高俅は殿帥府太尉に着任し、配下の官吏や武官を謁見したところ、禁軍教頭の王進が病気で欠席していました。怒った高俅は王進の自宅まで人を遣り、無理やり役所に出頭させると、王進が曾て棒術を習った先生の、都軍教頭の王升の息子であることが分かり、王升に棍棒で倒されて痛い目に遭わされたことがあり、今もそのことを怨んでいて、今は立場が王進の上司となったことを幸い、彼をいろいろ痛めつけてやろうと考えます。これを察した王進は、官を辞して逃亡を図りますが。さて無事に逃亡できるでしょうか。本文をご覧ください。
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且说高俅得做了殿帅府太尉,选拣xuǎn jiǎn吉日良辰liáng chén,去殿帅府里到任,所有一应yī yīng合属hé shǔ公吏gōng lì衙将yá jiàng,都军监军,马步人等,尽来参拜,各呈手本shǒu běn,开报kāi bào花名huā míng。高殿帅一一点过,于内只欠一名八十万禁军jìn jūn教头jiào tóu王进,半月之前,已有病状在官,患病未痊quán,不曾入衙门yá mén管事guǎn shì 。高殿帅大怒,喝道hè dào:“胡说!既有手本呈来,却不是那厮nà sī抗拒kàng jù官府guān fǔ,搪塞táng sè下官!此人即系推病在家,快与我拿来。”随即差人到王进家来,捉拿zhuō ná王进。
さて高俅は殿帥府太尉になることができ、吉日の良い日取りを選んで、殿帥府(でんすいふ)に行って着任すると、すべての配下の官吏や武官、都軍監軍、騎馬隊、歩兵など、尽くが来て謁見し、各々が氏名、役職の名刺を提出し、逐一名簿に登録した。高殿帥は一々確認したが、その中でただ一人、八十万人を抱える禁軍(皇帝や天子の居所(禁中・禁裏)をまもり、都の治安を維持する直属の親衛隊(近衛軍))の教頭(武術の指導者)である王進が欠席していた。半月前、既に病気の報告が役所に提出され、病気はまだ回復していなかったので、まだ公務に復帰していなかった。高殿帥は大いに怒り、怒鳴って言った。「でたらめを言いおって!もう名刺が提出されているのに、こいつだけはお役所に逆らい、わしのことをないがしろにしおって。この男が病気を理由に家にいるなら、早く私の前に連れてまいれ。」すぐさま人を遣って王進の家に行き、王進を捕まえに行かせた。
且说这王进却无妻子,只有一个老母,年已六旬xún之上。牌头pái tóu与教头王进说道:“如今高殿帅新来上任,点diǎn你不着bù zháo,军正司jūn zhèng sī禀bǐng说染患在家,现有病患状在官。高殿帅焦躁jiāo zào,那里肯信kěn xìn?定要拿你,只道是教头诈病zhà bìng在家,教头只得去走一遭zāo。若还不去,定连累小人了。”
さてこの王進には妻子はおらず、ただひとり老母がいて、年齢は既に六十歳を越えていた。牌頭(小隊長)は教頭の王進に言った。「今高殿帥が新たに着任されるに当たり、あなたを呼んだがおられず、軍政司(軍規や賞罰の査定を担当する役職名)が、あなたが病気で家におられ、病気の報告が役所に出ていると申し上げました。高殿帥はいらだちのあまり、どうしてそれを信用されましょう。必ずあなたを捕まえて来いとの仰せです。教頭が仮病を使って家におられると思っておられます。教頭殿には一度出頭いただかざるを得ません。もしそれでも行かれなかったら、きっと累がわたくしどもにまで及びましょう。」
