出逢い
今日、同じ病気を患うI さんというお方と会話をしました。
ALS の患者さんとはお初ですので、凄く緊張してしまいました。
愛知県の希望の会のKさんからの紹介です。
Kさんありがとうございます。
静岡県のI さんは私の母親と同じくらいの年齢で、エダラボンを保険適用にするための活動を、政府に働きかけていた団体の代表でもあります。
25分もの間、
会話は途切れることはありませんでした。
たった1つの共通点があるだけで、人生の先輩であり先生になってもらえるものなんですね。
不思議な縁と感じてしまいました。
I さんは発症して十年が経ち、エダラボン投与は八年間継続されています。
やはり同じく千葉県の吉野医院からの薬の提供でした。
病気の流れ、体調、薬や製薬会社、治験、数々の情報を教えて貰いました。
未公開情報もありました。
1つショックだったことは、
「エダラボンは抑制するだけであり回復は期待しない方がいい、ごくまれに回復という例はあったみたいだが、あくまでも抑制する薬と思った方がいい」
とのことでした。
過度に期待して効果が得られな場合、ストレスになり進行を早めてしまうみたいです。
これを聞いたとき少しショックだったが、I さんはこう言いました。
「あなたはまだ若い、昔とくらべ今は研究も進み抑制する薬もある。 絶対に希望は捨てないで下さい」と。
私は涙が流れました。
頭の中で考えたわけではないと思うが、I さんの道のりや悲しみを深く感じてしまいました。
十年前はネットでの情報発信はそこまで盛んではなかったし、エダラボンもジェネリックの関係でもっと高額だった。
すべての負担は今現在とは比べものにならないぐらい大変です。
それでも最後まで私を気遣い、勇気づけてくれました。
「いつでも連絡して下さい」と。
受話器を持つのも大変なはずなのに。
友人が言っていたが、
人は自分がしんどい時に人に優しくできることが本当の優しさや思いやりなんだと。
いつかI さんと逢いたいです。
たった25分の会話とその前のわずかなメールのやりとり。
病気のことだけじゃなく、
良き人間性まで教えて貰いました。
また連絡させて下さい。
ってブログは知らせてませんが。
恥ずかしいので言いません。
そういえば薬はまだ届きません。
まだエダ中ではありません。
今は、I さんに夢中です♪
ALS の患者さんとはお初ですので、凄く緊張してしまいました。
愛知県の希望の会のKさんからの紹介です。
Kさんありがとうございます。
静岡県のI さんは私の母親と同じくらいの年齢で、エダラボンを保険適用にするための活動を、政府に働きかけていた団体の代表でもあります。
25分もの間、
会話は途切れることはありませんでした。
たった1つの共通点があるだけで、人生の先輩であり先生になってもらえるものなんですね。
不思議な縁と感じてしまいました。
I さんは発症して十年が経ち、エダラボン投与は八年間継続されています。
やはり同じく千葉県の吉野医院からの薬の提供でした。
病気の流れ、体調、薬や製薬会社、治験、数々の情報を教えて貰いました。
未公開情報もありました。
1つショックだったことは、
「エダラボンは抑制するだけであり回復は期待しない方がいい、ごくまれに回復という例はあったみたいだが、あくまでも抑制する薬と思った方がいい」
とのことでした。
過度に期待して効果が得られな場合、ストレスになり進行を早めてしまうみたいです。
これを聞いたとき少しショックだったが、I さんはこう言いました。
「あなたはまだ若い、昔とくらべ今は研究も進み抑制する薬もある。 絶対に希望は捨てないで下さい」と。
私は涙が流れました。
頭の中で考えたわけではないと思うが、I さんの道のりや悲しみを深く感じてしまいました。
十年前はネットでの情報発信はそこまで盛んではなかったし、エダラボンもジェネリックの関係でもっと高額だった。
すべての負担は今現在とは比べものにならないぐらい大変です。
それでも最後まで私を気遣い、勇気づけてくれました。
「いつでも連絡して下さい」と。
受話器を持つのも大変なはずなのに。
友人が言っていたが、
人は自分がしんどい時に人に優しくできることが本当の優しさや思いやりなんだと。
いつかI さんと逢いたいです。
たった25分の会話とその前のわずかなメールのやりとり。
病気のことだけじゃなく、
良き人間性まで教えて貰いました。
また連絡させて下さい。
ってブログは知らせてませんが。
恥ずかしいので言いません。
そういえば薬はまだ届きません。
まだエダ中ではありません。
今は、I さんに夢中です♪
エダ中
いろいろネタができましたので、久しぶりの更新です。
ALSの疑いから若年性ALSの確定診断がでました。
とっくに分かってたので動じることはありませんでしたが、人生というものを深く考えました。
治療法がないこの病気との戦が始まった時でもあります。
東北大学の教授に教えてもらった、エダラボンの治験は大阪の病院で第3相試験が始まってます。
