紅楼夢 | 中国語学習者、Congziのブログ

中国語学習者、Congziのブログ

京都で中国語の通訳案内士をしている、Congziです。このブログでは、これまで集めた中国語書籍の翻訳を投稿しています。中国史や中国文学が中心ですが、タイトルを見ておもしろそうだった本もあり、内容は雑多。ご自由に立ち読みしていってください。

 賈環は賈政の妾の趙叔母さんの子供ですが、正妻の王夫人の子の賈宝玉のことを良く思っておらず、ある時宝玉がオンドルの上で横になっていると、わざと燭台に溜まった油をひっくり返して、宝玉の顔に火傷を負わせます。この時、王熙鳳(鳳姐)が賈環を無能呼ばわりし、このことから、趙叔母さんは 鳳姐と宝玉に恨みを持ち、馬道婆に頼んで呪いをかけたところ、ふたりは錯乱し人事不省に陥ります。さあ、宝玉と 鳳姐の運命や如何に。『紅楼夢』第二十五回の始まりです。

 

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魔法(うな)され(弟。賈宝玉)と(兄嫁。王熙鳳)は五鬼

(さえぎ)るを(こうむ)り双真(僧侶と道士)に(あ)う

 

 さて小紅は気持ちが恍惚となり、感情が纏わりつき、ふと意識が朦朧となって気が遠くなったが、賈芸が彼女を引っ張ろうとしたので、身を翻して走って逃げたが、門の敷居でつまずいて転びそうになり、びっくりして目が覚め、それでようやく夢だと分かった。このため、その後は何度も寝返りを打ち、一晩眠ることができず、翌日の明け方になって、ようやく起き上がったところ、何人かの小間使いの女たちがやって来て、彼女に出逢うと、部屋の地面を掃除し、顔を洗う水を汲んだ。この小紅も、髪を櫛で梳いたり化粧したりといった身繕いもせず、鏡を見て適当に髪の毛を引っ張り、手や顔を洗うと、部屋の掃除に行った。誰知ろう、宝玉は昨日彼女を見かけてからというもの、彼も心に留めていて、彼女を自分の侍女として使いたいと思ったのだが、一に襲人らがあれこれ気を回すのを恐れ、二にまた彼女が個人的にどのような事情があるのか分からず、それで気持ちがいらついていた。朝目が醒めると、髪を梳いたり顔を洗ったりもせず、ただ座ってぼんやりしていた。しばらくして紙を貼った窓を下ろすと、窓の中を隔てて、外を見ると、何人かの小間使いがそこで中庭を掃いていたのだが、皆口紅を付け白粉を塗り、髪に花を挿し柳の枝を手に持っていたが、ただ昨日見かけた小間使いはいなかった。宝玉は靴の踵を踏んでつっかけ履きして、部屋の入口を出ると、花を眺めているようなふりをして、東西四方を見渡した。首を上げると、西南の角の渡り廊下の下の欄干の傍にひとりの女が寄りかかっていたが、一株の海棠の花で遮られ、ちょうど顔を見ることができなかった。一歩前に近づき子細に見てみると、正に昨日のあの小間使いで、そこにぼんやり立っていた。この時宝玉は彼女を迎えに行きたいと思ったが、それもまたまずいと思った。ちょうどそんなことを考えていると、碧痕が顔を洗うように言いに来たので、仕方なく部屋の中に入った。

 

 さて小紅がちょうどぼんやり立っていると、襲人が手招きして彼女を呼んでいるのが見えたので、仕方なく前の方に歩いて行った。襲人が笑って言った。「うちのじょうろが壊れたの。おまえ、林お嬢様のところに行ってちょっと借りてきておくれ。」小紅はそれで瀟湘館の方に向かい、翠煙橋まで来て、首を上げて望むと、山の斜面の高いところが幕で遮られており、それでようやく今日庭師が来てここに木を植えるのを思い出した。元々遠くで一群の人々がそこで土を掘り、賈芸がちょうど山の石の上に座って工事を監督していた。小紅はそちらへ行こうと思ったが、行く勇気がなかったので、仕方なくこっそりと瀟湘館の方に行き、じょうろを取って戻って来た。しょんぼりとして、ひとり部屋に戻って横になった。人々はただ彼女は身体の具合が悪いんだと言い、特にそれについての話もなかった。

 

 翌日、元々この日は王子騰夫人の長寿の祝い(60歳以上の老人の誕生日)の日であったが、そこでは元々人を遣わして賈のお婆様、王夫人をご招待していたが、王夫人は賈のお婆様が行かれないと聞き、自分も行く訳にいかなかった。しかし薛叔母さんは鳳姐、並びに賈家の三姉妹、宝釵、宝玉と一緒に行った。そして夜になってようやく戻って来た。