王进听罢,只得捱ái着病来。进得殿帅府前,参见太尉,拜了四拜,躬身gōng shēn唱个喏rě,起来立在一边。高俅道:“你那厮sī便是都军教头王升的儿子?”王进禀道:“小人便是。”高俅喝道:“这厮,你爷是街市上使花棒huā bàng卖药的,你省xǐng的甚么武艺?前官没眼,参cān你做个教头jiào tóu,如何敢gǎn小觑xiǎo qù我,不伏bù fú俺ǎn点视diǎn shì!你托谁的势,要推病在家,安闲快乐!”王进告道:“小人怎敢,其实患病未痊quán。”高太尉骂道:“贼zéi配军pèi jūn,你既害病,如何来得?”王进又告道:“太尉呼唤,安敢不来!”高殿帅大怒,喝令左右:“拿下!加力与我打这厮!”众多牙将yá jiàng都是和王进好的,只得与军正司同告道:“今日太尉上任,好日头,权免quán miǎn此人这一次。”高太尉喝道:“你这贼配军,且看众将之面,饶恕ráo shù你今日,明日却和你理会lǐ huì。”王进谢罪罢,起来抬头看了,认得是高俅。出得衙门,叹口气道:“俺ǎn的性命,今番难保了。俺道是甚么高殿帅,却原来正是东京帮闲的‘圆社’高二。比先时曾学使棒,被我父亲一棒打翻,三四个月将息不起,有此之仇chóu。他今日发迹fā jì,得做殿帅府太尉,正待要报仇,我不想正属他管。自古道:‘不怕官,只怕管。’俺如何与他争得?怎生奈何是好?”回到家中,闷闷mèn mèn不已bù yǐ。对娘说知此事,母子二人,抱头而哭。娘道:“我儿,‘三十六着zhāo,走为wéi上着shàng zhāo’。只恐没处走。”王进道:“母亲说得是,儿子寻思,也是这般计较jì jiào。只有延安yán ān府老种chóng经略jīng lüè相公xiàng gōng镇守zhèn shǒu边庭biān tíng,他手下军官,多有曾到京师的,爱儿子使枪棒,何不逃去投奔tóu bèn他们?那里是用人yòng rén去处qù chù,足可安身立命ān shēn lì mìng。”正是:
王進はそう聞くと、病をこらえてやって来ざるを得なかった。殿帥府の前に着くと、太尉にお目にかかり、四度頭を下げて拝礼すると、身をかがめてご挨拶の口上を述べ、立ち上がると端の方に立った。高俅が言った。「おまえは都軍教頭の王升の息子か?」王進は申し上げて言った。「その通りです。」高俅が怒鳴って言った。「この野郎、おまえの親父は市場で棍棒を振り回して客を集める薬売りに過ぎなかったのに、おまえにどんな武芸ができると言うんだ?前任の役人は見る目がなくて、おまえを教頭(武術の指導者)に推挙したが、どんなに俺を軽く見たって、俺は騙されないからな。おまえは誰かさんの権勢を借りて、病気と称して家に引きこもり、のほほんとしているつもりだな。」王進が弁明して言った。「わたしがどうしてそんなことを。本当に病気がまだ回復していないのです。」高太尉が怒って言った。「この逆賊野郎、おまえは病気に罹っているのにどうして来れたんだ?」王進がまた弁明して言った。「太尉がお呼びなのに、どうして敢えて来ないでおけましょう。」高殿帥は大いに怒り、左右の者を怒鳴って命令した。「連れて行け。こいつを思いっきり殴っておいてくれ。」多くの指揮官たちは皆王進に好意を寄せていたので、 軍政司にこう言って取りなした。「今日は太尉殿が着任された良いお日柄ですから、差し当たり今度だけはこの者を赦してやってください。」高太尉は怒鳴って言った。「この逆賊野郎、とりあえず諸将の面子を立て、今日だけはおまえを赦してやる。明日改めておまえの処分を考えるとしよう。」王進は詫びを言うと、立ち上がって頭をあげて見ると、相手が高俅であると分かった。役所を出ると、ため息をついて言った。「わたしの命も、今度は持たないだろう。わたしはどちらの高殿帥かと思っていたが、なんと東京(とうけい)で太鼓持ちをしていた「圓社」の高の次男坊であったとは。