治験に参加したく病院を尋ねましたが、誤診でのヘルニア手術が参加資格を奪いました。
治験の審査は厳しく、全身麻酔や脊髄経の手術をしたものは除外されるみたいです。
念のため弁護士に相談すると、
今回は相手方の過失は…
前に書面で示談の合意が…
などなど当たり前の世間話をしました。
この二ヶ月間またいろんなことがありました。
先ず、秋田県の玉川温泉へ湯治に行きました。
有名な湯治温泉なのでいろんな人達が病と戦いに来ていました。
生命力満ち溢れる素晴らしいスポットでした。
また行きたいです。
そしてここ最近、足の具合が悪くスカイダイビングもできなくなりました。
しかし、新しい楽しみ方をインストラクターの方が与えてくれました。
飛行機が好きなもので、コパイ席に乗り操縦技術の体験をさせてくれてます。
パイロットの方も操縦桿を握らしてくれます。
ジャンパーにはイグジットするまで絶対さわるな!!と言われていますが(笑)
本当にいろいろありがとうございます。
スカイダイビングの門を叩いて本当に良かったです。
また来年もよろしくお願いします。
病気のことですが、治験参加はできないので自費治療をしていきます。
どういう治療かというとエダラボンという薬を点滴することです。
しかし、いろんな病院にお願いしたがすべて断られました。
混合診療や副作用などいろんな障害があるからです。
分かってはいるが助けが欲しかったですね。
ネットの記事を頼りに千葉県の吉野神経内科に行ってきました。
ここはALS 患者のために自費治療に協力している素敵な病院でした。
先生や看護師の笑顔も良く心癒されました。
関西での病院や日本ALS 協会の近畿ブロックは対応が最低でしたから。
あの近畿ブロックだけは…
と、まあボヤきはほどほどに。
関西でALSと診断された方は近畿ブロックじゃなく、愛知県の希望の会へいって欲しいです。
そこでいろんな情報がもらえます。
やっとの思いでたどり着いた吉野医院から薬の郵送をしてもらえることになりました。
一回分の点滴キットと薬で5600円です。
投与の仕方は自己判断です。
悩んだ結果、1日一本にします。
治験では2週間朝晩一本ずつ投与して2週間の休息を半年続けます。
吉野医院の推奨は1日おきに一本です。
この治療は確立されていませんので、神頼みに近いものがありますね。
正直怖いがやるしかありません!
なにもしなければ、歩けない、書けない、食べれない、呼吸できない…
死が早まるだけですから。
こないだ近所のお医者さんに点滴と血液検査のお願いをしに行きました。
いつも花粉症の薬をもらいに行くだけなのでさぞやびっくりしたでしょう!
先生の顔がジブリ映画みたいに目がまん丸になってましたね(笑)
最初の何回かだけ先生にやってもらって、後は自分でやるとの契約を結びました。多分…
自分で静脈に打つのはかなり難しいみたいです。少しエキサイトしてました。
良い人です。
出来る限り力になってあげたいと言われました。
その言葉が本当に嬉しいです。
来週からエダラボンの投与をします。
効きますように♪
エダ中ですが依存性はありません。
ALSの疑いから若年性ALSの確定診断がでました。
とっくに分かってたので動じることはありませんでしたが、人生というものを深く考えました。
治療法がないこの病気との戦が始まった時でもあります。
東北大学の教授に教えてもらった、エダラボンの治験は大阪の病院で第3相試験が始まってます。
治験に参加したく病院を尋ねましたが、誤診でのヘルニア手術が参加資格を奪いました。
治験の審査は厳しく、全身麻酔や脊髄経の手術をしたものは除外されるみたいです。
念のため弁護士に相談すると、
今回は相手方の過失は…
前に書面で示談の合意が…
などなど当たり前の世間話をしました。
この二ヶ月間またいろんなことがありました。
先ず、秋田県の玉川温泉へ湯治に行きました。
有名な湯治温泉なのでいろんな人達が病と戦いに来ていました。
生命力満ち溢れる素晴らしいスポットでした。
また行きたいです。
そしてここ最近、足の具合が悪くスカイダイビングもできなくなりました。
しかし、新しい楽しみ方をインストラクターの方が与えてくれました。
飛行機が好きなもので、コパイ席に乗り操縦技術の体験をさせてくれてます。
パイロットの方も操縦桿を握らしてくれます。
ジャンパーにはイグジットするまで絶対さわるな!!と言われていますが(笑)
本当にいろいろありがとうございます。
スカイダイビングの門を叩いて本当に良かったです。
また来年もよろしくお願いします。
病気のことですが、治験参加はできないので自費治療をしていきます。
どういう治療かというとエダラボンという薬を点滴することです。
しかし、いろんな病院にお願いしたがすべて断られました。
混合診療や副作用などいろんな障害があるからです。
分かってはいるが助けが欲しかったですね。
ネットの記事を頼りに千葉県の吉野神経内科に行ってきました。