 

 王夫人はちょうど薛叔母さんの家に来て座っていたが、見ると賈環が学校が終わって帰って来たので、彼に命じて『金剛経咒』を取って来て、大きな声で朗誦させた。かの賈環は王夫人のオンドルの上に座り、人に命じて蝋燭を点させ、わざとものものしく写経をした。しばらくして彩雲を呼んで茶を淹れさせ、しばらくしてまた玉釧を呼んでろうそくの燃えさしのところを切らせ、また金釧に言って灯りを遮らせた。多くの小間使いたちは平素彼のことを嫌っていて、皆相手にしなかった。ただ彩霞だけがまだ彼と気が合い、茶を彼に淹れてやり、それから彼に向かってそっと言った。「あなた、少し分に安んじられては。どうしてわざわざ人に嫌われるようなことをなさるの。」賈環は目で彩霞をじっと見て言った。「僕も分かっている。おまえ、僕の機嫌を取らなくていいよ。今、おまえは宝玉と仲がいいから、僕のことを気にとめなくていいよ。僕にも分かっているんだ。」彩霞は歯ぎしりし、彼の頭の上に向けて一本指を突きつけて言った。「この恩知らず。「犬が呂洞賓を噛む――ことの善悪を知らぬ」だわ。」

 

 ふたりがちょうど話していると、鳳姐が王夫人と一緒にやって来た。王夫人は賈環に今日はどちらのお客様が来られたか、芝居の台詞の良し悪し、宴会はどうだったか、あれこれ聞かれた。それから程なくして宝玉も来て、王夫人を見ると、几帳面に二言三言話をすると、人に命じてはちまきを外させ、上着を脱ぎ、靴を脱ぐと、王夫人の胸の中にどたんと転がり込んだ。王夫人は手で宝玉を撫でたりさすったりし、宝玉も王夫人の首につかまってあれこれ話をした。王夫人は言った。「おまえ、また酒を飲み過ぎたのね。顔が焼けるように熱いわ。あんた、またうるさくつきまとって、酒に酔って管を巻くんだから。あっちで静かに横になってなさい。」そう言うと、人を呼んで枕を持って来させた。

 

 宝玉はそれで王夫人の後ろで横になり、また彩霞を呼んで自分の代わりに宝玉の背中を叩かせた。宝玉はそれで彩霞に冗談でも言おうとしたのだが、彩霞はぼんやりしてあまり相手にしてくれず、彼女の両眼は賈環の方を見つめていた。宝玉はそれで彩霞の手を引っ張り、言った。「お姉さん、僕のこと、構ってよ。」そう言いながら、彼女の手を引いた。彩霞は手を引っ込めて相手にせず、こう言った。「またうるさくしたら、怒鳴るからね。」

 

 ふたりが騒いでいる様子は、実は賈環に聞かれていた。――彼は平素から宝玉を恨んでいたが、今宝玉が彩霞と戯れているのを見て、心の中で益々この気持ちを押し殺してはいれなくなった。しばらくじっと考え込んでいたが、心の中でふとある計略を思いついた。わざと手が滑ったふりをして、そこの油がいっぱいに溜まった蝋燭を、宝玉の顔に向けて推した。宝玉は「うわあ」と大声を上げ、部屋中の人々がびっくりして跳び上がった。急いで床の上のランタンを運んで来て照らしてみると、宝玉の顔中に油がこぼれていた。王夫人は慌てるや腹を立てるわで、急いで人に命じて宝玉の顔を洗ってやり、一方で賈環を怒鳴りつけた。鳳姐はオンドルに上り下りして宝玉の火傷の手当をし、一方でこう言った。「この三男坊は相変わらずこんな「おっちょこちょい」なんだね。わたしに言わせると、あんたは表舞台に立つ資格が無いよ。――お妾の趙叔母さん(賈環は賈政の妾の趙叔母さんの子供。)は普段おまえにどんな教育をしているの。」

 

