【イランに対する有志連合の結成は、中国に対するインサイド・アウト戦略につながる可能性があることについて】

1. アメリカ主導の有志連合の実態について

アメリカのトランプ政権が、ペルシャ湾を通過するタンカーを護衛するための有志連合の構想を発表しました。

現在、アメリカとイランの間では、イランの核開発、弾道ミサイル開発、武装グループ支援をめぐり、対立が深まり、軍事的衝突の危険性が高まっています。

アメリカは、弾道ミサイルや武装グループ支援も規制の対象とする新しい核合意をイランに受け入れさせるため、イランに対し軍事的圧力を加えています。アメリカは、空母打撃軍を中東へ派遣し、戦略爆撃機B-52を中東へ展開しました。

中東ではタンカーに対する攻撃が相次ぎ、アメリカはイランの攻撃によるものとし、イランを非難しています。



一方、イランは、タンカーへの攻撃に関与していないと主張するとともに、イラン領空に侵入したアメリカの無人偵察機(ドローン)を対空ミサイルで撃墜しました。



これに対し、アメリカは、イランの軍事施設への報復爆撃を準備しましたが、実施直前にトランプ大統領が中止を決定、代わりにイランに対しサイバー攻撃を実施しました。もしアメリカが報復爆撃を実施していたら、米-イラン戦争が始まっていたかも知れません。

このような状況の下、アメリカがペルシャ湾を通過するタンカーを護衛するための有志連合結成を発表したわけですが、アメリカのダンフォード統合参謀本部議長の説明を見て驚きました。というのも、有志連合といいつつ、実は、アメリカは、後方から、司令部機能と情報を提供するだけで、実際にタンカーを護衛する軍艦については、他の国任せだからです。[1]



現在、アメリカは、アメリカ自らが敵国と戦うのでなく、地域の同盟国を敵国と戦わせ、自らは後方から指令を出す、いわゆるオフショア・バランシング戦略を進めています。今回の有志連合は、まさにオフショア・バランシング戦略の典型例と言えます。アメリカは、イランと軍事的に対峙するお金も、兵も、決意もありません。アメリカは、他国の軍艦を前面に出し、自らは後方から命令を出すだけです。[2]

すでに、アメリカから、日本や韓国,、オーストラリアなどの国々に軍艦派遣の打診が来ているようです。

実は、同様のことは、シリアに関しても起こっています。現在、アメリカは、シリアから地上軍を撤収しつつありますが、その代わりとなる地上軍の派遣をドイツに要請しました。ただし、ドイツはすぐに断りました。[3]

今回のイランに対する有志連合構想は、かえって、アメリカの衰退を印象付けることになります。イランの地対艦ミサイルに対し、アメリカの空母も、イージス艦も無力です。トランプ政権が中東に派遣した空母「アブラハム・リンカーン」はペルシャ湾にすら入れず、はるか南のオマーン湾で待機している状態です。そのため、アメリカは自らはタンカー護衛に参加せず、後方から命令と情報提供することだけしか出来ないわけです。

韓国は、北朝鮮に対するアメリカの制裁緩和を取引条件に、有志連合に参加するかも知れません。韓国軍は、長らくアメリカ軍の指揮下にあったので、有志連合でアメリカの指揮権に服することに抵抗がないかも知れません。[4]

オーストラリアは、早々に、モリソン首相が有志連合への参加の意向を表明しました。[5]



イギリスは、すでにペルシャ湾にフリゲート艦を派遣し、もう1隻駆逐艦を派遣する予定です。イギリス国民の目をブレグジットの混乱からそらすためかも知れません。[6]

中国は、有志連合に参加しないと思われます。中国は、イランに対するアメリカの経済制裁にもかかわらず、イランから原油を輸入し続けており、イランが中国を攻撃する理由はありません。



ただし、中国は、イランではない第3者から攻撃される危険性を考え、アメリカの指揮下に入らない独立した形で、自国のタンカーを護衛するため、軍艦を派遣するかも知れません。

日本は、1990年の湾岸戦争後に、海上自衛隊の掃海艇をペルシャ湾に派遣し、機雷掃海任務を実行したことがあります。しかしながら、今回のようにタンカーに対する攻撃があるかも知れない、いわば戦闘海域に、しかも、アメリカの指揮下で自衛艦を派遣することは初めてのこととなります。

安倍政権は、参議院選挙後、国会で議論も行わず、法律の整備も行わず、憲法上の問題も解決しないまま、有志連合への参加を決定すると思われます。


[自衛艦「かが」を観閲するトランプ大統領と安倍首相]

