2023年 夏、あわあわ断食合宿でお話したこと | Yokoi Hideaki

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久しぶりにブログ投稿します。

長らく投稿できていなかったので、「お体の具合でも悪いのでないすか」と心配してメッセージを下さる方もいらっしゃいました。一応のご返事はしたのですが、そのあたりの事情もお知らせしたく今回更新します。

 

さて、今月は森美智代さんの断食合宿がありました。今回は11日に伊勢神宮内宮に集合し、御神楽を奉納、正殿での特別参拝、その後「あわあわ」へ移動、早速合宿が始まりました。

私は初日、二日目の西式甲田療法の解説の講義を担当していますが、直近の2回(年末年始、GW)は何とか講義時間を短くしようと悪戦苦闘していました。

 

コロナに罹患?

講義時間短縮を考えたのは、このところ8時間越えが常態化していて、参加者には好評なのですが、終わってからの私自身の疲労がかなりのものだったからです。特に昨年年末の講座は正直ボロボロでした。

というのも、昨年夏の終わりにコロナに罹患した模様だったからです。

「模様」というのは一緒に旅行した3人が全員発熱し、PCR検査が陽性になったからです。私も帰宅後、微熱と倦怠感があり、しばし休養後に検査を受けましたが、陰性でした。

 

コロナ罹患を確信したのは、その後コロナ後遺症として認識されている「ブレインフォグ」の症状が出たからです。ブレインフォグは文字通り、頭に霧がかかったような状態になって考えがまとまらない、何かやる気が起きない、頭がボーっとした状態が続くことです。

 

コロナの主症状「血栓症」

以前紹介した大阪市大の井上正康先生は今回のコロナウィルス、およびワクチンについてこのように語っていらっしゃいます。

コロナウィルスのスパイク構造が体内各所で血栓症を引き起こし、それが症状を重症化させるというのは良く知られているが、ワクチンでも同様なことが起こっている。

それがウィルス、およびワクチンによる血栓症である。

 

ワクチンの副反応で心筋炎が多いのもこれに起因病変だからで、これは副反応でなく、むしろウィルス病態の主反応である。ワクチンが問題なのは、今回のメッセンジャーRNA(ワクチン)というのは、スパイクの構造が特別で(井上先生は詳しく解説)、天然のものとは違った構造をしており、壊れにくい、という特性を持つためだ。

 

当初は感染抑制に効果が高いと思われたが、その構造(スパイク)そのものが毒であった、ということが判って来た。頼みにしていたものの「ふた」を開けたら中からオオカミが飛び出した、というのが実態だ。

 

私を苦しめたブレインフォグも要は血栓症で、脳の毛細血管で血栓が生じ、脳の働きが著しく低下した、ということなのでしょう。勿論、脳だけに血栓が起こっているわけではありませんから、体中に血栓が生じ一種異常な倦怠感に悩まされていたわけです。

 

その間も仕事の予定が入っていましたので、調査や講義を行うのですが、全く良い考えが浮かびません。講義などは事前に用意したスライドをただ読むだけ、というような中身の薄いものになってしまっていました。

ほぼそのような状態で昨年末の「あわあわ」の講座に臨んだわけですから全く満足、納得のいかない内容になってしまいました。何度か参加されている受講者から「体調悪いのですか?」と聞かれ、図星でした。

 

その次のGWの講座時はだいぶ体調も回復し、短くしようと思ってスライドの見直しをしましたが、結果は2日間で8時間に逆戻り、参加者には喜んでもらい、私も納得いく内容のお話が出来ました。

 

しかし、その後も、どうも体調が万全とは言えない状況が続きます。そこで8月の合宿に間に合うようにと思い、7月の一月間、甲田先生の処方通りの生活を送ろうと決意し、以前紹介した鈍重腎臓(慢性疲労症候群)のメニューの食事を始めることにしました。

 

甲田療法の威力で体調万全

先生の処方は玄米菜食の食事と6大法則の体操がメインですが、食事は今回は玄米クリーム+お豆腐を基本にし、これに青汁を頂くことを一月行いました。玄米クリームについては以下のブログに書きましたので、興味のある方はご覧ください。

 

 

40代半ばに鈍重腎臓で苦しんだ私は一月の甲田先生の処方通りの生活で、先生がおっしゃったように「日本晴れ」のような健康を取り戻すことができましたが、それから20年を経て、今回も全く同じように万全の体調を取り戻すことができました。

 

因みに40代で頂いた処方と経過について書いたブログが以下です。

 

 

今回全く同じことが再現され、改めて西式健康法、甲田療法の卓効に、驚くとともに感謝の念がこみ上げてきます。

 