 この一言で(賈政の正妻の)王夫人ははたと気づき、遂に趙叔母さんを呼んで来て、怒って言った。「こんな腹黒い子を育てて、ちょっとお灸を据えないといけないわね。毎度毎度わたし訳が分からないわ。あんたたちは一発やれていい気になっているのね。一発やれたんだからね。」かの趙叔母さんは怒りをこらえて我慢するしかなかった。そしてまた人々を助け、宝玉の治療を手伝った。宝玉は顔の左側に水ぶくれができたが、幸い、目に怪我はなかった。王夫人は宝玉を見て、心が疼き、また賈のお婆様がどうしたのか尋ねられた時、回答しづらいのを恐れ、急いでまた趙叔母さんを一度怒鳴りつけた。また宝玉を慰めた。一方で、「敗毒散」を取り出して塗ってやった。宝玉が言った。「ちょっと痛いけど、何でもないよ。明日お婆様に尋ねられたら、僕が自分で火傷をしたと言えば済むさ。」鳳姐が言った。「自分で火傷したと言うにしても、人を罵って配慮を怠ると、どのみち一度怒りが生じるものよ。」王夫人は人に命じてちゃんと宝玉を自分の部屋に送って行った。襲人らはこれを見て、皆びっくりして、ひどいことになったと思った。

 

 

 かの黛玉は宝玉が一日外出していたのを見て、悶々としていたが、夜になって人を遣わして二、三度尋ねさせたところ、火傷を負われたと聞き、彼女自身が駆けつけると、宝玉が自分で鏡に映して見ているのを見た。顔の左側には一面に薬が塗られていた。黛玉は火傷がとても酷いと分かり、急いで近づいて見ようとすると、宝玉は顔を隠して、手を振って彼女を出て行かせた。それというのも、彼は元々潔癖症で、それゆえ黛玉に火傷の跡を見られるのを佳しとしなかった。黛玉もどうしようもなかったが、宝玉にこう尋ねた。「痛みはどうなの。」宝玉が言った。「そんなに痛くないよ。一日二日養生すれば良くなるよ。」黛玉はしばらく座って帰って行った。

 

 翌日、宝玉は賈のお婆様にお目にかかり、自分で火傷を負ったと認めたが、賈のお婆様がまたお付きの者を一度罵るのを免れることはできなかった。

 

 また一日経ち、宝玉が仮の母親としたお婆さん(寄名干娘。生まれた子供が健康で長生きするよう、血縁の無い他人を父母と見做す昔の習慣)の馬道婆(道婆は尼寺で雑役をする女性)が栄国府に来て、宝玉の顔を見て、大いに驚き、その経緯を聞くと、火傷をしたと言うので、頷きため息をつき、一方では宝玉の顔に向けて指で何画か線を引き、口の中でぶつぶつ何かを唱え、また一度まじないを唱え、こう言った。「もう大丈夫ですよ。これは一時の予期せぬ災難に過ぎません。」また賈のお婆様に向けて言った。「ご先祖様、菩薩様、かの仏教経典の中で言われていることがすばらしいと誰が知りましょうや。およそ王様や公卿、お大臣の家の子弟は、一生のうちに、ひそかに器量の狭い邪魔者に纏わりつかれることがあるものです。閑があれば、そいつを引き離すか、もぎ取らないといけません。或いは食事の時、そいつのお茶碗も用意してやったり、或いは歩きながらそいつを押し倒すべきなのです。だから往々にして、そうした大家の子孫は、多くが生きながらえることができなかったのです。」

 

 賈のお婆様はこんな話を聞いたので、尋ねた。「これにはどんな方法で助かることができるんだい?」馬道婆はそれで言った。「それは簡単なことで、ただその子のために善行を積んで、因果応報が循環するようにしてやればいいだけです。またその経典ではこうも言っています。西方に大光明普照菩薩がおられ、専ら光明や神聖な力で暗黒を追い払い、邪(よこしま)を駆逐することに関り、もし善男信女で敬虔に信仰する者は、永遠に子孫の健康、安寧を保つことができ、二度と邪による災いに出くわすことがなくなります。」賈のお婆様が言った。「それにしても、どうしたらこの菩薩様をお祭りできるの?」馬道婆が言った。「それは何でもありません。お線香や蝋燭をお供えする他に、毎日燃やす香油を何斤か増やし、大きなお供えの灯り(大海灯)を点せばいいんです。その「海灯」というのは、菩薩が現世に現れたお姿で、昼も夜も休むことがないのです。

 

 賈のお婆様が言った。「一昼夜でどれだけの油が必要なの?わたしも善行を行いますから。」馬道婆が言った。「量の多少には拘りません。施主様のお心づけ次第です。例えば我が家では、何ヶ所もの王妃様が命じてお供えされました。南安郡王府の太妃様は、信心が厚くておられ、一日に四十八斤の油、一斤の燈心をお使いになられ、その海灯も甕より少し小さな大きさのものです。錦郷侯がお命じになったのがこれに次ぎますが、一日に二十斤の油に過ぎません。他にも何軒かの大家で、それぞれ十斤、八斤、三斤、五斤と異なりますが、不足は許されませんから、それぞれのお家に代わって注文しないといけないのです。」賈のお婆様は頷き、考え込んだ。

