東京大学 国語 二〇二〇年(東大入試解答例)です。

文理共通第一問 現代文 小坂井敏晶「『神の亡霊』6 近代の原罪」 

(一)個人の自由競争を重んじる米国では、人種等の集団間さえ平等になれば、機会平等下での結果は個人責任と考え、社会体制を問題視しないから。 
(二)近代の自己責任論の根拠とされる才能や人格といった内面も、遺伝や環境といった外からの影響で決まるため、本人の問題ではないから。 
(三)機会均等のもとで挑戦できる可能性を掲げ、弱者の側もそれを信じたメリトクラシーは、実は既存階層の固定化に寄与しているということ。 
(四)近代は、かつて格差を肯定した身分制度をなくし、個人の自由や機会平等をもたらしたように見えるが、階層などの外部に左右される個人の内面を根拠とした自己責任論で格差を肯定し、弱者にもその立場を自己責任と諦めさせる巧妙な論理を構築したということ。(119字) 
(五)培 誕生 欠陥 


文理共通第二問 古文(春日権現験記)  

問一 イ 得体の知れない巫女が来て、壹和に向かって言うことには 
    ウ 人間の習性として恨みはこらえ切れないものなので 
    エ 陸奥でもまた薄情な人がいたら、それではどこにも行けない。

          ※当時の果ての陸奥が上がっているので、文脈上は反語 
問二 維摩の講師で先を越された恨みを、前世の宿命で仕方ないことだと鎮めた。 
問三(文系のみ) 巫女は壹和が恨みから放浪していると言うが、自分には何の恨みもない。 
※「巫女は本寺に戻って維摩の講師になる希望を叶えろ、というが、非現実的である」という解答を書いた人も多そうですが、直前文との接続、直後の歌占いの内容からは上の解答例の方が妥当かと考えます。 
問四(文系のみ)  壹和が維摩の講師になれぬ恨みを隠しているつもりでも、丸分かりなこと。 
問五 祥延・壹和・喜操・観理の順に維摩の講師に選ばれること。 

 

 


文理共通第三問 漢文(『漢書』)

問一 a 裁判の判決は公平に出し 
    c 私に仕えて  
    d 親孝行で評判になっていて 
問二 姑は息子の嫁を再婚させようとしたが、彼女は最後まで同意しなかった。 
問三(文系のみ)  于公は、孝婦は無罪だと太守に主張するも敗れ、有罪の結論になったこと。 
問四 日照りの原因を当てて解決した上、孝婦の冤罪が分かり、職を賭してそれを主張した正しさも知れたから。 

 

 


文系第四問 現代文 谷川俊太郎『詩を考える――言葉が生まれる現場』 

(一)作品以外の文章は個人の自意識が関わるが、作品は公的な創造で、自分個人を離れた無名の存在として書いているから。 
(二)作品制作時は、日本語を話す民族の総体を己に取り込み、また、人類の未来のような超越的存在と結び付いた根源に基づいて発語しているから。 
(三)現実にはある時代・社会の一俗人たる者が、その個から離れ、超越的な民族精神などに基づいて普遍的内容の作品を生み出すこと。 
※なお、前段の責任を取る云々の話は、「個人の感性で書いている作品なら、正邪真偽などが書いた本人の責任になるが、筆者は超越的精神・集団的感性に基づいて書いているので、個人の問題ではない。変な作品でもそれは時代・社会の感性を体現しただけだから、書いた自分に罪はない」ということです。 
(四)作品制作時は自然と言語共同体に根ざし、その呪術的な力に常に支えられているが、普通の文章は個人で作為的に論理性を掴む必要があるから。 


 

※これは国語講師・吉田裕子が個人的に作成したもので、出講先の組織的な見解ではありません。

 

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