それでは、今回から『水滸伝』第一回に入ります。物語は、11世紀、北宋第四代皇帝仁宗の治世から始まります。この頃、疫病が全国的に流行し、病気平癒を願い、江西龍虎山から道教の最高指導者を都の開封に招き、国を挙げて疫病退散の祈祷をしてもらうことになります。そのため、皇帝の詔書を預かり、龍虎山に派遣されたのが太尉の洪信。先ずは洪信が道教の聖地、龍虎山上清宮に着くまでのところを読んでいきます。
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张天师祈禳qí ráng瘟疫wēn yì,
洪太尉误走妖魔yāo mó
張天師は祈りて瘟疫(おんえき。疫病)を禳(はら。祓)い、
洪太尉は誤って妖魔を走(に)がす
话说大宋仁宗天子在位,嘉祐jiā yòu三年三月三日五更三点,天子驾坐紫宸殿zǐ chén diàn,受百官朝贺。但见:
さて大宋の仁宗が天子に在位し、嘉祐三年(西暦1058年)三月三日の五更三点(午前4時12分頃。五更は3時から5時。一更を点は5等分するので、一点は約24分)、天子は紫宸殿の玉座に座られ、百官の朝賀を受けられた。その有様は:
祥云迷凤阁,瑞气罩龙楼。
含烟御柳拂fú旌旗jīng qí,,带露宫花迎剑戟jiàn jǐ。
天香影里,玉簪zān珠履lǚ聚jù丹墀dān chí;仙乐yuè声中,绣袄xiù ǎo锦衣jǐn yī扶fú御驾yù jià。
珍珠帘卷,黄金殿上现金舆;凤尾扇开,白玉阶前停宝辇。
隐隐净鞭三下响,层层文武两班齐。
祥雲は鳳閣に迷い、瑞気は龍楼を覆う。
煙を含む御柳は旌旗(せいき)を拂(はら)い、露を帯びた宮花は剣戟(けんげき)を迎える。
天香の影の裏(なか)、玉簪珠履(玉の簪(かんざし)で髪を止め、真珠の嵌った履物を履いた高官たち)は丹(に。丹色に塗った)の墀(きざはし)に聚(あつ)まり、仙楽の声の中、綉襖(しゅうおう。刺繍が施された衣服)錦衣(を着た官吏たち)は御駕(天子が乗る乗り物)を扶(たす)く。
珍珠(真珠)の簾を巻き、黄金の殿上に金輿現れ、鳳尾の扇が開き、白玉の階の前に宝輦(ほうれん。鳳輦。屋根に金色の鳳凰が飾られた皇帝の乗り物)が停まる。
隠隠(かすかではっきりしない。音が遠くでどよめくように響く)と浄(きよ)き鞭が三たび下りて響き、層層と(次々と)文武の両班が斉(そろ)う。
当有殿头官喝道hè dào:“有事出班早奏,无事卷帘juǎn lián退朝tuì cháo。”只见班部bān bù丛中,宰相zǎi xiàng赵哲、参政cān zhèng文彦博wén yàn bó出班chū bān奏曰:“目今京师瘟疫wēn yì盛行,民不聊生liáo shēng,伤损军民多矣。伏望fú wàng陛下bì xià释罪shì zuì宽恩kuān ēn,省shěng刑薄bó税,以禳ráng天灾,救济jiù jì万民。”
殿頭官(皇帝のそばに仕えて詔勅の伝達、朝議の進行をつかさどる内侍官)が大声で言った。「要件のある者は隊列を出て速やかに奏上せよ。要件無き者は速やかに朝議を退出せよ。」すると朝堂の百官の隊列の中から宰相の趙哲、参政の文彦博が隊列を出て奏上して言った。「目下、京師(天子が住むみやこ)では疫病が流行し、民は生活を維持することができず、軍民を傷つけ損なうこと甚だしい。願わくば陛下におかれては罪を赦し広く恩赦を行い、刑罰を減らし税を軽くし、祭祀により天災のお祓いをすることで、万民を救済していただきたい。」
