下町風俗資料館(その1)~東京都台東区の博物館 | 九州下町おやじの珍道中

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2019年2月上旬の上野公園散策の続き。

 

東上野の街並を歩き、東上野コリアタウン、アメ横を通り抜け、摩利支天の「徳大寺」をお参りした後は、「上野公園」に向かいました。

 

 

東上野の街並・アメ横・徳大寺(摩利支天)のレポ

 

 

 

 

途中、「旧町名由来案内 下町まちしるべ 旧上野恩賜公園」がありました。

江戸時代初期、この地は津軽、藤堂、堀家の屋敷でしたが、3代将軍徳川家光公が天海僧正に命じて、寛永2年(1625)寛永寺を建立、幕末の慶応4年(1868)彰義隊と官軍の戦争により寛永寺が焼失し、一面焼け野原となりましたが、明治6年に太政官布告により公園に指定されました。

 

 

恩賜公園のいわれは、大正13年に帝室御料地だったものを東京市へ下賜されたことによりますが、我が国最初の都市型公園として整備されました。

上野公園の生みの親はオランダ人医師のボードワン博士。病院建設予定地だった上野の山を見て、その景観の良さから公園にすべきと政府に進言し、実現したものです。

 

 

 

上野恩賜公園」に到着。不忍池、久しぶりの訪問。改めて見ると、結構広いもんですね。

 

 

 

次に向かった先は、こちら。

 

 

 

下町風俗資料館」。昭和の下町の光景や生活ぶりを見ることができる博物館です♪入館料大人300円。

 

 

 

館内に入ると、赤い電話ボックスがお出迎え。「自働電話」とありますね。

 

 

 

その横には、荷車があって…

 

 

 

こちらは「箱車」。本来、屋形のある牛車のことを言いますが、箱型の物入を取り付けた荷車も「箱車」と呼ばれるようになりました。

展示されているのは、呉服店で使用されていたもので、注文された反物や帯などを入れ、客のもとへ人力で引いて運びました。

 

 

様々な所で用いられ、配達を必要とする商いでは欠かせないものであり、下町では昭和30年代から40年代頃まで、煮豆屋や玄米パン売り、牛乳屋などが通りを行く光景が見られました。

 

自転車に引かれた箱車は、記憶にあるな~懐かしい!

 

 

 

奥に進むと、おお!?昔のお店のようです。

 

 

 

そのお店の中に入ると、帳場があって…

 

 

 

こちらは「商家・花緒製造卸問屋」。関東大震災前の下町の商家・鼻緒製造卸問屋の店先で、表通りに面して建てられたこのような大店は、総称して「表店(おもてだな)」といい、この商家は江戸時代から伝わる伝統的な「出桁造り(だしげたづくり)」と言われる商家建築で、出梁が90cm間隔で軒下に並び、その上に出桁が載っています。

 

 

【商いと帳場】

卸問屋のような店では、客が自ら店内の品を手に取って選ぶのではなく、店の者が客の求めに応じて見合う品を出して商談しました。

常得意になると現金払いではなく、あとでまとめて集金しましたが、これを掛け売りと言います。

代金は帳簿に書き入れておき、節季(盆暮れ)など決済期に代金をもらい受けに回りました。

 

 

出桁造りは、当ブログでは、何度か出て来たことがあるんですよね、実は…

なかなか分かりづらいのですが、旧東海道小田原宿と、鎌倉鶴岡八幡宮近くの商家で、紹介しています。

 

 

鎌倉鶴岡八幡宮近くの商家のレポ

 

 

 

旧東海道小田原宿のレポ

 

 

 

 

おお!箱階段もある!

 

 

 

花緒を取り扱うお店ですからね、花緒がたくさんかけられていました。

 

 

 

人力車もあって…

 

 

 

人力車」は、明治初期に和泉要助らによって発明され、近代化が進み、欧米からと移入されたものが多い中、数少ない国産品で、明治3年(1870)営業開始以降、瞬く間に全国に普及し、最盛期には国内に20万台以上が走り、アジア諸国にも輸出されていて、「」とも書き、自動車が普及する以前は、「クルマ」と言えば人力車を指す言葉でした。

 

 

 

人力車の後ろには、石碑がありますが…

 

 

 

こちらは、「迷子お知らせ石標」。この石標は浅草寺境内に設置されたものの複製で、迷子が出た時に掲示板の役割を果たすものです。

 

 

正面には「南無大慈悲観世音菩薩迷ひ子のしるべ」、右に「しらす方」、左に「たづぬる方」とあり、それぞれの上部に捜索願いと、その情報提供の紙を貼り付けました。

江戸時代、迷子になるとそのまま生き別れになってしまう場合も少なくなく、そのため、このような石標が人出の多い場所に設置され、現在でも浅草寺境内の他、湯島天神境内と、一石橋の袂に残されています。

 

そうそう、「浅草寺」で、この石碑、見たことがありますよ。

また、長崎の神社「鎮西大社」でも見たことがあるな~

 

 

浅草寺の迷迷子しるべ石のレポ

 

 

 

長崎・鎮西大社のまよひ子志らせ石のレポ

 

 

 

 

 

商家の向かいには、昔の家が再現されているんですよね。

 

 

 

井戸がありますね~たらいと洗濯板、如雨露もありますね。

 

 

 

路地も再現されていますよ。何だか、懐かしい!下町おやじのまさに地元!という感じです♪

 

 

 

路地には、駄菓子屋さん♪

 

 

 

子どもの頃、毎日通ったな~♪

 

 

 

昔の生活用具も展示されていて…

 

 

 

昔の箪笥も並んでいます。

 

 

 

柱時計も!懐かしい!下町おやじの実家には、まだありますけど(笑)

 

 

 

神棚。

 

 

 

路地には、洗濯物も干されていて…

 

 

 

路地は、まだ先まで続いています。

 

 

 

「その2」に続く。

 

 

 

 

台東区立下町風俗資料館

東京都台東区上野公園2-1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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