『紅楼夢』の話の筋の展開の中で、登場人物が手にする小物類に大きな意味が持たされています。第三十一回の前半では、宝玉と小間使いの晴雯のやり取りで、晴雯が宝玉の扇子を落として骨を折ってしまい、宝玉が激怒。その後、ふたりは仲直りして最後は宝玉が晴雯に扇子を引き裂かせます。実は第三十回で、宝釵が小間使いの靚兒の扇子を借りたので、扇子に宝釵を託し、宝玉は宝釵との婚姻を望んでいないことを暗に示しています。そして後半は、 史湘雲の麒麟のアクセサリー。湘雲のふくよかな白い首に、湘雲が自分の麒麟と宝玉が落とした金の麒麟のふたつの麒麟を持ったことから、双星、牽牛と織姫のふたつの星を象徴し、湘雲の短く儚(はかな)い婚姻生活を暗に示しています。こんなことを念頭に、『紅楼夢』第三十一回を読んでみましょう。
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扇子を撕(さ)き千金で一笑を作(な)す
麒麟に因り白き首に双(ふた)つの星を伏す
さて襲人は自分が吐いた鮮血が床に着いているのを見て、気持ちが半ばぞっともしたが、昔よく人がこう言うのを聞いたことを思い出した。「少年が血を吐くと、生存できる年月は保証できない。たとえ命は長らえたとしても、終には廃人になるかもしれない。」この言葉を思い出し、思わず普段思っていた将来栄誉を追い求め自分をひけらかしたいという思いが、尽く灰燼に帰した。目から思わず涙がこぼれ落ちた。宝玉は襲人が泣いているのを見て、自分も思わず悲しみが胸にこみ上げ、それで尋ねた。「おまえは心の中でどのように感じているの?」襲人は無理やり笑みを浮かべて言った。「何ともないのに、どうも思っていませんわ。」
宝玉の言った意味は、即刻人を呼んで黄酒を温め、山羊血黎峒丸lí dòng wánを飲ませる必要があると思ったのだ。襲人は宝玉の手を引くと、笑って言った。「あなた、これしきのこと何でもありません。騒いでいろんな人に来てもらうと、却ってわたしが軽薄だと恨まれるわ。物事を判断できる人はご存じなくて、騒いだ者だけ知っているんじゃあ、あなたも良くないし、わたしも困るわ。まともにいけば、あなたが小者を遣って王先生にお願いしてもらい、薬を処方してもらってそれを飲めばいいのよ。こうすれば、誰にも知られず秘密にしておけるけど、どうかしら?」宝玉はそう聞いて道理に思い、そうするしかなかった。机の上に茶を淹れさせ、襲人に口を漱がせた。襲人は宝玉が内心不安に思っているのが分かったが、これから宝玉に世話をさせる訳にもいかないし、彼女も頼らないようにしないといけなかった。その上、それ以外の人を驚かせてもいけないので、やはり宝玉が行った方が良いと思った。このためベッドに寄りかかり、宝玉が世話をした。
その日夜が明けるとすぐ、宝玉は髪の毛を梳いたり顔を洗っている暇もなく、急いで服を着て出て来ると、医者の王済仁を呼びに来て、自らひとつひとつ確認した。王済仁は症状が出た原因を尋ねたが、怪我をしたに過ぎなかったので、丸薬の名前、どのように飲ませるか、どのように塗り薬を付けるか説明した。宝玉はそれを憶えて、大観園に戻り、処方通りに調剤したのだが、そのことは言うまでもない。
この日はちょうど端陽節(端午節)の祝日で、菖蒲とヨモギを門にかざし、虎のお守りを腕に括(くく)りつけ、お昼には王夫人が酒席を催し、薛家の女性たちを招き、節句を過ごした。宝玉は宝釵の態度が冷淡で、彼と話もせず、自ずとこれは昨日のことのせいだと分かった。王夫人は宝玉が打ちしおれて元気がないのを見て、昨日の金釧兒の事件のせいだとばかり思い、自分でも申し訳なく思ったので、いよいよ宝玉のことはほったらかしにした。黛玉は宝玉が元気が無いのを見て、それは宝釵を怒らせてしまったせいだとばかり思い、心中面白くなく、振舞いも物憂げであった。鳳姐は昨晩王夫人が自分と宝玉、金釧兒のことを言ってくれて、王夫人が面白く思っていないことを知ったので、自分からどうして敢えて冗談めかして言えようか。また王夫人の顔色や振舞いを見ても、一層冷ややかに感じられた。迎春姉妹は人々がつまらなそうにしているのを見て、自分たちも面白くなかった。それで、皆はしばらく座っていたが、その後お開きとなった。
