国会図書館の白梅 | ロドさんの繪ブログ「一期一繪」

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団塊の世代のラストランナー。想い出深い海外駐在当時も振り返りながら「日本再発見」ということで国内あちこちのスケッチを織り交ぜて気ままに、「人生はFESTINA LENTE(ゆっくり急ごう)」

 

久しぶりの国立国会図書館での学習の日。

 

前回来たのは去年11月で、日本最初の高市内閣発足直後だった。

 

月初の解散総選挙も圧倒的な与党の勝利で終わり、第二次高市政権発足を明日に控えた永田町駅の国会図書館前交差点の近くの真新しい(なぜか)ブルーのスーツ姿の新人議員が行き交い、自民党本部前はいつも以上の警備。

 

議事堂を右手に見ながら国会図書館坂を下る。

 

前川國男設計の日本最大の蔵書を誇る国立国会図書館(1968年竣工)の前庭には満開の白梅が曇天の空気を咲いていた。

 

新館(1986竣工)の前に塩梅のいい場所があったので、入館前にここで、一枚。

 

📖📖

 

今回のテーマは、先週鑑賞したSOMPO美術館の展示会で興味を持った二人の洋画家「佐伯祐三」と「中村彝(つね)」。
 

 

 

「佐伯祐三」(1898-1928

大正昭和初期の洋画家で、パリの街角の壁、店先の看板を荒々しいタッチで描き特に壁に描かれた文字を造形の要素としている。私の好きなフランスの画家ユトリロ(1883-1955)の作風によく似ていると思っているが、佐伯は「シャガールの色彩、モディリアにの深さ、ユトリロのシュミ、ブラマンクの物質描写法」に感心した、と言っていたのも頷ける。病気に苦しみながら、1928年短い30年の人生の6年間をパリで過ごし愛したパリで衰弱死した。人生最後の年に描いた絵が「郵便配達夫」だ。

(出典ウキペディア)

 

(2023年2月) 

 

我が家の玄関の中で休んでいる郵便配達夫(笑)

 

 

「中村彝(つね)」(1887-1924)

明治の終わりから大正期の昭和期の洋画家。幼少期から父母、兄妹を相次いで失い自身も結核に病み1904年(17歳)からは天涯孤独の生活を余儀なくされた。1905年転地療養先の館山で水彩スケッチを始めた。1909年第3回文展(日展)に初入選し翌1910年の第4回文展で「浜辺の村」が第三等賞になり、この作品は実業家今村繁三(成蹊学園創設者)が購入し、その後も今村の所蔵していたルノワールの作品を観て感銘を受け後の作品に影響しているといわれる。1911年からは、新宿の中村屋の相馬夫妻がパトロンになり中村屋内の画室に住む。1916年下落合にアトリエを構え終生ここで創作。1921年から病状悪化により創作停止。1924年死去。

(出典ウキペディア)

 

東京下落合には佐伯祐三、中村彝両画家の新宿区立アトリエ記念館があ離、中村屋にも中村彝の作品があるらしいので、ぜひ訪問してみたい。

 

走る人

 

3時間の学習の後は、母校学園の中華圏同窓会の春節会のため有楽町へ。

 

その前に、数寄屋橋のGinza Sony Parkを覗いてみた。

 

 

学生時代には昔の建物には何度か入ったことがあるがこの建物は初めてだ。ギャラリーのある二階に上がってみた。

 

エルメスビルのガラスブロックの奥には銀座4丁目の和光。

 

折しも珍しい展覧会があったので入ってみた。

 

 

会場のある有楽町駅方向へ引き返して、タローさんに挨拶。

「若い時計台」(1966年)

 

 

 

そして、煙くて長いガード下を抜けて春節会の会場へ。

 

エルメスも和光も銀座、

そしてこのJR京浜東北線・JR山手線(1910年煉瓦造)からJR東海道本線(1942年)からJR東海道新幹線(1964年)の三世代ガードも銀座。

 

銀座、銀座、銀座、黄昏〜の銀座🎶

 

新年快楽

恭喜発財