それで今日最初にお伝えしたいことは体調不良で悩まれている方は是非、甲田先生の処方の食事と6大法則(とりあえずは、金魚運動、毛管運動、合掌がっせきの3つ)を一月継続することにチャレンジしてみて欲しいということです。

 

また、コロナワクチンの後遺症でブレインフォグで苦しまれている方がいらっしゃたら食事メニューと特に毛管運動を毎日6回ほどおやりになることを薦めます。卓効があるはずです。自分に合った正確なメニューが知りたければ森鍼灸院で森さんの診断を受けることもお薦めします。

 

 

 

さて、以下は今回の講座でお話した2題のテーマです。

 

 

②の「甲田療法の神髄」は主に2日目でお話したテーマですが、2日目の12日は甲田先生のご命日にあたり、今年は特に甲田先生へのご恩返しになったのではと思いました。

 

森さんも講義が終わって帰宅の途に就いた私に次のようなメッセージを送ってくださいました。(以下メッセージママ)

 

昨日と今日は長時間ありがとうございました。

甲田先生の命日に甲田先生のお話をたくさん聞けてよかったです。

最後のお祈りの時は霊笛と拍手の時は額のチャクラが高速回転して、オーラが大きく成長している感じでした。

 

今日は甲田先生の命日に、横井さんが甲田先生のことを話していたので、背後の甲田先生が五井先生が白い光の滝みたいなのを私に降らせてくれていて、お部屋の写真を撮った人が虹色に光る龍様のような写真を撮ったり、別の人も飛び回るオーブの写真を撮っていました。

 

桃仙先生から教えられた守護霊のお守り

ここからは今日の本題、今回の講座で新しくお話したことを書いてみます。

それは守護霊、守護神のお働きについてです。

 

以前のブログで守護の神霊の具体的なお働きを知ることになった東京の山本印店での体験を書きました。またあわあわでの講座でもそのお話していますが、それで山本印店に行きたくなった参加者の方が予約を取れて行かれ、桃仙先生とのスナップ写真を送ってくださいました。

拝見すると桃仙先生も少しお年を召されましたが、お元気そうでうれしく思いました。

 

先生には本当にお世話になりました。その内容は以下のブログにあります。

 

 

かいつまんで申し上げれば、40代後半から50代にかけての私自身の体験です。

それまで順調だった私のビジネスキャリアに大きな影を感じることが多くなっていたことです。

一部上場企業の創業者の子息の二代目に若いころから仕え、信任を頂いていたのですが、その関係に徐々に変調が生じ、ついに任用されていた役員の立場を失うことになりました。

 

その時、桃仙先生に頂いたアドバイスはおよそ以下のものでした。

 

あなたは自分に人生が悪いほうに悪いほうに向かっているように考えているようだが、全く逆。良いほうに良いほうに導かれている。導かれているのはあなたのご先祖様、大変立派な方で母方のご先祖様だ。

その方があなたを安全なほうに導いている。あなたは会社にとって大久保彦左衛門のような人で、あなた一人が役員会で正しいことを言っている、一人だけなので孤立する、孤立が昂じると体を壊してしまう。だから今回の役員退任もそうならないためのもの。

 

社長のそばに女性がいるね。その女性があなたの悪口を言って、あなたを遠ざけようとしている。でもそれすらあなたにとっては良いことなんだ。遠からずそのことを知ることになるよ。

そうだね。1年半ほどで外資との問題が起こって、社長が辞任せざるを得なくなる。その時あなたが役員で社長のそばにいると巻き添えを食らう。そして体を壊す。そうならないようにしてくださっているんだよ。だから心配無用だよ。

 

概ね、以上のようなお話でしたが、私はにわかに信ずることも出来ず、失意のまま山本印店を辞しました。

 

そしてちょうど1年半後、桃仙先生がおっしゃったとおりの事が起き、それからより幸せな人生に導かれることになりました。

 

この時、桃仙先生から母方のご先祖さまが私の主守護霊であることを伺ったのですが、先生から「母方のお墓、お参りしているかい?」と聞かれ、場所も知らなかった私は「いいえ、一度も」と返答しました。そこで先生から「ダメじゃない」とおしかりを頂戴し、以来墓所のある大阪に行くたびにお参りすることが習慣になりました。

 

このことはあわあわの合宿で毎回お話していますが、これに関連して今回初めてお話ししたのは下の短冊、「新年の指針」に関することです。

この短冊は五井先生の会がある富士聖地で毎年新年に「おみくじ」の形式で頂いているものです。

 