アメリカは、安倍首相に対し、もし有志連合に参加しなければ、首相を菅に代えると脅すでしょう。安倍晋三は、首相として人事権を握っているからこそ、皆が忖度しますが、首相を退任し平の議員になれば、自民党議員からも官僚からも見向きもされないでしょう。首相を退任した途端、安倍晋三は党の内外から攻撃を受け、地元での違法行為などが表沙汰となり、政治的に抹殺されるでしょう。それが怖い安倍晋三は、アメリカの有志連合参加要請を断れないでしょう。

問題は、日本国民がどう受け止めるかです。

元々、イラン核合意のあと、中東は安定していました。アメリカが核合意から離脱したからこそ、中東情勢が緊迫したわけです。ドイツも、フランスも、ロシアも、中国も、イギリスも、アメリカに対し、核合意へ戻るよう求めています。アメリカは、自分で中東情勢緊迫化の原因を作ったにもかかわらず、アメリカ自身は軍艦を派遣せず、後方から命令を出すのみです。その有志連合に、日本は自衛艦を派遣し、アメリカの指揮に服するのかという問題です。

日本国民のみなさんは、メディアの流す一方的な情報に流され、安倍政権の有志連合参加の決定を追認するかも知れません。それ自体が、日本を軍事紛争に巻き込む危険を含んでいますが、有志連合への参加は、さらに大きな危険へとつながることになります。


2. イランに対する有志連合の結成が、中国に対するインサイド・アウト戦略につながる可能性について

実は、今回の有志連合は、来年以降に予想される中国に対する多国籍艦隊の作戦行動の予行演習という性格も有しているのかも知れません。

来年2020年には、台湾で大統領選挙が予定されており、もし新しい大統領が事実上の台湾独立を宣言すれば、中国は台湾に対し必ず軍事介入を行います。これは、すでに中国の国内法「反国家分裂法」で決まっていることです。


[台湾総統選: 独立派の蔡英文候補と親中派の韓国瑜候補]

また、来年2020年には、アメリカは、南シナ海でアメリカ陸軍も参加する大規模な軍事演習を予定しています。その過程で、米中の間で何らかの軍事衝突が発生するかも知れません。

いずれの場合も、紛争がエスカレートすれば、アメリカが主導する多国籍艦隊が組織され、中国に対し海上から圧力を加えることが予想されます。

その際に採用される「インサイド・アウト戦略」が、まさに今回の有志連合と同じ構成になっています。すなわち、日本の自衛隊を中核とするインサイド戦力が前方に展開し、いわゆる第1列島線(日本列島-台湾-フィリピンを結んだ線)の内側、中国の中距離弾道ミサイルの射程範囲内で戦うことになっています。[7]

その一方で、アメリカの空母や航空戦力は、アウトサイド戦力として、第1列島線の外側、中国の中距離弾道ミサイルの射程外に退避し、後方から命令を出しつつ、海上封鎖を行うということになっています。(「インサイド・アウト戦略」については、こちらのブログ記事をご参照下さい。)


[第1列島線とINSIDE-FORCEおよびOUTSIDE-FORCE(出典: Tightening The Chain)]

現在、アメリカは、アメリカ自らが敵国と戦うのでなく、地域の同盟国を敵国と戦わせ、自らは後方から指令を出す、いわゆるオフショア・バランシング戦略を進めています。「インサイド・アウト戦略」は、まさにオフショア・バランシング戦略の具体例と言えます。

中国が、日本の自衛艦や在日米軍基地・自衛隊基地へのミサイル攻撃で戦力を消耗したあと、アメリカは、アメリカ本土から増援部隊を派遣し、九州や琉球列島・奄美諸島に中距離ミサイル部隊を展開し、中国本土に対しミサイル攻撃を行うことになっています。


[九州・琉球列島・奄美諸島から中国本土に対する中距離弾道ミサイル攻撃(出典: Tightening The Chain)]

日本国民のみなさんが、漫然とメディアに流され、イランに対する有志連合への日本の参加を黙認すれば、それは、来年以降、アメリカが「インサイド・アウト戦略」を発動することにつながるでしょう。

戦争は、起こるものではなく、起こすものです。中国の台頭を許したくないアメリカは、中国の体制に揺さぶりをかけるため、様々な手を打つことになります。米中貿易戦争やファーウェイ排除は、その第1歩に過ぎません。繰り返しますが、台湾が事実上の独立を宣言すれば、中国は必ず軍事介入します。その場合、米中軍事戦争は、すぐに始まります。


