山本有三記念館で気になったイングルヌック[中世スコットランド、ウエールズのイングル・ヌーク Ingle neuk])(暖炉のそばの腰掛のある空間)についての学習が続く。
国立国会図書館で閲覧した資料の補足として、少ない期待を持って野毛坂にある横浜市立中央図書館へ行ってみた。
そして、5階の人文科学フロアーで図書館カードを利用して検索用PCで見つけたのはこの本!
「山本有三と三鷹の家と郊外生活」(2006年6月刊)
この図書館は国会図書館と違って基本的に開架式なので背ラベルの記号「910.26/ヤ」に従ってセクション(910)と蔵書棚(26/ヤ)を探せば容易に見つかった。
所蔵はこの1冊(貸出も可)だけだったので超ラッキー!
有三先生、また会えましたね。
この本は借りることもできたのだが、学生時代に戻ってその内容をメモった。
4人の子供達はこの家から北へ2km続く成蹊通りを通って成蹊学園小学校まで通学したんだろうなと想像してみた。
当然ながら、三鷹周辺には多くの文人が住んでいてこの辺りを題材に小説を残しているようだ。
そして、山本有三旧居のイングルヌックのある平面図を発見!
ヌックは建築用語で、中世スコットランドの石造住宅で壁面から外に突出する形の暖炉を造り,その側方に設けた腰掛け部分をさす。炉火 Ingle (スコットランド語) に由来する言葉で,イングル・ヌーク Ingle neukとも呼ぶ。くぼみ (アルコーブ) を室内に向けて開けることにより,付属的で親しみやすい空間が生れる。ウェールズ地方でも普及した。(ブリタニカ国際大百科事典)
「作家の人生と作品とライフスタイルを跡付けるにあたり、旧居はその拠点として有効に働きます。けれども、作家が10年余りにも住んだその土地のその家が実際に記念館として存続することは、東京都内においても全国的にみても、希少な例になります。」(本書の冒頭より)
『私がミタカに越したのは、二・二六事件の直後であった。その翌年に日支事変がおこり、その三年後にミタカは町になった太平洋戦争も敗戦もミタカの家で迎えた。そういう意味でミタカは思い出の深い土地である。私はここで、「新編路傍の石」を書き、
「戦争と二人の婦人」を書き、「米百俵」を書いた。新かなづかい、当用漢字の制定、新憲法の口語化たずさわったのも、この時代のことである。しかし、敗戦の結果、私は家を接収され、懐かしいミタカを立ちのかなければならないことになった私はしばらく他人の家に間借りをしたり、大森に移ったりして、今ではカナガワ県に住んでいる。ミタカが市に昇格したのは、その間のことである。今年はその一五周年にあたるというが、もし、家を接収されなかったら、今も市民として、ミタカにとどまっていたことであろう。ミタカに住んでいたのは、十一年ほどだが、ミタカは私にとって忘れがたい土地である。』
「ミタカの思い出」
『三鷹市報』1965(昭和40)年11月3日掲載
そして、読書ブースでサラッと一枚。
二時間余りの学習の後はご褒美に久しぶりの野毛飲みへ。
野毛の街は、夜は飲み屋街のネオンが眩しいが、昼間は健全な娯楽の街でもある。
![]()
昨年末はプレオープン記念イベントで入れなかったクラフトビール「VERTERE YOKOHAMA」へ。
ネモフィラ
West Coarst Pilsner, 6.0%
奥多摩にあるここの本店には10年前から何回か訪問したことがある。
2016年10月
2018年9月
今日もまた良い思い出が出来た。
なお、この店はこの辺りでは珍しい屋上付きの店なので、夏にはビヤガーデン併設らしい。
今週末は大桟橋でのJapan Brewers Cup 2026だ。
ヨコハマはビール街道まっしぐら!
NO BEER, NO LIFE!!![]()
NO BEER, NO YOKOHAMA⚓️




