今年頂いたものには「何事にも感謝できるという心境に今年こそ近づこう」とありました。

私は封を開けてこれを見た時、実は「なーんだ。もうやってるじゃない」と不謹慎にも思ってしまいました。

というのも、守護の神霊への感謝は私の日常の習慣だからです。

 

今回それが間違いで、私に感謝の念が全く足りていなかったことに気づくことができました。その理由は西式甲田療法で頭がすっきりしてきたこともあるのでしょう。それは後述するとして、ここで五井先生が守護の神霊の働きについてお話になったことを紹介します。以下ご講話からの抜粋です。

 

ここで一寸、祈りの中で守護霊さんはどういう風に働いておられるかということを説明しましょう。

守護霊さんは、守っている肉体人間とは、かつては血縁のあった霊なので、お互いの交流がしやすくなっています。

 

普通の場合は、肉体人間のほうからは交流してこないので、もっぱら、守護霊さんのほうから瞬時の隙なく、被守護体を守りつづけていて、それは大変なことなのです。

 

しかし、世界平和の祈りを知って、守護霊さんへの感謝をささげている人は真に守りやすいのです。

守護霊さんにとっては、守っている肉体人間の今後の運命がはっきり判っていますので、その運命が少しでも良いほうに向かうように、常に波動を調整しているわけです。

 

例えば、その日予定の飛行機に乗ったら、死傷さたが起こる運命に守っている肉体人間があるという場合、これを正すために、急に病気にしたりして、その日の旅行を取り止めざるを得ないようにして、その惨事を救ったり、 その人の運命のために、会っては悪い人間に会わねばならぬ、という時、もっと重要な事柄が起って、会えなくしたりして、いろいろの方法で、その人の苦難の道を防いでやっているのです。

 

守護霊さんは、 肉体人間の両親や祖父母と違って、守っている子孫の心の中の運命からすべてが判っているので、実にたよりになる存在なのです。

 

ですから、肉体人間のほうでは常に常に守護霊さんへの感謝をつづけ、ますます守りやすいようにしてゆかなければならないのです。守護霊さんは、自分の力の及ばぬ時は、守護神さんに援助を求めて、あくまで守っている子孫を立派にしてゆこうとしているのです。

 

子孫が大きな苦しみにあっているような場合でも、それがその子孫の魂をより立派にするものであれば、じっとそれを見守っています。そしていざとなれば、一挙に救ってしまう場合もあります。

 

何はともあれ、守護の神霊、大神様は地球人間を立派にしようとして、神々に援助の手を差しのべさせているのでありますから、人間側は、それを信じて、世界平和の祈りと、神々への感謝を行じつづけていたらよいのです。私たちは、それを実行し、そのことが真実であることを、はっきりと知っているのです。

 

もう一つ守護の神霊の働きについて五井先生の会の長老でいらした斎藤秀雄先生のお話になったことも紹介します。お話のタイトルは「因縁鳥の仇討ち」です。これも以下に抜粋します。

 

まだ聖ケ丘の道場もなく、毎月一回市川駅前の五丁目会館で、五井先生の御法話と統一会を開いていた当時のことでした。本部から会場まで、先生のお供をして干葉街道を歩いていた時、私はふと或る本で読んだ因縁話を思い出し、このようにお尋ねしました。

 

「先生、因縁因果についての昔の本に、お修行中の一人のお坊さんが峠を越える時、いつも峠の見晴しのよい所でお弁当のお握りを食べることになっていました。その日もおにぎりを食べて、その包みの竹の皮をそこへ捨てたのです。丁度その時、そのお坊さんの後の木の枝に一羽の烏がとまって、お坊さんの捨てた竹の皮に残された御飯粒を、お坊さんが居なくなったら御馳走になろうと楽しみに待っていたのです。お坊さんは、さて出かけようと思って立上り、何気なく前にあった小石を拾い、ぽんと後へ捨てたのです。その小石が烏の頭に当たって、カァーとも鳴けず死んでしまったのです。お坊さんはそのことに気づきませんでした。」

 

「それから10年、そのお坊さんが同じ峠の下を通りかかったとき、峠の上の方で大きなイノシシが穴を掘っていて、そのイノシシの爪で飛ばされた大きな石がそのお坊さんの頭に当たり、お坊さんは死んでしまいました。その本にはこれが因縁因果だと書いてあったのです。私はそんな馬鹿な、と思っているのですが、先生どうでしょう?」

 

先生は「そうですよ。それが因縁因果の法則です。」と予期に反し、厳然とおっしゃいました。

「それが本当で、私たちが知らずにやっていることにまで責任があるなら、道も歩けません。豚や牛の肉も食べれません。法則通りなら私たちは安心して一日も生きてゆけないのじゃないですか!?」と問う私に先生はこうお話しくださいました。