 

 馬道婆が言った。「もうひとつ、もし父母様を厚くお祭りされるなら、どれだけ喜捨されても問題ありません。ご長老様が宝玉様に喜捨し過ぎると、お兄様が負担しきれないのではないか心配になり、却って運を損なってしまいます。もし喜捨されるなら、大は七斤、小は五斤でよろしいです。」賈のお婆様が言った。「それなら、一日五斤にしてください。毎月まとめて請求してちょうだい。」馬道婆が言った。「南無阿弥陀仏。大菩薩様、お慈悲をくださりませ。」賈のお婆様はまた人を呼んで言いつけた。「今後宝玉がでかける時は、銅銭を何串か伴の小者に持たせて、道々僧侶や道士、貧苦の人々に施しをするようにさせなさい。」

 

 言い終わると、かの道婆はそれぞれの家にご挨拶しにぶらぶら行ってしまった。しばらくして趙叔母さんの家に行き、ふたりは顔を合わすと、趙叔母さんは子供の召使に命じてお茶を淹れて彼女に飲ませた。趙叔母はちょうど靴の表布を貼っていて、馬道婆はオンドルの上に細かい絹の布の切れ端が積んであるのを見て、言った。「わたし、ちょうど靴の表が無いので、あなたが少し絹布の切れ端をわたしにくれれば、色は拘らないから、一足靴を作って履くことができるわ。」趙叔母さんはため息をついて言った。「あなた、ご覧になってみて。どこにそんな良い布切れがあると言うの?良いものはうちなんかには回って来ないの。あなた、あまり良くないものでも構わないんだったら、二枚選んで持って行ってちょうだい。」馬道婆は何枚か選んで、袖の中に挟み込んだ。

 

 趙叔母さんがまた尋ねた。「先日、わたし銭五百枚、人を遣わして送ったんだけど、あなた薬王様(道教の神様)の前にお供えくださったの?」馬道婆が言った。「とっくにあなたに代わってお供えしました。」趙叔母さんはため息をついて言った。「南無阿弥陀仏。わたし、時間に余裕があれば、いつでもお供えに来るんだけど、「心余りあれど力足らず」なの。」馬道婆が言った。「安心なさっていいですよ。将来頑張って賈環兄さまが成長なすって、微禄でも官職を得られたら、その時に大いに功徳をお積みになればいいんです。それができないとでもお思いですか。」

 

 趙叔母さんはそう聞いて笑って言った。「やめて。もう言わないで。今見てるのがお手本よ。うちは妾の家だけど、このお屋敷のどなたに追いつけるかしら。宝玉様はまだ子供で、大きくなって後継ぎと認められ、大人たちがこの子のことをたいへん気に入っても、それだけのこと。わたしはこんなご主人に服従しないだけのことよ。」そう言いながら、一方で指を二本(王熙鳳と賈宝玉のふたり指す)伸ばした。馬道婆はその意味を解したので、こう尋ねた。「でも賈璉様の奥様(王熙鳳)のことは、どう思われているの?」趙叔母さんはおっかなびっくりで急いで手を振り、身体を起こすとカーテンをめくって外を一目見て、誰もいないことを確かめると、ようやく振り返って馬道婆に言った。「この方は大したものです。この方について言えば、こちらのお家の財産を皆実家に持って行ってしまわれても、わたしにはどうしようもありません。」

 

 馬道婆はこう言うのを聞いて、趙叔母さんの口ぶりを探るようにして言った。「そんなこと言うまでもない。まさか見て分からなかったんじゃないでしょう。たとえ不足があっても、あなたがたじゃあ争いにならないから、あの人の思うがままですよ。――それでもいいですが。」趙叔母さんが言った。「お母さま。あの人に好き勝手させないために、誰かがあの人をどうかする手だてはありますか?」馬道婆が言った。「わたしが罰当たりなことを言うのでなければ、あなたがたは何もできないでしょう。――それも無理もありませんが。表立って何かする勇気が無いなら、陰でこっそり計略を練るしかないわ。今まで待っていたのよ。」

 