以前棒術を習っていた時に、父上に棍棒で倒され、三四ヶ月立ち上がれず休んでいたが、今度その仇を取ろうと言うんだな。あいつは今は権勢を得て、殿師府太尉となることができたので、正に仇を討とうとしている。わたしはあの男の管理下に属そうとは思わない。昔から言うように、「官(高官)を怕(おそ)れず、ただ管(管理する人、直属の上司)を怕(おそ)れる」だ。わたしは如何にしてあいつと争うことができるだろう?いったいどうしたら良いだろうか。」家に帰る道すがら、悶々とするばかりだった。母親にこのことを話すと、母子ふたり、抱き合って泣いた。母が言った。「息子や、「三十六計、逃げるが上策」と言う。とは言え、どこに逃げれば良いのかね?」王進が言った。「母上がおっしゃることはもっともです。わたしが思案するに、このようにしてはどうかと思います。延安府経略使の種(しょう)相公が辺境の守備をされていて、彼の配下の軍官は多くが京師の出身で、あの方は部下の者が槍や棒術を習うのを好まれますので、そちらを頼って行ってはどうかと思うのです。あちらならわたしの技能が活かせ、身の安全も保障されます。」正に:
用人之人,人始为用。恃shì己自用,人为人送。
彼处得贤xián,此间jiān失重shī zhòng。若驱qū若引yǐn,可惜可痛。
よく人(人才)を用いる人がいれば、人(人才)ははじめてその為に用いられるが、己を恃(たの)んで自用(他人の意見を用いないで、勝手に振る舞う)すれば、人(人才)は人の為に(他所へ)送られる。
かのところで賢を得るも、この間に(この人才 への)重(重視)を失えば、(表面上は人才を)引(みちび)いているようで(実際は)駆(おいは)らうが若(ごと)しで、惜しむ可し痛む可しだ。
当下娘儿两个商议定了。其母又道:“我儿,和你要私走,只恐门前两个牌军是殿帅府拨来bá lái伏侍fú shi你的,他若得知,须走不脱。”王进道:“不妨bù fáng,母亲放心。儿子自有道理措置他。”
すぐに母子ふたりの相談はまとまった。母がまた言った。「息子や、あなたとこっそり逃げるにしても、門の前のふたりの牌軍(遣いで派遣された下級の武官)が殿帥府から派遣されておまえに仕えているが、彼らがこのことを知ったら、逃げられないよ。」王進が言った。「大丈夫です、母上ご安心ください。わたしに予め考えがあります。」
当下日晚未昏,王进先叫张牌入来,分付道:“你先吃了些晚饭,我使你一处去干事。”张牌道:“教头使小人那里去?”王进道:“我因前日病患,许下xǔ xià酸枣门suān zǎo mén外wài岳庙yuè miào里香愿xiāng yuàn,明日早要去烧炷zhù头香tóu xiāng。你可今晚先去分付庙祝miào zhù,教他来日早些开庙门,等我来烧炷头香,就要三牲,献刘李王。你就庙里歇了等我。”张牌答应,先吃了晚饭,叫了安置,望庙中去了。
その日の晩、まだ暗くならぬうちに、王進は先に牌軍の張を呼んで入って来させ、こう言いつけた。「おまえ、先に晩飯を食って、あるところにお使いに行ってくれるかい。」張が言った。「教頭様はわたしをどちらに行かせられるのですか?」王進が言った。「わたしは先日病気を患ったので、酸棗門(さんそうもん。宋の汴京の城門の名前)外の東岳廟に行ってお線香を上げて願掛けをしたいので、明日は朝早く行っていちばん最初に線香を上げないといけないのだ。おまえ、今晩先に行って廟祝(寺院で線香の管理をする人)に頼んで、彼に明日は早めに廟の門を開けるよう言ってくれ。わたしが来て線香を上げる時には、三牲(牛、羊、豚の三種の生贄)を用意し、劉李王に献上するから。おまえは廟の中で休んで、わたしが来るのを待っていてくれ。」牌軍の張は承知して、先に晩飯を食べると、お休みの挨拶をして、東岳廟を目指して行った。