かの黛玉は生まれつきひとりでいるのが好きで群れるのを嫌ったが、彼女の考え方も道理があった。彼女はこう言う。「人は集まれば離散があり、集まるときは楽しく、別れの時はどうしてうら寂しくないことがあろうか。寂しければ悲しみが生じるから、だからやはり集まらないのがよい。例えばあの花が咲く時は人に愛されるが、散る時はたくさんの悲しみが増える。だからやはり咲かないのがいい。」このように、人が楽しく思う時、彼女は却って嘆き悲しむ。かの宝玉の性格は人がいつも集まり分かれない、花は常に開いて散らないことだけを願ったが、宴席が終わり花が散るに及び、数え切れぬ悲しみが生じるが、それもどうしようもなかった。このため今日の宴席では、皆が興無く別れ、黛玉はそれでも何とも感じなかったが、宝玉は心の中で悶々として楽しまず、部屋に戻るやしきりにため息をついた。
折悪しく晴雯が近寄って衣裳を着替えさせたのだが、うっかりまた扇子を手から落としてしまい、床に落として、扇子の骨が落ちた拍子に折れてしまった。宝玉はそれでため息をついて言った。「このばか、間抜け!これからどうなるんだ。明日おまえが家の管理を任されたら、まさかこのように前ばかり見て後ろは注意しないんじゃあるまいね?」晴雯は冷ややかに笑って言った。「若旦那様は最近怒りっぽくおなりで、ややもすると面子ばかり考えられてるわ。昨日は襲人まで叩いて、今日はまたわたしにいちゃもんを付けられるのね。蹴ろうが叩こうが、旦那様のお好きになさって。――たとえ扇子を落としたところで、それがどんな大事だと言われるの。この前は何ですかガラスの壺だ、瑪瑙の碗だって、いくつ壊してしまったか分からないのに、そんな怒られることもなかった。今回は一本の扇子でこんなになって。何をそんなにお怒りなの。わたしたちがお嫌だったら、わたしたちを追い出して、また良い子を選んでお使いになったらいいわ。離れ離れになりお別れするのも、また良くなくって?」
宝玉はこうした話を聞いて、腹が立って全身ぶるぶると震えた。それでこう言った。「おまえ、そんなに慌てなくてもいいよ。将来、どのみちお別れする日が来るよ。」襲人はあちらでとっくにこのやり取りが聞こえていて、急いでこちらに駆けつけると、宝玉に言った。「よい子ちゃん、またどうされたの?でもわたし、言いましたよね、「わたしがいない時に限って事故が起きる」って。」晴雯はそれを聞いて、冷ややかに笑って言った。「お姉様、そんなこと言うんだったら、もっと早くお越しになって。そうすればわたしたち、腹を立てずに済みましたのに。これまで、お姉様おひとりがお仕えし、わたしたちは元々お仕えしていませんでした。お姉様がちゃんとお仕えされているんだったら、どうして昨日はみぞおちを蹴られたのよ。わたしたちはお仕えなんてできませんわ、明日またどんな罪を犯すことになるか分かりませんもの。」
襲人はこの話を聞いて、腹立たしくもあり、恥ずかしくもあり、ちょっと意見してやらないといけないと思ったが、宝玉が既に怒りの余り顔から血の気がひいていたので、自分の方がじっと我慢して、こう言うしかなかった。「あなた、いい子だから、ちょっとお散歩でもして来なさいよ。元々わたしたちが間違っていたんだから。」晴雯は襲人が「わたしたち」と言ったので、当然彼女と宝玉のことだと思い、思わず焼餅を焼き、冷ややかに笑って言った。「わたしはでも知らなかったのよ。あなたがたというのはどなたのことなの?わたしにあなたがたの代わりに恥をかかせないで。あなたがたが陰でこそこそ何かしたって、わたしを騙すことなんてできないわよ。――これはわたしが言ったわけじゃなくて、確かに公明正大に言って、襲人お姉様だってまだ偉くなられた訳じゃなく、わたしと変わらないのに、どうして「わたしたち」なんて言えるものかしら。」
襲人は恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にし、思い返せば元々自分が話を言い間違えたせいであった。宝玉は一方でこう言った。「おまえたち、怒って喧嘩しないで。僕が明日なんとか彼女を抜擢するようにしてやるから。」襲人は慌てて宝玉の手を牽いて言った。「あの子は大した人間じゃありませんよ。あなたがあの子の何を弁解してやるの?ましてあなたは平素から寛大にされているのに、今より上げたら、これまでもいろいろしてきたのに、今回はどうされるの?」晴雯は冷ややかに笑って言った。「わたしは元々ぼんくらだけど、どこに差配して話をしていただけるのかしら。わたしはごくつまらない人間に過ぎませんが。」襲人はそれを聞くと、言った。