なんでだか分からないけど

どうしてだか分からないけど

涙が込み上げた。

 

それは、発熱している次女が

ソファに寝ていて、

私が毛布を足そうと持ってきて

上から毛布をかけて、

次女の体の脇にクックッと

毛布を押し入れたとき。

 

急に、自分が子どもの頃、

それを父にしてもらったことが

フラッシュバックした。

 

父は帰りが遅いことが多かったが、

たまに早く帰ってきた時に、

寝かしつけ、というか、

「おやすみなさい」をしに来てくれた。

 

当時はアメリカに住んでいたからか、

私と妹は別々の部屋で、

それぞれのベッドで寝ていて、

父は、それぞれの部屋に「おやすみなさい」

と言って毛布を体にクックッと沿って

イモムシ状態にしてくれるのが

私は好きだったな。

 

ほんの一瞬で、その思い出が

脳裏に蘇ってきて、

なぜだか分からないけど、

涙が込み上がる感じ。

 

この感情は何なのだろう。

ありがとう、なのか

愛、なのか

大好きだよ、なのか

懐かしい、なのか

暖かい、なのか

もう、一生戻ることはない、

子ども時代の私と、壮年期のお父さん。

 

父はずっと、元気でいてくれると思ってた。

去年まで毎週のようにゴルフに行っていた。

去年あたりから認知症が発覚したり

食欲減退したり、

しつつも自宅で普通に生活はできている。

 

じわりじわりと弱ってきているけど、

母という添木があるから

二人で自活できている。

 

 

突然じゃなく

心の準備期間を

与えてもらっていることは

ありがたい。

 

 

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昔は厳しくて怖かった父、

今は

もの静かで穏やか爺さんに変貌。

 

 

私は外では喋らない子どもだったが

家ではゲラゲラ笑い転げてうるさい子どもだった。

 

父は基本的には、我々(妹と私)が

起きる前に出社して行き

我々が寝た後に帰宅してくる、

戦士のように

働きまくってた人だった。

(昭和の時代よ)

 

常に戦闘モードのせいか、

たまーーーに家にいる時にも

ビリビリしていて

子どものゲラゲラっていう笑い声も

うるさく感じたようで、

怒鳴られたり殴られたりしていた。

 

家族旅行にもたまに行ったり、

家族4人で外食したりもしたけど、

基本的にはあまり馴れ馴れしくすると

怒られる、という恐怖で

ちょっと一歩引いた存在だった父。

 

 

それが、引退して自宅にいるようになると

ずーーーーーーっとテレビの前に

静かに座って、モアイ像のように

動かずに静かにただ存在しているようになった。

 

話しかけると、笑顔になり、

優しい表情。

 

昔のテステステロンは多分

全て消費され切ったのだろう。

 

戦闘的な威圧感はもうなく、

そこにはただ穏やかな優しい爺さんだけがいる。

 

これが父の本質なのだろうか?

戦闘モードの内側にいたのは、

この穏やかな爺さんだったのだろうか。

 

 

軽い認知症になってる父は、

結構いろんなことをすぐに忘れるが、

日課になっている、皿洗いだけは

毎日やる。

流しに皿が溜まると

自動的に体は動き、

皿洗いをし始める。

 

習慣とはものすごいものだ。

脳が退化しても、体が覚えていて、

自動的に動く。

 

 

基本的には家のテレビの前の椅子に

座って、1日を過ごすが、

母が「買い物行こう」と誘うと

断ることなく、ついてきて、

荷物を持ってくれるし、

積極的に支払いをしてくれる父。

 

とにかく、お金の払いが良い。

父を誘って夕飯に行くと、

こちらが出すつもりでいても、

必ず奢ってくれるてへぺろおねがい照れ

 

 

人生を1日に例えると、

父の1日は、いろんなこと盛りだくさん楽しんで、

適度な疲労感で、

静かでムーディな雰囲気で

夕飯を食べているような

そんな時間なのかな。

 

 

 

 

 

 

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うちの両親の

年代別別 夫婦のパワーバランス

に着目してみた。


両親は歳の差がまあまああって、

9歳差である。


母が29

父が38

の時に結婚、

長女である私はその翌年に

誕生した。



今でこそ、

この結婚年齢や

出産年齢は

いたって「ふつう」

の部類かもしれないが、

私が子どもの頃には、

まだ20代前半で

結婚出産する人が多かったので

親の年齢を聞かれて

素直に答えると

「すごい歳取ってるね。早く死ぬね。」

など、無邪気さながらの

残酷な言葉を返されて、

その場ではどうにか

平静を保ちつつも

夜中に1人布団をかぶって、

あぁ、うちの親は早く死ぬんだ。

などとメソメソ泣いたりした。

そんなこともあったな。


大人になってみると、

色んな病気や事故で、

高齢な父よりも早く

天に召される方もいるんだと

知ったけど。

人生の長さは年数じゃないと。




父親が大黒柱として

働いていた全盛期は、

母は専業主婦で

父はいつも仕事や

お付き合いのゴルフや麻雀に

出掛けていて不在だった。


父は定年後も何度か

再雇用で働き続け、

ずっと海外単身赴任で不在で

80歳手前まで働いていたと思う。


父が引退してからと言うもの。

よくある熟年の危機と言うか。

母がよく文句を言う様になった。


「家にずっといて、

何もしないのよ、

お父さん。


いるなら皿くらい

洗ってくれたら

いいのに。」



そして引退した父ほ、

皿洗い担当になった。




母は出かけるのが

大好きで、

じっとしていない。


70代後半過ぎてから

疲れる様になった、と

言っている。


自分は外は出かけて行って、

父は、ずっと家にいる。


ずっと家にいるのに

家事をしないし

ご飯も作らない。


そのことにいつも

プリプリしてる。

皿洗い担当ひてもらうだけでは

不満になってしまったようで。


いつも、プリプリしている。



本題に戻すと

若い頃、仕事全盛期の頃は

常に不在、家に帰るのは寝るためだけ、

しかも出張や海外赴任が多くて

そもそも何週間も何ヶ月もいない、

なんてことも、ザラだった父。


引退してずーーーーーっと

家にいるようになると、

プリプリ怒る母。


私が50歳だから

かれこれ半世紀以上も

結婚している彼ら。


子どもからの視点で見ていると

なんかごちゃごちゃプチ言い争いしたり

母がプリプリしたりしていながらも

2人にはお互いの存在が

とても必要で、なんだかんだ

「人」と言う文字みたいに

お互いに少し寄りかかりながら

生きてるな〜


て感じる。


そんな父が重い病気の

可能性が高い。


母は毎日プリプリしながらも

夜眠れない時もある、とこぼす。


残されたら。。。

とか

この先いったいどうなるのか。。。

とか


考えずにいられなくて

消化しきれない想いが

モヤモヤ期。




出来るだけ

通院付添したり

話したりしている。




昨日は明け方雨、

午後から晴れて

最高気温21度と言う

暖かさ、

そして青い空。






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