天子听奏,急敕chì翰林院hàn lín yuàn随即suí jí草诏cǎo zhào:一面降赦jiàng shè天下罪囚zuì qiú,应有yīng yǒu民间税赋shuì fù悉皆xī jiē赦免shè miǎn;一面命在京宫观gōng guàn寺院,修设好事hǎo shì禳灾ráng zāi。不料其年瘟疫转盛。仁宗天子闻知,龙体不安。复会百官,众皆计议。
天子は奏上を聞くと、急ぎ翰林院(かんりんいん。詔書の起草に当たる役所)に命じて直ちに詔書(皇帝の詔(みことのり))を起草させた。一方では全国の犯罪を犯して拘禁された罪人の処罰を軽減、或いは免除し、一切の民間の税や賦役をすべて免除した。また一方ではみやこの道教寺院(宮観)、仏教寺院に命令し、特別な祭祀を行って災いを祓うようにさせた。ところが思いがけず、その年は疫病が勢いを盛り返した。仁宗皇帝はそれを聞いて、体調を害されてしまった。それで再び文武の百官が集まり、皆が一緒に協議した。
向那班部中,有一大臣越班启奏。天子看时,乃是参知政事范仲淹fàn zhòng yān。拜罢起居,奏曰:“目今天灾盛行,军民涂炭,日夕不能聊生,人遭zāo缧绁léi xiè之厄è。以臣愚意,要禳此灾,可宣kě xuān嗣汉天师sì hàn tiān shī星夜临朝lín cháo,就京师禁院jìn yuàn修设xiū shè三千六百分fēn罗天大醮luó tiān dà jiào,奏闻上帝,可以禳保民间瘟疫。”
百官の隊列の中から、ひとりの大臣が隊列の中から進み出て天子に進言しようとした。天子がそれを見ると、すなわち参知政事の範仲淹であった。彼は天子に拝礼すると、立ち上がってこう奏上した。「目下天災が猛威を振るい、軍民は塗炭の苦しみを舐め、日夜生活を維持することもできず、人々はまるで牢獄に監禁されたかのような災難に遭遇しております。臣の愚見を申し上げますと、この災禍を祓うには、詔(みことのり)を発して嗣漢天師(江西龍虎山の張天師。歴代、漢の張道陵の道統を継いでいる)に夜に昼継いで朝廷に急ぎお越しいただき、みやこの禁苑に祭壇を作り、三千六百分の羅天大醮(らてんたいしょう。すべての天(羅天)の神々を祀り、あまねく世界や魂を救うための大規模な祭典)の儀式を行い、神様にお伺いを立てれば、民間の疫病の流行を祓うことができましょう。」
仁宗天子准奏。急令翰林学士草诏一道,天子御笔亲书,并降御香一炷zhù,钦差qīn chāi内外提点殿前太尉tài wèi洪信hóng xìn为wéi天使,前往江西信州龙虎山,宣请嗣汉天师张真人星夜临朝,祈禳瘟疫。就金殿上焚起御香,亲将丹诏dān zhào付与fù yǔ洪太尉为使,即便登程前去。
仁宗はこの奏上を許可した。急ぎ翰林学士に命じて詔を起草させ、天子自ら筆を執ってそれを書き記し、更に御香一炷を下され、勅命により内外の提点(アドバイザー)たる殿前太尉の洪信を天子の使節とし、江西信州龍虎山へ行き、嗣漢天師の張真人を召見し、彼に夜に昼継いで朝廷に急ぎ来て、疫病禍の解消を祈願させることとした。それで金殿上で御香を焚かせ、天子自ら朱砂(鮮やかな深紅色をした鉱物である「辰砂(しんしゃ)」の古称)で書かれ、玉璽の押された詔を洪太尉に渡して使節とされ、直ちに出立して龍虎山へ向かわせた。
