こんにちは、ジジです。
頭に冷たい濡れタオルをのっけて(温泉のみたいに)、仕事しています。
今日は、ころにゃんでイベント自粛中の中、終戦記念日を迎え、珍しくメディアも、
戦時中のことについてのニュースを流しているので、心が安らかです。
ころにゃんより大事なことは沢山ある。
(-というか、ころにゃん、どーでもいいです。名前より可愛くないしな。)
↓下は、シリアの爆撃を受けて炎上する空の写真です。
アラビック・カフェで働くシリア人サラーさんのウォール(FBの)から拝借しました。
日本は「戦後75年」と言ってますが、戦中の国(内戦含め)は世界に沢山あります。
ところでこのサラーさんは、来日3ヶ月にして、ほぼ日本語マスターし、日常会話してますが、
彼のお父さんとお兄さんは、ISに殺されました。
お母さんと17歳の妹さんが存命ですが、現地の習慣により、17歳でお見合い結婚しました。
兄である彼は、妹には学校の勉強を続けさせてやりたいと思っていたそうですが、願いは叶わずで。
現地事情にてどうにもできません。
シリアの写真はもっとぞっとする信じられないような廃墟写真とか沢山ありますが、
見慣れない日本人には映画かSFにしか思えないだろうから、ここには掲載しません。
探すつもりがあれば、ネットに山ほどありますが、探す日本人は余りいないでしょう。
私はネットショップをやっていた頃、シリア大使館の人達と親しかったのですが、
今連絡がとれる人は一人もいません。
2009年頃、オリーブ畑が広がる田園風景(今は戦場となり廃墟)だったアレッポで、
有名な石鹸を作っており、
「ジジさん、これどう?アレッポの石鹸。日本人用に、カタカナで文字を抜いたの」
と言われ、
「うーん。日本人には、アラビア文字とか英語の文字でくりぬいた方が、輸入品として、
ウケが良かったかもー」
と苦笑しながら答えたら、
「えっ!せっかくカタカナで抜いたのに?」
ってびっくりしてて、大笑いした懐かしい思い出があります。
シリアは、メソポタミア文明の地。容姿がとても美しい人達の住んでいるところ。
サラーさんもイケメンで、カフェで人気ですが、悲しく過酷な運命を生き抜いてきたのでした。
今、日本で、笑顔で接客してくれていますが、私達の生きてきた人生と、なんと違う生活だった
ことでしょう。
彼が生きて日本に居るのは、その背景を考えると、稀なことです。
でも、戦前・戦中・戦後を生きた日本人なら、彼の気持ちがわかるのではないでしょうか?
私たちにも、決してそんなに昔の話では無かったと思います。
うちの父は、戦時中に中国(満州)育ちで、「特攻隊に行って天皇のために死ぬんだ」と、子供の頃は思ってたそうです。今となっては、「何であんな奴のために」と、怒っています。
でも、時代が人を狂わすのは、現代でも変わらないようです。
コロにゃん禍の8月15日、こんな事を書いてみましたー。
で、今日はこれから、件のアラビック・カフェに行き、サラーさんの作るアラブ飯を、ご馳走になる予定です。タイ人の友達と一緒にね。
戦争はお断り!親兄弟殺されるのお断り!餓死・病死もお断り!
核爆弾落とされるぞとあおられようが、戦争に行くのはお断り致しますー。
