ポジティブ思考かどうかは考えなくていい:後編 | 最果てなど無いと知る〜健康を本質から考えるブログ〜

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前編では僕のポジティブ思考に対しての違和感を書きました。

そして、自分に問いかけることによって自分が持っているエゴに気がつくということを紹介しました。

 

 

続けていきましょう。

 

 

 

エゴとは?

エゴとは、外の世界によって作られた自分の意識のことです。

親、兄弟、親戚、身近な他人、世相、時代、集合意識、社会的意識によって作られます。

 

 

エゴは思考でもあって、分断や意味づけを得意としています。

意味の無いことでも、勝手に意味を結びつけてしまいます。

 

 

 

 

たとえばエゴは、何か嫌な出来事が起きた時、「自分の行いが悪いせいで起きた」というように、

起こった出来事に良い悪い、価値が有る無いという勝手な意味づけをしてしまい、「これが自分だ」という自己像を作り上げてしまいます。

 

 

エゴでは良い悪いという二元論で考えがちです。

特に今の時代は、ただの起こった出来事についてを良い悪いと判断するよりも、人格や人間を良い悪いと判断してしまうということがよく起こるように思います。

 

 

出来事や行なったことに対して肯定、否定をするのと、人格や人間を肯定、否定をするのとではとても大きな違いがあります。

 

 

学校に行っていた時の事を思い出してみましょう。

テストで良い点数を取ったら「お前は頭が良い」と親から褒められた。

または悪い点数と取ったら親から「お前は頭が悪い」というような嫌な事を言われた。なんて経験があるでしょうか。

 

 

人格や人間を肯定、否定するというのは、存在に対して肯定、否定をするのと同じです。

テストの点数だけで、人間の良し悪しや存在の良し悪しの基準を決めるというエゴを作り出します。

 

 

このように他者から自分のエゴは形成されます。

 

 

つまり僕の場合は仕事でミスして、上司から「お前の言っていることは分からん」と言われたことと、

「仕事でミスした自分はダメな人間だ」「上司から否定された自分は分かってもらえない人間なんだ」をエゴによって自分の存在価値と意味を結びつけてしまい、精神を病んでしまったのです。

 

 

自分の中だけで意味によって、勝手に不幸になっていました。

 

 

しかし冷静に出来事を俯瞰してみると、

仕事でミスをした。

上司に「お前の言っていることは分からん」と言われた。

これだけなんです。

その渦中ではエゴにとらわれていたから、当時では気が付かなかった視点です。

当時の僕に教えてあげたい!

 

 

『僕は(私は)どうしてそう感じたのかな?』

は、自分が感じた事を出来事とは一旦切り離して俯瞰してみる問いかけです。

 

 

こうすることでエゴや出来事にとらわれていた視点から一旦冷静になれます。

 

 

 

今の状態がネガティブかポジティブか両方とも認めてみよう

『僕は(私は)どうしてそう感じたのかな?』ということを自分に問いかけてみる。

 

 

そうすることによって、ポジティブかネガティブか?

から一旦離れて、俯瞰して出来事を感じてみようよ。という提案です。

 

 

前編で二択のみの二元論の話をしました。

たくさん色があるのに、白か黒しか選べないのであれば、自然にポジティブかネガティブかしか選べなくなります。

 

 

悪いものを知っているから、良いものだっていうのが分かる。

良いものを知っているから、悪いものだっていうのが分かるのと同じように、両方とも自分の中にあるんだと認識し、どちらも選択肢としてあるんだと思うだけで、気持ちが楽になります。

 

 

 

白や黒だけではなくて、青を選んでもいいんだよ。赤を選んでもいいんだよ。

 

 

この自由さを自分に許可する問いかけが、

『僕は(私は)どうしてそう感じたのかな?』

です。

 

 

まるで、誰かが自分のところに相談しにきて、その相手に対して諭して、気づきを与えるように、自分に問いかけます。

 

 

これによって当事者意識から一旦離れて、二択しかなかった視点が広がって、出来事に対して俯瞰できるようになっていきます。

そうすると、ある事に気がつきます。

 

 

前にストレスとは、出来事にエゴが反応してエゴが傷ついた時に感じるものだ。と紹介しました。

エゴが抱えている『私はこういう人間です』という自己像とのズレが生じる時に、ストレスを感じます。

 

 

そう、傷ついていたのが自分ではなく、勝手に自分と出来事を意味づけていたエゴだった。

実はエゴがネガティブもポジティブも全部引き受けていたという事に気がつきます。

 

 

思考自体はエゴの声です。

自分の中に外から持ち込んだ価値観や幸福観を取り込んで、自分のものにします。

 

 

悩みを当事者意識から離れて見つめ直すと、その価値観は外から持ち込んだものだ。と気がつくはずです。

 

 

そうなると、

『あれっ?ポジティブとかネガティブとか、そもそも考える必要があるのかな?』

と思う事だってあります。

こうなればエゴを遥か上から見下ろしている自分がいます。

 

 

『ああ、これはエゴが勝手に騒いで一喜一憂してるんだ。』と悩んでいたことが嘘みたいに楽になっていきます。

 

 

他にも以前書いたように、映画館の観客になったように出来事を観てみるのをオススメします。

 

 

自分は観客で、エゴの演技と演出を観ています。

 

 

こうしてエゴに気がつくことで、ネガティブでも別に良い、ポジティブでも別に良い。どちらもこれが自分だ!とまるっと認めてしまうのをオススメします。

 

 

僕は、私はどちらの道も選べるし、自由だ。そう思うことで道が拓けていきます。

最初はうまくいかず出来事にとらわれてしまっても、その度に気がついて、その度に俯瞰する。少しずつでもやってみると、驚くほどに嫌な出来事が減っていくはずです。

 

 

試してみてください。

 

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