 趙叔母さんはこのことに手だてがあると聞き、心の中で密かに喜び、こう言った。「どんな計略なの?わたしは確かにそういう気持ちはあるけど、ただそんなやり手ではない。あなたがわたしにやり方を教えてくれたら、わたしは大いにあなたに感謝するわ。」馬道婆は趙叔母さんの回答を聞いて、気持ちを整理すると、またわざとこう言った。「南無阿弥陀仏。あなた、もう私に尋ねないでください。わたしがどうしてそんなことを知っていましょう。畏れ多いことです。」趙叔母さんが言った。「そらまた始まった。あんたは最も困難な境遇で困っている人を助け、生活に困窮している人を救うのを望んでいる人なのに、まさかわたしたち母と子の生死を、思うがまま人様にお見せしないといけないと言うの。――まさかこれでもまだわたしがあなたに感謝していないとでもお思いなの?」馬道婆はこのように聞いたので、笑って言った。「あなたが、あなたがた母と子ふたりが、嫌な思いをするのは我慢できないとおっしゃるなら、それもまだ受け入れられるけど、わたしに感謝してもらうなんて、わたしは考えてもみなかったわ。」趙叔母さんはこの話を聞いて気持ちに幾分余裕ができたので、こう言った。「あんたみたいなものの分かった人が、どうしてはっきりしないの?確かに仏法には霊験があるけど、彼らふたり(王熙鳳と賈宝玉)の名声を失墜させたら、このお家の財産はわたしたちのものになるのかしら。あの時あなたはほしかったものが得られなかったんじゃないの?」馬道婆はそう聞いて、しばらく下を向いて考え込んでいたが、こう言った。「もし事が成功して証拠を残さなかったら、あなたは約束を実行してくれるの?」趙叔母さんが言った。「これのどこが難しいの?わたしは何両かへそくりがあり、また服や首飾りも持っています。あなたに先にいくつか見本をお見せしましょう。また借金の証文をあなたに書くから、時が来たら、わたしがそれに基づきあなたにお金をお返しするわ。」馬道婆はちょっと考えてから言った。「それもいいでしょう。わたしがまず先に埋め合わせしないといけないけど。」

 

 趙叔母さんはもう一度質問するのももどかしく、急いで子供の小間使いまで一人残らず部屋から追い出し、大急ぎで箱を開けると、首飾りをいくつか取り出し、へそくりの小粒銀と併せ、また五十両の借金の証文を書き、馬道婆に手渡して言った。「あんた、先に持って行って、供養をしておくれ。」馬道婆はこれらのものを見て、また「欠条」(借用書)の文字もあったので、遂にはっきりと承諾し、手を伸ばして先に銀子を手にし、その後借用書を受け取った。趙叔母さんに紙を持ってくるよう頼み、ハサミを持ってきて、紙の人形をふたつ切り取り、彼ら二人の誕生日を聞き、その上に書いた。また一枚青い紙を捜して、五人の青面の鬼を切り取り、それらをひとつにまとめ、針で止めた。「帰ったら、わたしがまた法術を使うと、自ずとその効果が出るわよ。」ふと王夫人の侍女が入って来て、こう言うのが見えた。「お妾様はお部屋の中におられますか。奥様がお待ちです。」こうしてふたりは別れ、馬道婆が自ら去ったのであるが、このことは置く。

 

 

 さて黛玉は宝玉が顔に火傷を負って外に出て来ないので、いつも同じ場所で話をしていた。この日の食後、本を二篇読み、また紫鵑としばらく裁縫をしたのだが、ずっと悶々として楽しめず、外に出て庭先にようやく顔を出した新しいタケノコを眺めた。思わず知らず屋敷の門を出て、庭園の中にやって来て、四方を望むも誰もおらず、ただ鳥のさえずり花のきらめきだけが見え、足の向くまま怡紅院の方へやって来た。すると数人の小間使いの女たちがひしゃくで水を汲んで、回廊のところで、ホオジロが水浴びをするのを見ていた。部屋の中から笑い声が聞こえてきたが、実は李紈、鳳姐、宝釵が皆ここに来ていたのであった。黛玉が入って来るのを見るや、皆笑って言った。「またおふたりが来られたんじゃないの?」

 

 黛玉は笑って言った。「今日は全員が揃われたわね。どなたが招待状を送ってご招待したのかしら。」 鳳姐が言った。「わたし、先日人を遣って茶葉を二瓶お嬢ちゃんにお届けしましたが、まあまあでしょう?」黛玉が言った。「わたし、うっかり忘れていましたわ、――お心遣いに感謝しますわ。」宝玉が言った。「僕飲んでみたけど美味しくなかった。他の方はどう思われたか知らないけど。」宝釵が言った。「味もまあまあだったわ。」鳳姐が言った。「あれは暹羅国(シャム国。タイの旧称)から献上されたものです。わたし、飲んでみましたけど、あまり美味しくなく、わたしたちがいつも飲んでいるものに及ばないと思いました。」黛玉が言った。「わたしは飲んで、美味しいと思いました。皆さん方の好みがどうなのか分かりませんが。」宝玉が言った。「君が美味しいと言うなら、僕のを持って来て、飲んで行きなよ。」鳳姐が言った。「わたしのところにまだたくさんありますよ。」黛玉が言った。「わたし、侍女に取りに行かせるわ。」鳳姐が言った。「必要ありません。わたしが人を遣わして届けさせますよ。わたし、明日まだもう一件あなたに用事があって、一緒に人に届けさせますわ。」