当夜子母二人,收拾了行李、衣服、细软xì ruǎn、银两yín liǎng,做一担儿dànr打挟dǎ jiā了。又装两个料袋liào dài袱驼fú tuó,拴shuān在马上的。等到五更,天色未明,王进教起李牌,分付道:“你与我将这些银两,去岳庙里,和张牌买个三牲煮熟,在那里等候。我买些纸烛,随后便来。”李牌将银子望庙中去了。
その日の晩、母子ふたりは、荷物、衣服、携行する貴重品(宝石や首飾り、貴重な衣服など)、銀子を整理すると、ひとつの担ぎ荷物にまとめた。またふたつの食糧を入れた布袋を馬の背に載せ、馬に括りつけた。五更(夜中の三時から五時)になるのを待って、空はまだ明けていないが、王進は牌軍の李を呼ぶと、こう言いつけた。「おまえ、わたしのこの銀子で、東岳廟に行き、張と一緒に三種の生贄を買って来てよく煮て、あちらで待っていてくれ。わたしは少々紙銭と蝋燭を買って、後で行くから。」牌軍の李は、銀子を持って廟を目指して行った。
王进自去备了马,牵qiān出后槽hòu cáo,将料袋袱驼fú tuó搭dā上,把索子suǒ zi拴缚shuān fù牢láo了,牵在后门外,扶fú娘上了马。家中粗重cū zhòng都弃qì了,锁上前后门,挑tiāo了担儿dànr,跟在马后。趁五更天色未明,乘势出了西华门,取路望延安府来。
王進は自ら出て行って馬を準備し、馬を牽いて家の裏の飼葉桶のところに連れて行くと、布袋を馬の背中に載せ、縄でしっかり縛りつけると、後門の外に牽いて行き、母親を扶けて馬に跨らせた。家中のかさばる価値のないものは皆捨て、前後の門に鍵を掛け、荷物を担ぐと、馬の後を歩いた。 五更で空がまだ明けていないのに乗じて、急いで西華門を出ると、道を延安府の方に取った。
且说两个牌军,买了福物fú wù煮熟,在庙等到巳牌sì pái,也不见来。李牌心焦,走回到家中寻时,见锁了门,两头无路。寻了半日,并无有人。看看待晚,岳庙里张牌疑忌yí jì,一直奔回家来。又和李牌寻了一黄昏,看看黑了。两个见他当夜不归,又不见他老娘。次日,两个牌军又去他亲戚之家访问,亦无寻处。两个恐怕连累,只得去殿帅府首告:“王教头弃家在逃,子母不知去向。”高太尉见告,大怒道:“贼配军在逃,看那厮sī待dāi走那里去!”随即押下文书,行开诸州各府,捉拿逃军王进。二人首告,免其罪责,不在话下。
さてふたりの牌軍は、祭祀に使う肉を買ってきてそれをよく煮込み、廟で巳の刻(午前9時から午前11時まで)まで待ったが、王進は姿を現さなかった。牌軍の李は慌てて、屋敷まで捜しに戻ってみると、門には鍵が掛けられ、どうしてよいか分からなくなった。しばらく捜し歩いたが、誰もいなかった。夕方まで待ってみたが、東岳廟では牌軍の張が猜疑心を抱き、まっすぐ走って屋敷に戻って来た。それから牌軍の李と一緒に黄昏時まで捜したが、そのうち辺りは真っ暗になった。ふたりは王進がその晩はもう帰って来ないと思い、また母親も見つからなかった。翌日、ふたりの牌軍は更に親戚の家を訪ねてみたが、それでも行き先が分からなかった。ふたりは自分たちに類が及ぶのを恐れ、殿帥府に行き、自ら出頭して報告するしかなかった。「王教頭は家を捨て逃亡し、母子がどちらに行ったか分かりません。」高太尉は報告を聞き、大いに怒って言った。「逆賊野郎め、逃亡しやがって。あの野郎どこに逃げたか見てくれる!」直ちに公文書に署名し、諸州各府に発信し、逃亡した王進を捕らえようとした。ふたりは自ら出頭して報告したので、その罪責は免れたのであるが、そのことは言うまでもない。
こうして母親と共に家から逃亡した王進ですが、無事に逃げることができたのでしょうか?続きは次回をお楽しみに。