あえて男性の外見の質問です。

低身長だが筋肉質な男
vs
高身長だが痩せ細っている男

あなたはどちら好みでしょうか?


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次男は、妹たちに質問したことがあった。
「背低いけど筋肉ある男と
身長高いがガリ細の男、
どっちがイイ?」

長女も次女も
一瞬の躊躇いもなく
「高身長に決まってんじゃん。
筋肉は鍛えれば付くけど、身長は伸びない」
と言い放った。

若い彼女らがまだ知らない事は、
筋肉は努力した者にしか付かない、
筋肉は努力の実証であると言うこと。
そして、努力しようとしない体質は
そう簡単に変えられない、
と言うこと。
私は黙っていたけどね。
自分で発見するといい。


もっと深掘りすると
どんなに与えられた材料が
良くても、
磨こうとする気持ちと精神力と実行力が
備わっていなければ
それは宝の持ち腐れ。

あるものを最大限に駆使して
磨き上げて鍛えようとする心、
魂、精神力、実行力、胆力を
持とうと努力し続ける人の方が
数倍魅力的だろ。


大谷翔平選手の様に
カラダも内面の強さも
両方に恵まれ能力体力ある
神の様な存在もいるけどね。
非の打ち所がない人も
存在するものなのだね。

まあ、羨んでも仕方がないし
キリもない。
今あるもの、生まれたカラダと脳で
最大限出来ることをやるのみよ照れ

私は、自分より頭一つ分は
背が高くてガタイもデカい相手と
正面からタックルしに行ける気迫を
持ち合わせた男の方が、
その準備をして来た男の方が、
はるかにカッコいいと思うよ❣️

そう次男に伝えたい。



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話しが急転します
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どうして人は感動するのだろう。

全身全霊込めてガチで
挑んでいる姿に
私は感動を覚えてしまう。

それは何故だか分からない。

「100%出す」事の
難しさについて、
シーズン始めのキックオフ会にて
OBの方が語ってくれた。

その方も当時としては
100%出しているつもりだったが
振り返ってみると、
他にももっと出来た事があったと
振り返るらしい。
それほど、100%て言うのは
難しく、奥深いものなのだと。
だからこそ、現役の選手部員には
「これが今の全力なのか」を
常に自問して挑んで欲しい、と
めちゃくちゃ力強いメッセージで
私までズドンと射られた。

私は、その当時の自分が
やった全力は、その時の自分の
全力なのだから、それはそれで
ええやないか、
と思ってしまうので後悔ないが
いつなんどきでも、
「果たしてこれが今の我の全力か?」
と自分に問う事は大切、
と感じた。
この事を、
このOBの方のお話しから
気付かされた。

華の大学生活中でも
ガチ部活に挑む彼ら彼女らを
見守る父母親睦会に
集まった親たちにも
チームの熱は確実に伝わっていて
なんだろう、スポーツを通じてしか
出会わないこの出会いたち、
そして魂の一体感は。

金木犀って、ある日突然満開になるよね。

びっくりする。


つい先日は花開く気配もなかったのに、

昨日気付いたら満開、

金木犀の香りぷんぷん

芳醇。


秋を感じる瞬間だね。



今日は雨予報だったはずだが、

晴れ間が見える。


長女は始発で部活へ。

次女も朝から部活へ。

おにぎりと水筒準備して

私は朝ヨガ🧘‍♀️から

1日をスタート。


今日は、残務と片付けな

休日。




整体ショーツはヨガにも効く。



いつしか、自分を卑下する癖がついていた。


そうする事で、人間関係の面倒臭い

やりとりを少し省けると気付いたから。


でも、いつまでも自分を卑下

し続ける癖がこびりついてしまっていて、

そうすることで逆に弊害が

起きている事にも最近気付く。


そろそろスタンダードを

アップデートする時だな。




例えば、自分を卑下するという事は、

自分と同等扱いする人間(夫とか)

のことも卑下することになる。


親しい家族であっても、

自分と同等にしない、

区別すれば良いことなのかもしれない。

でもそれは

なかなか出来ないこと。



あとは、自分を卑下していると、

その目線を他の人にも転化しちゃうから、

自分が出来て当たり前のことを

他の人がやっても、それは

当然出来ることだよね、と

自分を認めないのと

同じ勢いで他の人も認めることが

出来ない。とか。



他の人のことは認めるのに

自分のことは認めてあげない、

て言うのもなんか違うし。



他の人を認められる人になりたいから、

まず自分のことも認められる人に

なりたい。


と言うのが真意。





写真は、小さな鉢の中で

萎れて倒れそうになっていた

花を花壇に地植えしたら

蘇った、の図照れ



太陽と土と水は生命力を与えるんだね。








骨盤立たせる整体ショーツ