大手濠 | ロドさんの繪ブログ「一期一繪」

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団塊の世代のラストランナー。想い出深い海外駐在当時も振り返りながら「日本再発見」ということで国内あちこちのスケッチを織り交ぜて気ままに、「人生はFESTINA LENTE(ゆっくり急ごう)」

 

天気予報もはっきりしない梅雨空のお昼前、自分的予報を信じて荷物になる傘も持たず元会社のOB総会で大手町まで出かけた。(去年は欠席)

 

地下鉄

 

日吉駅からの地下鉄目黒線経由の三田線大手町駅で下車して長い地下道を抜けてc2b出口から会場の経団連ビルへ。

 

例によってかなり早めに着いたので、時間調整のためで建物がつながっている日経新聞社の2階のカフェへ。

 

 

 

風景は変わらないが前の木々が少し大きく茂ってきたかな?

 

後ろの壁の電光掲示板に表示されたリアルの日経平均株価64,869は前日比-547.63を示していた。

(因みに当日の終値は64,179円で前日比-1237.36)

 

そして、少し近所を散歩。

日経新聞社の西側にある東京消防庁へ。

 

守衛さんに断ってロビーへ。

 

 

そして、左に大手町合同庁舎第3号館を見ながら会場へ。

 

神田橋袂で日比谷通り右折すると会場の経団連ビルだ。

 

日本に帰国して最初に参加したのは2017年だった。

 

全国から集まった240余名のOB会が終わった頃には、天気予報も好転し青空も拡がってきてまさに梅雨の晴れ間の好天☀️

 

 

左の仮囲部分はかつての気象庁跡地だ。

(Wikipediaから引用)

 

そして、この場所へ。

 

震災イチョウを見たのは初めてだ。

 

震災イチョウ(説明文)

このイチョウは、かつて一ツ橋一丁目一本一番にあった文部省の様内(現在のパレスサイドビル付近)にありました。1923年(大正12年)の関東大度災でこの地域一番は焼け野原になりましたが、イチョウは奇熱的に生き残りました。

しかし、帝都復興計画による区画整理事業の中で切り倒されることになりました。それを聞いた当時の中央気象台長の岡田たけまつが惜しみ、帝都復興局長官の清野長太郎に木の保存を申し入れたところ、長官もその意義を理解しこの地に移植され、現在にまで残っています。

 

 

大手濠に映えるパレスサイドビルと丸紅ビル

 

パレスサイドビル(1966年竣工)の設計は日建設計、施工は大林組と竹中工務店。

 

この美しい日本的でモダンな建物は、学生時代にはリーダースダイジェストのビルと覚えている。

 

震災イチョウの樹の下の磨き花崗岩の円形ベンチで、一枚。

 

10年前にここのあたりで描いたことがある。

 

 

 

そして、暑い青空の下を千代田通りを錦橋方向へ進む。

 

東京国立近代美術館から描いたパレスサイドビル

 

 

帰りがけ、せっかくだから高校同窓会東京支部総会で長い間お世話になった学士会館の現状を確認。

 

新館部分は解体され新棟の地下工事の進行中のようだ。

 

新館の詳細はこちらから。

 

以前はこのような形だった。

(2024年5月)

 

そして、神保町駅へ向かう途中に懐かしいカフェで涼む。