Pixies
「Doolittle」 1989
Debaser
Tame
Wave Of Mutilation
I Bleed
Here Comes Your Man
Dead
Monkey Gone To Heaven
Mr.Grieves
Crackity Jones
La La Love You
No 13 Baby
There Goes My Gun
Hey
Silver
Gouge Away
改めて現在のミュージック・シーンに与えた影響が再評価され、
人気を集めているのが1986年アメリカのボストンで結成されたピクシーズだ。
ヴォーカル、ギターのフランク・ブラック(ピクシーズ時代はブラック・フランシスと名乗る)を中心に、
ギターのジョーイ・サンチャーゴ、
ベースのキム・ディール、
ドラムスのデヴィッド・ラヴァリングというメンバーで活動を始めたグループは、
リハーサル・スタジオが同じだったスローイング・ミュージズがイギリスの4ADに認められ、
デビューを飾ったことに触発され彼らもデモテープを送り、それがきっかけとなって4ADと契約を結ぶ。
静と動の振幅が激しいサウンド、フランク・ブラックの書く親しみやすいメロディ、
イマジネイションに富んだ歌詞などの魅力が最初から高く評価され、
人気エンジニアのスティーヴ・アルビニを迎えた『サーファー・ローザ』('88)
によってその人気を確立する。
しかし本国アメリカでの反応はなかなか渋くて、
展開が進まなかったためグループは積極的にイギリス・ツアーを行い、
人気の足場をさらに固めていき、この『ドリトル』を大ヒットさせたのだった。
イギリスではインディ・シーンを突き抜け、
全英チャート8位まで上がったアルバムはグループをよりポピュラーにしたし、
アメリカのインディ系のグループへの注目度をさらに高めた。
ニルヴァーナやマッドハニーといったサブ・ポップのグループのレコードが知られるようになるのも
この頃のことで、それぞれが一体となってシーンを急展開させていった空気もここには詰まっている。
バンド名は、ギターのジョーイ・サンティアゴが適当に辞書を引いたところが「pixies」だったため。
このバンドの正式名称は "Pixies in Panoply"であり、略してPixiesと読んでいる。
ピクシーズに影響を受けたバンドは数多く、ニルヴァーナ
のカート・コバーン
、U2
のボノ
、
ウィーザー
、ブラー
、レディオヘッド
、ストロークス
、
また日本ではナンバーガール
、スーパーカー
などが挙げられる。
特にカート・コバーンがピクシーズを崇拝していたのは有名な話で、
ニルヴァーナの代表曲ともいえる「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット
」は、
カート・コバーンがピクシーズの曲("Debaser"とも"Where Is My Mind?"とも言われる)を
コピーしている時に出来た曲だといわれている。
90年代初頭、アメリカの<グランジ~オルタナティヴ>ムーヴメントの
扉を切り開いた重要グループと言っても過言ではあるません。
ピクシーズの最初の絶頂期がここにある。
たしかにキム・ディールは新たなバンドThe Breedersで大成功を収めたし、
フランク・ブラックは今でも堅実な仕事をこなしている。
だが、ピクシーズのファンの誰もが言うように、
そして本作が物語るように
(「1000万ポンドものヘドロ」という歌詞を筆頭に)ピクシーズは、
メンバー各自のソロ活動を単純に足しあわせたよりも、もっとハードにロックしていた。
ピクシーズは躍動感に満ちたサウンドの達人だ
――「Monkey Gone to Heaven」や「Hey」を聴けばわかる。
抑制された静けさからひたすらヘッドバンギングさせるサウンドへとなだれれこむ展開に、
リスナーは思わず「la la love you」と口ずさんでしまうかもしれない。
ブラック・フランシスは80年代屈指のユニークなヴォーカリストだった。
ベースのディールとデュエットした「I Bleed」、「Silver」は、
まるでエラ・フィッツジェラルドとルイ・アームストロングの共演のようだ。
それにリードギターのジョーイ・サンティアゴが
単純な一音一音を用いて仕上げたサウンドの完成度の高さにはいまだに驚かされる。
そんな話
Voブラック・フランシス、ハゲでデブ。
彼の功績が相まって、愛すべき風貌として定着ですね。
それが、このバンドの扱われ方「玄人好み」の要因なのかもしれない。