「あなたはいったいわたしと口論しているの、それとも若旦那様と口論されているの?もしわたしに腹を立てているなら、わたしにそうおっしゃいよ。若旦那様と喧嘩するようなことはなさらないで。もし若旦那様に腹を立てているなら、こんなふうに万人に知られるような喧嘩をしちゃだめよ。わたしはさっきもこのことで、間に入ってお諫めしただけよ。皆さんお大事にって。あなたはでもわたしの気持ちを逆撫でしたのよ。わたしを怒らせた訳でもなく、若旦那様を怒らせた訳でもなく、遠回しに言ってるけど、いったい何が言いたいの?――わたしは何も言わないわ。あなたがちゃんと言いなさいよ。」そう言うと、外へ出て行った。
宝玉は晴雯に言った。「おまえも怒る必要はないよ、僕もおまえの心の内は想像できる。僕がお母さまに報告に行くよ。おまえも大人なんだから、おまえに閑を出そうと思うんだが、いいかな?」晴雯はこの話を聞いて、思わず一層気持ちが傷つき、涙を浮かべて言った。「わたしがどうして出て行かないといけないんですか?わたしが嫌いなら、わたしを追い出すのではなく代わりのやり方をする、ということもできないんですか。」宝玉が言った。「僕がこれまでこんなにやかましく叱ったことがあったかい?これもおまえから出たことだ。お母さまに言いつけて、おまえに閑を出した方がいいんだ。」そう言うと、立ち上がって出て行こうとした。
襲人は急いで戻って来ると宝玉を遮り、笑って言った。「どちらに行かれるの?」宝玉が言った。「お母さまに言いつけに行くんだ。」襲人が笑って言った。「なんてつまらないことをされるの。よくお考えになってから報告にお行きなさい。あなたも奥様に恥をかかせたくないでしょう。この子を本当に追い出したいなら、今のお怒りが収まるのを待って、冷静になってから話をして、奥様にご報告しても遅くないですわ。このように慌てて真面目な話をしに行かれたら、奥様も疑いを持たれるに違いないわ。」宝玉が言った。「お母さまが疑われるなんてあり得ないよ。僕がはっきり彼女が面倒を引き起こしたから閑を出すと言うだけのことさ。」晴雯が泣きながら言った。「わたしがいつ面倒を引き起こしたから出て行かないといけないんですか?お怒りになったうえに、そんなわたしを抑圧するようなことまで言われて。――どうあっても奥様に言いつけに行かれるなら、わたし、ひと思いに頭をぶつけて死んでも、ここのお屋敷の門を出ないですからね。」宝玉が言った。「またおかしなことを言うね。おまえは出て行かないし、遠慮せずに面倒を引き起こすし。僕はこんなにぎゃあぎゃあ騒がれるのは耐えられないよ。いっそ出て行ってくれたら、却ってすっきりするよ。」そう言うと、どうあっても王夫人に言いつけに行こうとした。
襲人はもう宝玉を止めきれないと思い、跪(ひざまず)いて控えているしかなかった。碧痕、秋紋、麝月ら小間使いの女たちはひどく言い争うのを見て、皆ひっそり静まり返って外で様子を見ていたが、今度は襲人が跪いて懇願するのを見て、一斉に部屋に入って来て、皆跪いた。宝玉は急いで襲人を引っ張って立ち上がらせ、大きくため息をついて、ベッドの上に座り込み、女たちを出て行かせた。襲人に言った。「僕にどうさせたらいいんだ。僕の心は砕けてしまったよ、誰にも分かってもらえないだろうけど。」そう言いながら、思わず涙が滴り落ちた。襲人は宝玉が涙を流すのを見て、自分も涙が出た。晴雯はその横で泣きながら、ちょうど話をしようとしていると、黛玉が入って来るのを見たので、晴雯は外に出て行った。黛玉は笑って言った。「端午節のお祝いなのに、どうしてみんな揃って泣いているの?まさか粽(ちまき)を食べるのが競争になって、喧嘩になってしまったんじゃないわよね?」宝玉と襲人は揃って「プスッ」と笑った。黛玉が言った。「お兄様、わたしにおっしゃらなかったけど、聞かなくても分かりますよ。」そう言いながら、一方では襲人の肩を叩いて、笑って言った。「お姉様、おっしゃって。きっとあなたがたおふたりが口喧嘩されたのね。わたしにおっしゃって。あなたがたの代わりに仲裁してあげるから。」襲人は黛玉を押して言った。「お嬢様、あなた何を騒いでらっしゃるの。わたしたちは小間使いに過ぎないのに、わたしのことをお姉さんなんておっしゃって。」黛玉は笑って言った。「あなたは自分が小間使いだとおっしゃるけど、わたしはあなたのことをお姉様だと思っているのよ。」
