【CICA(アジア相互協力信頼醸成措置会議)をベースに、アジアにおける地域的集団安全保障機構を構築すべきことについて】

1. CICA(アジア相互協力信頼醸成措置会議)第5回会議の開催

6月中旬、CICA(The Conference on Interaction and Confidence-Building Measures in Asia: アジア相互協力信頼醸成措置会議)第5回会議がタジキスタンで開催されました。会議には、CICA加盟国27カ国が参加しました。



首脳会議には、中国の習近平主席、ロシアのプーチン大統領、イランのロウハニ大統領、アゼルバイジャンのアリエフ大統領、ウズベキスタンのミルズィヤエフ大統領、カザフスタンのトカエフ大統領、キルギスのジェーンベコフ大統領、トルクメニスタンのベルディムハメド大統領、タジキスタンのラフモン大統領、バングラデシュのハーミド大統領、スリランカのシリセーナ大統領、アフガニスタンのアブドラ行政長官、トルコのエルドアン大統領が出席しました。

インドや韓国、パキスタン、タイ、ベトナムも、CICAの正式加盟国です。

会議には、サウジアラビアやアラブ首長国連邦も参加しました。さらにアメリカや日本の代表も、オブザーバーとして参加しました。国連やOSCE(欧州安全保障協力機構)も、オブザーバーとして参加しました。



CICAは、集団安全保障機構であるOSCE(欧州安全保障協力機構)のアジア版とも言われています。

私は、個人的に、アジアの安全保障については、日米安全保障条約や米韓安全保障条約のような冷戦時代に結ばれた軍事同盟に代わり、中国、アメリカ、アジア諸国が参加する集団安全保障体制を構築すべきであると考えています。

CICAをベースに、アメリカ、日本が正式加盟し、そこにASEAN地域フォーラムを合体させ、アジア地域の集団安全保障の仕組みを構築すべきです。

以下、ご説明させて下さい。


2. アメリカの「インサイド-アウト防衛戦略」と捨て駒にされる日本

2020年には、中国がアメリカを抜いて世界一の経済大国になると予想されています。物価を勘案した購買力平価計算によると、すでに中国の経済力がアメリカの経済力を上回っているという試算もあります。この傾向が続けば、アメリカは、やがて経済力でも、通常兵力でも、中国に叶わなくなります



AIや情報通信などの先端技術分野でも、アメリカは中国に遅れをとっています。次世代の高速モバイル通信規格である5Gの分野において、世界標準を築きつつあるのは中国のファーウェイです

中国は一帯一路政策により、ユーラシア大陸およびアフリカに対して影響力を拡大しつつあり、やがて国際通貨としてのドルの地位も中国の元によって脅かされることになるでしょう。

このような事態の下、アメリカは、最後の手段として軍事力を使って、中国の体制に揺さぶりをかけたいと考えていると思われます。台湾危機や南シナ海における衝突がきっかけになるかも知れません。

しかしながら、中国は、「A2/AD(接近阻止/領域拒否)戦略」の下、すでに1000発以上の中距離弾道ミサイルを配備し、日本本土、東シナ海、南シナ海の全域を射程範囲内に収めています。そのため、航空母艦を始めとするアメリカ軍は中国本土に近づけない状態になっています。[1]

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そこで、アメリカは、アメリカ自らが中国と戦うのでなく、地域の同盟国を中国と戦わせ、自らは後方から指令を出す、いわゆる「オフショア・バランシング戦略」を進めています。[2]

その具体化として、本年、アメリカのシンクタンクCSBAが、レポート「Tightening The Chain」を発表し、「エアシーバトル戦略」を発展させた、「インサイド-アウト防衛戦略」を提言しました。

まず「エアシーバトル戦略」においては、アメリカと中国の間で軍事紛争が起こった場合、アメリカ軍の空母など主要な海上戦力および航空戦力は、中国の弾道ミサイルによる攻撃を避けるため、日本本土を離れ、グアム島やパラオ諸島に退避することになっていまます。そして、遠距離から海上封鎖を行うことになっています。[3]