 

「その通りです。法則通りに現れたら人間は生きては行けません。それほど厳然たるものです。古代の生物のように人類も滅んでしまいます。けれども法則の神だけでは、人類の向上進化は望めないので、大神さまは守護霊、守護神を人類の指導神霊として一人一人の人間に指し向けて、人類救済に当たらせているのです。」

 

「人間は誰でも、唯物論者でも、一日も守護の神霊なしには生きてゆけません。宗教信仰の必要はここにあります。法則は絶対です。その法則の現れを出させずに、知らぬ間に引き受けて、休みなく浄化消滅し、幽界、霊界で現して消してしまったり、小さく表して消してしまってくれているのです。夢などもその働きです。この働きがあるから人間は平気で生きてゆけるのです。法則から言えば知るも知らぬもありません。本人の想念行為は必ずその報いを受けるのです。」 (抜粋終わり)

 

このようなお話をさんざん目にし、耳にもしていた私ですが、感謝が全く足らないことを神様が注意してくださったのが、先の指針でした。

 

五井先生のお話に、「乗ってはいけない電車に乗せないように守護の神霊は働かれる」とありましたが、私はわずかのタイミングで乗りたい電車に乗れなかったとき、心の中で「「チェ!」とか「アーァ」とか、「ツイてないな」とか思ったりすることが少なからずありました。

 

頂いた指針は「何ごとにも感謝できる心境に今年こそ近づこう」です。私は全く感謝が足りなかったことに心から気づかせていただきました。そして以前の体験も思い出し、それも今回のあわあわの講話で紹介しました。

それが以下です。

 

 

 

 

ストーカー事件

私の実家は大阪府枚方市にあります。病気の母の見舞いに実家に帰った時のことです。私の習慣は朝の散歩で、その朝も近隣で小一時間の散歩を楽しんでいました。その帰り際です。前を歩いていた四十歳くらいの男性からいきなりストーカー呼ばわりされたのです。

 

前を歩いていたと言っても、私は脇道から彼の歩いている道へ出たばかりで、ほとんど出合い頭に近い言いがかりでした。私は何のことかわからず、一瞬絶句しましたが、彼は「ずっとついてきている」「何かうらみがあるのか」「いい加減にしろ」などと一方的に罵声を浴びせかけてきます。

 

もちろん初めて会った男性でしたから、理不尽に対して反論しましたが、彼は聞き入れません。その日は仕事があり、余り時間を取るわけにいかないので、どなる彼を振り切って、帰路につきました。幸い彼は追っては来ません。

 

帰宅するまでほんの5分ほどでしたが、男性を振り切った直後は理不尽な彼への怒りで頭に血が上り、心拍数も上がっていたのですが、家に着くころにはすっかり気持ちが穏やかになり、彼への感謝の気持ちすら湧き、しばらく涙が止まらなくなりました。

 

なぜそのように心境が変化したのかですが、それはこのように考えることが出来たからです。人生で起こることには必ず原因や理由があります。さっきの理不尽なストーカー呼ばわりにも理由があるはずだと考えていたら、あれは「消えていく姿」だったという事に気がついたのです。

 

おそらく私には誰かと争い、もしかすると怪我でもするような因縁があったに違いありません。原因があれば必ず結果が生じます。その現れるべき因縁をたまたま通りがかった少しおかしな男性からの言いがかりという形で表して、小さく、消してくださったに違いない、ということが理解できたからです。

 

「消してくださった」としたのはそこに守護の神霊の働きを感じたからでした。私はこの事を真実そうであったと思っていますが、それを置いて物事をどう受け止めるかという事が大事だと言い換えても良いです。(再掲おわり)

 

因みに今回、「あわあわ」からの帰宅には大阪ー成田の飛行機を利用しました。

私の自宅は千葉県鎌ケ谷市にありますが、羽田へも成田へも乗り換えなしで行ける便利なところです。ただ羽田へは1時間15分ほどかかり、成田へは30分と、成田の方が近いのです。

 

ただ伊丹からの成田行きは1日1便で本数が少ないのと成田からの電車も30~40分に一本なので、折角の立地も、成田発の電車のタイミングが悪ければ帰宅に時間がかかります。

 

そこで着陸後ゲートまでの移動に時間がかかりヤキモキすることがママました。というより成田発のちょうどよい時間の電車に乗り遅れることがいつものようにありました。そして、焦って乗り遅れては「あ~ぁ」、「チェッ」と思っていたのです。感謝どころでありません。

 

