照れ

 

 

人生を1日に例えると、

父の1日は、いろんなこと盛りだくさん楽しんで、

適度な疲労感で、

静かでムーディな雰囲気で

夕飯を食べているような

そんな時間なのかな。

 

 

 

 

 

 

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