宝玉が言った。「君はどうしてわざわざ彼女に代わって叱られるようなことを言うの?こうしておくのを許しても、誰かが要らぬことを言ったら、また君がこんなことを言いに来るのをほっておけるだろうか。」襲人が笑って言った。「お嬢様、あなたにわたしの気持ちはお分かりにならないわ。息が止まって死んだって、それだけのことよ。」黛玉が笑って言った。「あなたが死んだら、他の人はどうか知らないけど、わたしは先ず死ぬほど悲しむわ。」宝玉が笑って言った。「君が死んだら、僕が坊さんになるよ。」襲人が言った。「あなた、ちょっと静かになさって。どうしてわざわざ混ぜっ返すの。」黛玉は二本の指を伸ばして、唇をすぼめて笑って言った。「坊さんがふたりになった。わたしはこれから、あなたが坊さんになるって何回言ったか憶えておくわ。」宝玉はそう聞いて、彼が前日に言ったことだと分かり、自らにやりとしたが、それだけのことだった。
しばらくして黛玉が行ってしまうと、人が来てこう言った。「薛旦那様からお招きでございます。」宝玉は行かざるを得なかったが、実は飲酒の誘いで、辞退することができず、歓楽を尽くしてお開きとなり、夜帰って来た時には、既に酔いが回っていて、千鳥足で自分の屋敷内に戻ると、屋敷中に早くも夏用のベッドや枕が据え付けられ、ベッドでは誰かが眠っていた。宝玉は襲人だとばかり思い、ベッドの縁に座りながら、一方で女の身体を押して、尋ねた。「痛みは良くなったかい?」するとその女は身体の向きを変えて起き上がり、言った。「どうしてわざわざ来てまたわたしに関わり合うの。」
宝玉がその女を一目見ると、実は襲人ではなく、晴雯であったのだ。宝玉は彼女を引っ張ると、自分の横に座らせ、笑って言った。「おまえの性格は益々甘やかされてわがままになっているな。朝起きたら扇子を落とすわ、それで僕が一言二言言ったら、おまえはあんなことを言って。おまえが僕にあれこれ言うのは構わないよ。襲人が好意でおまえを諫めてくれたのに、また彼女を巻き添えにするとは。おまえ、自分でもちょっと考えてみて、あんな風に言うべきかな?」晴雯は言った。「とってもお熱いこと。いちゃいちゃと何をされているの。誰かにどんな様子か見てもらいなさいよ。わたしの身体は元々ここに座るよう差配されていませんから。」宝玉が笑って言った。「おまえがここに配されていないと分かっているなら、どうしてここで寝ているんだ?」
晴雯は何も言わず、「クスッ」とまた笑うと、言った。「あなたが自分から進んでわたしを近づけるつもりがないなら、それでいいわ。あなたが自らわたしに近づいてきても、わたしはそのように配されていませんから。――起き上がってください。わたしが背中を流して差し上げます。襲人も麝月も身体を洗ったから、わたしがあの娘たちを呼んで来ますわ。」宝玉は笑って言った。「僕はさっきお酒をさんざん飲んだばかりなのに、身体を洗わないといけないのかい。おまえがまだ身体を洗っていないなら、水を持っておいで。僕たち一緒に洗おうよ。」晴雯は手を横に振って笑って言った。「もういいです。わたし、旦那様を敢えて怒らすつもりはありません。まだ憶えていらっしゃるかしら、碧痕が遣わされて、あなたが身体を洗うお世話をしたのを。二三時間も時間をかけて、何をされていたのかは存じ上げません。わたしたちも中に入るのは具合が悪かったです。その後身体を洗い終えてから、中に入って見てみたら、地面の水が、ベッドの脚まで水浸しにして、敷物の上まで水が溜まっていました。どんな洗い方をしたのかしら。しばらく笑いが止まりませんでした。――わたしも水を片付ける暇は無いですから、あなたもわたしと一緒に身体を洗わなくていいですよ。今日は涼しいから、わたしも身体を洗いません。わたし、むしろ盥(たらい)に一杯の水を汲んできて顔を洗い、髪の毛を梳きますわ。そうしたら、鴛鴦がいい果物を持って来ますから、皆あの水晶の甕の中で氷水に浸します。あの子たちを遣わして、あなたに食べさせようと思うんだけど、どうかしら。」
