それでは人間関係におけるエゴの様々な側面について見ていきましょう。
1.支配
Aは結婚20年になる自分の妻に対して怒りを抱き、落ち込んでいます。
とても従順な女性であった彼女はそれまでの人生を全て夫と子供のために捧げてきました。
彼の言葉は一家のなかでは絶対的であり、全て彼の思いどおりに家族を支配し、
彼に逆らうことは許されなかったのです。しかし今突然、妻は一人の人間として自分自身の人生を生きたいと言い出しました。
自分の興味あることを学びたいと考え、あるゆることについて彼女の意見を述べ始めたのです。
それはもはや夫である彼の言うことには耳を傾けたくないかのようです。
そして彼が自分の意見を押しつけようとすればするほど、彼女はそれに反発してきます。
彼はもはや彼女を支配することができなくなり、それが不満で仕方ありません。
しばしば私たちは人間関係を自分の思うように支配しているときにのみ、
その人間関係のなかで安心感を抱いています。いつも自分の言うことに耳を傾けてもらいたい、
と思っています。いつも自分のアイディアや意見を受け入れてもらいたい、と願っています。
いつも要求が受け入れられることを願っています。それが人間関係の支配へと発展していきます。
人々は人間関係を様々なやり方で支配しようとします。
2.直接支配
他人を傷つけることを何とも思わず、あるいは他人の気持ちあるいは意見を
少しも尊重しません。それは力による支配であり、
相手の安全あるいはサバイバルが危険に瀕しています。両親が子供にむかって次のように言うのを
聞いたことがないでしょうか?…「おまえが私と一緒に住んでいる限りおまえは私に依存しており、
従って私の言うことをきく必要がある。私はおまえの父親だ。私はおまえにとって何がベストであるかを
良くわかっているんだ。おまえは私の言うことに従わねばならない。
それが嫌なら家を出て一人で生きていくがよい」。また夫婦が些細なことで絶えず喧嘩をし、
挙げ句の果てには次のような決定的なことを言い出すのを聞いたことはないでしょうか?…
「俺が一家の稼ぎ手なのだ。もし気に入らないのなら家から出て行くがよい」、
「もし俺と一緒にいたいのなら俺の言うとおりにしろ」。そのように脅すことによって、
私たちは相手を自分の支配下に置こうとします。しかし、そのような人間関係はとても脆いものです。
3.支配するためにへりくだる
誰からも謙虚で、理解があり、思いやりのある人だと思われたいと
願っている人がいます。しかし、そのように振る舞う腰の低さもまたエゴのゲームの一つなのです。
あなたは相手を支配するためにへりくだります。自分はいつも他人の幸せだけを考えているという
看板を掲げながら、実際にはあなたは相手にそう思わせて相手を操り、支配しようとします。
4.罪の意識を利用して支配しようとする
相手を直接的に支配することが不可能な場合には、
罪悪感という精妙な武器を使って相手を支配しようとします。相手に後悔の気持ちを抱かせ、
それによって相手を支配します。相手は自責の念に駆られ、あなたを傷つけたことを深く後悔し、
あなたの前に頭を下げます。人々が次のように言うのを聞いたことはないでしょうか?
…「私は人々のためにこれほど尽くしてきたのに、誰も私の言うことに耳を傾けようとしない」、
あるいは「私はただ奴隷のように働いてきた。誰も私のことなど考えてくれない」等。
そして最終的には自分のやり方を通そうとします。
5.支配されることを拒む
一方で私たちは相手を支配しようとしますが、
他方では自分が支配されることに反発します。あらゆる問題において自分が支配したいと願うのですが、
他人が支配しようとするとそれに反発します。ここでも私たちは直接支配、あるいは罪悪感、
操作という精妙なやり方で間接的に相手を支配しようとします。
クルパダルシャン、2004年11月号より抜粋