 

 黛玉はそう聞いて、笑って言った。「皆さん方、ちょっと聞いてください。ここであの方の茶葉を少しでも飲んだら、人を呼んで来られるんですよ。」鳳姐は笑って言った。「あなたはうちの家の茶を飲んだのだから、どうしてまだうちの家のお嫁さんになられないのですか。」周りの人々からどっと笑いが起こった。黛玉は顔を真っ赤にして、下を向いて一言も声を発しなかった。宝釵が笑って言った。「姉さんのユーモアは本当に面白いわ。」黛玉が言った。「何がユーモアですか。憎まれ口をたたいて、人に煙たがられてるだけじゃないですか。」そう言いながら、ぷっと唾を吐きかけた。鳳姐は笑って言った。「あなたがうちの嫁に来たら、まだあなたに迷惑をかけることになるのかしら?」宝玉を指さしながら言った。「あなた、ご覧になって。人物が釣り合わないのかしら? 家柄が釣り合わないのかしら?ご実家の財力が釣り合わないのかしら?どういう点があなたを辱めているのかしら?」黛玉は立ち上がると、出て行こうとした。

 

 宝釵が大声を出して言った。「この子ったら眉を顰(ひそ)めて慌てて、もう戻って来ないの。出て行っても意味がないのに。」そう言いながら、立ち上がって引き留めた。やっと部屋の入口まで来ると、趙叔母さんと周叔母さん(ふたりとも賈政の妾)のふたりが宝玉に会いに来るのが見えた。宝玉と周りの人々は立ち上がり、席を譲ったが、ただ鳳姐だけは相手にしなかった。宝釵がちょうど話をしようとしていると、王夫人の部屋付きの小間使いが来て言った。「叔父様の奥様がお越しになりました。どうか奥様、お嬢様方はお越しください。」李紈は急いで鳳姐と一緒に出て行こうとした。趙叔母さんと周叔母さんのふたりも出て行った。宝玉は言った。「僕は行けない。あなたがたはいずれにせよ叔母さんに入って来てもらっちゃだめだよ。」またこう言った。「林ちゃん、ちょっと待って。僕、君に話があるんだ。」鳳姐はそれを聞くと、振り返って黛玉に言った。「誰かさんがあなたと話がしたいんですって。お戻りなさい。」そう言って黛玉を後ろに押すと、李紈と笑いながら出て行った。

 

 ここで宝玉は黛玉の手を引くと、ただ微笑むばかりで、口を開かなかった。黛玉は思わずまた顔を真っ赤にし、手を振り払って向こうへ行こうとした。宝玉が言った。「うあっ、頭が割れそうに痛い。」黛玉が言った。「あらまあ。南無阿弥陀仏。」宝玉は大声を上げると、高く跳び上がり、地面から三四尺の高さまで飛ぶと、口であらぬことを口走り、尽く訳の分からぬことをぶつぶつ言った。黛玉も小間使いの女たちも皆びっくりして、急いで王夫人と賈のお婆様に知らせた。この時、王子騰の夫人もここにいたが、皆一斉に様子を見に来た。宝玉は狂ったように刀や杖を振り回し、生死の間を彷徨っているかのようで、天地をひっくり返すような騒ぎになった。賈のお婆様、王夫人はその様子を一目見るや、驚いて体が震え、衣服が乱れ、声を上げて泣き出した。こうして人々を驚かせ、賈郝、邢夫人、賈珍、賈政、並びに璉、蓉、芸、薛叔母さん、薛蟠、並びに周瑞の家内まで、一族の上下の人々、並びに侍女や嫁たちまで、皆大観園の中に様子を見に来られ、たちまち無秩序な状態になってしまった。

 

 正に手だてが無い中、ふと見ると鳳姐が手にきらきら光る刀を持ち、大観園の中に切り込んで来た。鶏を見れば鶏を殺し、犬を見れば犬を殺し、人を見ると、眼を見開いて人を殺そうとした。人々は大慌てになった。周瑞の家内は何人かの力持ちの女たちを連れて、跳びかかって身体を押さえ、刀を奪い、身体を持ち上げて部屋の中に連れ帰った。(鳳姐の侍女の)平兒、豊兒らは悲しみの余り天地に嘆き訴えた。 賈政は心の中でたいへん慌てていた。すぐさま人々が様々に口を挟み意見し、ある者は祟りを送り出すべきだと言い、ある者は巫女に神がかりをしてもらうべきだと言い、玉皇閣張道士の妖怪退治を勧める者もいて、半日大騒ぎをして、神様にお願いをし、様々な医師の治療を試みたが、効果が見られなかった。日が落ちてから、王子騰夫人は暇乞いをして帰って行った。