宝玉は笑って言った。「そうするんだったら、おまえ身体を洗わなくても、手は洗って、僕に果物を持って来て食べさせてよ。」晴雯は笑って言った。「でもそうすると、わたしという愚か者は、扇子まで落として折ってしまったのに、また果物を食べてもらうお世話係に配されることになるわ。もしひょっとしてまたお皿を割ってしまったら、もっとひどいことになるわね。」宝玉が笑って言った。「おまえが割りたければ、割ればいいよ。これらのものは、元々人から借りて使っているだけで、君がこんなのが好きでも、僕はあんなのが好きで、皆それぞれ性格が違うんだ。例えばあの扇子は、元々あおいで風を起こすものだけど、おまえが引き裂いて遊びたいなら、そうしてもいい。だけど腹が立った時にこれでうっぷんを晴らしちゃだめだ。ちょうどコップや皿が、元々ものを入れるものなのに、ガシャンという音が聞きたくて、わざと割るのも構わない。だけど癇癪(かんしゃく)を起こしている最中にこれを持ち出してうっぷんを晴らすのだめだ。――ものを大事にしないとね。」晴雯はそれを聞くと、笑って言った。「そう言われるのなら、あなた扇子を出してわたしに引き裂かせてください。わたしはものを割く音がいちばん好きなの。」宝玉はそう聞くと、笑いながら扇子を彼女に手渡した。晴雯は果たして扇子を受け取るや、「クスッ」と笑って、真っ二つに割いた。続いてまた「クスッ」、「クスッ」と何回か笑い声が聞こえた。宝玉は横で笑いながら言った。「割くのが上手だ、また割く音を聞かせて。」
ちょうどそう言っていると、麝月が歩いて来て、驚いて目を見開き、吐き捨てるように言った。「あんまり悪さをしないで!」宝玉はそこへ走り寄ると、麝月が手に持つ扇子まで奪い取って、晴雯に渡した。晴雯はそれを受け取ると、何度か割いてしまい、ふたりは大声で笑った。麝月が言った。「これはどういうことなの?わたしのものを取って、ご機嫌ね。」宝玉が笑って言った。「おまえ扇子の箱を開けて選んで取って来て。どんないいものがあるか。」麝月が言った。「わたし、でもこんな悪さできないわ。この子が手を折ってないなら、この子に自分で運ばせなさいよ。」晴雯は笑いながら、ベッドに寄りかかり、言った。「わたしもくたびれたわ。明日また割きましょう。」宝玉が笑って言った。「昔の人が「千金で一笑を買い難し」と言ったけど、扇子数本で、値はいくらだろう?」そう言いながら、一方で襲人を呼んだ。襲人は今しがた服を着替えたばかりでやって来たが、子供の小間使いの佳蕙がやって来て、壊れた扇子を拾うと、皆が夕涼みをしたのであるが、細かく言うには及ばない。
翌日のお昼に、王夫人、宝釵、黛玉と女兄弟たちが賈のお婆様の部屋の中に座っていると、こう報告する者がいた。「史のお嬢様が来られました。」しばらくして、史湘雲(賈のお婆様の甥の孫娘)が多くの小間使いや女房たちを連れて屋敷に入って来た。宝釵、黛玉らは急いで階(きざはし)の下まで出迎えに行って顔を合わせた。若い女たちは、しばらく会っていなくても、一旦顔を合わせると、自然と親密になった。しばらくして部屋に入ると、お互いに挨拶を済ませた。賈のお婆様が言った。「暑い盛りだから、外出に着てきた服は脱いでしまいなさい。」湘雲は急いで立ち上がって上着を脱いだ。王夫人がそれで笑って言った。「こんなものを着て来るなんて見たことがないわ。」湘雲が笑って言った。「これは皆うちの叔母様が着るように言ったの。誰がこんなもの着たいと思うの。」
宝釵は傍らで笑って言った。「叔母様はご存じないんだわ。この方が着る服は、他の人のものを着るのがもっとお好きなの。確か去年の三、四月だったかしら、この方がここに滞在された時に、宝お兄様の上着を着て、靴も履いて、ベルトも締めて、さっと見ると、宝兄さまにそっくりなの。――ただイヤリングがふたつ多いだけなの。あの方があの椅子の後ろに立っていると、大奥様が間違えてこう言ったの。「宝玉、こっちにおいで。あの上に掛かった灯りの芯から灰が降ってきて、眼がくらまないよう気を付けて」って。あの方は笑うばかりで、ほっておかれた。その後みんなが我慢できなくなって笑うと、大奥様もようやく笑って、またこう言われたの。「子供の格好をしたら、もっと可愛らしかったのに」って。」黛玉が言った。「そんなの大したこと無いわ。ただ去年の正月にあの方が来られた時、二日泊まられたけど、雪が降ってきて、大奥様と叔母様がその日になってご先祖の絵を拝んでいきたいと言われ、大奥様の新調された真っ赤なフェルトのマントをそこに置かれたんだけど、思いがけず、知らぬ間にあの方が羽織ったんだけど、大きいわ長いわで、あの方は手ぬぐいを使って腰のところで結びつけ、小間使いたちと裏庭で追いかけっこをして雪の中に飛び込む遊びをしていたが、うっかり転んでひっくり返ってしまい、体中泥だらけになってしまったの。」そう言いながら、皆がその時のことを思い出し、大笑いになった。
