25年前の今日、母になった。
2000年3月に結婚した時から
夫が3年間夜間学校に通う事は
決定していた。
当時OLだった私が最初の
3年間は大黒柱になることには
何の不安も抵抗感も無かった。
ただ結婚して3ヶ月後に
命を宿したと知ったとき
恐らく人生で初めての
危機感を味わった。
自分の体が自分だけの
思い通りに動かすことが
出来なくなる恐怖。
生活を支えるはずの私の
体がこの先いったい
どうなっていくのか
ぜんぜん分からない。
親になる覚悟も準備も
まるで出来ていない。
不安だらけで毎晩泣いていた。
生活のこと。
体のこと。
でも、どうしても産まない
選択は出来ない。
やるしかない。
前置胎盤と診断され、
しかも帝王切開になると
断言されていた。
ずっと私は安産タイプと
根拠のない自信があったのに
普通に産む事すら
許されない。
そして切腹の前夜
(2001/2/7)病室から見える
とうふ屋うかいの工事現場に
雪がチラついていた。
怖いけど
後戻り出来ない。
出すしかない。
どうなるか全く想像も付かないけど
やるしかない。
でも産声を聞いて、
赤ちゃんが胸元に
連れて来られた瞬間に
私にはもうキャパシティが無い
と思い込んでいたが
愛がぶわーーーっと
無限に増えたのを感じた。
愛は無限大♾️
の意味をその時に知った。

