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ロドさんの繪ブログ「一期一繪」

団塊の世代のラストランナー。想い出深い海外駐在当時も振り返りながら「日本再発見」ということで国内あちこちのスケッチを織り交ぜて気ままに、「人生はFESTINA LENTE(ゆっくり急ごう)」

 

 

異常なアキの猛暑にもマケズ、先月に続いて母校の公開講座に出かけた。

 

その前に井の頭公園をぶらり。

 

 

 

 

今回は、徳川幕府最後の15代将軍(慶喜)の幕臣を経て日本の資本主義の父と言われる渋沢栄一(1940-1931)の有名な思想「論語と算盤」についての講義だ。

 

 

講師の渋沢栄一の玄孫にあたる澁澤健氏は、渋沢栄一の思想であった「論語と算盤」を現代のビジネスに伝える幅広い活動を行なっている一方成蹊大学の客員教授でもある。

 

 

 

開講までにはまだ少し時間があるので木陰を探して、情報図書館をこの角度からは初スケッチ。

 

10年前は秋の欅並木側(裏)からだった。

 

暑く静寂な青空の下のキャンパス本館を眺めながら、少し散策。

 

会場の校舎は情報図書館と本館の間にある6号館。

 

 

本館を見つめる銅像は、学園の創設者中村春ニとは旧制中学(高等師範学校付属中学)の同級生の今村繁三で、中村が1925年に創設した成蹊学園を三菱財閥の4代目総帥の岩崎小弥太と財政的に支援している。

 

プリッカー賞受賞の世界的な建築家坂茂氏(成蹊高校→米クーパーユニオン)が設計した情報図書館(2006年竣工)の正面を通って隣の校舎の講義会場(6号館)へ。

 

 

ここは在学中は1号館だった。

(1969年学園絵葉書)

 

 

6号館の立派な大教室には学生と元学生の300名近い聴講生。

 

講義のサブタイトルは:

 

『日本の新しい時代において渋沢栄一の「論語と算盤」で未来を拓く』

 

渋沢栄一は、150年前に社会的イノベーションの手段(スタートアップ)として500社の設立、600の社会事業に関与し、その主な功績としては、現存する100年企業、学校、団体なども数多くある。例えば、

◾️第一国立銀行(みずほ銀行)

◾️王子製紙

◾️東洋紡

◾️東京海上

◾️東京ガス

◾️東京株式取引所(東京証券取引所)

◾️東京女学館

 

渋沢栄一は、日本の「資本主義の父」と呼ばれるが、本人は「資本主義」(株主)ではなく「合本主義」(ステークスホルダーズ)を好んで使ったが、その考え方は、

 

《論語(道徳)と算盤(経済)》

《正しい道理の正しい富の永続》

《How To?》→《自分ならどうする》

《or》→《and》で考える

 

《企業30年説》

《事業30年でアップデートし存続》

 (例)「DNP」の事業変革(社会のニーズに応える)

 

《インパクト投資》

リスク(不確実性)+リターン(成果)

                     &

インパクト測定+課題解決の評価尺度

       =《論語と算盤》

 

「日本の近代化社会の同期性」

1870-1900年 維新(破壊)

1900-1930年 西洋社会に追いついた(繁栄)

1930-1960年 戦争、戦後(破壊)

1960-1990年 Japan As No.1 (繁栄)

1990-2020年 失われた30年  (破壊)

 

□アフリカでのスタートアップ

《150年前の日本の人的資本》

《アフリカの人口ピラミッド最大=20代》

《&日本で繁栄の可能性》

 

結論

=昭和(Made in Japan)

=平成(Made by Japan)

=令和(Made WITH Japan)

 

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渋沢栄一は元会社の相談役でもあった関係から非常に繋がりが深く、元会社の社是も「論語と算盤」だ。

 

また、王子の飛鳥山にある渋沢栄一資料館等も元会社の施工だ。

 

 
 

 

 

 

さらには、渋沢栄一の邸宅は江東区の会社施設に移築されて保存されている。

 

 

 

 

 

🖊️📃

 

1時間半の講義が終わった頃にはすでに陽は西に。

 

来る時はバスに乗ったので帰りは歩こうと思ったがあまりにも暑いので関東バスで吉祥寺駅へ。

 

バス

 

そしてお疲れ様の一杯は、駅前のアトレのCRAFT BEER MARKETへ。

 

前回Kichijoji Taproomで飲んだのと同じ定番のBiard Beer Rising Pale Aleをレギュラーサイズで。

 

お馴染みのCRAFT BEER MARKET特等席から見る駅前もだいぶ暗くなってきた。

 

そろそろ家路へ。