自己愛憤怒 ― 正体が露呈したときの攻撃性 ―
これまで自己愛的な人の行動について少し書いてきましたが、以前「そのようなことを書くと、自己愛やサイコパスの行動を刺激することがある」と述べたことがあります。
というのも、自己愛傾向の強い人は、自分の間違いを指摘されると激しく憤怒することがあるからです。
知性が未熟な場合は身体的な暴力に出ることもありますし、立場がある場合は強制や指示を増やすといった形で圧力を強めます。
つまり、「自分は間違っていない。間違っているのはお前たちだ。その指摘がおかしいことを証明してやる」という思考に陥るのです。
そして厄介なのは、その“証明”の仕方です。
これまでの自己愛的な行動を、2倍、3倍と強めることで正しさを示そうとします。
自分の行動が間違っていない“証明”のために、誤った指示をより強固に押し進める。
これが、まさに「終わりの始まり」です。
その結果、攻撃性はさらに増していきます。
夫婦間や親子間であれば、「怖くて逆らえない」という状態になります。
上司と部下の関係であれば、パワーハラスメントに発展します。
場合によっては、部下のほうが賢ければ適度に受け流すこともあるでしょう。
しかし宗教組織の場合、信徒には上下のしがらみがそれほどありません。結果として、来なくなる、活動が減る、献金が減る――という形で静かに離れていきます。
このような自己愛の状態を「自己愛憤怒(ナルシスティック・レイジ)」と呼ばれます。
一般的には、自尊心や優越感を脅かされた際(自己愛的外傷)に引き起こされる、極めて激しい怒りや攻撃的反応と説明されています。単なる怒りではなく、「自分は特別だ」という誇大な自己像が崩れたときに起こる防衛反応です。
主な特徴としては、
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些細な批判や注意、思い通りにならない状況をきっかけに爆発する
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激しい攻撃、論点のすり替え、被害者意識
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誇大的自己像を守るための過剰な防衛
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相手を「味方」から「敵」へと極端に切り替える(いわゆるスプリッティング)
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責任転嫁、冷酷な非難、支配や操作
などが挙げられます。
自己愛傾向のある人の稚拙な嘘や支配、ヘイトの転嫁が露呈すると、その支配行動がさらに激しくなることがあります。
しかし、見方を変えればそれは一つの転機でもあります。
我を失った状態では判断力も鈍り、法を犯すような行動に出ることもあるからです。
そのため、もし被害を受けているなら、記録をきちんと残すことが大切です。
退勤後の指示、有給中の連絡、休日の業務命令などは、すべて記録しておきましょう。
状況によっては労働基準監督署などの公的機関に相談する道もあります。
ただし、上層部が関与している場合、訴えた側が平社員であれば、直属の上司まで責任追及を受けたり、組織防衛のために直属の上司は責任を押し付けられる危険もある、という現実は知っておいたほうがよいでしょう。
それでも、訴えた側が罪悪感を持つ必要はありません。
直属の上司は指示に従うと同時に部下を守るものです。自分を守らない人に遠慮しても仕方がありません。
人を苦しめることに罪悪感を持てない人の代わりに、あなたが罪悪感を抱く必要はないのです。
むしろ、この出来事を機に、今後は誰も苦しめることのない在り方へと転じていくことを祈る――そこにこそ、本当の再出発があるのではないでしょうか。