洪信领了圣敕shèng chì,辞别天子,不敢久停。从人背了诏书,金盒子盛了御香,带了数十人,上了铺马pù mǎ,一行部从,离了东京,取路径jìng投信州贵溪guì xī县来。于路上但见:
洪信は聖勅を受け取ると、天子に暇乞いをし、そこに敢えて長く留まることはしなかった。従者が詔書を背負い、金の箱に御香を入れ、数十人の供を連れ、驛馬に騎乗すると、主従一行は東京(とうけい。宋のみやこ、東京開封府)を離れ、道をまっすぐ信州貴渓県の方に取った。その道の途中で見えた光景と言えば:
遥山叠dié翠cuì,远水澄chéng清。奇花绽zhàn锦绣jǐn xiù铺林,嫩nèn柳舞金丝拂fú地。
风和日暖,时过野店山村;路直沙平,夜宿邮亭驿yì馆。
罗衣荡漾dàng yàng红尘内,骏马jùn mǎ驱驰qū chí紫陌zǐ mò中。
遥かなる山は叠(かさ)なり翠(みどり)、遠水は澄み清い。
奇花(めずらしい形や色をした珍しい花)綻(ほころ)び錦繍(豪華な衣服、鮮やかな紅葉や花)を林に鋪(し)き、嫩(やわら)かき柳は舞い金絲は地を拂(はら)う。
風和(やわ)らぎ日暖かく、時に野店(やてん。田舎の茶店)山村を過ぐ。路(みち)は直(す)ぐ沙平らにして、夜は郵亭の驛館に宿る。
羅衣(薄手の絹の衣服)は蕩漾(とうよう。波打つ)す紅塵(俗世間)の内、駿馬は駆馳(くち)す紫陌(しはく。都の街路)の中(うち)。
且说太尉洪信赍擎jī qíng御书yù shū丹诏dān zhào,一行人从上了路途,夜宿邮亭,朝行驿站,远程近接,渴饮饥餐,不止一日,来到江西信州。大小官员出郭迎接,随即差人报知龙虎山上清宫住持道众,准备接诏。次日,众位官同送太尉到于龙虎山下。只见上清宫许多道众,鸣钟击鼓,香花灯烛,幢chuáng幡fān宝盖bǎo gài,一派仙乐,都下山来迎接丹诏,直至上清宫前下马。太尉看那宫殿时,端的是好座上清宫。但见:
さて太尉の洪信は皇帝が手ずから書かれた朱砂の詔書を捧げ持ち、一行は行程に従い、夜は郵亭に宿り、朝は驛站より出立し、遠きの道を交代しながら進み、のどの渇きや空腹を満たしながら、一日も休むことなく、江西の信州にやって来た。大小の役人たちが城外まで出て来て出迎え、直ちに人を遣って龍虎山上清宮の住持と道士たちに知らせ、詔書を受け取る準備をさせた。翌日、多くの役人たちが大尉を龍虎山の麓まで送った。すると上清宮の多くの道士たちが、鐘を鳴らし太鼓を打ちならし、香を焚き花を供え、長い竿や旗、宝蓋(傘状の宝器)を手に持ち、まるで仙界のような音楽を奏でながら、山より下りて朱砂の詔書を出迎えているのが見え、太尉はまっすぐ上清宮の前に着くと馬を降りた。太尉がかの宮殿を見ると、果たして見るもりっぱな上清宮であった。その有様は:
青松屈曲qū qū,翠柏cuì bǎi阴森。
门悬xuán敕额chì é金书,户列灵符玉篆yù zhuàn。
虚皇坛xū huáng tán畔pàn,依稀yī xī垂柳chuí liǔ名花;炼药liàn yào炉lú边,掩映yǎn yìng苍松cāng sōng老桧lǎo guì。
青松は屈曲し、翠柏(みどりのコノテガシワ)は陰森(生い茂って暗い)たり。
