今回の震災を通して、会いたくても会えない人々がたくさんいる。
親子、夫婦、恋人、友人…
多くの人々が、その再会の日を待ちわびている。
しかし、中には生きて再会することは叶わない人々もいる。
死別だ。
その人々にとっては、せめて遺体と対面できることが、
一つの再会と言えるのかもしれないが、
最も望んでいた、幸せな形からは、ほど遠いことだけは確かだ。
生き別れた人々、死に別れた人々、安否すら不明確な人々。
メディアではそのすべての人々の話が報道されているが、
それらを見ていて一つの特徴に気が付く。
本来、死に別れてしまった人々が最も悲しく、
絶望的な状況なのかと思ってしまうが、意外にそうではない
ように見て取れる。
多くの死に別れた人々の口から語られるのは、新たな決意と
未来への希望である。
「亡くなったあの人の分まで精いっぱいに生きる。」
「残された子供たちを、私一人で必ず育て上げる」
「私も妻と子供を失ったが、負けずに一緒に頑張ろう。」
このような希望的で、建設的な言葉が彼らからはよく聞かれる。
もちろん全員がそうではないことは十分承知しているが、
人生において考えられる、最も悲惨な状況を経験している
彼らの口からそのような言葉が聞かれるのは、人というものの
底知れぬ気力を感じずにはいられない。
しかし、一方では、相手の安否がわかっていて、
どこにいるかまでわかっている幸運な人々がいる。
もちろん幸運とは言っても、今回のような大災害の中で
相対的に見て「幸運」と言えるだけで、その人々も
十分に辛い経験をしていることには変わりはないのだが…。
一応、ここでは話の中で比較するために幸運な人々と表現する
ことにする。
そんな幸運な人々の話をメディアを通して見ていると、
前述の、悲惨で不運な人々と対象的な反応が見られるように思う。
再会を求める相手の無事が確認できていて、ある程度
どこにいるかもわかっているのにも関わらず、
彼らは大変苛立っている。
「燃料不足で車が出せない。」
「道路の整備はまだなのか。」
「国はいったい何をやっているんだ。」
彼らから出てくる言葉は、苛立ちと焦り、そして失望感に
満ちている。相手の無事がわかっているのにも関わらずである。
私はこの二つのうちの後者にあたる。
つまり幸運な類に含まれる。
私が今一番会いたい相手の無事は確認している。
むしろ地震当日は一緒に逃げ回っていた。
その後、電話でも数回会話を交わしている。
おそらく、周りから見れば、相当恵まれている境遇と言える。
しかし、私は苛立っていた。
その相手は、地震の数日後に母国である中国に避難をした。
母国に戻ってから一度電話があったが、電波の不調なのか
途中で切れてしまった。
その後は一向に連絡が来ない。
私は向こうの連絡先は知らないため、私から連絡を
することは不可能だ。
「なぜ連絡が来ないのか?」
「電話ができなくてもメールはできるのではないか?」
「まさかこのまま会えなくなるのではないだろうか?」
このように私の心は不安と苛立ちでいっぱいだった。
あきらかに相対的に見れば「超幸運」と言ってもおかしくない
私が、このようなネガティブな考えを持っているのである。
情けなくて仕方がない。
もっともっと不運で不幸な人々がいるのにも関わらず、
私の心は、その会いたい人のことを想うと、不平不満で
満たされるのである。
今回の震災を通して、自分の器の小ささを日々実感せずには
いられない…。