今回提言された「インサイド-アウト防衛戦略」においては、これをさらに発展させ、新たに、中国の弾道ミサイルの射程範囲内にとどまり、いわゆる第1列島線(日本列島-台湾-フィリピンを結んだ線)の内側で活動する戦力が構想されています。第1列島線の内側で活動する戦力をINSIDE-FORCEと呼び、第1列島線の外側で活動する戦力をOUTSIDE-FORCEと呼んでいます。[4]


[第1列島線とINSIDE-FORCEおよびOUTSIDE-FORCE(出典: Tightening The Chain)]

このINSIDE-FORCE(第1列島線内戦力)の中核を担うのが「同盟国」日本の自衛隊です。日本全土はすでに中国の弾道ミサイルの射程範囲に入っており、自衛隊は退避しようにも退避しようがありません。そのため、アメリカは、日本の自衛隊に第1列島線内戦力としての役割を割り当てました。日本の自衛隊は中国の弾道ミサイルの射程範囲内にとどまり、弾道ミサイルにさらされながら、使い捨てにされる駒として利用されるわけです。

「いずも」や「かが」などの自衛艦にF35戦闘機が搭載され、まさに捨て身の特攻部隊として投入されることになります。

そして、自衛隊の対艦ミサイル・対空ミサイルで要塞化された琉球列島・奄美諸島もINSIDE FORCE(第1列島線内戦力)として利用されます。琉球列島・奄美諸島は、戦場となり、容赦ない弾道ミサイルの攻撃にさらされることになります。佐世保、岩国、横田、横須賀など、アメリカ軍基地のある日本本土も、当然、弾道ミサイルの攻撃にさらされます。

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奄美大島・大熊地区において建設中の自衛隊ミサイル基地
(写真出典: 小西誠さんの2018年9月1日付ブログ記事「軍事要塞に変貌する奄美―種子島(馬毛島)―薩南諸島」)[5]

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奄美大島・瀬戸内町において建設中の自衛隊ミサイル基地
(写真出典: 小西誠さんの2018年9月1日付ブログ記事「軍事要塞に変貌する奄美―種子島(馬毛島)―薩南諸島」)

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宮古島において建設中の自衛隊ミサイル基地
(写真出典: 小西誠さんの2018年9月7日付ブログ記事「政府は、自衛隊全体を「災害派遣部隊」として根本から再編成せよ」)[6]

また、巡航ミサイルを搭載したアメリカの攻撃型原子力潜水艦もINSIDE-FORCEとして、第1列島線内側で活動することになります。潜水艦は、中国の弾道ミサイルによる攻撃を比較的受けにくいと考えられるからです。

しかしながら、近年、中国の対潜水艦戦能力は向上してきており、また、ロシアが対潜水艦戦に参加し、さらにロシアの攻撃型原子力潜水艦が投入されれば、アメリカの攻撃型原子力潜水艦は第1列島線の外に退避するでしょう。

その他、INSIDE-FORCEとして構想されているのが、無人攻撃機や無人潜水艦です。アメリカにとって、自衛隊は無人攻撃機や無人潜水艦と同じ扱いです。

一方、アメリカ軍の空母などの主要な海上戦力および航空戦力は、OUTSIDE-FORCE(第1列島線外戦力)として、中国の弾道ミサイルの射程範囲外に退避し、遠方から海上封鎖を実施することになります。

そして、中国が日本本土・琉球列島・奄美諸島・自衛隊への弾道ミサイル攻撃を行い、消耗したあと、アメリカ軍は、アメリカ本土から増強部隊として、陸上発射型中距離弾道ミサイルを九州・琉球列島・奄美諸島に派遣し、中国本土に対してミサイル攻撃を加えるとされています。


[九州・琉球列島・奄美諸島から中国本土に対する中距離弾道ミサイル攻撃(出典: Tightening The Chain)]

実は、このアメリカの戦略は、目新しいものではありません。太平洋戦争時のアメリカの戦略の焼き直しでしかありません。太平洋戦争開戦時、アメリカはフィリピンに空軍基地と海軍基地を有していました。そして、12万人のフィリピン軍人と32000人のアメリカ軍人が防衛にあたっていました。日本軍の猛攻を受け、マニラ市およびコレヒドール要塞は陥落、フィリピンは日本が占領することになりました。しかしながら、その後、アメリカは、太平洋の島づたいに反撃を行い、日本列島を海上封鎖に追い込み、日本本土を空爆し、日本を降伏させました。「インサイド-アウト防衛戦略」では、日本列島および自衛隊が、太平洋戦争当時のフィリピンとフィリピン軍の役割を演じることになるわけです。