 

 

 翌日、王子勝も挨拶にやって来た。続いて 保齢侯史鼐家、 邢夫人の兄弟、並びに各親戚が様子を見に来て、護符を焼いた時に使う水を祀るといいと言う者もいれば、僧侶や道士を勧める者、医者を勧める者もいた。宝玉、鳳姐の弟、兄嫁ふたりは、錯乱し人事不省(じんじふせい)になり、身体は火のように熱く、ベッドの中であらぬことを口にし、それが夜中にはより甚だしかった。このためふたりの乳母や侍女たちはお傍に寄ることができず、このため彼らふたりは王夫人の屋敷の中に運ばれ、関係する人々が交替で監視した。 賈のお婆様、王夫人、 邢夫人、 並びに薛叔母さんは、一歩もそこを離れることができず、ただふたりを囲んで嘆き悲しんだ。

 

 この時 賈郝、 賈政はまた 賈のお婆様が嘆き悲しみ過ぎて病気になるのを恐れ、日夜あれこれ忙しくし、騒ぎ立てて上も下も不安に思った。 賈郝はまたあちこちで良い僧侶、道士を捜した。賈政は治療の効果が見られないので、賈郝を押しとどめて言った。「息子や娘たちの運命には、必ず天命があり、人力で抗えるものではありません。この子たちふたりの病気は、様々な医者の治療でも効果が無く、思うに天意がこのようであるに違いなく、ふたりが行く方に任せるしかありません。」 賈郝は賈政の言うことを相手にせず、相変わらず何とかしようと様々な手を打った。

 

 三日の間見てみたが、鳳姐も 宝玉もベッドに横たわり、息遣いも弱っていた。一族の者皆直る望みが無いと言い、急いで彼らふたりの死後の事を準備した。賈のお婆様、王夫人、賈璉、 平兒、襲人らは悲しみのあまり、息絶えてはまた蘇生する程の状態であった。ただ趙叔母さんは見かけ上は悲しく沈み込んだようなふりをしていたが、心の中ではたいへん満足していた。

 

 四日目の朝になって、宝玉がふと眼を大きく見開き、賈のお婆様に向けて言った。「今後、僕はこの家にいるべきじゃないです。早く僕を遣わして行かせてください。」 賈のお婆様はこの言葉を聞いて、胸が痛くてたまらなくなった。趙叔母さんは傍で勧めて言った。「大奥様もあまり悲嘆されるに及びません。坊ちゃんはもう直られる見込みがないのですから、ちゃんと身繕いしてあげて、早くお戻しして差し上げた方が、坊ちゃんもあまり苦しみを受けられずに済みます。ただ坊ちゃんのことを諦めきれない以上、こうした口ぶりは已むことなく、どちらにおられても、罪の意識や不安が已むことはないでしょう。――」こう話し終わらぬうちに、賈のお婆様に顔めがけて唾を吐きかけられ、罵り言われた。「この舌の爛(ただ)れたろくでなしのババア!どこを見て見込みがないなんて言うんだ。おまえはあの子が死んでほしいんだな。それでどんな利点があるんだ?幻想を言うんじゃないわよ。あの子が死んだら、あんたたちにも責任をとってもらいますからね。元はと言えば、皆あんたたちが平素からけしかけて、無理やりあの子に本を読んだり字を書いたりさせ、肝っ玉を驚かせて潰して、父親を見ると「猫を避ける鼠」のように臆病にしてしまったんだ。これは皆おまえたち妾ふぜいがけしかけたせいだ。今回あの子を死に追いやれたら、おまえたちの思うつぼだわね!――わたしがそれを許すとでも思っているの?」一方で泣きながら、一方で罵った。

 

 賈政は傍でこの話を聞いていたが、心の中では益々切羽詰まり、慌てて怒鳴りつけて趙叔母さんを退出させ、やんわりと一度賈のお婆様を慰めた。ふと人が来て伝達した。「おふたりの棺桶が完成しました。」賈のお婆様はこれを聞いて、刀で心臓を刺されたような気持ちになり、泣きながら大声で罵り、尋ねた。「誰が棺桶なんか作らせたの?棺桶を作らせた者を早く連れて来て、撃ち殺しておくれ。」天地のひっくり返る騒ぎになった。

 