3. 有志連合に対するイランの考え得る対応について

話を有志連合に戻します。アメリカが主導する有志連合が組織された場合、イランは、自国のタンカーに革命防衛隊を乗船させ、警備にあたらせるでしょう。

イランは、ロシアからコンテナ格納巡航ミサイル(Club-K)を購入し、自国のタンカーをコンテナ格納巡航ミサイルで武装するかも知れません。有志連合の軍艦は、イランのタンカーにうかつに近づけないことになります。


[ロシアのコンテナ格納巡航ミサイル(Club-K)]

中国、インドは、イラン原油の輸入を続けるでしょう。イランは中国、インドのタンカーを攻撃しないでしょう。

中国・ロシアが主導する安全保障機構である上海協力機構は、現在オブザーバーのイランを正式加盟国にするかも知れません。すでに中国は、イランを上海協力機構の正式加盟国にすることを承認しています。その場合、中国・ロシアからイランに対し、物資の援助や軍事的支援が行われることになります。


[イランのロウハニ大統領と中国の習近平国家主席]


[ロシアのプーチン大統領とイランのロウハニ大統領]

ロシアはタンカーに積める携帯妨害電波装置をイランに供与するかも知れません。有志連合の軍艦の電子装置や巡航ミサイルが機能しないことになります。(ロシアの電波妨害装置については、こちらのブログ記事をご参照下さい。)

狭い海域で、イランの軍艦と有志連合の軍艦が行き交うことになります。偶発的な衝突が起こるかも知れません。あるいは、原因不明の爆発により、有志連合の軍艦が破壊され、あるいは沈没し、有志連合側が、イランの攻撃であると断定するかも知れません。その場合、紛争がエスカレートすることになります。

イランが支援するレバノンの武装勢力ヒズボラは、もしアメリカがイランを攻撃すれば、紛争は中東全域に拡大すると警告しています。ヒズボラは、イスラエルを攻撃するでしょう。同じくイランが支援するイエメンのフーシ派は、サウジアラビアを攻撃するでしょう。[8]

イランの地上軍は、イラクを通過し、クウェートを経由してサウジアラビアに侵攻するかも知れません。


[イランのイスラム革命防衛隊]

通常兵力では、イラン軍の攻撃・侵攻を食い止められないアメリカは、「戦術核」の使用に踏み切るかも知れません。すでに、アメリカの安全保障の専門家が、その可能性を警告しています。[9]

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紛争がエスカレートした場合、原油・天然ガス価格は数倍に跳ね上がるでしょう。世界経済は、リーマンショック以上の景気後退に陥るでしょう。

イランのロウハニ大統領は、アメリカがイランに対する経済制裁を解除し、核合意に復帰するなら、協議に応じる準備があると表明しています。[10]

日本は、有志連合に参加するのでなく、ドイツ、フランス、イギリス、中国、ロシアと協力し、アメリカに対し核合意への復帰を求めるべきです。


参照資料:
(1) "Dunford: US Will Provide Intel, Not Escorts, In Strait Of Hormuz", July 9th 2019, Defense One

(2) "The Case for Offshore Balancing - A Superior U.S. Grand Strategy" by John J. Mearsheimer and Stephen M. Walt, Foreign Affairs, July/August 2016 Issue

(3) "Syria: Germany rejects US demand for ground troops", July 8th 2019, DW

(4) "South Korea considers joining coalition to patrol waters off Iran", July 15th 2019, Arab News

(5) "It is in national interest to join Gulf coalition, PM told", July 15th 2019, The Australian

(6) "UK to send a second warship to the Gulf amid crisis with Iran", July 13th 2019, The Guardian

(7) Tightening The Chain, 2019, CSBA

(8) "Hezbollah chief warns war against Iran would 'engulf region' ", June 1st 2019, AL Jazeera

(9) "A nuclear war in the Persian Gulf?", July 2nd 2019, Bulletin of Atomic Scientists

(10) "Iran 'ready for talks' with US if sanctions are lifted", July 15th 2019, Al Jazeera


註記: 上記の見解は、私個人のものであり、いかなる団体あるいは政党の見解をも反映するものではありません。
私自身は、いずれの政党・政治団体にも所属していません。あくまでも一人の市民として、個人として発言しています。民主主義と平和を実現するために発言しています。