今後、米中対立が激しくなる状況の下、日本が日米安保条約を維持し、日米同盟を維持し続ければ、日本の自衛隊が捨て駒となり、日本本土・琉球列島・奄美諸島が戦場となります。アメリカは、日本を犠牲にして、中国に対する軍事的優位を確立しようとするわけです。アメリカにしてみれば、それが軍事的合理性の帰結といえます。


3. 「インサイド-アウト防衛戦略」の致命的欠陥とそれがもたらす壊滅的結果

しかしながら、「インサイド-アウト防衛戦略」は、中国の軍事力を過小評価しています。「インサイド-アウト防衛戦略」の致命的欠陥は、紛争が東アジアに限定されると想定していることです。しかしながら、もし仮に中国とアメリカの間で軍事紛争が起これば、紛争は、アメリカ本土を含む全世界に拡大するでしょう。

中国は、ロシアからS-400迎撃ミサイルを導入しており、アメリカの中距離弾道ミサイルから中国本土を防衛するでしょう。

中国に対する海上封鎖は効かないでしょう。仮に海上封鎖が実施された場合、中国は、タンカーや貨物船を船団に編成し、これに軍艦を護衛に付けて、輸送を行うことが考えられます。アメリカなどの軍艦は、中国のタンカーや貨物船に対し臨検や拿捕を行うことが困難になります。



そして、中国は、現在開発・配備中の貨物用コンテナに格納された超音速巡航ミサイルを多数の貨物船に搭載し航行させるかも知れません。その場合、中国軍艦の護衛がなくても、アメリカなどの軍艦は、中国貨物船の臨検・拿捕を行うことが非常に難しくなります。うっかり近づいて臨検・拿捕を行おうとしたら、いきなり超音速巡航ミサイルで攻撃されるかも知れないからです。アメリカなどの軍艦には超音速巡航ミサイルに対する防御手段がありません。逆に、撃沈されることになります。[7]





また、あらかじめ、超音速巡航ミサイル格納コンテナを搭載した貨物船をアメリカ本土や日本本土近くに航行・停泊させておき、有事の際、アメリカ本土や日本本土に攻撃をかけることも可能です。アメリカは、これまで戦場は中東やアジアだと思っていたかも知れませんが、アメリカ本土が戦場になります。弾頭に小型の核爆弾を搭載しておきアメリカ本土上空で起爆すれば、人間が殺傷されることはありませんが、電磁パルスにより、アメリカの電子機器や送電網などのインフラが使用不可能になります。

一方、仮にアメリカと中国が軍事紛争に突入した場合、イランやロシアは陽動作戦を実施するでしょう。たとえば、イランは中東地域で、ロシアはヨーロッパで軍事活動を活発化させるでしょう。さらに、この時とばかり、イランは、サウジアラビアに対し攻勢をかけるかも知れません。ロシアは、ウクライナやバルト3国に侵攻するかも知れません。中国で手いっぱいのアメリカは、対応出来ないことになります。

中国は、アメリカ本土や日本本土に対し、強力なサイバー攻撃をかけるでしょう。アメリカの金融システムや通信システムが麻痺することになります。日本には、サイバー攻撃に対する防御の手段も、反撃の手段もありません。



さらに、様々な破壊工作も実施されるでしょう。アメリカや日本の原発のすぐ近くで原因不明の爆発が起こるかも知れません。

アメリカは、国内のシェールオイルやシェールガスの生産により原油や天然ガスの輸入比率が低下しており、有事の際も、エネルギー調達に困ることはないと思っているかも知れません。しかしながら、アメリカ国内に網の目のように張り巡らされた天然ガス・パイプラインが、破壊工作の標的になる可能性があります。石油輸送列車が標的になるかも知れません。



宇宙空間にも戦場は拡がるでしょう。アメリカの通信衛星や軍事衛星、GPS衛星などが攻撃の対象になるでしょう。

全世界および宇宙空間の全てが戦場となります。


4. CICA(アジア相互協力信頼醸成措置会議)をベースにした、アジアにおける地域的集団安全保障機構の構築

そのような事態を避け、アジアの平和を維持し、多極主義に基づく共存共栄の世界を実現するため、アジアの安全保障については、冷戦時代に結ばれた軍事同盟に代わり、中国、アメリカ、アジア諸国が参加する集団安全保障体制を構築すべきです。