ここはALS 患者のために自費治療に協力している素敵な病院でした。
先生や看護師の笑顔も良く心癒されました。
関西での病院や日本ALS 協会の近畿ブロックは対応が最低でしたから。
あの近畿ブロックだけは…
と、まあボヤきはほどほどに。
関西でALSと診断された方は近畿ブロックじゃなく、愛知県の希望の会へいって欲しいです。
そこでいろんな情報がもらえます。
やっとの思いでたどり着いた吉野医院から薬の郵送をしてもらえることになりました。
一回分の点滴キットと薬で5600円です。
投与の仕方は自己判断です。
悩んだ結果、1日一本にします。
治験では2週間朝晩一本ずつ投与して2週間の休息を半年続けます。
吉野医院の推奨は1日おきに一本です。
この治療は確立されていませんので、神頼みに近いものがありますね。
正直怖いがやるしかありません!
なにもしなければ、歩けない、書けない、食べれない、呼吸できない…
死が早まるだけですから。
こないだ近所のお医者さんに点滴と血液検査のお願いをしに行きました。
いつも花粉症の薬をもらいに行くだけなのでさぞやびっくりしたでしょう!
先生の顔がジブリ映画みたいに目がまん丸になってましたね(笑)
最初の何回かだけ先生にやってもらって、後は自分でやるとの契約を結びました。多分…
自分で静脈に打つのはかなり難しいみたいです。少しエキサイトしてました。
良い人です。
出来る限り力になってあげたいと言われました。
その言葉が本当に嬉しいです。
来週からエダラボンの投与をします。
効きますように♪
エダ中ですが依存性はありません。
仙台
13日に仙台の東北大学病院にセカンドオピニオンの診察に向かいました。
この病院はals の専門外来があり、治験も行っているので私の知る限り最高峰の病院です。
東京への病院へいく予定でしたが変更しました。
藁をもすがるという気持ちが凄くよく分かります。
本当に頑張っていろいろ行動している自分が好きになります。
それとは反対に病気な自分が嫌いでもありますが…
私を診察してくれる教授はネットでもでていた有名な専門医でした。
大阪から持ち込んだ画像や検査データ、体の病的反射を診て全身に拡がる首から上の病気。
つまり脳か脳から脊髄の間だと言われました。
どういう事かというと、alsと矛盾する 点はないという。
つまりすべての所見でals と合致しているというこを告げられました。
沈黙の後、
なぜ聞かれたのか分からないが…
「一緒にこられたのは奧さんですか?」
と教授が言いました。
なぜか涙が流れ出した。
これからしたいこと、つくること、挑戦すること、すべてを失う感じがしました。
教授の慰めではないと思うが、
「als でも20年生きてる人もいる 、
進行が止まる人もいる、
それは神様だけが知ることなんです」
と教授は真剣にいいました。
それと脳のMRI をもう一度、再検した方がいいということ。
ペット検査をしなければいけないこと。
脳に隠れた異常はないか、腫瘍はないか、最終なにも見つからなければals の診断がくだされるだろう。
最後の質問を聞かれ、
私は「alsは完治しますか?」と…
教授は「難しいですが頑張ってます」と…
なかなかない会話のやりとりでした。
診察が終わり病室をでて恋人の隣に座り少しの沈黙の後、経過を話しました。
涙はあくびでごまかしたが、病室での涙の後の目の腫れはごまかしきれなかったのでちょっと恥ずかしかったですね。
せっかく仙台まで来たのだから、牛タンを食べる楽しみがあり、仙台駅の牛タン通りで食事をしました。
が…口にあわなくもう一軒、はしごしました。 こういうはしごも初めてなので良い経験?しました。
ほんとは教授に美味しい牛タン屋を教えてもらうつもりだったが、さすがにその余裕はでてきませんでした。
またそれました、話を戻します。
後2つの検査を残すだけです。
脳に腫瘍がみつかれば喜ぶでしょう。
普通は哀しみますけど…
私はなぜか仙台にひきつけられました。
仙台空港からの電車で津波の痕跡、復興の流れをこの目で見て、深く心から感じました。
諦めない心をまた強くつくりました。
11月から大阪でals の治験が始まることを教授に教えられました。
今日、父親と母親と病気の話しをしました。
私からは覚悟を決めてもらうこと、今まで迷惑かけ続けたこと。
こらからも迷惑かけ続けること。
両親からは、私は1人じゃないこと、家族がついてること、みな助けになること。この一年間のツライ出来事、よく頑張った、病気に絶対負けないこと。
三人で泣いた何分間、凄く楽になりました。
病気と向き合う、そして付き合う人生になるかも知れません。
私の世代でこの病気が治ることを信じます。
そして、みなさん完全復活を期待して下さい。
私は奇跡が起きる人なんです、いろいろありがとうございます。
次の更新は何かしら新薬、回復の兆しが出たときにします。
何年後かは分かりませんが…
神様だけが知ることなんです!