今回は上のような反省がありましたので、全く焦る気が起こりません。乗り遅れたら、それも守護霊のお働き、と思っているからです。そして、ゆっくり歩いて、電車のホームに到着したほんの1,2分後、乗りたい特急列車がホームに入ってきました。「守護霊様、ありがとうございます」と素直に思えました。

 

私に大事な忠告を下さった「新年の指針」にご興味をお持ちの方もいるでしょう。ただ会員でないと頂けないと思います。

そこでそんな方におススメがあります。

それは氏神さまや産土神さまなど、ご縁が深い神様、また特に崇敬されている神社で「おみくじ」を頂戴することです。

 

頂く際に、守護の神霊への感謝とともに「どうかお導き下さい」と念じて頂戴することを薦めます。吉凶に関係なく、そこに守護の神霊からの必要なアドバイスが書かれてあるはずです。

 

ここで、もう一つ今回のあわあわの講話でお話したちょっとした体験を共有します。二人目の出産を控えた下の娘が結婚する前のことです。

 

娘に結婚願望があることは知っていましたが、控えめな子で、親として下手なことも出来ずに気になっていました。

そんなある時沢山の若い男性社員に講義する機会があり、この中の誰かを娘に紹介したいな、と思ったのです。

 

講義終了後、何人かのメンバーから感想メールを貰ったのですが、その中の一人を紹介しよう、と考えていた折のことです。

 

娘もつれて、橿原神宮、天河神社、熊野三宮に詣でる家族旅行に行きました。最初の橿原神宮で娘がおみくじを引いたのですが、大吉で、縁談の項には「思わぬ人から話あり」とありました。それを横から覗き見て、「神様は何でもお見通しだな」と改めて思いました。

 

以上が今日お伝えしたいことです。

最後に今拝読している昭和41年3月の会報から守護の神霊に関する五井先生のご講話の一部を抜粋、紹介し本稿を閉じます。タイトルは「宗教信仰の姿勢を正しく」です。(以下引用)

 

人々が「私を助けて下さい、救って下さい」とお願いしている神々は守護神なのでありまして、守護神なくしては、人類の救済は成り立たないわけなのです。そこで、如何なる立派な人格の人がいても、それが無神論者、唯物論者である場合には、その人たちに、国家や人類の運命を任かせて置くわけにはゆかない、ということになります。

 

何故なれば、その人たちに守護神の救済波動など欲っしていないから、守護神がその人たちを通してでは、人類救済の光明波動を送ることができないので、いつかはその人々を第一線から遠ざけてしまうことになります。

 

又、守護神の中には、個人個人の救済を主として働く守護神もあれば、そうした守護神によって昇化されて守護霊となる神霊もありますし、国家を護り、人類を護るのを主としている守護神群もおります。

 

私が「救世の大光明」と呼んでおりますのは、人類を護る守神群のことであり、個人個人が、世界平和の祈りをすることによって、その個人の守護の神霊も、救世の大光明の仲間入りをして、人類救済の仲間入りをして働くことになるのであります。

 

そう致しますと、それまで、単独で個人救済にあたっていた守護神、守護霊が、人類救済の大光明の大きな光明力と一つになって、ことにあたれば、いつでも、救世の大光明の大きな救いの力を流し入れて貰えるということになり、個人も得をし、人類全体としても、一人でも多くの人の協力を得られたことになり一挙両得というか、個人人類同時成道ということになってくるのです。

 

こういうようにして、一神即多神の原理が成り立つのであり、実際上の役にも立ってくるわけであります。

ですから、各自が何々の神、何々様というように、わけもわからず、神社仏閣を詣でたり、何々教団に入るよりも、先ず自己を専属で守って下さっている守護の神霊への感謝で日々を送り、自己の本心の開発を助けて頂くよう、常に守護の神霊と想念波長を合わせていればよいので、これは先祖への感謝とか、祖父や祖母が守っていてくれる、というような親近感で想いつづけていてよいのです。

 

そういう日常生活をつづけていて、自然に動く方向に自己の運命を向わせていれば、各自の守護の神霊は、必ずその人本心開発の道に導き入れてくれるに決っているのです。それが、その守護神霊の役目であるからなのです。

 

人間は常に一人で生きているのではありません。瞬時の隙なく守護の神霊に守られつづけて生きているのです。それをしっかり心に入れて、いつも明るく勇気に充ちて生きてゆくべきなのです。 (抜粋終わり)

 

今回はもう一つ森さんから頂戴した下の画について書こうと思いましたが、長くなりましたので、次回以降にします。

 

 

今日のブログが皆さんのお役に立つものであれば幸いです。

世界人類が平和でありますように、