そして、そのベースとして上述のCICA(アジア相互協力信頼醸成措置会議)が用いられるべきです。CICAをベースに、そこにASEAN地域フォーラムを合体させ、新しいアジア地域の集団安全保障の仕組みを構築すべきです。

すでに、アメリカも日本も、CICAにオブザーバーとして参加しています。アメリカ及び日本は、CICAに正式に加盟し、集団安全保障の一翼を担うべきです。

集団安全保障の具体例としては、国際連合やOSCE(欧州安全保障協力機構)、ASEAN地域フォーラムなどをあげることが出来ます。集団安全保障においては、「加盟国の中に」地域の安全を脅かす国が現れた場合、他の加盟国が協力して、その対処にあたることになります。[8]

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ちなみに、集団安全保障と区別すべき概念として、集団防衛があります。集団防衛においては、「加盟国の外に」脅威を想定します。たとえばNATOが集団防衛の例です。冷戦時代にアメリカと西ヨーロッパ諸国により創設されたNATOは、ソ連を仮想敵国とし、加盟国のひとつがソ連に攻撃された場合、他の全ての加盟国がソ連に対し反撃するとしていました。

集団安全保障は、NATOのような集団防衛と異なり、アジアにおいては、中国、アメリカ、そして他のアジア諸国が協力して、地域の安全を管理します。

そのような集団安全保障の仕組みが、中国、アメリカ、アジア諸国の協力により、アジアにおいて構築された場合、集団安全保障機構の総会あるいは理事会における決議に基づき、たとえば、域内のテロ組織や海賊を撲滅するために、中国の人民解放軍、日本の自衛隊、アメリカ軍が協力して対処することになります。



また、域内で地震や津波などの災害が発生した場合、中国の人民解放軍、日本の自衛隊、アメリカ軍が協力して災害救助活動を行うことになります。

さらに、域内に、核保有を進めようという独裁国が現れた場合、その抑制のため、中国、日本、アメリカが協力することになります。



この集団安全保障の仕組みが構築されれば、アメリカは、財政的制約から今後縮小して行くアメリカ軍の不利を補いつつ、アジアにおける経済的・政治的権益を可能な限り守ることが出来ます。一方、中国も年々拡大する軍事費の膨張を抑え、産業構造の転換や国民の社会保障、あるいは「一帯一路」政策のために、より多くの予算を投入することが可能となります。

これまで日本国内では、あるべき世界秩序・国際秩序に関する議論は、全く行われてきませんでした。しかしながら、それを抜きにしては、あるべき日本の安全保障政策を決定することは不可能です。

集団安全保障こそが、アメリカにとっても、日本にとっても、唯一の希望です。一人でも多くの方がそれに気付くことを望みます。


参照資料:
(1) The US-China Military Scorecard, RAND Corporation, 2015

(2) "The Case for Offshore Balancing - A Superior U.S. Grand Strategy" by John J. Mearsheimer and Stephen M. Walt, Foreign Affairs, July/August 2016 Issue

(3) AirSea Battle, Center for Strategic and Budgetary Assessments, 2010

(4) Tightening The Chain, 2019, CSBA

(5) 小西誠さんの2018年9月1日付ブログ記事「軍事要塞に変貌する奄美―種子島(馬毛島)―薩南諸島」

(6) 小西誠さんの2018年9月7日付ブログ記事「政府・自衛隊は、イージス・アショア、自衛隊の南西シフト態勢などの大軍拡を直ちに中止し、自衛隊全体を「災害派遣部隊」として根本から再編成せよ。」

(7) "China Building Long-Range Cruise Missile Launched From Ship Container", March 27th 2019, The Washington Free Beacon

(8) "Collective Security Is America's Only Hope", David Santoro, October 15th 2017, The National Interest


註記: 上記の見解は、私個人のものであり、いかなる団体あるいは政党の見解をも反映するものではありません。
私自身は、いずれの政党・政治団体にも所属していません。あくまでも一人の市民として、個人として発言しています。民主主義と平和を実現するために発言しています。