宝釵はニコニコして乳母の周婆やに尋ねて言った。「周の母さん、お宅のお嬢さんは今もあんなにお転婆なの?」周婆やも笑った。迎春は笑って言った。「お転婆でもいいわ、わたしが嫌なのは、あの方がおしゃべりなことなの。どこでもゲラゲラ大声で笑っては、べらべら喋って、寝られやしない。ああした嘘、出鱈目が、どこから来たのかも分からないわ。」王夫人が言った。「今はいいけど、今後はどうなるのか。――先日あるお宅の方とお会いしたのだけれど、実際に自分の目で嫁ぎ先を見ると、やっぱり相変わらずでしょう?」賈のお婆様はそれで尋ねた。「今日は泊まって行かれるの、それともお家に戻られるの?」周婆やは笑って言った。「大奥様は見られてなかったんですね。衣服は皆持って参りました。二日泊まっても大丈夫かしら?」湘雲は宝玉のことを尋ねて、言った。「宝兄さんは家におられないの?」宝釵が笑って言った。「この方は他の人のことは考えずに、宝兄さんのことしか考えていないのね。おふたりは本当に面白い。こうしてみると、お転婆は変わってないようね。」賈のお婆様が言った。「もうおまえたち大きくなったんだから、子供の頃の名前で呼んじゃだめよ。」
ちょうどそんな話をしていると、宝玉がやって来て、笑って言った。「雲ちゃん、来てくれたんだね。どうしてこの間人を遣わして君を迎えに行った時は、来なかったの?」王夫人が言った。「さっきお母さまがお互いの呼び方のことを言ったばかりなのに、また直接名前で呼んだりして。」黛玉が言った。「あなたのお兄様は良いものを準備して、あなたをお待ちしていたのよ。」湘雲が言った。「どんな良いものかしら?」宝玉は笑って言った。「君、本気にしないでよ。――何日か会わないうちに、また背が伸びたね。」湘雲が笑って言った。「襲人姉さんはお元気?」宝玉が言った。「元気にしているよ。気にしてくれて、ありがとう。」湘雲が言った。「わたし、あの人に良いものを持ってきたの。」そう言うと、ハンカチを出してきて、中から塊をひとつ引っ張り出した。宝玉が言った。「これはまた何か良いものなの?でも先日持って来たあのザクロ石の指輪をふたつあげる方がいいよ。」湘雲が笑って言った。「これは何かな?」そう言いながら包みを開き、周りの人々が見てみると、果たして前回持ってきたのと同じザクロ石の指輪で、包みの中に四個入っていた。
黛玉が笑って言った。「あなたがた、この人をちょっと見てみて。先日のように人を遣わしてわたしたちに届けるより、あなたがあの子の分も一緒に持ってくれば、手間が省けるんじゃない?今日はわざわざ自分で持ってきて、――わたしはまた何か新奇なものじゃないかと思ってたのに、やっぱりまたあの指輪か。本当にあなたはぼんくらね。」湘雲が笑って言った。「あなたこそぼんくらよ。わたしがその理由を説明してあげるから、皆さん誰がぼんくらか評価してちょうだい。あなたがたにものを送る時、お遣いに来る人が何も言わなくても、持ってきて一目見れば、当然これがお嬢さんたちに送られたものだと分かります。でもそれぞれの分を持って来てもらうとなると、わたしが来る人に、これはどのお嬢さんの分、あれはどのお嬢さんの分と説明しなければならず、それで来る人が分かればいいけど、ちょっとぼんくらな人だったら、皆さんの名前がたくさんあるから、はっきり憶えられず、こんがらがってしまったら、却って皆さんがたまで混乱させてしまいます。もし女の人にお遣いに来てもらえればまだしも、この間のように小者を遣わしたら、どうやって女の子たちの名前をどう説明すればいいの?やはりわたしが皆さん方のために持ってくれば、間違いが無いですわ。」そう言うと、指輪を下に置いて、説明した。「襲人姉さんにひとつ、鴛鴦姉さんにひとつ、金釧姉さんにひとつ、平兒姉さんにひとつ。これで四人よ。まさか小者たちがこんなにはっきりとは憶えられないでしょう?」
周りの人々はそれを聞いて、皆笑って言った。「なるほど、よく分かりました。」宝玉が笑って言った。「やっぱりこんなにうまく説明できるんだったら、他の人に任せられないな。」黛玉はそう聞いて、冷ややかに笑って言った。「この方が口が上手いんじゃなくて、「金の麒麟」を身に付けているおかげよ(第29回で清虚観の張道士の弟子たちが宝玉の通霊玉を見せてもらったお礼にくれたアクセサリーの中の麒麟のアクセサリーに似たものを、湘雲が身に着けていたと宝釵が言ったことから)。」そう言うと、立ち上がって行ってしまった。幸い、他の人々はそれが聞こえなかったが、ただ宝釵は口をすぼめて笑った。宝玉は黛玉の言うのが聞こえたので、却って後悔し、要らぬことを言ったと思った。ふと宝釵が笑うのが見えたので、思わず自分も笑った。宝釵は宝玉が笑うのを見て、急いで立ち上がって出て行き、黛玉を捜し、よもやま話をした。