 ふと、かすかに木魚の音が聞こえてきて、こう唱えた。「南無解冤解結菩薩!――どちらのご家族で、お世継ぎに問題を抱えられ、家庭が不和で、祟(たた)りに当たられ危機に遭われているか。わたしたちがお直ししてしんぜよう。賈のお婆様、王夫人、皆この声を聞き、すぐ人に命じて街に捜しに行かせた。声の主は、ひとりのしらくも頭の和尚とひとりのびっこの道士であった。かの和尚はどのような有様でありましたでしょうか。それは:

 

  鼻は鼻梁高くどっしりとし、両眉はすらりと長く、眼は宵の明星のようにきらりと光った。ぼろの袈裟を纏(まと)い有り合わせの草履を履き、行く宛無くさすらい、不潔で頭一面に腫物ができていた。

 

かの道士はどのような有様でありましたでしょうか。この男を見ると:

 

  片足は高く上がるが片足は上がらず、びっこを引いて、懸命にぬかるんだ道を進んだ。道で出逢い家はどこかと尋ねても、家は蓬莱の仙境の西、弱水のあたりと答えるばかり。

 

 賈政はそれで人に命じて屋敷に招じ入れ、彼らふたりに尋ねた。「何れの山で修行されたのですか?」かの僧は笑って言った。「お役人様、要らぬお話はご無用です。お屋敷の後継ぎ様に問題がおありと知り、特にお直しに罷り越しました。」賈政が言った。「ふたりが邪に当たり、どちらの仙人様であれば治療できるか分からないのです。」かの道士は笑って言った。「お宅には絶世のお宝があり、この病を直すことができます。どうして方士に尋ねる必要がありましょうや。」賈政は心の中で動揺し、それで言った。「子供が生まれた時に一枚の玉を持って生まれ、その上に「凶邪を除くを能う」と刻まれていましたが、未だその霊効を見たことがありません。」かの僧が言った。「お役人様はご存じないのです。かの「宝玉」は元々霊験あらたかなものですが、ただ色恋や利欲に惑わされ、その霊験が見れないのです。今この宝を取り出し、わたしが経文を唱えてやれば、自然とまた霊験が戻りますよ。」

 

 賈政はそれで宝玉の首からかの玉を取り、このふたりに手渡した。かの和尚は手のひらの上で持ち上げると、一声長嘆し、言った。「青埂峰の下で、別れしより十三載(年)。人の世は光陰の如く速やかであるが、俗世の因縁は断つことができない。これはどうすることもできない。羨む可し君の当時の好きところは:

 

  天に拘わらず地に羈(つな)がらず、心頭は喜ばず亦悲しまず。

  只だ通霊を鍛錬するに因りて後、便ち人間(じんかん)に向け是非を惹(まね)く。

 

惜しむ可きは今日、この玉は次のような経歴を経た:

 

  白粉(おしろい)や口紅の痕が宝光を汚し、部屋では日夜男女の情愛に浸る。

  深い眠りの夢もいつか醒め、これまでやった悪行を精算し、皆各々戻り行く。

 

唱え終わると、もう一度玉をさすり、少し戯言を言うと、玉を賈政に手渡して言った。「この物は既に霊験を持ったので、汚してはなりません。寝室の入口の敷居の上に吊るし、肉親以外、他の女性に触らせてはなりません。三十三日経てば、大丈夫です。」賈政は急いで人に命じて茶を淹れさせたが、このふたりの僧侶と道士は既に行ってしまい、ただその言われた言葉通りにするしかなかった。

 

 鳳姐と 宝玉は、果たして一日一日と良くなり、次第に目覚めてきて、空腹を感じるようになり、賈のお婆様や王夫人はようやく安心した。姉妹たちも外の部屋で知らせを聞き、黛玉が先に念仏を唱え、宝釵が微笑んで何も言わないので、惜春が言った。「宝姉さんは何を笑っているの?」宝釵が言った。「わたしは御仏が来られたように微笑むのを、人様より急いで行いました。衆生を救わねばならないし、人様を病苦から加護しなければならず、皆速やかに行うのが良いのです。人様の婚姻のことも考えねばならず、それを成就させねばなりません。――どう、急ぐ必要はないかしら?わたしの言っていること、可笑しいかしら?」しばらくして黛玉は顔を真っ赤にして、吐き捨てるように言った。「あなたがたは皆いい人じゃないわ。これ以上いい人に付いて学ぶんじゃなかったら、鳳姉さんに付いて、憎まれ口をたたくのを覚えるしかないわね。」そう言いながら、一方で帳(とばり)をめくって出て行った。委細を知りたければ、次回に解説いたします。