門には勅額(ちょくがく。皇帝直筆の書や文字を掲げた額)の金色の文字を掲げ、扉には霊符(願いを叶えるための護符・呪符)の玉篆(ぎょくてん。玉(ぎょく)のように丸みを帯びた均一な太さの線で書かれた篆書)を列(つら)ねる。
虚皇壇(きょこうだん。道教で最高神の元始天尊(虚皇道君)を祀る神聖な祭壇)の畔(ほとり)には、垂柳名花は依稀(いき。かすか、ほのか)なり。(不老長寿の)薬を煉る炉の辺(あたり)には、青松や老桧(檜(ひのき)の老木)が掩映(えんえい。互いに引き立て合う)す。
左壁厢bì xiāng天丁tiān dīng力士lì shì,参随cān suí着太乙tài yǐ真君zhēn jūn;右势下玉女金童,簇捧cù pěng定dìng紫微zǐ wēi 大帝。
披pī发fà仗剑zhàng jiàn,北方真武踏龟蛇;靸sǎ履lǚ顶dǐng冠guān,南极老人伏龙虎。
前排二十八宿星君,后列三十二帝天子。
阶砌jiē qì下流水liú shuǐ潺湲chán yuán,墙院后好山环绕huán rào。
鹤生丹顶,龟长绿毛。
树梢shāo头献果苍猿,莎suō草内衔xián芝白鹿。
左側の天丁力士(道教での天界の守護神)は、太乙真君(たいおつしんくん。神話に登場する高名な仙人)に付き従う。右側の玉女金童(神仙(仙人)のそばに仕える童男と童女)は、紫微大帝(しびたいてい。北極星が神格化された道教の重要な最高位の神々の一柱)を取り囲みしっかり支える。
ざんばら髪に手に剣を持ち、北方の真武(玄武のこと)は亀蛇(亀と蛇が合体した想像上の動物)を踏む。靴を踵(かかと)を踏みつけ突っかけ履きし、頭に帽子を被り、南極老人は虎を屈服させる。
前に二十八宿の星君を排し、後ろに三十二帝の天子を列す。
階(きざはし)の下はせせらぎがゆっくり流れ、屋敷の後ろは姿の良い山々が取り囲む。
鶴は赤い頭を生じ、亀は(甲羅に)緑の毛を長(の)ばす。
樹の梢には果実を献じる蒼猿、ハマスゲの叢(くさむら)の中で霊芝を銜(くわ)える白鹿。
三清殿上鸣金钟,道士步虚bù xū;四圣堂前敲qiāo玉磬yù qìng,真人礼斗。
献香台砌tái qì,彩霞cǎi xiá光射碧bì琉璃liú lí;召zhào将jiàng瑶坛yáo tán,赤日chì rì影摇yǐng yáo红玛瑙mǎ nǎo。
早来门外祥云现,疑是天师送老君。
三清殿では金鐘が鳴り、道士が歩虚(ほきょ。道士が祭壇の周りを歩きながら唱える独特の曲調(声腔))す。四聖堂の前で玉磬(ぎょっけい。玉で作られた「へ」の字形をした古代中国打楽器で、それをつるして木づち等で打つ)を敲(たた)き、真人(道教で真理を悟った僧侶)が斗(北斗七星)を礼(うやま)う。
香を台砌(だいせい。祭壇)に献じると、彩霞光(朝焼けの光)が碧琉璃(青ガラスのような基壇)に射(さ)し、将(神将)を瑶壇(ようだん。美しい玉(ぎょく)で築かれた基壇)に召すと、赤日(正午の烈光)の影が紅瑪瑙(赤メノウのような基壇)を揺るがす。
早(あした)に門外に祥雲(瑞祥の雲気)が現れ来る、疑うらくは是れ天師(張天師)の老君(道教の最高神の太上老君)を送る(見送る)や。
今回はこれまで。龍虎山上清宮で、洪信と道士のやりとりは次回、この続きの物語で展開されます。