賈のお婆様はそれで湘雲に言った。「お茶を飲んで、ちょっと休憩してから、あなたの姉さんたちに会いにお行き。大観園の中は涼しいから、お姉さま方とお散歩するといい。」湘雲は「はい」と答え、それで三つの指輪を包んで、ちょっと休むと、立ち上がって鳳姐らに会いに行った。乳母や侍女たちが付き従い、鳳姐の屋敷に着くと、いろいろよもやま話をした。出て来て、大観園の方に来ると、李紈に会い、しばらく座ると、怡紅院に行って襲人を捜した。それでお付きの乳母や侍女たちに向け振り返って言った。「おまえたち、付いて来なくていいよ。おまえたちの親戚に会いにお行き。縷兒(翠縷のこと)が残って世話をしてくれればいいから。」お付きの乳母や侍女たちは「はい」と答え、それぞれ兄弟の奥さんや夫の兄弟に会いに行き、湘雲と翠縷のふたりだけが残った。
翠縷が言った。「このハスの花はどうしてまだ咲かないのですか?」湘雲が言った。「まだ花が咲く時期じゃないのよ。」翠縷が言った。「ここもうちの家の庭の池のハスと同じで、楼子花(ハスの一種で、花びらが何重にも重なる品種)ですよ。」湘雲が言った。「こちらの花は、うちの庭のに及ばないわ。」翠縷が言った。「こちらではあそこに石榴の木がありますが、四五枝連なっていて、本当に楼子の上に楼子が咲いて(ハスの花の上に石榴が何重にもつぼみを付け)、なかなかこうは育たないですわ。」湘雲が言った。「草花も人と一緒よ。気脈が充実していると、よく育つのよ。」翠縷は顔を顰めて、言った。「わたしはそんな話信じません。もし人と同じと言われるなら、わたし、どうして頭の上にもうひとつ頭の出た人を見たことがないのかしら?」
湘雲はそう聞いて、思わず苦笑いをして、言った。「おまえ、無駄話はおやめ、本当におじゃべりなんだから。このことはどう言われているか?天地の間には陰陽ふたつの気が生じるようになっていて、正でなければ邪、奇でなければ怪、千変万化して、皆陰と陽が順行するか逆行するかなの。つまり一生で見ると、人々にとって珍しいことでも、結局道理はやはり同じことなのよ。」翠縷が言った。「そのように言われるなら、昔から今まで、天地開闢以来、なんでも陰と陽なのですか?」湘雲が笑って言った。「おばかさんね。話せば話すほど屁のツッパリみたいね。何が「なんでも陰と陽」ですか。ましてや「陰」と「陽」の二文字は、実はひとつの字なの。陽が尽きれば、陰となり、陰が尽きれば、陽になるの。陰が尽きたら新たに陽が生まれ、陽が尽きたら新たに陰が生まれる訳ではないの。」
翠縷が言った。「これはわたし訳が分からず死んでしまいそうです。何が陰で何が陽か、陰も形も無いのですか?わたし、お嬢様にこれだけ聞きたいのですが、この陰陽というのはどんなものなのですか?」湘雲が言った。「この陰陽というのは気に過ぎないのよ。器物になれば、そこでようやく形や質が作られるの。例えば天は陽で、地は陰。水は陰で、火は陽。日は陽で、月は陰ね。」翠縷はそれを聞いて、笑って言った。「そうです、そうです。わたし、今分かりました。道理で人はお日様を「太陽」と呼び、占い師は月を「太陰星」と呼びますが、つまりこの理屈なのですね。」湘雲は笑って言った。「南無阿弥陀仏。やっと分かったのね。」
翠縷が言った。「これらのものが陰と陽なのはいいとして、まさかあれら蚊、蚤、ヌカ蚊、花、草、瓦、レンガにも陰陽があるのはだめですかね?」湘雲が言った。「どうしてそうじゃないの。例えばあの一枚の木の葉でも、陰と陽に分かれるわ。上を向く朝日は陽、背の陰、覆い隠した方は陰よ。」翠縷はそう聞いて、頷いて笑って言った。「実はそうだったのですね。わたし、分かりました。――ただわたしたちが手に持つ扇子は、どうしたら陰で、どうしたら陽なのですか?」湘雲が言った。「こちらの正面が陽で、あちらの裏面が陰よ。」