この病院はals の専門外来があり、治験も行っているので私の知る限り最高峰の病院です。
東京への病院へいく予定でしたが変更しました。
藁をもすがるという気持ちが凄くよく分かります。
本当に頑張っていろいろ行動している自分が好きになります。
それとは反対に病気な自分が嫌いでもありますが…
私を診察してくれる教授はネットでもでていた有名な専門医でした。
大阪から持ち込んだ画像や検査データ、体の病的反射を診て全身に拡がる首から上の病気。
つまり脳か脳から脊髄の間だと言われました。
どういう事かというと、alsと矛盾する 点はないという。
つまりすべての所見でals と合致しているというこを告げられました。
沈黙の後、
なぜ聞かれたのか分からないが…
「一緒にこられたのは奧さんですか?」
と教授が言いました。
なぜか涙が流れ出した。
これからしたいこと、つくること、挑戦すること、すべてを失う感じがしました。
教授の慰めではないと思うが、
「als でも20年生きてる人もいる 、
進行が止まる人もいる、
それは神様だけが知ることなんです」
と教授は真剣にいいました。
それと脳のMRI をもう一度、再検した方がいいということ。
ペット検査をしなければいけないこと。
脳に隠れた異常はないか、腫瘍はないか、最終なにも見つからなければals の診断がくだされるだろう。
最後の質問を聞かれ、
私は「alsは完治しますか?」と…
教授は「難しいですが頑張ってます」と…
なかなかない会話のやりとりでした。
診察が終わり病室をでて恋人の隣に座り少しの沈黙の後、経過を話しました。
涙はあくびでごまかしたが、病室での涙の後の目の腫れはごまかしきれなかったのでちょっと恥ずかしかったですね。
せっかく仙台まで来たのだから、牛タンを食べる楽しみがあり、仙台駅の牛タン通りで食事をしました。
が…口にあわなくもう一軒、はしごしました。 こういうはしごも初めてなので良い経験?しました。
ほんとは教授に美味しい牛タン屋を教えてもらうつもりだったが、さすがにその余裕はでてきませんでした。
またそれました、話を戻します。
後2つの検査を残すだけです。
脳に腫瘍がみつかれば喜ぶでしょう。
普通は哀しみますけど…
私はなぜか仙台にひきつけられました。
仙台空港からの電車で津波の痕跡、復興の流れをこの目で見て、深く心から感じました。
諦めない心をまた強くつくりました。
11月から大阪でals の治験が始まることを教授に教えられました。
今日、父親と母親と病気の話しをしました。
私からは覚悟を決めてもらうこと、今まで迷惑かけ続けたこと。
こらからも迷惑かけ続けること。
両親からは、私は1人じゃないこと、家族がついてること、みな助けになること。この一年間のツライ出来事、よく頑張った、病気に絶対負けないこと。
三人で泣いた何分間、凄く楽になりました。
病気と向き合う、そして付き合う人生になるかも知れません。
私の世代でこの病気が治ることを信じます。
そして、みなさん完全復活を期待して下さい。
私は奇跡が起きる人なんです、いろいろありがとうございます。
次の更新は何かしら新薬、回復の兆しが出たときにします。
何年後かは分かりませんが…
神様だけが知ることなんです!