翠縷はまた頷いて笑った。まだいくつかものを持ってきて聞こうと思ったが、何がいいか思い浮かばず、ぐっと頭を下げたところ、湘雲が腰に巻いた宮縚gōng tāo(シルクの糸で編んだベルト)の上の金の麒麟が見えたので、これを取り上げ、笑って言った。「お嬢様、これはいったい陰ですか、陽ですか?」湘雲が言った。「走る獣、飛ぶ鳥は、オスが陽、メスが陰よ。牝pìnが陰、牡mǔが陽よ。無いはずがないわ。」翠縷が言った。「これはオスなの、それともメスなの?」湘雲が吐き捨てるように言った。「何がオスかメスかよ。またでたらめ言って。」翠縷が言った。「そういうことにしておきましょう。――どうして物には皆陰陽があるのに、わたしたち人には陰陽が無いのですか?」湘雲は表情を暗くして言った。「卑しい身分の者は、しっかりしないとね。尋ねれば尋ねるほど賢くなるわ。」翠縷が言った。「何かわたしに言われていないことがありますか?わたしも知っていれば、わたしも困らされることがないわ。」湘雲は「クスッ」と笑って言った。「あなたが何を知っているの?」翠縷が言った。「お嬢様が陽で、わたしが陰です。」湘雲はハンカチを取って口を覆い、ケタケタ笑い出した。翠縷が言った。「言ったことが正しいから、こんなふうに笑われたんですか?」湘雲が言った。「その通りよ。」翠縷が言った。「人様はご主人が陽で、召使が陰だと言われますが、わたしはこんな大原則も理解していないのでしょうか?」湘雲が笑って言った。「あなたはたいへんよく理解しているわ。」
ちょうどそう話していると、薔薇の棚の下に金色にきらめくものがひとつ見えたので、湘雲がそれを指さして尋ねた。「おまえ、あれは何だと思う?」翠縷はそう聞いて、急いで薔薇の棚の方に行って拾って来ると、それを見て笑って言った。「陰と陽に分けられるものが来ました。」そう言うと、先に湘雲の麒麟を手に取って見た。湘雲は選び取ったものを見てみたが、翠縷は気にせず手を離さず、笑って言った。「このお宝は、お嬢様は見ることが許されないものです。これはどこから来たんだろう?本当に不思議だ。わたしはこれまで、ここで誰もこれを持っているのを見たことがないです。」湘雲が言った。「持って来て、わたしにちょっと見せておくれ。」翠縷は手を下げると、笑って言った。「お嬢さん、ご覧ください。」
湘雲が目を上げて一目見ると、それは果たして華やかな色彩が光り輝く金の麒麟であり、自分が身に着けているものより大きく、またより華やかな色彩だった。湘雲は手を伸ばし、掌(たなごころ)の上でそれを持ち上げていたが、心の中がどのように動いたか分からなかったが、感じるところがあったようであった。ふと見ると宝玉があちらからやって来て、笑って言った。「君はこの日差しの下で何をしていたの?どうして襲人を捜しに行かないの?」湘雲は急いであの金の麒麟を懐に隠し、言った。「ちょうど行こうとしていたのよ。わたしたち、一緒に行きましょう。」そう言うと、皆は怡紅院に入って来た。
襲人はちょうど階(きざはし)の下で欄干にもたれて風を受けて涼んでいたが、ふと湘雲が来るのが見えたので、急いで迎えに出て、手を携え、にこやかに笑いながら前回別れて以来の友情を温め、一方で部屋に入ると席を勧めた。宝玉はそれで尋ねて言った。「君、もっと早く来るべきだったね。僕、いいものをひとつ手に入れたので、君が来るのをずっと待っていたんだ。」そう言うと、一方で懐をしばらくまさぐっていたが、「おや、まあ」と声を発し、襲人に尋ねた。「おまえ、あれをどこかに仕舞わなかったかい?」襲人が言った。「何のことですか?」宝玉が言った。「先日手に入れた麒麟だよ。」襲人が言った。「あなたがいつも体に身に着けているのに、どうしてわたしに尋ねるの?」宝玉はそう聞いて、「パン」と手を叩き、言った。「こりゃあ落としたのかもしれない。どこに捜しに行けばいいんだろう?」立ち上がって、自ら捜しに行こうとした。
湘雲はそれを聞いて、ようやく宝玉が落としたものだと分かり、それで笑って尋ねて言った。「あなたは何時麒麟を手に入れたの?」宝玉が言った。「先日やっとのことで手に入れたんだ。いつ失くしたのか、分からない、――僕もぼんくらだった。」湘雲が笑って言った。「幸運にこんなおもちゃを手に入れたのに、失くして慌てることになってしまったのね。」そう言って、手を取り除き、笑って言った。「あなた、見てみて、これじゃなくって?」宝玉が一目見ると、思わず喜ぶことひとかたならなかったのですが、さてこの後のことが知りたければ、次回に解説いたします。








































